同じ出来事でも、語る位置が変わると、読み手が受け取る情報は変わります。
「私は、会議室のドアを開ける前に資料をもう一度見直した。最初の説明でつまずけば、提案全体が伝わらないと思ったからだ」
「担当者は会議の直前まで資料を見直していた。社内では、提案の背景説明が長く、結論が伝わりにくいことが課題になっていた」
前者は、人物の不安や判断に近づきやすい一人称です。後者は、本人の外側にある状況や課題を整理しやすい三人称です。どちらが優れているかではなく、何を伝えたいかによって適した視点が変わります。
先に結論を言うと、一人称にすれば自動的に共感されるわけではありません。一人称は体験を具体的に感じさせやすく、三人称は出来事を引いて見せやすい。二人称は読み手を場面や行動へ招きやすい一方、使い方によっては押しつけに感じられます。文章の視点は、共感を生む飾りではなく、読み手との距離を調整する設計です。
この記事では、物語の視点に関する心理学・言語学の研究を基に、事例紹介、提案書、研修資料で一人称・三人称・二人称をどう使い分けるかを考えます。

視点は「誰が話すか」だけではない
一人称は「私」「私たち」、三人称は「彼」「彼女」「担当者」「企業」、二人称は「あなた」を主語にして語る方法です。しかし、違いは代名詞だけではありません。読み手が、出来事を登場人物の内側から見るのか、外側から眺めるのか、自分の行動として思い浮かべるのかという違いでもあります。
Brunyéらは、短い物語に「私」「あなた」「彼」を使い、読後に場面内の物体をどの向きで認識しやすいかを調べました。二つの実験では、「私」「あなた」で語られた物語は登場人物の位置から見た向き、「彼」で語られた物語は外から眺めた向きで判断しやすくなりました。代名詞が、場面を見る位置の手掛かりになったと考えられます。
ただし、文章中の代名詞だけですべてが決まるわけではありません。Hatzipanayiotiらの実験では、登場人物の位置から場面を覚えやすい傾向が示された一方、読み手自身の身体の向きも空間情報の記憶に影響しました。視点は有力な手掛かりですが、内容、読み手の状態、媒体などと一緒に働きます。
一人称は、体験へ近づくために使う
一人称の強みは、出来事を登場人物の経験としてたどりやすいことです。「私は不安だった」と感情を説明するだけでなく、「送信ボタンに指を置いたまま、誤りがないか三度見直した」のように、知覚、判断、行動を同じ位置から並べられます。
Hartungらは、文学作品の一部を一人称と三人称に書き分け、読書体験を比較しました。一人称では、物語への没入や心的イメージが高まりました。一方、作品をどれだけ好ましいと評価したかには差がありませんでした。近く感じることと、好きになることは同じではありません。
Samurらの研究でも、一人称の物語は三人称より物語への関与を高めました。ただし、効果は全員に同じではなく、感情を認識・表現する傾向や、物語に入り込みやすい個人差に左右されました。「一人称なら誰でも没入する」とは言えません。
Nieseらは、一人称で書かれた文章は具体的に、三人称で書かれた文章は抽象的に捉えられやすいことを複数の実験で示しました。さらに、献血を促す文章では、一人称の体験談と具体的な理由を組み合わせたときに動機が高まりました。ただし、一人称が登場人物への同一化を高めたのは、その経験を読み手が自分にも関係があると感じられる場合でした。
事例紹介で一人称を使うなら、「私は」だけを増やすのではなく、本人が実際に見たこと、考えたこと、選んだことを具体的に示す必要があります。実在する顧客の内面や発言を確認できないまま作ってはいけません。本人の言葉が取材で確認できない場合は、三人称で確認済みの事実だけを書きます。
一人称でも、共感や説得が保証されるわけではない
一人称の効果を「共感される」「説得力が上がる」と一言でまとめると、研究の違いを見落とします。物語に入り込むこと、登場人物と自分を重ねること、内容を信じること、行動を変えることは、関係はあっても同じ反応ではありません。
Maらは、オピオイド依存からの回復を扱う物語を一人称と三人称で提示しました。大学生276人の実験では、語りの視点によって登場人物への同一化は変わりませんでした。一方、一人称は「説得されている」という反発を弱め、その反発の弱さが登場人物との社会的距離の近さや、公衆衛生政策への支持と関係していました。
この結果から言えるのは、「一人称は必ず共感を生む」ではありません。ある題材では、読み手の抵抗感を下げる経路が働く可能性がある、ということです。題材が自分とかけ離れている、話し手を信用できない、事実が確認できない、といった状況では、一人称に変えるだけでは補えません。
物語への没入が態度や判断へ影響する仕組みでも解説している通り、物語の効果は、視点だけでなく、筋の分かりやすさ、登場人物との関係、読み手の知識や関心によって変わります。
三人称は、全体像と根拠を整理するために使う
三人称は、人物の外側から出来事を見せられます。時間の前後、複数の関係者、組織の条件、数値の変化をまとめやすく、事例紹介や報告書の土台に向いています。
たとえば「私は説明が苦手だった」という一人称だけでは、何が問題で、何を変え、どんな結果になったかが曖昧です。三人称なら、「担当者の資料は冒頭3ページが背景説明で、結論は4ページ目にあった。改訂後は1ページ目に判断事項を移し、背景は後半へ分けた」のように、観察できる変化を示せます。
Nieseらの研究が示すように、三人称は一人称より抽象的な捉え方と結びつきやすい傾向があります。これは冷たいという意味ではありません。個別の経験から一歩引き、共通する構造や原則を見つけたい場面では利点になります。
一方、三人称で人物を肩書や役割だけにすると、何を感じ、何を選んだのかが見えにくくなります。背景と検証済みの事実は三人称で整理し、本人の言葉が確認できる部分だけ一人称の引用にする。その組み合わせが、近さと信頼の両立に役立ちます。
二人称は、読み手を行動へ招くときに絞る
二人称の「あなた」は、読み手を場面の中へ置く働きを持ちます。「あなたが会議の冒頭で結論を探しているとします」と書けば、自分の経験として状況を想像しやすくなります。Brunyéらの実験でも、「あなた」は「私」と同様に、登場人物の位置から場面を捉える手掛かりになりました。
ただし、「あなたは説明が下手です」「あなたも失敗しているはずです」のような決めつけは反発を招きます。読み手の経験、悩み、価値観を勝手に断定しているからです。
二人称は、読者像を言い当てるためではなく、試せる行動を示すために使います。
- 決めつけ:あなたの資料は、情報が多すぎて伝わりません。
- 行動へ招く:資料の1ページ目を開き、読み手に決めてほしいことが一文で書かれているか確認してください。
前者は読み手を評価しています。後者は、読み手が自分で確かめられる行動を示しています。Web記事の導入、研修の演習、チェックリスト、相談への案内では、後者の二人称が使いやすいでしょう。
三つの視点を、一つの事例で役割分担させる
長い事例紹介を、最初から最後まで同じ視点で書く必要はありません。目的に合わせて役割を分けます。次は架空の例です。
一人称で、転機を見せる
「説明を増やせば伝わると思っていました。けれど、会議で最初に聞かれたのは『結局、今日は何を決めるのですか』でした」
一人称は、本人が何を信じ、何をきっかけに考えを変えたかを見せる部分に使います。実在の事例では、取材記録や承認済みの発言だけを引用します。
三人称で、変化を確かめる
担当者は、資料の冒頭を背景説明から判断事項へ変更した。各ページの見出しも、話題名ではなく、そのページで伝える結論に書き換えた。
三人称は、前後の違い、作業内容、測定できる結果を整理する部分に使います。「分かりやすくなった」と評価するだけでなく、何を変えたかを具体的に書きます。事例の因果を飛ばさない方法は、事例紹介を因果の鎖で組み立てる方法も参考になります。
二人称で、読後の一歩を示す
手元の資料を開き、1ページ目だけを読んでみてください。読み手に求める判断が一文で分かるでしょうか。
二人称は、事例を読者自身の作業へつなぐ最後に使います。物語の主人公を途中で読者へすり替えるのではなく、物語から持ち帰れる行動を示します。
「ストーリー設計」で、視点を選ぶ順序
伸滋Designの伝わる設計マップにある「ストーリー設計(ヒーローズ・ジャーニー)」は、人物が置かれた状況、直面した課題、選択や支援、変化、次の一歩を物語として見せる型です。視点は、この流れをどの位置から見せるかを決めます。
まず、物語の目的を決めます。本人の迷いや発見を追体験してほしいなら一人称が中心です。複数の出来事から再現できる教訓を取り出したいなら三人称が中心です。読後に試してほしいことがあるなら、最後に二人称を使います。
次に、各場面で確認できる情報を分けます。
- 本人だけが語れること:見たこと、考えたこと、迷ったこと、選んだ理由
- 外から確認できること:日時、手順、資料の変更、数値、関係者の役割
- 読み手が試せること:確認する箇所、答える問い、次に取る行動
本人だけが語れる内容を、取材なしに一人称で作らない。外から確認できる内容を、感想だけで済ませない。読者へ勧める行動を、性格や能力への決めつけにしない。この三つを守ると、視点の切り替えが文章上の演出ではなく、情報の信頼性を支える設計になります。
物語は数字より記憶に残る、と単純化するのも避けます。「物語は22倍記憶に残る」という説の検証で取り上げた通り、物語の効果は条件によって変わります。視点を選ぶことと、根拠を示すことは両立させてください。
根拠を実務へ使うときの限界
第一に、ここで紹介した研究の多くは、英語の短い物語や文学作品を使っています。日本語の敬語、省略された主語、企業の事例紹介で同じ大きさの効果が出るとは限りません。
第二に、没入、同一化、好意、反発、説得、行動意図は別の指標です。一人称で没入が高まっても、内容を好きになる、信じる、行動するところまで保証されません。Maらの研究のように、同一化は変わらず、反発だけが変わる場合もあります。
第三に、参加者や題材が限られています。大学生を対象にした公衆衛生の物語、文学作品、空間判断の課題を、BtoBの提案書へそのまま当てはめることはできません。実務では、読み手、目的、媒体に合わせて、小さく試し、質問や離脱、理解度を確かめます。
第四に、視点は事実の不足を補いません。一人称で臨場感を高めても、本人の承認、変更前後の証拠、結果の測定がなければ、信頼できる事例にはなりません。視点より先に、何が確認できているかを整理してください。
公開前チェックリスト
- この記事や資料で、読み手に何を感じ、理解し、行動してほしいか決めたか
- 一人称を、共感を生む万能な方法として扱っていないか
- 一人称の部分は、本人が実際に見たこと、考えたこと、選んだことか
- 実在する顧客の発言や内面を、取材なしに作っていないか
- 三人称で、背景、前後の変化、確認できる事実を示したか
- 「分かりやすくなった」だけでなく、何を変えたか書いたか
- 二人称で、読み手の性格や悩みを決めつけていないか
- 二人称は、読者が試せる行動や問いに使われているか
- 視点を切り替えたとき、誰が語っているか分かるか
- 没入、好意、説得、行動を同じ意味で扱っていないか
- 物語の近さと、事実の確認を両立させたか
- 日本語の媒体と読者で、小さく試す余地を残したか
まとめ:読み手との距離を、目的から選ぶ
一人称は、人物の経験へ近づくために使います。三人称は、出来事を引いて整理し、背景や変化を確かめるために使います。二人称は、読み手を評価するためではなく、試せる行動へ招くために使います。
大切なのは、「一人称なら共感される」という決め方をしないことです。本人の転機は一人称、確認できる変化は三人称、読後の一歩は二人称というように、伝える目的と情報の確かさに合わせて選びます。
顧客事例や提案資料で、体験談はあるのに変化が伝わらない、客観的に書くと人の姿が消えてしまう、と感じる場合は、情報ではなく視点の置き方に原因があるかもしれません。伸滋Designのお問い合わせフォームからご相談ください。取材で確認できる言葉と、外から検証できる事実を分け、読み手が変化を追える構成へ整えます。
参考文献
- Niese Z. He sees the forest, I see the trees: Narrative perspective shifts how abstractly people construe a text. Journal of Personality and Social Psychology. 2025.
- Hartung F, Burke M, Hagoort P, Willems RM. Taking Perspective: Personal Pronouns Affect Experiential Aspects of Literary Reading. PLOS ONE. 2016;11(5):e0154732.
- Samur D, Tops M, Slapšinskaitė R, Koole SL. Getting lost in a story: how narrative engagement emerges from narrative perspective and individual differences in alexithymia. Cognition and Emotion. 2021;35(3):576–588.
- Ma Z, Ma R, Ledford V. Is My Story Better Than His Story? Understanding the Effects and Mechanisms of Narrative Point of View in the Opioid Context. Health Communication. 2023;38(9):1847–1855.
- Brunyé TT, Ditman T, Mahoney CR, Augustyn JS, Taylor HA. When You and I Share Perspectives: Pronouns Modulate Perspective Taking During Narrative Comprehension. Psychological Science. 2009;20(1):27–32.
- Hatzipanayioti A, Galati A, Avraamides MN. The protagonist’s first perspective influences the encoding of spatial information in narratives. Quarterly Journal of Experimental Psychology. 2016;69(3):506–520.
- van Krieken K, Hoeken H, Sanders J. Evoking and Measuring Identification with Narrative Characters: A Linguistic Cues Framework. Frontiers in Psychology. 2017;8:1190.
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