新しいサービスの名前を決める会議を思い浮かべてください。「ガ行が入ると強そうだ」「サ行は軽やかだ」と、意見が割れることがあります。
こうした議論は、ふつう好みの問題として片づけられてきました。名前の響きは、意味とは無関係だと考えられてきたからです。
ところが心理学では、音そのものに人が共通して抱く印象があるのではないかと、100年近く調べられてきました。その代表が、「ブーバ・キキ効果(bouba/kiki effect)」です。
この記事では、この効果が世界でどこまで確かめられているかを整理します。そのうえで、ネーミングにどこまで使えるのかを、追試の結果も含めて確認します。名前を決める経営者、起業を考える人、資料やサービスに名前をつける担当者に向けた内容です。
「ブーバ」と「キキ」とは何か?
ブーバ・キキ効果とは、意味のない音を聞いて形を選ぶと、多くの人が同じ組み合わせを選ぶ現象です。丸い形には「ブーバ」、とがった形には「キキ」が選ばれやすくなります。
原型は、ゲシュタルト心理学者のケーラーが1929年に報告した実験です。その後、ラマチャンドランとハバードが2001年に「ブーバ・キキ」の名前で広めました。幼い子どもでも同じ傾向があります。カナダのマウラーらは2006年に、2歳半の子ども20人と大人20人を比べました。どちらも、丸い母音の語を丸い形に、とがった母音の語をとがった形に結びつけました(いずれも p<.0005)。年齢による差は見られませんでした。
ここで大切なのは、これが「正解のある知識」ではなく「直感の偏り」だという点です。丸い唇で出す音は丸く、舌で鋭くはじく音はとがって感じられやすい、と考えられています。ただし、理由の説明は研究者の間でも一つに定まっていません。
この効果は、どこまで世界共通なのか?
25の言語・917人を対象にした実験では、丸い形にブーバを選ぶ「一致」は全体で72%でした。偶然なら50%なので、世界規模で傾向は確認されたといえます。
これは、チフィエクらの国際共同研究チームが2022年に発表した研究です。9つの語族、10種類の文字体系の話者が参加しました。音声で聞いた「ブーバ」「キキ」を、丸い形ととがった形に対応づける課題です。
ローマ字を使う言語の平均は75%、それ以外は63%でした。ただし文字の違いによる差は小さく、統計的にははっきりしていません(信用区間が0をまたいでいます)。
一方で、例外もあります。ルーマニア語、中国語(北京語)、トルコ語の3言語は、一致率が50%を下回りました。また、キキとトゲトゲの対応が確認された言語は25のうち11にとどまり、ブーバと丸の対応(22言語)より弱い結果でした。参加者の86%が多言語話者で、英語に触れる機会も多い点にも注意が必要です。オンライン調査のため、高学歴の人に偏っている可能性もあります。
整理すると、「多くの言語で見られる傾向」ではあっても、「すべての人に通じる法則」ではありません。
名前の音は、商品の印象を動かすのか?
母音の種類で商品の印象が変わることは、日本の成人を対象にした追試でも確かめられました。ただし、同じ論文で追試された他の感覚マーケティング研究の多くは、再現されませんでした。
マーケティング研究者のクリンクは2000年に、架空のブランド名を使った実験を行いました。「ピ」のような前舌母音は、小さく軽い印象を与えました。「ポ」のような後舌母音は、大きく重い印象を与えました。前舌母音とは、舌を口の前寄りにして出す母音のことです。2012年にはシュラムらが、繊細な商品には前舌母音、頑丈な商品には後舌母音が好まれることを示しました。
2022年に、茂木と井関が、感覚マーケティングの有名研究10件を追試しました。対象は日本の成人823人で、事前登録つきのオンライン実験です。事前登録とは、分析方法を実験の前に公開しておく仕組みです。都合のよい解析を避けられます。
結果は、10件中2件だけが再現されました。再現できたのは、クリンクの研究とシュラムらの研究です。クリンクの研究では、13の属性のうち11で予想どおりの結果が出ました。
この結果には二つの読み方があります。一つは、視覚を扱う研究の多くが再現できなかったという警告です。もう一つは、音と印象の対応は、それでも比較的しっかりしているという手がかりです。ただし、この追試は1つのチームによる1回の検証です。今後の追試も待つ必要があります。追試が持つ意味は、特定可能な被害者効果の追試を扱った記事でも扱っています。
発音しやすい名前は、本当に得をするのか?
発音しやすい名前は好意的に見られやすい、という研究はあります。ただし、効果は短期的で、因果関係の確定には慎重さが必要です。
プリンストン大学のアルターとオッペンハイマーは、2006年に米国の株式市場を調べました。ニューヨーク証券取引所とアメリカン証券取引所の上場企業の社名や銘柄コードの発音しやすさと、上場直後の株価を比べた研究です。発音しやすい上位10社に1,000ドルを投じた場合、発音しにくい10社より、1日で112ドル多い利益になりました。ただし、この差は1週間、6か月、1年と時間がたつにつれて弱まりました。
もう一つは、グリーンとジェームによる2013年の研究です。米国の14,296社を調べ、社名が短い、英語らしい、辞書に載っているといった特徴を「なじみやすさ」の指標にしました。すると、なじみやすい名前の企業は、割高に評価され、個人投資家や投資信託の株主も多い傾向がありました。
いずれも、過去のデータを分析した観察研究です。名前以外の要因が影響している可能性を、完全には排除できません。「読みやすい情報は、好ましく感じられやすい」という心理は、認知流暢性と資料デザインの記事でも詳しく紹介しています。一方で、読みにくさが記憶を助ける場面もあることは、読みにくいフォントと記憶の記事で確認しました。
明日からの命名に、どう使えばいいのか?
音の理論は、最終決定の道具ではなく、候補を絞るための道具として使うのが現実的です。理由は、効果が「傾向」であり、言語や文脈で変わるからです。
実務では、次の四つを順に行います。
- 音の方向を決める:小さく軽い印象を狙うなら、前舌母音のイ・エを意識します。大きく重い印象を狙うなら、後舌母音のウ・オを意識します。
- 声に出して確かめる:電話や会議で、3人に読み上げてもらいます。つまずく箇所があれば直します。
- 印象語を聞く:「丸い・鋭い」「重い・軽い」などの言葉で、名前の印象を答えてもらいます。狙った印象と合っているかを見ます。
- 検索と商標を確認する:同名の企業や商品が多いと、覚えられても見つけてもらえません。
名前は、キャッチコピーと同じく、短い言葉で相手の期待をつくります。言葉の選び方は、キャッチコピーの科学的な分解記事でも整理しています。起業前の方は、事業アイデアの整理に起業前マップも使えます。
この結果を、どこまで信じてよいのか?
強く言えるのは、「音と形に対応の傾向がある」という点までです。ネーミングへの応用は、まだ検証の途中です。
まず、ブーバ・キキ効果の実験は、どれも実際の商品名ではなく、意味のない音を使っています。実在するブランドは、意味や見た目、広告など多くの要素が重なります。次に、株価の研究は観察データです。最後に、追試は日本の成人を対象にした1件で、他の文化圏での確認はこれからです。「この音を入れれば売れる」と読むのは、行きすぎです。
よくある質問
ブーバ・キキ効果は、日本人にも当てはまりますか?
当てはまる傾向はあります。日本の成人823人の追試(Motoki & Iseki, 2022)で、前舌母音と後舌母音の印象の対応が再現されました。ただし、この追試はブーバ・キキそのものではなく、ブランド名の母音の研究です。
社名は短いほうが良いのでしょうか?
短い名前のほうが、なじみやすく評価されやすい傾向があります。米国の14,296社を調べた2013年の研究で、名前の短さは指標の一つでした。ただし観察研究のため、名前だけが原因とは言い切れません。
濁音の入った名前は強く見えますか?
今回確認した論文の範囲では、濁音そのものを対象にした数値は取り上げていません。母音では、後舌母音が「大きく重い」印象と結びつくという結果があります。濁音の効果を使う場合は、自社の聞き手で確かめてください。
名前を決めるとき、最初に何をすればよいですか?
伝えたい印象を、2〜3個の言葉で書き出します。「やわらかい」「信頼できる」「新しい」などです。そのうえで、候補の名前を3人に声に出して読んでもらい、印象語を聞きます。
まとめ
ブーバ・キキ効果は、25言語・917人で72%の一致が確認された、比較的しっかりした傾向です。ただし、3言語では50%を下回り、万国共通とは言えません。
商品名への応用では、日本の成人823人の追試で母音の印象の対応が再現されました。一方、視覚を扱う他の研究の多くは再現されませんでした。発音のしやすさも、短期的な効果が中心です。
次の一歩は、いま検討している名前の候補を、3人に声に出して読んでもらうことです。つまずいた音と、聞き手が挙げた印象語をメモしてみてください。それだけで、候補の絞り込みが進みます。
出典リスト
- Ćwiek, A. et al. (2022). The bouba/kiki effect is robust across cultures and writing systems. Philosophical Transactions of the Royal Society B. 論文PDF / DOI
- Maurer, D., Pathman, T., & Mondloch, C. J. (2006). The shape of boubas: Sound–shape correspondences in toddlers and adults. Developmental Science, 9(3). 書誌ページ
- Klink, R. R. (2000). Creating brand names with meaning: The use of sound symbolism. Marketing Letters. DOI
- Motoki, K. & Iseki, S. (2022). Evaluating replicability of ten influential research on sensory marketing. Frontiers in Communication. 論文ページ
- Alter, A. L. & Oppenheimer, D. M. (2006). Predicting short-term stock fluctuations by using processing fluency. PNAS. プリンストン大学の解説記事(原論文のURLは未確認のため、解説記事を掲載しています)
- Green, T. C. & Jame, R. (2013). Company name fluency, investor recognition, and firm value. Journal of Financial Economics. CFA Institute による要約(原論文のURLは未確認)
- Shrum, L. J. et al. (2012). International Journal of Research in Marketing. 上記 Motoki & Iseki (2022) の記載に基づく引用です(原典URLは未確認のためリンクなし)。
- Köhler, W. (1929). Gestalt Psychology/Ramachandran, V. S. & Hubbard, E. M. (2001). Journal of Consciousness Studies, 8. 歴史的な経緯の記述です(URLは未確認のためリンクなし)。
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