商談の途中で、こう言われた経験はないでしょうか。「そのご説明、もう少し具体的にしていただけますか」。資料を作り直し、数字や固有名詞を足すと、ようやく相手が頷いてくれます。
ところが別の場面では、逆のことが起きます。投資家の前で新規事業を語るとき、機能や仕組みを細かく説明するほど、なぜか反応が鈍くなることがあります。「もっと大きな話をしてほしい」と言われてしまうのです。
「具体的に話したほうが伝わる」というのは、営業研修でもプレゼン指導でも、昔からよく言われてきました。実際、この10年ほどの心理学・行動経済学の実験は、この通説をかなりの精度で裏付けています。
ただし同じ研究群は、具体的な言葉がむしろ足を引っ張る場面があることも示しています。解釈レベル理論(CLT)が扱う「心理的な距離」が、その境界線に深く関わっています。
この記事では、この現象――「具体性効果(Concreteness Effect)」――を実験データから整理します。具体的な言葉が力を持つ場面と、抽象的な言葉に軍配が上がる場面を、それぞれ見ていきます。
具体性効果とは何か
具体性効果とは、抽象的な言葉より具体的な言葉のほうが記憶に残りやすく、相手の行動も動かしやすいという心理現象です。接客の会話から投資家向けの決算説明まで、幅広い場面で確認されています。
「あの黄緑のスニーカー」が顧客満足を動かした
ジョナ・バーガー(Jonah Berger)氏はウォートン校の、グラント・パッカード(Grant Packard)氏はヨーク大学の研究者です。二人は、接客時の言葉の具体性を調べました。2023年発表のこの研究では、顧客満足度との関係が検証されています(Packard & Berger, 2023, Journal of Consumer Research)。
研究チームはまず、あるアパレル通販会社の電話対応185件を、自然言語処理で分析しました。スタッフが「靴」ではなく「あの黄緑のナイキ」のように具体的に話すほど、満足度が高くなる傾向が出ています。具体性が1標準偏差(統計学で「ばらつきの1目盛り分」を意味する単位です)上がるごとに、満足度は8.9%上昇していました。この差が偶然でない確率を示すp値は0.019でした。
別の小売企業では、メール対応941件を90日間追跡しました。具体的な言葉を使うスタッフとやり取りした顧客ほど、その後の購入額が13%多くなっていたのです(p=0.011)。追加の実験3本でも、同じ傾向が確かめられました。具体性は「話を聞いてもらえている」という感覚を生み、それが満足度と購入意欲を押し上げていました。
注意したい点が一つあります。この研究が測っているのは「話し方の抽象度」であり、話す内容の正しさや誠実さではありません。具体性は中身が伴ってはじめて効果を発揮します。
SNSでも「具体的な投稿」ほど拡散される
具体性効果は、1対1の会話だけでなく、不特定多数への発信でも確認されています。
ダニヤン・フー(Danyang Hu)氏らのチームが、2026年に研究を発表しました。掲載誌は『Quarterly Journal of Experimental Psychology』です。分析対象は、Twitter(現X)の投稿約1,500万件と、Redditの投稿約5万件です(Hu et al., 2026)。
Twitterの分析では、具体性・語の習得しやすさ・感情の強さが高い投稿ほど、リツイートされやすい傾向が出ていました。逆にユーモアや支配的な物言いは、リツイートされにくいという結果でした。いずれも統計的に意味のある差でした(p<.001)。Redditでは、投稿の具体性が基準1単位分上がるごとに、平均で約216件のアップボートが増えていました。
さらに167人を対象にした実験も行われました。事前登録済み実験と呼ばれる手法で、分析方法を実施前に公開し、結果の後付け解釈を防ぐ工夫がされています。参加者は具体的な投稿を、統計的に有意な差で選びやすいことが確かめられました(t(166)=15.36、p<.001)。具体性の差が大きいほど、選ばれやすさの差も広がっていました。
文章のうまさや面白さより、具体的かどうかが拡散を左右していました。覚えておく価値のある結果です。
なぜ具体的な言葉は記憶に残るのか
この現象を最初に理論化したのは、カナダの心理学者アラン・パイヴィオ(Allan Paivio)氏です。1971年、「二重符号化理論(Dual Coding Theory)」を提唱しました。具体的な言葉は、言語的な処理と、頭の中でイメージを思い浮かべる視覚的な処理という、2つの経路で記憶されると説明する理論です。
「ナイキの黄緑のスニーカー」と聞けば、多くの人が実際の映像を思い浮かべられます。一方「ソリューション」や「エンゲージメント」のような抽象語は、イメージを結びにくい言葉です。言語的な経路だけに頼ることになり、記憶の手がかりが1本しかないぶん、抜け落ちやすくなります。
この理論はその後、「文脈利用可能性理論」という説明でも補強されてきました。具体語はそれ単体で状況を思い浮かべやすく、抽象語は前後の文脈がないと意味を確定しにくい、という考え方です(Schwanenflugel, 1991)。どちらの理論が正しいかは、今も議論が続いています。ただし「具体語のほうが処理しやすく、記憶に残りやすい」という現象そのものは、繰り返し確認されてきました。ブリスバート(Brysbaert)氏らが2014年に作成した、4万語規模の英単語の具体性評定データベースも、その積み重ねの一つです(Brysbaert et al., 2014, Behavior Research Methods)。
話し手が身振り手振りを使うと理解が深まる現象も、この二重符号化の考え方で説明されています。詳しくはジェスチャーと二重符号化理論の記事で扱っています。
それでも「抽象的な言葉」が勝つ場面がある
ここまでの研究だけを見ると、「とにかく具体的に話せばよい」という結論になりそうです。しかし行動経済学者のジョナ・バーガー氏自身が、それに反する例を紹介しています(Berger, Behavioral Scientist)。
配車サービスの草創期、Uber社は自社を「スマートフォンアプリ」とは説明しませんでした。「移動の課題を解決するソリューション」という抽象的な言葉を選んでいたのです。投資家に対しては、この抽象化が「市場はもっと大きい」という期待を抱かせました。結果として、出資を引き出すうえで有利に働いた、とバーガー氏は分析しています。
なぜ具体性の効果が逆転するのでしょうか。手がかりの一つは、南カリフォルニア大学のシェリル・ワクスラック(Cheryl Wakslak)氏らの研究です。権力や地位のある人ほど、日常的に抽象度の高い言葉を使う傾向があります。逆に、抽象的な言葉を使うこと自体が「この人は力を持っている」という印象を相手に与えることも確認されています(Wakslak et al.)。
もう一つの手がかりは、解釈レベル理論(CLT)が扱う「心理的な距離」です。CLTでは、時間的・空間的・社会的に「遠い」対象ほど、人は抽象的に捉えやすいとされています。投資家にとって、まだ実現していない事業の未来像は「遠い」対象です。そこに細かい仕様の話を持ち込むと、かえって小さな話に聞こえてしまいます。
整理すると、具体的な言葉が強いのは「実行できるか(How)」を伝えたいときです。抽象的な言葉が強いのは「なぜ価値があるか(Why)」を伝えたいときです。これがバーガー氏の見立てです。
決算説明会でも「具体性」は投資家の反応を左右する
経営者の言葉の具体性は、投資家の反応にも表れます。調べたのは、カリフォルニア大学リバーサイド校のチームです(Pan et al., 2018, Strategic Management Journal)。中心メンバーはジェラー・ハレブリアン(Jerayr Haleblian)氏でした。S&P1500の採用企業から500社を抽出しています。対象は2007年から2013年までの決算説明会、6,000件以上です。
業績が市場予想を下回った回に、注目すべき傾向がありました。経営者がより具体的な言葉で説明したときほど、株式市場は好意的に反応していたのです。研究チームは「透明性を保つことが報われる」と結論づけています。
一方で、具体性が常に安全というわけでもありません。2024年にSSRNで公開された作業論文(査読前の段階にある論文です)があります。具体的な言葉と誇張表現が組み合わさると、投資家の評価がかえって下がりうると報告されています(Bennett et al.)。この論文は未査読のため、数値の詳細はここでは紹介しません。ただし「具体的であること」と「大げさであること」は別物だ、という指摘は実務上も参考になります。
明日から使える3つのチェックポイント
ここまでの研究を踏まえると、3つを意識するだけで、言葉の具体性を目的に合わせて調整できます。
1. 相手との「距離」を先に決める
資料を作る前に、相手が「近い」相手か「遠い」相手かを決めます。日々顔を合わせる現場や既存顧客は、近い相手です。まだ会ったことのない投資家や、数年先の展望を聞く相手は、遠い相手です。近ければ具体語、遠ければ抽象語を基調にします。
2. HowとWhyを混ぜない
資料の中に、Whyを語る部分とHowを語る部分が混在していないか確認します。抽象的な部分と具体的な部分は、章として分けます。混在させると、どちらの効果も弱まります。組織の理念を現場の行動に落とし込む具体的な手法は、「3層翻訳」の記事で詳しく扱っています。
3. 数字と固有名詞で検算する
書き終えた文章から、数字・固有名詞・動作を表す動詞を抜き出してみます。近い相手向けの文章なのに、抜き出せる語が少なければ、抽象語に寄りすぎているサインです。逆に遠い相手向けの資料で細部が多すぎる場合は、数字の見せ方を工夫すると整理しやすくなります。詳しくはフレーミング効果の記事で扱っています。
自分の話し方や資料が、具体語と抽象語のどちらに偏りやすいか。客観的に確認したい方は、伝わる型診断も参考にしてください。
よくある質問
具体性効果は、日本語でも同じように働きますか
紹介した研究の多くは英語圏のデータです。ただし二重符号化理論そのものは、言語に依存しない記憶の仕組みを扱っています。日本語話者を対象にした実験でも、同様の傾向が報告されています。本記事で紹介した具体的な数値(8.9%や13%など)は英語圏のデータであり、日本語での再現値ではない点にはご注意ください。
プレゼン資料は、全体を具体語で統一すべきですか
いいえ。本記事で見た通り、有利な方向は目的によって変わります。目的がWhy(価値や可能性の提示)かHow(実行方法の提示)かで、判断が分かれます。1つの資料の中でも、冒頭のビジョン部分は抽象語、実行計画の部分は具体語、と使い分けるのが実務的です。
「具体的に」と言われたら、とにかく数字を増やせばよいのでしょうか
数字はあくまで手段の一つです。パッカード氏とバーガー氏の研究が示しているのは、具体性が「聞いてもらえている感覚」を通じて効くという仕組みです。数字の羅列そのものが目的化すると、逆効果になりえます。相手の状況に触れた具体的な言葉かどうかが重要です。
投資家向けの説明を抽象的にしすぎると、誠実さを疑われませんか
その懸念は妥当です。パン氏らの2018年の研究では、業績が予想を下回った局面で、具体性が投資家の信頼を支えていました。抽象語が有利なのは、主に「可能性や価値」を語る場面です。実績や見通しの説明では、具体性を保つほうが安全です。
まとめ
具体的な言葉は、接客でもSNSでも決算説明会でも、記憶に残りやすいことが分かっています。相手の行動も動かしやすいことが、複数の研究で確認されています。背景には、具体語が言語と視覚イメージの2つの経路で記憶される、という二重符号化理論の仕組みがあります。
ただし、相手との心理的な距離が遠い場合は話が変わります。投資家に事業の可能性を語る場面のように、抽象的な言葉のほうが評価を高めることもあります。次に資料を作るときは、まず相手との距離を決めてください。そのうえでHowとWhyを章で分け、最後に数字と固有名詞で検算してみてください。
出典
- Packard, G., & Berger, J. (2023). How Concrete Language Shapes Customer Satisfaction. Journal of Consumer Research, 47(5), 787-806. 論文リンク
- Hu, D., Pilgrim, C., Zhao, W., & Hills, T. T. (2026). Concrete language enhances sharing of social media posts on Twitter, Reddit, and experimentally. Quarterly Journal of Experimental Psychology. 論文リンク
- Paivio, A. (1971). Imagery and Verbal Processes. Holt, Rinehart and Winston.(二重符号化理論の原典)
- Schwanenflugel, P. J. (1991). The Concreteness Effect: Evidence for Dual Coding and Context Availability. 論文リンク
- Brysbaert, M., Warriner, A. B., & Kuperman, V. (2014). Concreteness ratings for 40 thousand generally known English word lemmas. Behavior Research Methods, 46, 904-911. 論文リンク
- Pan, Y., Pirinsky, C., Wang, Q., & Haleblian, J. (2018). Concreteness of language in earnings calls and investor reactions. Strategic Management Journal(研究紹介:UC Riverside News)記事リンク
- Bennett, G. B., Irons, C., MacKenzie, N. L., & Wang, E. Can Concrete Language Backfire? The Joint Effect of Concrete and Extreme Language on Investors’ Judgments(査読前論文・SSRN)論文リンク
- Wakslak, C. J., et al. Using Abstract Language Signals Power. 論文リンク
- Berger, J. The Magic of Knowing When to Use Concrete vs. Abstract Language. Behavioral Scientist. 記事リンク
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