会議で部下の資料に誤った数字を見つけ、その場で指摘したとします。相手は「いえ、これで合っています」と食い下がりました。翌週になっても、その数字はそのまま残っていました。
こうした場面を説明する言葉として、日本でもここ数年「バックファイア効果」がよく引かれます。「間違いを正すと、人はかえって元の考えを強める」という説です。研修や営業のノウハウ本、SNSの解説で見かけた方も多いでしょう。
ところが、この説の科学的な土台は、2019年を境に大きく揺らぎました。約1万人を対象にした大規模な追試が、「逆効果」を1件も見つけられなかったからです。
この記事では、元になった研究で何が起きたのか、追試で何がわかったのか、そして訂正が本当に届きにくいのはどんな条件なのかを整理します。部下や顧客、聴衆の思い込みを正す立場にある方に向けた内容です。
バックファイア効果とは何か
バックファイア効果(backfire effect)とは、誤りを訂正された人が、訂正前よりもその誤りを強く信じるようになる現象を指します。訂正が「効かない」だけではなく、「逆に働く」と主張する点が特徴です。
元になった2010年の実験で何が起きたか
この言葉を広めたのは、政治学者のブレンダン・ナイハンとジェイソン・ライフラーが2010年に発表した論文です。米国中西部の大学の学生130人に、模擬のニュース記事を読んでもらいました。記事には「イラクには大量破壊兵器があった」と示唆する政治家の発言が含まれていました。半数の参加者には、それを否定する訂正文が添えられていました。
結果は意外なものでした。自分を保守と答えた参加者では、訂正文を読んだ人のほうが「兵器はあった」と答える割合が高かったのです。訂正なしでは32%、訂正ありでは64%でした。一方、保守以外の参加者では22%から13%へ下がり、訂正は素直に効いていました。
ただし、この保守の参加者は33人です。しかも論文の著者たち自身が、翌2006年に行った2回目の実験では、同じ題材で逆効果を再現できませんでした。逆効果らしい結果が出たのは、減税をめぐる別の題材だけでした。
なぜこれほど広まったのか
参加者130人の一つの実験にしては、この結果は異例の広がりを見せました。理由は三つ考えられます。第一に、「正論をぶつけると人は意固地になる」という実感に合っていたことです。第二に、政治的な対立が深まる時期と重なり、「事実を示しても無駄だ」という説明が求められていたことです。第三に、書籍や講演で引用されるたびに、条件が省かれて単純化されたことです。
「何度も聞いた話ほど本当らしく思える」という現象は、別の名前で研究されています。詳しくは真実性の錯覚の記事で扱いました。バックファイア効果は、まさにこの仕組みに乗って広まった説だと言えます。
1万人の追試は何を見つけたか
2019年、政治学者のトーマス・ウッドとイーサン・ポーターが、この効果を正面から検証しました。5つの実験で合計1万100人以上を集め、52の争点について訂正の効果を測りました。逆効果が起きた争点は、ゼロでした。
この追試は、逆効果が出やすい条件をあえて選んでいます。移民、銃、中絶、気候変動など、立場が割れる争点ばかりを扱いました。訂正の対象も、参加者と同じ側の政治家の発言に設定しました。それでも、どの政治的立場の参加者も、平均すれば訂正の方向へ考えを改めていました。
著者たちは、大量破壊兵器の題材も元の実験と同じ文面で再現しています。すると、元の実験と同じ長く込み入った質問文を使ったときだけ、逆効果らしい結果が出ました。質問文を短くすると消えました。元の結果は、質問の作り方に左右されるもろいものだった可能性があります。
「見慣れると信じる」型の逆効果も見つからなかった
バックファイア効果には、もう一つの型があります。訂正のために誤りを繰り返すと、誤りに見慣れてしまい、かえって信じるようになるという「親近性型」です。この型も検証されました。認知心理学者のウルリッヒ・エッカーらは2020年、合計1,718人が参加した3つの実験で、誤りを一度も聞いたことがない人に訂正を見せました。それでも、誤りを信じる度合いは上がりませんでした。訂正の中で誤りに触れることは安全だと、著者らは結論づけています。
なぜ「逆効果」が見えてしまったのか
2020年、心理学者のブライオニー・スワイア=トンプソンらは、この分野の研究を総ざらいしました。結論は、バックファイア効果は「頑健な現象とは言えない」というものです。同時に、なぜ幻が見えたのかを測定の側面から説明しています。
鍵は、信念の測り方の信頼性です。「この主張にどれくらい同意しますか」という1問だけの尺度は、同じ人に2回聞いても答えがぶれます。ぶれが大きい尺度では、最初に極端な答えをした人ほど、2回目は平均側に戻ります。これを「平均への回帰」と呼びます。
訂正の前後で信念を測ると、この戻りが「訂正のせいで信念が動いた」ように見えてしまいます。とくに、最初から誤りをあまり信じていなかった人では、2回目の答えが偶然上がるだけで「逆効果」に分類されます。参加者が少なければ、こうした偶然の揺れが目立ちます。
注釈:「信頼性」とは、同じものを同じ方法で測ったときに、結果がどれくらい一致するかを表す指標です。「平均への回帰」は、極端な測定値が次の測定では平均に近づく統計的な傾向で、本当の変化とは区別して考える必要があります。
では、訂正は効くのか
逆効果は幻でした。では訂正は効くのでしょうか。複数の研究を統合したメタ分析は、「効くが、誤りは完全には消えない」と答えています。
注釈:メタ分析とは、複数の研究の結果を統計的に統合し、全体としての効果の大きさを推定する手法です。効果量 d は、2つの条件の平均の差を標準偏差で割った値で、0.2で小、0.5で中、0.8で大が目安です。効果量 r は相関係数で、0.1で小、0.3で中、0.5で大が目安です。
訂正は効く。しかし誤りは残る
心理学者のマンプイ・サリー・チャンらは2017年、52研究・6,878人のデータを統合しました。訂正によって誤った信念が下がる効果は d=1.14〜1.33 と大きなものでした。ただし、訂正を受けたあとも誤りの影響が残る度合いも d=0.75〜1.06 と大きな値でした。訂正は効きますが、誤りを完全には消しません。
この「訂正後も残る影響」は、継続影響効果(continued influence effect)と呼ばれます。誤りを聞いた人は、あとで訂正を受け入れても、推論の中でその誤りを使い続けます。日本語では、田中優子らが2022年に『認知科学』誌で、この効果をめぐる研究動向を整理しています。人が誤った情報に触れたあとに記憶まで変わる仕組みは、誤情報効果と議事録の記事で扱いました。
分野によって効き目が違う
コミュニケーション学者のネイサン・ウォルターとシーラ・マーフィーは2018年、65研究を統合しました。訂正の効果は全体で r=0.35 でした。ただし分野差が大きく、健康 r=0.27 に対し、政治 r=0.15、マーケティング r=0.18 にとどまりました。さらに、実験のために作られた誤りは r=0.48 で訂正しやすい一方、現実に流布している誤りは r=0.14 でした。
チャンらのメタ分析では、もう一つ重要な条件が見つかっています。誤りを聞いたあと、参加者が「なぜそれが正しいのか」の理由を自分で考えた場合、訂正の効果は弱まり、誤りの残存は強まりました。相手が誤りを自分の言葉で説明してしまった後では、訂正が届きにくくなります。
効果は時間とともに薄れる
ナイハン自身も2021年、米国科学アカデミー紀要(PNAS)で自説を見直しています。誤った信念が長く残る理由は、逆効果ではないと述べました。訂正は、受け取られれば少なくともある程度は効きます。しかし、その効果は時間とともに減衰し、政治家やメディアからの繰り返しの発信に押し戻される。これが現在の見立てです。
訂正が届きにくい3つの条件
ここまでの研究を整理すると、「逆効果」を恐れる必要はない一方で、訂正が薄まる条件は具体的に見えてきます。
- 相手がすでに誤りを自分の言葉で説明している。理由を自分で作った後では、訂正の効果が弱まり、残存が強まります。
- 誤りが「自分たちの側」の立場と結びついている。政治的な争点では、訂正の効果は健康分野の半分程度にとどまります。
- 訂正が一回きりで、誤りのほうは繰り返し届いている。訂正の効果は減衰し、繰り返される側が優勢になります。
裏返せば、早く、理由を添えて、繰り返し訂正することが、届く条件になります。
明日から使える「届く訂正」の組み立て方
2020年、22人の研究者が合意してまとめた「デバンキング・ハンドブック2020」は、訂正の標準的な型を示しています。事実、誤りへの警告、誤り、なぜ誤りなのかの説明、事実、という順序です。
- 正しい事実を先に、短く言います。相手の頭に最初に入るのを、誤りではなく事実にするためです。
- 「よくある誤解ですが」と一言添えてから、誤りを一度だけ述べます。繰り返しは安全ですが、必要以上には反復しません。
- なぜその誤りが生まれたのかを説明します。「古いデータが使い回されている」「集計の範囲が違う」など、誤りの出どころを示すと、相手は誤りの代わりに入れる説明を手に入れます。
- 最後にもう一度、正しい事実で締めます。
加えて、相手の立場を守ることも欠かせません。人前で誤りを指摘される場面は、体面の問題になります。チャンらのメタ分析が示したとおり、相手が誤りを自分の言葉で擁護し始めた後では、訂正が届きにくくなります。まず一対一で、相手が擁護に回る前に伝えるのが現実的です。異論や指摘が組織の中でどう扱われるかという土台については、心理的安全性の記事で詳しく述べています。
もう一つ有効なのは、誤りが広まる前に手を打つことです。予想される誤りとその反論を先に伝えておく「プレバンキング」は、事後の訂正より効果が安定しています。詳しくは接種理論の記事をご覧ください。
よくある質問
バックファイア効果は完全に否定されたのですか?
「絶対に起きない」と証明されたわけではありません。ただ、1万人規模の追試で1件も見つからず、専門家のレビューも「頑健な現象ではない」と結論づけています。訂正を控える理由にはならない、というのが現在の共通理解です。
訂正のために誤りを繰り返しても大丈夫ですか?
大丈夫です。誤りを聞いたことのない人にも訂正を見せた1,718人の実験で、誤りへの信念は上がりませんでした。ただし、事実を先に置き、誤りは1回にとどめる型が推奨されています。
それでも「正すと意固地になる」実感があるのはなぜですか?
訂正を受けた人が、その場で態度を変えないことはよくあります。しかしそれは「変わらない」のであって、「逆に強まる」のとは違います。加えて、人前での指摘は体面の問題になり、相手は擁護に回りやすくなります。これは訂正の内容ではなく、伝える場面の問題です。
ビジネスの場でも同じことが言えますか?
研究の多くは政治や健康の誤情報を扱っています。マーケティング分野の訂正は効果が弱め(r=0.18)でした。職場での応用は、類推を含むと考えてください。ただし「事実を先に、理由を添えて、繰り返す」という型は、分野を問わず使えます。
まとめ
「訂正すると逆に信じ込む」というバックファイア効果は、130人の実験のうち保守の参加者33人の結果から広まりました。1万100人以上・52争点の追試では、逆効果は1件も見つかっていません。逆効果に見えた結果は、信頼性の低い尺度と少人数がもたらす統計的な揺れで説明できます。
訂正は効きます。ただし誤りの影響は残り、政治的な争点や現実に広まった誤りでは効き目が小さくなります。恐れるべきは「反発」ではなく「残存」です。
次の一歩として、明日の会議で誤りを正すときは、否定から入らず、正しい事実を先に置いてみてください。そして「なぜその誤りが生まれたか」を一言添えます。相手が擁護に回る前に、一対一で伝えることも忘れずに。
出典
- Nyhan, B., & Reifler, J. (2010). When corrections fail: The persistence of political misperceptions. Political Behavior, 32(2), 303–330. https://link.springer.com/article/10.1007/s11109-010-9112-2
- Wood, T., & Porter, E. (2019). The elusive backfire effect: Mass attitudes’ steadfast factual adherence. Political Behavior, 41(1), 135–163. https://link.springer.com/article/10.1007/s11109-018-9443-y
- Swire-Thompson, B., DeGutis, J., & Lazer, D. (2020). Searching for the backfire effect: Measurement and design considerations. Journal of Applied Research in Memory and Cognition, 9(3), 286–299. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32905023/
- Ecker, U. K. H., Lewandowsky, S., & Chadwick, M. (2020). Can corrections spread misinformation to new audiences? Testing for the elusive familiarity backfire effect. Cognitive Research: Principles and Implications, 5, 41. https://link.springer.com/article/10.1186/s41235-020-00241-6
- Chan, M. S., Jones, C. R., Hall Jamieson, K., & Albarracín, D. (2017). Debunking: A meta-analysis of the psychological efficacy of messages countering misinformation. Psychological Science, 28(11), 1531–1546. https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/0956797617714579
- Walter, N., & Murphy, S. T. (2018). How to unring the bell: A meta-analytic approach to correction of misinformation. Communication Monographs, 85(3), 423–441. https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/03637751.2018.1467564
- Nyhan, B. (2021). Why the backfire effect does not explain the durability of political misperceptions. Proceedings of the National Academy of Sciences, 118(15), e1912440117. https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.1912440117
- Ecker, U. K. H., Lewandowsky, S., Cook, J., et al. (2022). The psychological drivers of misinformation belief and its resistance to correction. Nature Reviews Psychology, 1, 13–29. https://www.nature.com/articles/s44159-021-00006-y
- Lewandowsky, S., Cook, J., Ecker, U. K. H., et al. (2020). The Debunking Handbook 2020. https://skepticalscience.com/debunking-handbook-2020-downloads-translations.html
- 田中優子・犬塚美輪・藤本和則 (2022). 誤情報持続効果をもたらす心理プロセスの理解と今後の展望:誤情報の制御に向けて. 認知科学, 29(3), 509–527. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcss/29/3/29_2022.003/_article/-char/ja/
\ LINE登録で無料プレゼント /
『9つの伝わる型 図解ハンドブック 完全版』
PDF・57ページ/35の研究にもとづく「なぜ効くのか」まで解説
60秒診断・伝え方ミニ講座もLINEでお届けします
📱 友だち追加して特典を受け取る登録は無料・配信はいつでも解除できます