「来月の頭には出せます」。打ち合わせの終わりに、そう答えたとします。頭の中には段取りが見えていて、口から出まかせではありません。ところが実際に出せたのは、その2週間あとでした。
こうしたずれは、意志の弱さだけでは説明がつきません。人は自分の仕事にかぎって、かかる時間を短く見積もる。1994年の実験以来、そう語られてきました。ただし近年、この「必ず短くなる」という前提そのものが問い直されています。この記事では、もとの実験が出した数字と、その後の再検討、そして見積もりを相手にどう伝えるかまでを順に見ていきます。納期や工数を口にする立場の方に向けた内容です。
計画の錯誤とは?——自分の予定にだけ効く楽観
計画の錯誤(planning fallacy)とは、自分がこれから取りかかる仕事について、完了までの時間を実際より短く見積もる傾向のことです。ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーが1979年に名づけ、1994年にロジャー・ビューラーらが実験で確かめました。
卒業論文はいつ終わったのか
ビューラー、グリフィン、ロス(1994)は、カナダのウォータールー大学で卒業論文に取り組む学生に電話をかけました。集計対象になったのは33人です。
学生が答えた「最も確からしい完成日」は、平均33.9日後でした。実際にかかったのは平均55.5日。予測どおりに終えられた人は29.7%にとどまりました。
興味深いのは、悲観側の見込みも当たらなかったことです。「すべてが最悪の展開になったら」と条件をつけて答えてもらった日数は、平均48.6日でした。それでも実際の55.5日には届いていません。この悲観的な期日までに終えた人は48.7%です。
この傾向は卒論だけの話ではありません。同じ研究の別の実験では、1週間以内に終える予定の課題について予測5.8日に対し実際10.7日、学業以外の用事では予測5.0日に対し実際9.2日という結果が出ています。日常的な小さな用事でも、比率としては倍近くずれていました。
ここでひとつ注意しておきます。予測と実際にはかなり強い相関がありました(研究1で相関係数r=.77)。相関係数は、2つの数値が連動する度合いを−1から1で表した指標で、1に近いほど連動が強いことを意味します。つまり「時間のかかる仕事ほど長く見積もる」という順序感覚は保たれています。狂っているのは順序ではなく、全体の底上げ分です。
なぜ自分の見積もりだけ外れるのか?
原因は記憶力ではなく、見積もるときに何を思い浮かべているかにあります。人は予測の瞬間、これから踏む段取りを頭に描きます。過去に同じような仕事でつまずいた記憶は、ほとんど呼び出されません。
頭の中は「これからの段取り」で埋まっている
研究3では、学生に予測しながら考えていることを声に出してもらいました。発言を分類すると、7割以上が「これからどう進めるか」の計画でした。過去の似た経験に触れた発言は1割に届きません。起こりそうな問題を挙げた人は、ほぼいませんでした。
過去を思い出すだけでは直らない
では、過去を振り返れば済むのでしょうか。研究4はそこを直接試しています。123人の学生を3つの条件に分け、同じ課題の完了日を予測させました。
何もしない条件では、予測どおりに終えた人は29.3%でした。「過去に似た課題をどう進めたか思い出してから答えてください」と頼んだ条件では38.1%。数字は動きましたが、まだ大きくずれています。
変化が出たのは3つめの条件です。過去を思い出したうえで、「その経験を今回の予測にどう結びつけるか」まで書かせました。この条件では60.0%が予測どおりに終えています。予測日数の平均も5.5日から7.0日に伸び、実際の7.0日と一致しました。
ただし正直に書いておくべき点があります。ずれの向きは消えましたが、予測の精度そのものは上がっていません。予測日と実際の日数の差を絶対値で見ると、3条件はそれぞれ1.8日、2.0日、1.9日でほぼ同じでした。過去を結びつける作業は「早すぎる見積もり」を防ぎますが、日付を当てられるようにする技術ではありません。
他人の予定は、なぜ逆に長く見えるのか?
同じ課題でも、他人の完了日を予想すると偏りの向きが反転します。自分には甘く、他人には辛い。これが計画の錯誤のいちばん実務的な含みです。
研究5では、123人の観察者が研究4の学生ひとりずつと組まされ、「この人はいつ終えるか」を予想しました。当事者本人の予測は平均5.5日、観察者の予測は平均8.5日です。実際にかかったのは6.8日でした。
当事者は平均1.3日短く見て、観察者は平均1.7日長く見たことになります。観察者の予想日までに終わっていた割合は65.9〜70.7%でした。
ここで見落とせないのは、絶対的な精度では両者に差がなかったことです(当事者1.8日、観察者2.7日、統計的な差なし)。観察者が優れているのではありません。ずれる方向が逆なだけです。
この非対称は、社内の会話でそのまま起こります。担当者が「2週間で出せます」と言い、上司が「1か月は見ておこう」と返す。どちらかが不誠実なのではありません。立っている場所が違うだけです。プレモータム(事前検死)で提案の穴を洗い出す方法は、この視点の切り替えを会議の手順に組み込む工夫だと言えます。
「人は必ず短く見積もる」は本当か?
ここまでの話は、日本のビジネス書でもよく紹介されてきました。ただし研究の世界では、この一般化にかなり慎重な意見が出ています。
心理学の文献全体では、一方向にそろっていない
ハルキェルスヴィークとヨルゲンセン(2012)は、作業時間の予測を扱った研究を分野横断で整理しました。掲載誌は『サイコロジカル・ブレティン』で、心理学の総説を載せる査読誌です。
結論は入り組んでいます。工学や経営学の研究では過小評価が多く見つかりました。一方、心理学の文献全体を見ると、過小評価が一貫して現れるわけではありません。とくに数分から数十分で終わる短い作業では、むしろ長めに見積もる例が報告されています。
著者らはもうひとつ、実務的に効く指摘をしています。「どれだけ手間がかかるか(工数)」と「いつ終わるか(納期)」を分けずに測っている研究が多い、という点です。この2つは別物です。作業時間を正しく読めていても、割り込みが入れば納期は伸びます。
大型案件で問題になるのは、平均より「裾」
実務データのほうも、単純な平均の話ではなくなってきました。フリウビヤらの2022年の論文は、IT案件5,392件のコスト超過を集計しています。分布はべき分布(power-law distribution)でした。べき分布とは、小さな値が大多数を占める一方で、極端に大きな値が無視できない頻度で現れる分布のことです。
言い換えると、多くの案件は少しの超過で収まります。しかし一部が桁違いに膨らみ、その頻度は正規分布を前提にした感覚よりずっと高い、ということです。著者らは、システムの部品どうしが依存し合っているため、ひとつの不具合が連鎖することを原因の候補に挙げています。
ソフトウェア開発の見積もり研究をまとめたレビューでは、実際の工数が見積もりを平均で30〜40%上回ると報告されています(Moløkken-Østvold & Jørgensen, 2003)。そして、この精度が年代とともに改善したという明確な証拠は見つかっていません。手法が増えても、数字は動いていないということです。
理論そのものへの批判も出ている
2025年に刊行された『ケンブリッジ・ハンドブック・オブ・プロジェクト・ビヘイビア』の第1章で、ラヴァニョン・イカは「計画の錯誤の興隆と凋落」という題を付けました。主張は厳しいものです。計画の錯誤は、超過の原因をバイアスだけで説明しようとするあまり、理論として不完全で射程が狭くなったという指摘です。
イカは、計画の錯誤という考え方の人気が、その説明力を追い越してしまったと書いています。皮肉を込めて、「計画の錯誤という理論そのものが、自分の力を過大に見積もっている」とも述べています。
この記事の立場を明確にしておきます。個人の見積もりが自分に甘くなる、という現象自体は、条件のそろった実験で繰り返し確認されています。揺らいでいるのは「あらゆる遅れをこの一つの偏りで説明できる」という拡大解釈のほうです。最初に置いた数字が判断を縛るアンカリング効果や、外部要因、そして意図的な過少申告も同時に働いています。
明日から使える:見積もりを言葉にする前の4手順
研究が支持している対策は、意外なほど地味です。気合いを入れる、バッファを2倍にする、といった話は出てきません。効いていたのは、見積もる前に頭の中身を入れ替える手続きでした。
1. 作業を分けて、足し合わせる
ひとつの塊のまま見積もると、時間は短くなります。クルーガーとエヴァンス(2004)は、作業を細かく書き出してから答えてもらう条件をつくりました。すると見積もり時間は伸び、実際の所要時間は変わりませんでした。つまり、ずれだけが縮んだことになります。
フォーサイスとバート(2008)は同じ現象を3つの実験で確認しています。ひとまとめに答えた時間は、下位作業ごとの時間を足した合計より必ず短くなりました。これを分割効果(segmentation effect)と呼びます。
効きにくい条件も報告されています。作業の構成要素が少ないとき、ひとつずつが簡単なとき、そして対象が遠い未来のときです。3工程しかない仕事を分解しても、あまり変わりません。
2. 終わりから逆順に組み立てる
ヴィーゼ、ビューラー、グリフィン(2016)は、段取りを立てる向きを変えました。完了地点から出発し、必要な手順を逆順にたどる方法です。4つの実験すべてで、逆順に計画した人の予測日数は前向きに計画した人より長くなりました。実験4ではずれ自体も小さくなっています。
発話の分析では、逆順で考えた人ほど障害や割り込み、他の予定との衝突に触れていました。順方向で考えると、話は「うまくいく道筋」に沿って進みます。逆順は、その流れを一度止める働きをするようです。
3. 前回の実績を、数字のまま持ち出す
研究4が示したとおり、思い出すだけでは足りません。「前回は16日かかった。今回もそこから考える」と、予測に結びつけるところまで言葉にする必要があります。
組織の規模でこれを制度化したのが参照クラス予測(reference class forecasting)です。個別案件の積み上げではなく、過去の類似案件の分布を出発点に置く手法で、英国やオランダ、香港などの公共事業で採用されています。
ただし万能ではありません。2025年の総説(カンタレリほか)は、参照クラスの作り方に結果が大きく左右されること、比較できる過去案件が少ないと機能しないことを問題として挙げています。手元に3件しか実績がないなら、それは分布ではありません。
4. 点ではなく、幅と根拠で伝える
図1が示した事実をもう一度思い出してください。悲観的な見込みですら、実際には届きませんでした。ひとつの日付を言い切ること自体に無理があります。
実務では、幅と根拠をセットで出すほうが機能します。「16〜20日、多くは17日前後」と伝え、その根拠が分解の合計なのか前回実績なのかを添えます。不確実性を開示したほうが信頼される場面があることは、別の研究群でも示されています。
ただし幅を出すと、聞き手は数字を扱いにくくなります。要点と数値を分けて伝えるファジートレース理論の考え方にならい、「最悪でも月内には出る」といった要旨を先に置くと通じやすくなります。相手が急いで決めたい人か、じっくり考えたい人かでも受け取り方は変わります(相手の時間感覚に合わせる提案の話)。
よくある質問
バッファを2倍にしておけば解決しますか?
おすすめできません。研究1では、悲観的な見込み(平均48.6日)でも実際の55.5日に届きませんでした。倍率で膨らませるやり方は、根拠が数字に残らないため、外れたときに何を直せばよいかがわかりません。分解の合計や前回実績のように、あとから検証できる形に置き換えるほうが実務では役に立ちます。
チームで見積もると精度は上がりますか?
方向のずれは減りますが、精度が上がるとはかぎりません。研究5では、当事者が平均1.3日短く、観察者が平均1.7日長く見積もりました。絶対的な誤差の大きさに統計的な差はありませんでした。持ち寄る意味は「当たる数字」ではなく「幅が見えること」にあります。
短い作業でも同じことが起きますか?
そうとはかぎりません。ハルキェルスヴィークとヨルゲンセン(2012)の総説では、数分程度で終わる作業について、むしろ長めに見積もる結果が報告されています。日単位・週単位の仕事と、数分の作業では傾向が違うと考えたほうが安全です。
計画の錯誤は否定されたのですか?
否定はされていません。個人が自分の仕事を短く見積もる現象は、条件をそろえた実験で繰り返し確認されています。批判の対象は、あらゆるコスト超過や納期遅れをこの一つの偏りで説明しようとする使い方のほうです(イカ, 2025)。
参照クラス予測は中小規模の仕事でも使えますか?
比較できる過去案件が十分にあるかどうかで決まります。2025年の総説は、参照クラスの作り方に結果が強く依存すること、データが足りない場合には機能しないことを指摘しています。手元の実績が数件しかないなら、分布としては扱えません。それでも「前回は何日だったか」を数字で持ち出す効果は残ります。
まとめ
要点を整理します。
- 人は自分の仕事について、完了までの時間を短く見積もります。卒業論文の調査では予測33.9日に対し実際55.5日でした。
- ずれの原因は、見積もる瞬間に「これからの段取り」ばかり思い浮かべることにあります。過去の経験に触れた発話は1割に届きませんでした。
- 過去を思い出すだけでは足りません。今回の予測に結びつけたときだけ、予測どおりに終えた人が29.3%から60.0%に増えました。
- 他人の仕事を見積もると、逆に長めにずれます。だから見積もりは持ち寄る価値があります。
- 「必ず短くなる」という一般化は揺らいでいます。短い作業では逆の結果も出ています。
- 伝えるときは、分解の合計・逆算・前回実績を根拠に、点ではなく幅で示します。
次の一歩として、直近で終えた案件をひとつ選び、当初の見積もりと実際の日数を並べて書き出してみてください。それが自分専用の参照クラスの最初の1行になります。数が3件を超えたころから、見積もりの会話は感覚論ではなくなります。
出典
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- Kruger, J., & Evans, M. (2004). If you don’t want to be late, enumerate: Unpacking reduces the planning fallacy. Journal of Experimental Social Psychology, 40(5), 586–598. ScienceDirect
- Forsyth, D. K., & Burt, C. D. B. (2008). Allocating time to future tasks: The effect of task segmentation on planning fallacy bias. Memory & Cognition, 36(4), 791–798. Springer
- Wiese, J., Buehler, R., & Griffin, D. (2016). Backward planning: Effects of planning direction on predictions of task completion time. Judgment and Decision Making, 11(2), 147–167. Cambridge Core
- Flyvbjerg, B., Budzier, A., Lee, J. S., Keil, M., Lunn, D., & Bester, D. W. (2022). The empirical reality of IT project cost overruns: Discovering a power-law distribution. Journal of Management Information Systems, 39(3), 607–639. arXiv版
- Ika, L. A. (2025). The rise and fall of the planning fallacy. In Cambridge Handbook of Project Behavior, Chapter 1. Cambridge Core
- Cantarelli, C. C. ほか (2025). Reference class forecasting: Promises, problems, and a research agenda moving forward. Production Planning & Control. Taylor & Francis(オープンアクセス)
- Jørgensen, M. (2004). A review of studies on expert estimation of software development effort. Journal of Systems and Software, 70(1–2), 37–60. 平均30〜40%の工数超過は Moløkken-Østvold & Jørgensen (2003) の集計による。本文PDF
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