言語学に学ぶ

「正しいこと」を言うほど信じてもらえない時代に──専門家不信は誰がつくるのか

「正しいことを言っているのに、なぜか信じてもらえない」。その原因を、私たちはつい発信者個人の「伝え方」に求めてしまう。しかし最新の研究は、専門家への不信が専門家・メディア・公衆という三者の共構成(co-construction)によって生まれることを示している。SNS上の4万件超のコメントを分析した研究では、メディアによる無意識の「編集」が専門家の発言を歪め、受け手の日常知や感情がそこに上書きされていた。さらに語用論の知見は、意味が「内容」ではなく「文脈と受け手の推論」で決まることを明らかにする。本記事は、「正しさ」だけでは信頼が成立しない理由と、受け手の解釈を“設計”するための具体策を、認知科学と言語哲学から読み解く。

そもそも「専門家への不信」は、どこで生まれるのか?

結論から言えば、専門家への不信は発信者ひとりの責任ではなく、専門家・メディア・公衆の三者が共同でつくり出す現象だ。この見方を「信頼の共構成(co-construction)」と呼ぶ。

中国・燕山大学のWenらが2024年に学術誌『Humanities and Social Sciences Communications』(Nature系列)で発表した研究は、この構造を実データで描き出した。新型コロナの規制緩和期に専門家の発言が炎上した9事例を選び、SNS上の約42,000件のコメントを機械学習で分析したものだ。研究者は「専門家・メディア・公衆は孤立した個人ではなく、それぞれが主体性をもつ主体であり、SNS上の専門家不信は三者の共構成の結果であり、出来事が起きる社会的文脈に強く左右される」と結論づけている。

注目すべきは、9事例すべてで炎上のきっかけを投稿したのは専門家本人ではなく、メディアだったという事実である。それでも世間の批判は専門家に向かう。発言が届くかは最終的にメディアの描き方に握られているのに、責任だけが専門家に帰せられる——この非対称性こそ、不信を読み解く出発点になる。(注:本研究は政府監督下のSNSを前提とした中国の事例であり、結論をそのまま他国へ一般化はできないが、「不信は三者の関係のなかで生まれる」という骨格は文脈を超えて示唆に富む。)

「信頼の危機」は本当に起きているのか?

前提を一つ確認したい。実は、グローバルに見れば科学者への信頼は依然として高い。2025年に『Nature Human Behaviour』で公表された68カ国・71,922人を対象とする過去最大規模の調査(Cologna・Medeらの「TISP Many Labs」)は、ほとんどの国で人々が科学者を信頼し、科学者がもっと社会に関与すべきだと考えていると示し、著者らは「しばしば語られる『科学への信頼の危機』を裏づける証拠は見つからなかった」と明言している。

ここに本質がある。信頼は「ある/ない」の二択ではなく、国・集団・文脈によって大きく揺れ動く。つまり不信は、発信者の能力が一律に下がったから生じるのではなく、特定の文脈・関係性のなかで局所的に生まれる。これはまさに、不信が「共構成」される証拠だと言える。

専門家の側で何が起きているか——4つの引き金

Wenらは専門家側の要因を4つに整理する。第一に知識の衝突。局面に応じて発言が変わるのは不確実な科学では自然だが、「専門家は常に正しいはず」と期待する受け手には矛盾と映る。第二に専門家と行政・資本の境界の曖昧化。政策に沿って見えると「御用学者では」と疑われ、ある商品を勧めた発言が市場価格に影響した事例では「宣伝では」と警戒された。第三に道具的合理性への偏り。データだけを語り受け手の感情を素通りすると「冷たい」と反発を招く。第四に知識の“常識化”。教育水準が上がると、受け手が「常識だ」と感じる内容を発信した専門家はかえって存在意義を疑われる。

メディアの「無意識の編集」が、意味を歪める——5つの加工

共構成の中核を担うのがメディアだ。Wenらは、メディアが専門家の発言に施す(しばしば無自覚な)加工を5類型に整理している。最も明快なのが知識の接ぎ木だ。ある事例で専門家は「発熱時に水を飲みすぎると低ナトリウム血症の恐れがあるので、みかんを煮て飲むのも一案」と限定的に助言しただけだった。ところがメディアは「みかんはビタミンCが豊富」という自前の情報を“接ぎ木”し、全体を「専門家いわく」の見出しで発信。結果、受け手は「高温でビタミンCは壊れる」と専門家を攻撃したが、その情報源はメディアだった。

残りの4類型は事例から趣旨をこう読み取れる。主語のすり替え(個別の見解を「専門家は言う」と一般化)、保守的な語の削除・置換(留保や根拠の説明を削ぐ)、前提条件の無視(成立条件を省いて結論だけ煽る)、因果の逆転(条件付きの主張を確定事実のように反転)。問題は、受け手がこの加工にほとんど気づかないことだ。9事例中、受け手が「メディアが文脈を切り取っている」と指摘できたのは1件だけだった。

受け手の側で何が起きているか

共構成の最後の主体が受け手(公衆)である。受け手は日常知・当事者の経験を専門知より優先しやすい。「自分が感染したときのつらさ」「身近で高齢者が多く亡くなった実感」は、専門家のデータ的枠組みより強く効く。さらにポスト真実的な状況では感情に基づく単純で誇張された主張が増幅され、「中身より肩書き」を問うポピュリズム的傾向や、知識を“商品”とみなす消費者的懐疑も働く。要するに受け手は「白紙の受信機」ではなく、既存の知識・感情・立場というフィルターを通して能動的に意味を“作り直して”いる。

なぜ「正しいことを言えば伝わる」は誤りなのか——欠如モデルの限界

ここまでの構造は、科学コミュニケーション論が長く批判してきた「欠如モデル(deficit model)」の限界そのものだ。欠如モデルとは「人々が科学に抵抗するのは知識が足りないからで、情報を与えれば解決する」という前提を指す。だが研究者の批判は厳しい。受け手固有の文化的文脈や態度を無視し、「科学的世界観が他のあらゆる知識より上位だ」と暗黙に仮定しているからだ。代替として提案されてきたのが文脈モデル対話モデルである。つまり処方箋は「もっと正しく、もっと多く説明する」ことではなく、受け手がどう解釈するかを前提に、関係そのものを設計し直すことだ。

意味は「内容」ではなく「文脈と推論」で決まる——語用論の視点

なぜ内容の正しさだけでは足りないのか。その裏づけを与えるのが言語哲学・語用論である。哲学者グライスは、人は「言ったこと」以上の意味を伝え合うと指摘し、それを含意(implicature)と呼んだ。会話は協調の原理と4公準(質・量・関連性・様式)への暗黙の期待のうえに成り立ち、受け手はその期待を手がかりに言外の意味を推論する。意味は文に貼り付いているのではなく、受け手の推論のなかで完成するのだ。

言語学者クラークはこれを共通基盤(common ground)で捉えた。言語使用は共同行為であり、既存の共通基盤を使って新たな共通基盤を築くことで効率的な意思疎通が成り立つ。共通基盤が薄い相手には同じ言葉でも“伝わらない”のは当然だ。さらにスペルベルとウィルソンの関連性理論は、受け手が文脈・実世界の知識を総動員して話し手の意図を推論すると説明する。そして決定的なのが、スペルベルらの認識的警戒(epistemic vigilance)だ。受け手は内容の関連性を評価すると同時に、発信源の信頼性(=能力と善意)と主張のもっともらしさを絶えず査定している。

ここで冒頭の謎が解ける。「正しいこと」を言っても、受け手の認識的警戒を通過しなければ意味は届かない。共通基盤が薄く、能力や善意のシグナルが弱く、メディアによって文脈が剥ぎ取られていれば、正しさは受け手の推論の入口で弾かれてしまう。

「伝わる」を設計する——受け手の解釈の“制度設計”

鍵は、内容を磨くこと以上に受け手の解釈プロセスそのものを設計することにある。実務に落とせる6つの指針を挙げる。第一に能力だけでなく「善意」を見せる——データを並べる前に「あなたの利益のために語っている」姿勢を示す。第二に不確実性を誠実に、しかし確かさの言葉で伝える。第三に共通基盤を先に築く——相手の既存知識・経験・感情に接続してから本題に入る。第四に主観性を隠さず開示する(中立を装うより信頼される)。第五にメディアの「加工」を前提にメッセージを設計する——切り取られても誤解されない一文を用意する。第六に一方通行を双方向に変える。信頼は「やり取り」のなかで育つ社会的構築物だからだ。

FAQ

Q. 「信頼の共構成」とは何ですか?
専門家への信頼(不信)は、専門家・メディア・受け手の三者の相互作用のなかで生まれるという考え方です。発信者単独の「伝え方」の問題に還元できません。

Q. なぜ「正しいことを言えば伝わる」は誤りなのですか?
意味は内容そのものではなく、受け手の推論と文脈のなかで完成するからです。受け手は内容を理解する前に発信源が信頼に値するか(能力・善意)を査定しており、ここを通過しない正しさは届きません。

Q. 科学への信頼は今、危機にあるのですか?
グローバルには危機の証拠は見つかっていません(68カ国・約7.2万人の2025年調査)。ただし国・集団・文脈による差は大きく、不信は局所的・文脈依存的に発生します。

まとめ

専門家への不信は、発信者個人の失敗ではなく、専門家・メディア・受け手の三者による共構成の産物である。語用論が示すとおり、意味は内容ではなく文脈と推論で決まり、受け手は「信じてよい相手か」を絶えず査定している。だからこそ必要なのは「もっと正しく、もっと多く」ではなく、受け手の解釈を見越した関係の設計だ。能力と善意を示し、共通基盤を築き、不確実性と立場を誠実に開き、双方向の回路を持つこと——「伝える」を「伝わる」に変える次の一歩は、あなたのメッセージを「誰が、どんな文脈で、どう解釈するか」を一枚の設計図に描き起こすことから始まる。

出典

  • Wen, Y., Zhao, X., Zang, Y., & Li, X. (2024). How the crisis of trust in experts occurs on social media in China? Humanities and Social Sciences Communications, 11, 1093.
  • Cologna, V., Mede, N. G., et al. (2025). Trust in scientists and their role in society across 68 countries. Nature Human Behaviour.
  • Grice, H. P. — Conversational Implicature(協調の原理・含意).
  • Clark, H. H. (1996). Using Language(共通基盤・グラウンディング).
  • Sperber, D., et al. (2010). Epistemic Vigilance. Mind & Language.
  • Wilson, D., & Sperber, D. — Relevance Theory(関連性理論).

📌 あなたのケースでは、どう伝えれば組織が動くのか。経営ビジョンの浸透や合意形成の「伝わる設計」を具体的に相談したい方へ。
無料で相談する(戦略的プレゼンテーション設計コンサルティング)
あなたの場面に最適な「伝わる型」を探す(伝わる設計マップ)

関連記事

TOP