「これまでの研究活動」に論文を並べ、研究環境の欄には所属機関の設備名を書いた。書くべきことは書いたつもりなのに、開示された審査結果を見ると「研究遂行能力及び研究環境の適切性」の評点だけが伸びない——。科研費の申請支援をしていると、公募が動き出すこの時期に必ず届く相談です。
原因は、業績の量ではないことがほとんどです。この欄が何を問われている欄なのかを取り違えている。ここを直すだけで、同じ業績が違う説得力を持ちます。
なぜ「研究遂行能力」欄は書きにくいのか
基盤研究(B・C)や若手研究の書面審査では、「研究遂行能力及び研究環境の適切性」が独立した評定要素として設定されています。見られているのは、これまでの研究活動等から見て研究計画に対する十分な遂行能力があるか、そして計画の遂行に必要な施設・設備・研究資料等が整っているか。つまりこの欄は業績欄ではなく、実行可能性の証明欄です(評定要素の詳細は年度・種目で異なるため、必ず最新の公募要領と審査基準を確認してください)。
ところが応募者は自分の研究史を時系列で知っているので、業績を並べれば能力は伝わる気がしてしまう。これが認知科学でいう「専門知の呪い(curse of knowledge)」です。自分が持っている前提を、相手も持っていると錯覚する。
審査員はあなたの経歴を初めて見ます。しかも数十件の調書を限られた時間で読む。彼らがしているのは鑑賞ではなく照合です。「この計画のこの工程を、この人は本当に回せるのか」を突き合わせている。羅列された業績リストは、その照合作業を審査員の頭の中に丸投げすることになります。認知負荷を相手に転嫁した申請書は、疑わしきは低く付けられます。
原則1:先に「関門」を洗い出し、そこへ証拠を割り当てる
書き始める前に、研究計画の中で失敗しうる工程を3〜5個書き出します。新規手法の立ち上げ、大規模データの取得、被験者や試料の確保、学際的な解析、共同研究のマネジメント——審査員が「本当にできるのか」と引っかかるのは、たいていこの場所です。
そのうえで、関門ごとに証拠を1つずつ割り当てます。証拠は論文だけではありません。前職での類似手法の運用経験、取得済みの予備データ、共同研究先との実績、装置の利用実績も立派な証拠です。
この順番が肝心です。業績から書き始めると「自分が持っているもの」の説明になり、関門から書き始めると「計画に必要なもの」の説明になる。審査員が探しているのは後者だけです。
原則2:業績は時系列ではなく「能力カテゴリ」で束ねる
「2019年〜2022年 ○○に従事」と時系列で書くと、審査員は自分で分類し直さなければなりません。そうではなく、小見出しを能力の名前にします。たとえば「(1) 本研究の中核となる○○法の確立」「(2) 大規模データの取得・管理体制」「(3) 成果の発信と社会実装」。
各カテゴリの冒頭に結論を一文で置き、その根拠として論文や実績を括弧書きで添える。結論ファーストにするだけで、審査員は1行目で照合を終えられます。読み手が探さなくていい構造にすることが、そのまま評点になります。
原則3:研究環境は「ある」ではなく「ここで回す」と書く
設備名の列挙は、環境の説明になっていません。「本計画の工程②の測定は、所属機関の共同利用機器○○を用い、年間○時間の利用枠を確保済み」というように、計画の工程と紐づけて書きます。
学内共同利用、技術職員の支援体制、既存の共同研究契約、データ保管環境も、すべて環境です。若手で自前の設備が乏しい場合ほど、体制で埋める記述が効きます。分担者がいるなら、誰がどの関門を担うかを明記してください。書かれていないチームの能力は、加算されません。
やりがちなNG
- 業績の完全網羅:関係の薄い業績まで並べると、関連する実績の密度が下がって見えます。この欄は網羅性ではなく適合度で読まれます。
- 謙遜しすぎ・誇張しすぎ:「十分ではありませんが」と前置きするのも、やっていないことを書くのも逆効果。あるものを、計画と結びつけて正確に書くのが最短です。
- 他の欄からのコピペ:研究目的や方法の文をそのまま持ってくると、貴重な1ページ分の情報量を失います。
- 図が一枚もない:体制図や工程と担当の対応図を1点入れるだけで、照合にかかる時間が大きく減ります。
まとめ
研究遂行能力欄は、経歴の披露ではなく「この計画は完走できる」という一点を証明する欄です。関門を洗い出し、証拠を割り当て、環境を工程に紐づける。書く順番を変えるだけで、手持ちの材料は変わらないまま、伝わり方が変わります。
なお、審査員がどの評定要素をどう読むかの全体像は審査員は申請書のどこを見るかで、業績が少ない場合の計画本体の書き方は科研費「若手研究」申請書の書き方で扱っています。体制図の作り方はポンチ絵の作り方もあわせてどうぞ。
申請書を「伝わる形」に設計する支援は研究者・大学向けサービスで行っています。捏造も代筆もせず、あるものを正確に伝わる形へ設計することに徹しています。
よくある質問
Q1. 業績が少ないと、この欄は不利になりますか?
業績数そのものより、計画の関門に対して証拠が割り当たっているかが読まれます。自分の実績が薄い部分は、共同研究者の実績、支援体制、利用契約済みの設備といった「環境」で埋めるのが定石です。
Q2. 研究分担者の業績はどこまで書くべきですか?
網羅ではなく、その分担者が担当する関門に対応するものだけを書きます。「誰が・どの工程を・どの実績を根拠に担うか」の3点セットで書くと、チームの能力が加算されて読まれます。
Q3. 学振(DC・PD)の同種の欄も同じ考え方でよいですか?
基本の設計思想は同じで、「計画の実行可能性を証明する」欄として書きます。ただし様式・字数・評価の観点は事業ごとに異なるため、必ず当該年度の募集要項を確認してください。
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