新しい家電を買うとき、あなたは何を見ますか。メーカーの公式サイト、広告、比較サイト。それも見るでしょう。でも最後に決め手になるのは、たいてい別のものです。詳しい友人の一言、あるいは「この人が言うなら」と思っている誰かのレビュー。
広告を1000回見せられても動かない人が、信頼する一人の「これいいよ」で動く。この当たり前すぎる事実が、学問的に発見されたのは1944年のことでした。しかも、それを発見した研究者たちは、まったく逆の結果を予想して調査を始めていたのです。
前章まで見てきたように、20世紀前半の常識は「メディアには絶大な力がある」でした。プロパガンダの記憶、ラジオへの恐怖、皮下注射モデル。ところが、いざ実際に測ってみると、その力はどこにも見つかりませんでした。今回は、強力効果論が一度死に、形を変えて再生するまでの物語です。そして、人は説得されるのではなく自分を説得するという、少し不思議な結論にたどり着きます。
1. エリー郡、1940年 — 見つからなかった効果
1940年のアメリカ大統領選挙は、ルーズベルトが三期目を目指した異例の選挙でした。この選挙を対象に、オーストリア出身の社会学者ポール・ラザースフェルドを中心とする研究チームが、オハイオ州エリー郡で大規模な調査を実施します。
手法が画期的でした。約600人の有権者を選び、5月から11月まで、同じ人々に毎月繰り返しインタビューする。パネル調査と呼ばれる方法です。これによって、選挙戦のあいだに個人の意見がどう変化したかを、実際に追跡できます。
研究チームの当初の仮説は明確でした。選挙期間中のキャンペーン報道に触れることで、有権者の意見が動くはずだ。どの新聞を読み、どのラジオを聴いたかが、投票先を変えるはずだ、と。
データが示したこと
結果は、仮説を裏切りました。
第一に、調査期間中に投票先を変えた人は、ごく少数でした。多くの人は、5月の時点ですでに決まっていた選択を、11月まで維持していたのです。
第二に、メディアの主な効果は「変える」ことではなく「補強する」ことでした。人は自分がもともと支持している側の情報に触れ、それによって確信を強める。これは選択的接触と呼ばれます。
第三に、実際に意思を変えた少数の人に何が起きたのかを詳しく見たところ、決定的だったのはメディアではなく、身近な人との会話でした。
この研究は1944年に『ピープルズ・チョイス』として発表されます。皮下注射モデルの棺に打たれた、最初の釘でした。
2. 二段階の流れとオピニオンリーダー
ラザースフェルドたちは、この発見を「二段階の流れ」として定式化しました。
情報は、マスメディアから直接すべての人に届くのではない。まずメディアに熱心に接触する一部の人々に届き、その人々を経由して、周囲の人々に伝わっていく。この中継地点にいる人々を、彼らはオピニオンリーダーと呼びました。
オピニオンリーダーとは誰か
ここで重要なのは、オピニオンリーダーが有名人でも権力者でもなかったことです。
その後の研究、特に1955年の『パーソナル・インフルエンス』でラザースフェルドとエリユ・カッツが明らかにしたのは、次のような像です。オピニオンリーダーは、多くの場合、その集団のごく普通の一員である。ただし、特定の領域について詳しく、その領域の情報に熱心に触れており、そして何より、周囲から信頼されている。
しかも、その影響力は領域ごとに分かれていました。食品の買い物についてのオピニオンリーダーと、政治についてのオピニオンリーダーは、別の人です。
この描像は、現代のインフルエンサー・マーケティングの理論的な原点です。特に注目すべきは、フォロワー数の多さより、特定領域での専門性と信頼が効くという点。マイクロインフルエンサーという概念が有効だとされる根拠は、70年前のこの研究にあります。
修正と批判
とはいえ、二段階の流れモデルにも批判があります。
第一に、実際の情報の流れは二段階よりも複雑で、多段階だという指摘。第二に、オピニオンリーダーと一般の人々の区別は、実際にはそれほど明確ではないという指摘。第三に、現代のSNSでは誰もが発信者になれるため、この構造がそのまま当てはまるかは検討が必要だという指摘です。
それでも、中核の洞察は生き残っています。情報は、社会的なつながりを経由して届く。誰から聞いたかが、内容と同じくらい効く。第11章のクリール委員会が「4分間の男たち」として地元の名士を使ったことも、この原理の実務的な先取りでした。
3. 限定効果論の時代 — そしてその行き過ぎ
ラザースフェルドの発見をきっかけに、1940年代から60年代にかけて、メディア研究は大きく方向を変えました。
1960年、ジョセフ・クラッパーは、それまでの研究を総括して、マスコミュニケーションは通常、受け手の態度を変える直接的で十分な原因としては働かず、既存の傾向を補強する方向で作用することが多い、という趣旨の結論を提示します。これが限定効果論と呼ばれる立場です。
この時代に明らかになった、メディアが効きにくい理由をまとめておきます。
選択的接触
人は、自分の意見に合う情報を選んで見ます。反対意見を積極的に探す人は少数派です。これは現代のフィルターバブル論の原型ですが、重要なのは、選択的接触はアルゴリズムがなくても起きるという点です。新聞しかなかった時代から、人は読みたいものを読んでいました。
選択的知覚と選択的記憶
たとえ反対意見に触れても、人はそれを自分に都合よく解釈します。そして、都合の悪い情報から先に忘れる。同じ討論を見た二つの陣営の支持者が、どちらも「うちが勝った」と感じる現象は、よく知られています。
社会的な文脈
人は真空の中で意見を持つのではありません。家族、職場、地域。所属する集団の規範が、メディアからのメッセージに対する防波堤になります。
ただし、限定効果論もまた行き過ぎました。「メディアは効かない」という結論が独り歩きし、実際にはメディアが果たしている別の種類の役割が見えにくくなったのです。この反省から、1970年代に振り子が戻ることになります。
4. 利用と満足 — 問いをひっくり返す
限定効果論の時代に生まれた、もう一つの重要な視点があります。
それまでの問いは「メディアは人に何をするのか」でした。1940年代からエリユ・カッツらが提起したのは、この問いをひっくり返すことです。「人はメディアで何をしているのか」と。
この視点に立つと、受け手は撃たれるのを待つ的ではなく、自分の欲求を満たすために能動的にメディアを選ぶ主体になります。
研究が挙げた主な欲求は、情報の獲得、自分らしさの確認、他者とのつながり、そして気晴らしです。ラジオの連続ドラマを聴く主婦を対象にした初期の研究では、彼女たちが単に暇つぶしをしていたのではなく、感情の発散、生活の助言、日常のリズム作りといった目的で番組を使っていたことが示されました。
この視点は、いま最も実務的に有用かもしれません。あなたのコンテンツを見る人は、何を得ようとしているのか。情報なのか、安心なのか、話題なのか、暇つぶしなのか。この問いに答えられないコンテンツは、どれだけ質が高くても届きません。
もっとも、利用と満足研究には方法論的な批判もあります。人が自分の動機を正確に申告できるとは限らない、という問題です。「なぜこれを見ているのですか」と聞かれて、後づけの理由を答えてしまうことは珍しくありません。
5. フェスティンガー — 人は説得されず、自分を説得する
ここで、まったく別の角度から決定的な理論が現れます。1957年、レオン・フェスティンガーの『認知的不協和の理論』です。
理論の骨格
人は、自分の中に矛盾する二つの認知を抱えると、不快を感じる。そして、その不快を減らそうとして、何かを変える。これが認知的不協和の基本構造です。
変えられるものは三つあります。行動そのもの。認知の一方。あるいは、辻褄を合わせる新しい認知を追加すること。
興味深いのは、多くの場合、人は最もコストの低い経路を選ぶということです。行動を変えるのは大変です。だから、多くの人は考え方のほうを変える。
有名な実験
フェスティンガーとカールスミスが1959年に行った実験は、この理論を鮮やかに示しました。
被験者に、極端に退屈な単純作業を長時間させます。その後、次の被験者に「面白い作業だった」と嘘を伝えるよう頼み、報酬として一部の人には1ドル、別の人には20ドルを渡します。
後で「実際その作業はどのくらい面白かったか」と尋ねると、より面白かったと答えたのは、20ドルもらった人ではなく、1ドルしかもらわなかった人たちでした。
解釈はこうです。20ドルもらった人には、嘘をついた十分な理由があります。「金のためだ」で説明がつく。しかし1ドルでは説明がつかない。そこで、不協和を減らすために「実は本当に面白かったのかもしれない」と、自分の認知のほうを書き換えた。
説得観の転換
この理論が持つ含意は、この連載の全体にとって決定的です。
アリストテレス以来、説得とは「送り手が受け手を動かす」営みとして考えられてきました。しかしフェスティンガーが示したのは、態度変化のかなりの部分が、受け手自身の内部で起きているということです。
人は説得されるのではなく、自分を説得する。
だとすれば、伝え手の仕事は、相手を押すことではなく、相手が自分で自分を説得するための材料と、そのための余白を渡すことになります。
実際、この考え方は現代の行動科学に受け継がれています。人に小さな行動を先に取ってもらうと、態度が後から追いついてくる。ボランティアに一度参加した人は、その活動への支持を強めます。行動が態度を作る、という順序です。
なお、認知的不協和理論についても、後年さまざまな再解釈や対立仮説が提出されています。自己知覚理論や自己肯定化理論など、同じ現象を別の枠組みで説明する試みが続いてきました。ある現象について複数の説明が競い合っている状態は、その分野が生きている証拠でもあります。
6. カーネギー — 理論より20年早く現場が知っていた
ここまで見てきた学問的な発見の多くは、1940年代から50年代のものです。しかし、その要点をほとんど言い当てていた本が、1936年に出版されていました。デール・カーネギーの『人を動かす』です。
カーネギーは学者ではありません。ミズーリの農家に生まれ、セールスマンを経て、話し方教室の講師になった人物です。この本は、実験ではなく、膨大な受講者との対話と伝記の読み込みから生まれています。
先取りされていた知見
この本の中心的な主張のいくつかは、後の研究とほぼ一致します。
たとえば、議論に勝っても人は動かないという指摘。これは、正面から否定されると人は防御を固めるという、後の説得研究の知見と一致します。
たとえば、相手に自分で結論を出させよという助言。これはフェスティンガーの理論が21年後に理論化することを、実務の言葉で先に言っています。
たとえば、相手の関心について話せという原則。これは利用と満足研究の実務版です。
たとえば、相手の名前を覚え、心からの関心を示せという教え。これはエトスの構築を、日常の技術に翻訳したものです。
人を説得して何かをやらせるには、口を開く前に、まず自分にこう尋ねてみることだ。どうすればこの人はそれをやりたくなるだろうか、と。
現場と理論の関係
この本の存在が示しているのは、実践知が理論に先行することがある、という事実です。カーネギーには対照群も統計もありませんでした。彼が持っていたのは、大量の観察と試行錯誤です。
もちろん、それゆえの限界もあります。彼の主張の中には、後の研究で条件つきでしか成り立たないとわかったものもありますし、成功事例だけを集めた記述は、うまくいかなかった例を見落とします。この本を読むときに大切なのは、教義として受け取るのではなく、検証すべき仮説の宝庫として読むことです。
連載の三本の糸のひとつ「科学化の歩み」から見ると、カーネギーの本は科学の外にあります。しかし、科学が問いを立てる材料は、しばしばこうした現場の知恵から供給されてきました。
7. 振り子は戻る — 新しい強力効果論
1970年代に入ると、限定効果論への反動が起きます。「メディアは効かない」という結論は、効果の測り方が狭すぎたのではないか、という問い直しです。
新しい研究は、態度変化ではない別の種類の効果に注目しました。
議題設定
マコームズとショーが1972年に提示した仮説です。メディアは、人々が「何を考えるか」を決めることには失敗するかもしれない。しかし、人々が「何について考えるか」を決めることには、かなり成功している。
報道が多く扱った争点は、有権者が重要だと考える争点になる。意見の中身ではなく、議題の一覧を作るという効果です。
培養理論
ジョージ・ガーブナーが提唱した理論で、テレビを長時間見る人ほど、現実の世界を番組の世界に近いものとして認識するようになる、というものです。暴力描写の多い番組をよく見る人は、実際の社会を実態より危険だと見積もる傾向がある、と論じられました。
この理論には方法論的な批判も多く、相関と因果の区別が難しいという指摘が繰り返されています。ただ、単発のメッセージではなく、長期の累積的な効果を見るという発想は、その後の研究に大きな影響を与えました。
沈黙の螺旋
エリザベート・ノエレ=ノイマンが1974年に提示した理論です。人は孤立を恐れるため、自分の意見が少数派だと感じると発言を控える。すると、その意見はさらに少数に見え、ますます沈黙が広がる。
この理論が示すのは、メディアの効果が個人の意見そのものではなく、意見の分布についての認識に働くという点です。何が多数派かの見積もりを通じて、社会全体の会話が形を変えていく。
SNSの時代に、この理論は再び強い関心を集めています。可視化された反応数は、まさに「何が多数派か」の見積もりを直接操作するからです。
8. 補論:二段階の流れは、SNS時代にも生きているか
二段階の流れが発見されたのは、テレビもインターネットもない時代です。誰もが発信できる現在、この枠組みはまだ有効なのでしょうか。
大規模なソーシャルメディアのデータを使った研究では、情報の拡散が少数の中継点に強く依存している構造が繰り返し確認されています。ほとんどの投稿はほとんど広がらず、一部の投稿だけが大きく広がる。そして、その拡散の分岐点には、しばしば特定の領域で信頼を集めているアカウントがいます。
つまり、媒介者を経由するという基本構造は残っています。変わったのは、媒介者が誰でもなりうること、そして領域ごとの媒介者が細かく分かれていることです。
弱い紐帯という補助線
ここで併せて押さえておきたいのが、マーク・グラノヴェターが1973年に提示した「弱い紐帯の強さ」です。
転職の経路を調べた研究で、有益な情報をもたらしたのは、親しい友人よりも、たまに会う程度の知人だった。理由は単純です。親しい人は自分と同じ情報環境にいるため、新しい情報を持っていない。遠い知人は、別の世界とつながっている。
二段階の流れと合わせると、情報が届く条件が見えてきます。信頼できる人を経由すること。そして、その人が自分とは違う情報環境に触れていること。この二つが揃ったときに、新しい情報が届き、かつ受け入れられます。
実務に翻訳すれば、社内の同じ部署だけで議論しても新しい材料は増えない、ということです。判断の質を上げたいなら、信頼できて、かつ自分と違う場所にいる人を、意識的に何人か持っておく必要があります。
9. 三本の糸の現在地
糸①:エトス・パトス・ロゴスの輪廻
オピニオンリーダーの発見は、エトスの再発見でした。同じ内容でも、誰が言うかで効果が変わる。アリストテレスが最初に置いた柱が、20世紀の実証研究で最も頑健な要因として戻ってきたのです。
糸②:新メディアへの不安の反復
この章は、その不安が一度データによって鎮められ、また別の形で戻ってきた記録です。重要なのは、二度目の不安が最初のものと違っていたこと。「洗脳される」ではなく「議題が偏る」「沈黙が広がる」という、より具体的で検証しやすい形になりました。不安が精緻になることも、科学化の一部です。
糸③:科学化の歩み
本章の最大の教訓は、測る対象を決めることが結論を決める、という点かもしれません。態度変化だけを測れば、メディアは効かないという結論が出ます。議題の重要度や現実認識を測れば、効くという結論が出ます。「効果があるか」という問いは、常に「どんな効果か」という問いに開かれています。
明日から使える3つの実装
実装1:説得する前に、経由する人を探す
社内で何かを通したいとき、決裁者に直接プレゼンする前に、その決裁者が信頼している人を一人見つけてください。技術に詳しい先輩、現場を知る担当者、以前その領域で成果を出した人。
二段階の流れが示すのは、メッセージが人間関係を経由して初めて重みを持つということです。同じ資料を、あなたが説明するのと、その人が「悪くないと思う」と一言添えるのとでは、届き方がまったく違います。
実装2:結論を、相手に言ってもらう
フェスティンガーとカーネギーが共通して示唆するのは、自分で出した結論のほうが強い、ということです。
具体的には、資料の最後を断定で終わらせず、「ここまでのデータから、どう見えますか」という問いで終える。相手が自分の言葉で結論を口にすれば、その結論は相手のものになります。押しつけた結論は、押し返されます。
ただし、これは誘導とは違います。誘導は答えが決まっている問いかけです。本当に相手の判断を聞く姿勢がなければ、この手法は見透かされます。
実装3:「何について考えてもらうか」を先に決める
議題設定の知見を実務に落とすとどうなるか。会議やプレゼンの前に、「相手にどう考えてほしいか」ではなく「相手に何について考えてほしいか」を先に決める、ということです。
結論を押しつけるより、論点を設定するほうが、はるかに影響力があります。「コストは適正か」という論点で会議を進めるのと、「この投資で何が変わるか」という論点で進めるのとでは、同じデータから違う結論が出ます。
だからこそ、ここには倫理が必要です。自分に有利な論点だけを設定することは可能ですが、それは第11章で見たバーネイズの領域に足を踏み入れることです。論点を設定したら、それ以外の重要な論点も一覧で示す。この一手間が、操作と誠実な議論を分けます。
まとめ
1940年、研究者たちはメディアの絶大な力を測ろうとして、それを見つけられませんでした。代わりに見つけたのは、人と人のつながりでした。情報は、信頼する誰かを経由して届く。この二段階の流れの発見が、強力効果論に最初の一撃を加えました。
続く20年で、選択的接触、選択的記憶、能動的な受け手という描像が積み上がり、受け手は撃たれるのを待つ的ではないことが明らかになります。そしてフェスティンガーは、態度変化の多くが受け手自身の内部で起きていることを示しました。人は説得されるのではなく、自分を説得する。
しかし振り子は戻りました。1970年代以降、議題設定、培養、沈黙の螺旋といった理論が、態度変化とは別の種類の効果を示します。メディアは、あなたの意見を変えないかもしれない。でも、あなたが何について悩むかは決めているかもしれない。
そして、この歴史全体が教えるのは、「効果があるか」という問いの立て方そのものが未熟だった、ということです。誰に、どんな条件で、どの時間軸で、どんな種類の効果があるのか。この問いの精緻化こそが、100年かけて得られた最大の成果でしょう。
ここまでで、活字からラジオまでの器と、それを研究する学問の誕生を見てきました。次章では、20世紀後半を決定づけたもう一つの器を扱います。テレビです。次章「第15章 テレビの時代 — メディアはメッセージである」では、マーシャル・マクルーハンが提示した挑発的な命題と、1960年のケネディ対ニクソン討論という象徴的な出来事から、映像が政治と日常をどう作り変えたのかを追います。声の次に、顔が来るのです。
主要参考文献
- ポール・F・ラザースフェルド、バーナード・ベレルソン、ヘイゼル・ゴーデット『ピープルズ・チョイス』(1944)
- エリユ・カッツ、ポール・F・ラザースフェルド『パーソナル・インフルエンス』(1955)
- ジョセフ・T・クラッパー『マス・コミュニケーションの効果』(1960)
- レオン・フェスティンガー『認知的不協和の理論』(1957)
- レオン・フェスティンガー、J・メリル・カールスミス「強制的同調の認知的帰結」(1959)
- デール・カーネギー『人を動かす』(1936)
- マクスウェル・マコームズ、ドナルド・ショー「マスメディアの議題設定機能」(1972)
- ジョージ・ガーブナーほか『Living with Television』関連論文群
- エリザベート・ノエレ=ノイマン『沈黙の螺旋理論 — 世論形成過程の社会心理学』(1980)
- エリユ・カッツ、ジェイ・ブラムラー、マイケル・グレヴィッチ「個人によるマス・コミュニケーションの利用」(1974)
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『9つの伝わる型 図解ハンドブック 完全版』
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