伝わるの人類史

第11章 PRの発明 — リップマンとバーネイズが作った「頭の中の絵」の時代

この記事は連載「伝わるの人類史」(全27章)の一部です。目次を見る →

あなたは今朝、何を食べましたか。そして、なぜそれを選んだのでしょうか。

健康にいいと思ったから。手軽だったから。好きだから。どれも本当でしょう。しかし、その「健康にいい」という判断はどこから来たのか。誰かが決めた栄養基準、テレビで見た特集、パッケージに書かれた表示、なんとなく記憶にある記事。私たちは食べ物そのものを分析して選んでいるのではなく、頭の中にある食べ物の「絵」を見て選んでいます。

この、人間は現実そのものではなく頭の中の像に反応して動くという洞察を、1922年に一冊の本にまとめた人がいます。ウォルター・リップマンです。そして、その洞察を「では、その像を作る側に回ればいい」という実践に翻訳した人がいます。エドワード・バーネイズ。フロイトの甥にあたる人物です。今回は、この二人が20世紀に何を残したのかを見ていきます。

1. リップマン『世論』(1922) — 「われわれと外の世界」

ウォルター・リップマンは、ジャーナリストであり、政治評論家であり、大統領の助言役も務めた人物です。1922年に出版された『世論』の冒頭は、ある島の話から始まります。

1914年、大西洋の孤島に、イギリス人とフランス人とドイツ人が暮らしていました。彼らは互いに友好的で、平穏に日々を過ごしていた。郵便船は60日に一度しか来ません。9月中旬、船が届けた新聞で、彼らは知ります。6週間前から自分たちの母国は戦争状態にあり、互いは敵同士だったのだと。

この寓話が示しているのは、こういうことです。6週間のあいだ、彼らの現実は「友人同士」でした。実際の世界では「敵同士」だったにもかかわらず。人が反応するのは、現実そのものではなく、現実についてのイメージなのです。

2. 疑似環境とステレオタイプ

リップマンの疑似環境モデル(1922)人は現実にではなく、頭の中の絵に反応して行動する現実の環境複雑で、広大で絶えず動いている直接には見えない触れられない四つのフィルター① 検閲と情報の遮断② 接触できる時間の少なさ③ 語彙と表現の限界④ ステレオタイプ見る前に定義してしまう型頭の中の絵=疑似環境単純で、既知で扱いやすい世界像これが現実だと感じる行動人は疑似環境に反応して動くしかし結果は現実世界で起きる行動の結果は現実の環境を変える — だがその現実も、また絵になって届く伝える仕事とは、この「絵」に働きかける仕事である。認知バイアス研究より半世紀早く、ステレオタイプという語はここで定義された。
図1:現実 → フィルター → 頭の中の絵 → 行動 → 現実、という循環。

リップマンはこれを「疑似環境」と呼びました。現実の環境と、私たちの行動のあいだには、必ず一枚の像が挟まっている。そして、その像が現実と一致する保証はどこにもない。

なぜ像は歪むのか

リップマンは、像が歪む理由を丁寧に列挙します。第一に、情報が意図的に遮断されること。検閲や秘密保持です。第二に、社会的な接触の限界。私たちは自分の生活圏の外を、ほとんど直接には知りません。第三に、そもそも一日のうちニュースに割ける時間がわずかであること。第四に、複雑な出来事を短い言葉に圧縮しなければならないこと。

そして第五に、最も重要な要因として、彼は「ステレオタイプ」を挙げます。

「見る前に定義する」

ステレオタイプという語は、もとは印刷業界の用語で、鉛版のことです。同じ版を使えば同じものが刷れる。リップマンはこの語を借りて、私たちが世界を認識するときに使う既製の型を指しました。

たいていの場合、われわれは見てから定義するのではなく、定義してから見る。

この一文は、リップマンの議論の核心です。私たちは、白紙の状態で世界を観察し、そこから判断を組み立てているのではありません。あらかじめ文化から受け取った型に、目の前のものを当てはめている。

注意すべきは、リップマンがステレオタイプを単純に悪だと断じていないことです。彼は、それが認知の経済性を支える必要な装置でもあると認めています。すべてを一から判断していたら、私たちは朝食を選ぶだけで一日を終えてしまう。問題は型を持つこと自体ではなく、型を持っていることに無自覚であることだ、という立論です。

認知バイアス研究の半世紀の先取り

この議論が書かれたのは1922年です。ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーがヒューリスティクスとバイアスの研究を発表するのは1970年代。つまりリップマンは、心理学が実験で確かめることになる人間像を、およそ半世紀早く言語化していたことになります。

もちろん、リップマンには実験データがありません。彼が示したのは観察と洞察です。だからこの本は科学ではなく、優れたジャーナリズムだと言うべきでしょう。しかし、連載の三本の糸のひとつである「科学化の歩み」において、良い問いを立てることは、答えを出すことと同じくらい重要な貢献です。リップマンは、その後50年分の研究課題を先に書き出したのです。

3. リップマンとデューイ — 民主主義をめぐる論争

『世論』の結論は、当時としてはかなり悲観的なものでした。市民が世界の複雑さを把握することはできない。だとすれば、あらゆる問題を市民の直感的な判断に委ねる民主主義には、構造的な無理がある。

リップマンの提案は、専門家からなる情報整理の機関を作り、政策決定者に正確な現実像を供給することでした。1925年の『幻の公衆』では、この立場をさらに推し進めています。

同じ診断、正反対の処方 — リップマンとデューイ「大衆は世界を正確に把握できない」という認識は共通していたリップマンの答え世界は複雑すぎて、市民が全体を知ることはできない専門家が情報を整理して届ける現実的だが、民主主義の範囲を狭める誰が専門家を選ぶのかという問いが残る後のテクノクラシー論の原型デューイの答え知りえないのは事実だが、対話のなかで判断は育つ公衆を育てる教育とコミュニティ理想的だが、時間がかかる緊急の課題には間に合わないことも後の熟議民主主義論につながるこの論争は決着していない。私たちはいまも同じ問いの中にいる。そしてバーネイズは、第三の道を選んだ — 絵を作る側に立つという道を。
図3:同じ診断から、専門家統治と公衆の育成という正反対の処方が導かれた。

これに対して、哲学者ジョン・デューイは『公衆とその諸問題』(1927)で応じました。デューイもまた、市民が全体を把握できないという診断には同意します。しかし処方箋が違いました。公衆は所与のものではなく、育てられるものだ。対話とコミュニティと教育を通じて、判断する能力そのものを育てることができる、と。

この論争は決着していません。専門家に任せるべきか、市民の判断力を育てるべきか。専門知への信頼が揺らぎ、同時に情報環境が破綻しかけている現在、私たちはこの100年前の論争のただ中にいます。

4. バーネイズ — 「同意の工学」という発想

リップマンが「人は頭の中の絵に反応する」と診断したとき、そこには二つの読み方がありました。一つは、だからこそ絵を正確にする努力が要る、という読み方。もう一つは、だったら絵を作れば人は動く、という読み方です。

エドワード・バーネイズは、後者を選びました。

バーネイズはウィーンに生まれ、幼少期にアメリカへ移住しています。母はジークムント・フロイトの妹、父はフロイトの妻の兄。二重の意味でフロイトの甥にあたる人物です。彼は叔父の無意識の理論を、集団に向けた実践へと翻訳しました。

クリール委員会と「4分間の男たち」

バーネイズの原体験は、第一次世界大戦にあります。1917年、アメリカが参戦するにあたり、ウィルソン大統領は広報委員会、通称クリール委員会を設置しました。中立志向の強かった国内世論を、参戦支持へと転換させることが目的です。

この委員会がとった手法は多岐にわたりますが、象徴的なのが「4分間の男たち」です。全米各地の映画館で、フィルムの交換に要する約4分間、地元の名士が立ち上がって戦争支持を訴える。訓練された志願者は7万人を超え、講演回数は延べ75万回に達したとされます。

注目すべきは、語り手が中央政府の役人ではなく、聴衆がよく知る地元の人物だったことです。アリストテレスの用語で言えば、エトスを地域に分散配置したわけです。中央から一方的に叫ぶのではなく、身近な信頼を経由させる。この構造は、現代のインフルエンサー・マーケティングとまったく同じ設計です。

戦後、バーネイズは考えます。戦時にこれだけの効果があった手法が、平時に使えないはずがない、と。ただし「プロパガンダ」という語は戦争中にドイツ側の悪行を指す言葉として汚れてしまっていた。そこで彼は、別の名前を用意します。パブリック・リレーションズ、略してPR。

5. 「自由のたいまつ」— 環境そのものを設計する

バーネイズの手法を最もよく示す事例が、1929年のキャンペーンです。

バーネイズの回り道 — 1929年「自由のたいまつ」商品を売るのではなく、商品の意味が変わる環境を作る直接説得のやり方「女性のみなさん、タバコを吸いましょう」当時の社会規範の壁人前の喫煙は非難された効かない壁そのものは動かないバーネイズのやり方 — 環境を設計する① 精神分析家に助言を求め、タバコを力の象徴と位置づける② イースターパレードで、著名な女性たちに一斉に喫煙させる③ その行為を「自由のたいまつ」と名づけ、記者に伝える④ 広告ではなく報道として、全国の新聞が伝える⑤ 喫煙が女性解放の象徴という「頭の中の絵」に変わる説得したのは人ではなく、人が意見を作る材料のほうだった。
図2:バーネイズは受け手を説得せず、受け手が判断に使う環境そのものを作った。

依頼主はアメリカン・タバコ社。当時、女性が人前で喫煙することは強い社会的非難の対象でした。市場のおよそ半分が制度的に閉ざされている状態です。

ここで「女性のみなさんもタバコを」と広告を打っても効きません。壁は嗜好ではなく規範だからです。バーネイズは、規範のほうを動かそうとしました。

彼はまず精神分析家のエイブラハム・ブリルに助言を求め、タバコが男性の力の象徴として機能しているという見立てを得ます。であれば、女性が吸うことを「男性の領域への侵入」ではなく「自らの力の獲得」として意味づけられるのではないか。

1929年のイースター・パレードで、彼は複数の若い女性を配置し、行進の途中で一斉にタバコに火をつけさせました。そして記者たちに、これは「自由のたいまつ(Torches of Freedom)」だと伝えます。

翌日、この光景は全米の新聞に載りました。広告としてではなく、ニュースとしてです。

ここで何が起きたのか

バーネイズが説得したのは、女性たちではありません。彼が働きかけたのは、女性たちが自分の行為の意味を判断するときに参照する環境のほうでした。「新聞に載っている」「解放の象徴として語られている」「他の女性もやっている」。リップマンの言葉で言えば、彼は疑似環境そのものを製造したのです。

バーネイズはこれを『プロパガンダ』(1928)で理論化しています。彼が説くのは、大衆に直接呼びかけるのではなく、大衆が意見を形成するときに頼る人々や仕組みに働きかけよ、という方法です。医師に語らせる。研究機関に発表させる。イベントを作る。

現代のマーケティングが使う手法のほとんどが、ここに原型を持っています。第三者の権威を借りる。ニュース価値のある出来事を作る。専門家の推奨を得る。

6. 倫理の問題 — プラトンの告発、20世紀版

ここで、第2章に立ち返る必要があります。

プラトンがソフィストを批判したとき、その核心は「彼らは真実を知らなくても人を説得できてしまう」という点にありました。技術が真理から切り離されるとき、それは人を助ける道具にも、人を操る道具にもなる。

バーネイズは、この告発に対して驚くほど正面から答えています。『プロパガンダ』の冒頭で、彼は大衆の意見や習慣を意識的に操作することが民主社会の重要な要素であり、それを行う見えない統治機構が社会を動かしていると書きました。そして、それは悪ではなく、複雑な社会が機能するために必要なのだ、と。

つまり彼は、リップマンの診断を受け入れた上で、「では誰かが絵を作らねばならない。ならば私がやる」と宣言したのです。

この立場の何が問題か

第一に、透明性の欠如です。「自由のたいまつ」を新聞で読んだ読者は、それが仕組まれた出来事だとは知りませんでした。判断の材料が操作されていることを知らないまま、自分で判断したと感じている。同意は得られていますが、それはインフォームドな同意ではありません。

第二に、結果の重さです。バーネイズが後年、自らの関与を悔いたと伝えられているのがタバコの件です。彼のキャンペーンが女性の喫煙率上昇にどれだけ寄与したかを厳密に測ることはできませんが、健康被害という観点から、この仕事は擁護しにくい。

第三に、誰が絵を作る権利を持つのかという問題です。バーネイズは自らを、社会を賢明に導く専門家として位置づけました。しかし彼を選んだのは有権者ではなく、報酬を払うクライアントでした。

公平に見るために

とはいえ、一方的に断罪して終わるのも正確ではありません。バーネイズは、公民権運動や公衆衛生キャンペーンなど、多くの人が望ましいと考える目的にも同じ手法を使っています。手法そのものは中立で、目的と透明性が倫理を決める。この構図は、いまマーケティングやコミュニケーションに関わるすべての人が向き合っている問題そのものです。

また、バーネイズの自伝的な記述には、自らの功績を大きく語る傾向があることも指摘されています。「自由のたいまつ」の効果についても、後年の彼の語りが誇張されている可能性を検討する研究があります。PRの父は、自分自身のPRにも長けていたのです。

7. 補論:広告・PR・広報は何が違うのか

バーネイズの話をすると、広告とPRの区別が気になる方がいると思います。ここで簡単に整理しておきます。

広告は、枠を買う行為です。媒体に対価を払い、掲載の内容と位置をこちらが決める。読者から見て、それが広告であることは基本的に明示されています。

PRは、枠を買いません。代わりに、報道されるに値する材料を作り、それを第三者に取り上げてもらう。読者から見ると、それは記事や番組であって、広告ではありません。

この違いが、そのまま効果と倫理の違いになります。広告は信用されにくいが、正体が明らかです。PRは信用されやすいが、正体が見えにくい。バーネイズが「自由のたいまつ」で使ったのは、この後者の性質でした。

日本語の「広報」は、さらに別のニュアンスを持ちます。組織が社会に対して説明責任を果たす活動という含意が強く、必ずしも売るための活動を意味しません。同じPRという語が、営業的な文脈と説明責任の文脈の両方で使われている点は、この分野の議論をしばしば混乱させます。

8. 現代への地続き — ステルスマーケティングと透明性の規範

バーネイズが100年前に確立した「第三者に語らせる」という手法は、いまインターネット上で最も広く使われている技術です。そして、その透明性をめぐる問題が、いま制度の対象になりつつあります。

日本のステルスマーケティング規制

日本では2023年10月1日から、景品表示法にもとづく規制が施行されました。事業者が自ら行う表示であるにもかかわらず、一般消費者がそれを事業者の表示だと判別することが困難な表示を、不当表示として規制するものです。

つまり、企業から依頼や対価を受けて発信された内容であるなら、それがわかるように表示しなければならない。「PR」「広告」「提供」といった記載が求められる根拠は、ここにあります。

アメリカでは、これに先行して連邦取引委員会が推奨広告に関するガイドラインを整備してきました。発信者と企業のあいだに、消費者の判断に影響する関係があるなら、それを明示せよ、という考え方です。

規制が示していること

この規制の本質は、内容の真偽ではありません。ステマ規制が問題にするのは、嘘を書いたかどうかではなく、誰が言っているかを隠したかどうかです。

ここに、リップマンの議論が効いてきます。人は疑似環境に反応する。そして、その疑似環境を組み立てるときに、私たちは「誰が言ったか」を重要な手がかりとして使っています。第13章で見るホヴランドの信憑性研究が示す通り、情報源は説得効果を大きく左右する要因です。

だとすれば、情報源を隠すことは、単なる不作為ではなく、判断の材料そのものを操作する行為になります。バーネイズがイースター・パレードでやったことは、まさにこれでした。

ネイティブ広告という灰色地帯

もう一つの論点が、記事の体裁をとった広告です。媒体の記事と同じデザインで並び、読み進めるうちに商品の話になる。多くの媒体が表示ルールを設けていますが、その表記が小さかったり、読者がスクロールする位置に配慮がなかったりする例は少なくありません。

ここで実務者が持つべき基準は、法令の最低線ではなく、次の問いだと思います。読み終えた読者が後から「これは広告だったのか」と知ったとき、裏切られたと感じるかどうか。

この問いに「感じるだろう」という答えが出るなら、それは第2章でプラトンが批判した領域に足を踏み入れています。透明性は、コンプライアンスの話である以前に、次の仕事があるかどうかの話です。

9. 三本の糸から見る1920年代

糸①:エトス・パトス・ロゴスの輪廻

バーネイズの発明は、エトスの外部委託だと言えます。自分で信頼を語るのではなく、医師や著名人や報道機関という第三者にエトスを供給させる。アリストテレスは、エトスは語り手自身が示すものだと考えました。20世紀のPRは、それを調達可能な資源に変えたのです。

糸②:新メディアへの不安の反復

1920年代のアメリカでは、映画とラジオが急速に普及していました。「大衆が新しいメディアに操られる」という不安は、まさにこの時期に頂点に達します。リップマンの本もバーネイズの本も、その不安の中から生まれました。次章で見るラジオの時代に、この不安は現実の政治として爆発します。

糸③:科学化の歩み

リップマンは問いを言語化しましたが、検証はしませんでした。バーネイズはフロイトの理論を援用しましたが、それは実験によって支えられたものではありません。この時代の「伝わる」の科学は、まだ比喩と直感の段階にあります。しかしまもなく、実験室と数式がこの領域に入ってきます。

明日から使える3つの実装

実装1:相手の「頭の中の絵」を先に聞く

提案の前に、相手がその問題についてどんな像を持っているかを確認してください。「この件について、いまどんなイメージをお持ちですか」と一言聞くだけで構いません。

私たちはつい、正しい情報を渡せば相手の判断が変わると考えます。しかしリップマンが示した通り、情報は既にある型を通って解釈されます。型を知らずに情報だけ足すと、その情報は型に合わせて歪められるか、無視されます。

実装2:エトスを自分だけで背負わない

自分の主張を通したいとき、自分の言葉だけで信頼を作ろうとすると、どうしても限界があります。顧客の声、第三者のデータ、社外の事例。これらは論拠であると同時に、エトスの供給源です。

ただし、ここでバーネイズの教訓を守ってください。誰が話しているか、その人と自分の関係を明示することです。「弊社が費用を負担した調査です」と書くだけで、同じデータが操作から情報に変わります。透明性は説得力を落とすと思われがちですが、長期的には逆です。

実装3:自分のステレオタイプを一つ書き出す

週に一度でいいので、自分が「当然そうだ」と思っている前提を一つ紙に書き出してみてください。この業界はこういうものだ。あの部署はこういう人たちだ。この顧客層はこう考えるはずだ。

書き出した瞬間、それは無意識の型から検証可能な仮説に変わります。リップマンが指摘した通り、問題は型を持つことではなく、型に気づいていないことです。

まとめ

1922年、リップマンは「人は現実ではなく頭の中の絵に反応する」と書きました。この一文は、その後の説得研究、認知心理学、メディア論のほぼすべての出発点になっています。彼はステレオタイプという語に現代的な意味を与え、認知バイアス研究を半世紀先取りしました。

同じ洞察から、バーネイズはまったく別の実践を引き出しました。絵に反応するなら、絵を作ればいい。彼が発明したPRという職業は、直接説得ではなく環境設計という発想で、20世紀の企業と政治のコミュニケーションを規定しました。

そして、この二人が突きつけたのは、2400年前にプラトンが提起した問いの20世紀版です。伝える技術が真実から切り離されるとき、それを誰が、どんな目的で使うのか。この問いは、当時よりもはるかに強い形で私たちの前にあります。生成AIが説得的な文章を無限に作れる時代に、答えを持っているのは、技術ではなく使う側の人間だけです。

リップマンとバーネイズが理論と手法を用意した数年後、それらを一気に社会規模で実行できる装置が家庭に入ってきます。ラジオです。次章「第12章 ラジオ — 声が国境を越えた日」では、まったく同じ技術が、大統領の親密な語りかけと、独裁体制の熱狂の設計という正反対の方向に使われた歴史を追います。そこには、いまのSNSを考えるための最も鋭い教材があります。

主要参考文献

  • ウォルター・リップマン『世論』(1922)
  • ウォルター・リップマン『幻の公衆』(1925)
  • エドワード・バーネイズ『プロパガンダ』(1928)
  • エドワード・バーネイズ『世論の結晶化』(1923)
  • ジョン・デューイ『公衆とその諸問題』(1927)
  • ラリー・タイ『The Father of Spin — Edward L. Bernays and the Birth of Public Relations』(1998)
  • スチュアート・ユーウェン『PR! — 世論操作の社会史』(1996)
  • アルフレッド・E・コーンブル『Pens and Swords』ほかクリール委員会研究
  • ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』(2011) — ステレオタイプ論の現代的展開として

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この記事を書いた人

村中 伸滋 伸滋Design 代表

「伝わる」を科学するプレゼンテーションデザイナー / 外部CSO。認知科学・行動経済学・神経科学の知見をコミュニケーション設計に応用し、経営層の戦略プレゼンから学会発表・研究費申請書まで支援。国際学術誌 ChemPhotoChem の表紙アート採用、大学学長の国際連携プレゼンテーション制作支援などの実績。

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