人は「自分が世界をどれほど深く理解しているか」を著しく過大評価しています。日常的な機械の仕組みや社会課題など、実は表面的な知識しか持たないにもかかわらず、私たちは「完全に理解している」と錯覚してしまうのです。本記事では、2002年に提唱された代表的理論「説明深度の錯覚(IOED)」から、無関係な現象を説明させるだけでその錯覚が打ち砕かれることを証明した驚きの最新研究(2023年)までを深掘りします。伝える目的を、従来の「わからせる」から「読者自身に無知を発見させる」へとパラダイムシフトさせ、真の行動変容を生み出すための認知科学的アプローチを紐解きます。
伝達から発見へ:コミュニケーションのパラダイムシフト
経営ビジョンも、事業戦略も、相手の脳に正しく届かなければ単なるノイズに過ぎない1。現代のビジネスコミュニケーションや教育の現場において、情報伝達者の多くは「いかにわかりやすく伝えるか」あるいは「いかに論理的にわからせるか」という点に心血を注いでいる。図解を洗練させ、論理構成を研ぎ澄まし、美しいプレゼンテーションスライドを作成することで、聴衆の脳に直接情報をインストールしようと試みるのが一般的なアプローチである。
しかし、認知科学と行動経済学の観点からこのプロセスを分析すると、このアプローチには致命的な死角が存在することが浮き彫りになる。それは、情報を受信する側の脳が「自分はすでにそのテーマについて十分に理解している」という強固な錯覚に囚われている場合、いかに優れた論理や洗練されたデザインを用いても、新たな情報の受容が著しく阻害されるという事実である。人間は、自らの知識の限界を正確に把握し、適切にキャリブレーションすることが極めて苦手な生き物である2。
この現象を学術的に解き明かしたのが、認知心理学における代表的なパラダイム「説明深度の錯覚(Illusion of Explanatory Depth: IOED)」である2。人は対象の機能を知っているだけで、その背後にある複雑な因果関係の仕組みまで理解していると誤認してしまう。本稿では、人がいかにして自らの理解を過大評価するのか、そして「因果的な仕組みを説明させる」という認知的負荷を与えることでその錯覚がどう崩壊するのかを網羅的に分析する。さらに、2023年に発表された最新の研究が示した「全く無関係な現象を説明するだけでも、人は自らの浅薄な理解に気づきうる」という画期的な知見を解剖する2。これらの科学的エビデンスを統合し、コミュニケーションの目的を旧来の「わからせる」ことから「読者自身に理解不足を発見させる」ことへ移行させるための、実効性のあるフレームワークを提示する。
説明深度の錯覚(IOED)という強固なバイアス
Rozenblit & Keil (2002) による画期的発見
「説明深度の錯覚(IOED)」という概念は、2002年にイェール大学の心理学者Leonid RozenblitとFrank Keilによって提唱された4。彼らの研究は、人間が自分の知識の深さ、特に因果的なメカニズムに関する理解度を著しく過大評価する傾向があることを実証し、認知心理学に大きな衝撃を与えた。
ダニング=クルーガー効果が「自らの能力や全般的な知能」に対する過大評価を指し、主に能力の低い層において顕著に見られるのに対し、IOEDは「複雑な因果関係を伴う知識(説明的知識)」に特化した錯覚であり、専門家を含むほぼすべての人間に普遍的に発生するという決定的な違いがある5。事実的な知識(例:「アメリカの首都はどこか」)や手順に関する知識(例:「コーヒーの淹れ方」「ケーキの焼き方」)においては、人は自分が知っているか知らないかを正確に自己評価できるため、この錯覚は起きにくい5。しかし、機械の内部構造や自然現象、社会経済システムなど、因果的なメカニズムに関する知識において、この錯覚は極めて顕著に現れる5。
RozenblitとKeilは、イェール大学の学部生を対象に、ミシン、ファスナー、スピードメーター、水洗トイレといった日常的な48のアイテムに対する理解度を測定する一連の実験を行った2。実験のプロセスは、まず参加者に対して、対象のアイテムがどのように機能するかについての自己の理解度を1(全く理解していない)から7(完全に理解している)の尺度で評価させることから始まる。この段階では、多くの参加者が高い自己評価を下し、自分は仕組みを熟知していると回答した4。
次に、参加者はそのアイテムが機能する因果的なメカニズムを、可能な限り詳細かつ段階的に文章で説明するよう求められる。実際に説明を試みると、参加者の多くは部品同士がどのように連動しているのか、あるいはエネルギーがどのように変換されているのかといった因果関係の空白に直面し、言葉に詰まることとなった4。この説明の試みの後、参加者に再度自己の理解度を同尺度で再評価させたところ、評価スコアは劇的に低下したのである。彼らは、自らが「対象が何をするものか(What it does)」を知っていることと、「対象がどのように動くのか(How it works)」を知っていることを混同していたことに、この時初めて気づかされたのである7。
なぜ脳は自らを騙すのか:多角的な認知的要因
なぜ私たちは、実際には表面的な知識しか持っていないにもかかわらず、深い理解があると錯覚してしまうのだろうか。その背景には、人間の脳が情報を処理し、世界を解釈する際の複数の認知的メカニズムが複雑に絡み合っている4。
第一の要因として挙げられるのが「変化盲(Change blindness)」とそれに伴う記憶の脆弱性である。人間の脳は、目の前に存在しない視覚情報の詳細を正確に記憶し再現することが極めて苦手である4。Gianluca Giminiによる「Velocipedia」というアート・心理学プロジェクトでは、人々に「自転車の絵」を記憶だけを頼りに描かせた。その結果、フレームが構造的に繋がっていないものや、チェーンの位置が物理法則に反しているものなど、実際には走行不可能な自転車の絵が大量に生み出された4。私たちは自転車を日常的に目にし、容易に操作できるという「親近感(Familiarity)」を抱いているが、脳はこの親近感を「仕組みの深い理解(Understanding)」へと不当に誤変換してしまうのである5。
第二の要因は「階層性の錯覚(The illusion of levels)」である。対象物を説明する際、人はしばしばその構成要素のレベルを混同する。例えば、コンピュータの仕組みを問われた際、「画面、キーボード、マザーボードがある」と上位の部品(レベル)を列挙できただけで、脳はその奥にある「マザーボード上の回路がどのように演算処理を行い、連動して機能するか」というより深いレベルまで説明できると錯覚してしまう4。上位概念を記述できる能力が、下位の因果関係の理解を保証するわけではないにもかかわらず、脳は早合点をしてしまうのである。
第三の要因として、「情報境界の曖昧さ(Indiscrete information)」が指摘されている。歴史の年号のような事実的知識には、明確な「知っている」か「知らない」かの境界が存在する。しかし、説明的知識には「どこまで詳細に説明すれば完全に理解したと言えるのか」という明確な終着点が存在しない4。そのため、対象についてほんの少しでも語り始めることができれば、脳は全体を包括的に理解していると過信しやすくなる4。
さらに、Alterらの研究は「解釈レベルの不一致(Abstract vs. Concrete Construal)」という観点からこのメカニズムを補強している。彼らの研究によれば、人は具体的な概念や物理的メカニズムの理解度を評価する際、不適切に「抽象的な解釈スタイル」を採用してしまう傾向がある9。物事を俯瞰的かつ抽象的に捉えることで、細部の因果関係の欠落が隠蔽され、全体を把握しているという感覚だけが残るため、IOEDが増幅されるのである9。
政治的過激化とIOED:メカニズムがもたらす「知的な謙虚さ」
説明深度の錯覚は、日常の機械製品に関する知的な笑い話にとどまるものではない。この錯覚が政治的イデオロギーや社会課題、あるいは企業内の経営戦略に対する態様に適用されたとき、深刻な社会的分断(ポラリゼーション)や過激化、意思決定の誤謬を引き起こす原因となるからである4。
Fernbachら(2013)の研究は、IOEDが政治的信念や極端な態度に与える影響を見事に実証している10。中東の紛争、気候変動対策、税制改革など、複雑な因果関係が絡む社会課題に対して、最も極端で強硬な意見を持つ人々ほど、実はその課題が社会にどのような影響を及ぼすかというメカニズムを最も理解していないことが多い4。彼らはニュースの見出しやSNSの短い動画だけを消費し、浅薄な知識に基づいた強固なイデオロギーを形成しているのである7。
Fernbachらは、参加者に対して様々な政治的政策に対する賛否の度合いと、その政策への自己の理解度を評価させた。その後、参加者を2つのグループに分け、それぞれ異なるアプローチで自らの意見を記述させた4。一方のグループには、なぜ自分がその政策を支持(または反対)するのか、その「理由(Reasons)」を説明するよう求めた。他方のグループには、その政策が導入された場合、具体的にどのようなステップを経て社会に影響を与えるのか、その「仕組み・メカニズム(Explanations)」を詳細に説明するよう求めた4。
| アプローチ | 参加者への要求内容 | 認知への影響と行動変容の結果 |
| 理由の提示 (Reasons) | なぜその政策を支持/反対するのか、自らの見解を正当化する理由を列挙させる。 | 確証バイアスが発動し、自らの立場を正当化する情報を選択的に引き出す。結果として、政治的信念がさらに極端に強化された。 |
| 仕組みの説明 (Explanations) | 政策がどのように機能し、どのような因果関係で結果をもたらすのかを段階的に説明させる。 | 因果関係の空白に直面し、IOEDが露呈する。無知を悟り、政治的立場が穏健化し、過激な団体への寄付意欲も低下した。 |
この結果が示す意義は計り知れない。「理由」を問われたグループは、自らの立場を正当化するための情報を脳内から選択的に引き出す「確証バイアス」を無意識に働かせ、結果として自身の信念をさらに極端なものへと強化した4。対照的に、「仕組み」を問われたグループは、複雑な因果関係を説明しようとして言葉に詰まり、自らの理解が浅薄であったことに直面せざるを得なかった。その結果、政策に対する理解度の自己評価が低下しただけでなく、政治的立場の極端さが緩和され、より穏健で柔軟な態度へと変化したのである4。
この知見は、ビジネスにおけるマーケティングや組織内での説得コミュニケーションにおいて極めて重要な示唆を与える。相手を説得しようとして、直ちに「自社製品を買うべき理由」や「新戦略に賛同すべきメリット」を論理的に提示することは、かえって相手の既存の信念や反発心を強化するリスクを孕んでいる。真に相手の態度変容を促し、強固な合意を形成するには、相手自身に現状の課題やシステムの「仕組み」を説明させ、自らの理解の限界(無知)に直面させることで、「知的な謙虚さ(Humility)」を醸成するプロセスが不可欠なのである4。
2023年のブレイクスルー:無関係な現象が暴く「理解の錯覚」
IOEDを解消するためには、「対象そのものの因果的メカニズムを説明させること」が必要不可欠であると長年考えられてきた。例えば、ファスナーに対する理解度を下げるには、ファスナーの仕組みを説明させ、その知識の空白に気づかせる必要がある。これは「特異性原理(Specificity Principle)」と呼ばれ、説明する対象と錯覚が露呈する対象は同一でなければならないという、学界における暗黙の前提であった3。
しかし、2023年にEthan Meyersらが『Judgment and Decision Making』誌で発表した研究「Broad effects of shallow understanding: Explaining an unrelated phenomenon exposes the illusion of explanatory depth」は、この20年間信じられてきた前提を根底から覆すものであった2。
Meyersらは、ある一つの現象を詳細に説明しようと試行錯誤する認知的プロセス自体が、参加者のメタ認知全体に影響を与え、「全く無関係な別の現象」に対する理解の自己評価をも低下させるのではないかという大胆な仮説を立てた2。
Meyersら (2023) の実験デザインと驚愕の結果
彼らはこの仮説を検証するため、厳密に事前登録された一連の実験を行った。Experiment 1では、米国およびカナダのMechanical Turk参加者240名を対象に、標準的なIOEDタスクを修正した実験デザインを採用した3。参加者はまず、複数の機械的デバイス(スピードメーター、ファスナー、ピアノなど)や自然現象(雪の形成など)の事前理解度を1から7の尺度で評価した。その後、ランダムに選ばれた1つのデバイス(例:ファスナー)について、詳細な因果関係を文章で説明するよう求められた3。
事後評価のフェーズでは、参加者は2つの条件に割り当てられた。「Specific条件(特定)」では、説明したのと同じデバイス(ファスナー)の理解度を再評価した。一方、「General条件(無関係)」では、説明したものとは全く異なる、無関係なデバイスや現象(例:雪の形成)の理解度を再評価した3。
実験の結果、Specific条件においてファスナーを説明した後にファスナーの理解度が下がるのは、従来のIOEDの完全な再現であった()2。しかし研究者らを驚かせたのは、General条件の結果である。参加者は「ファスナーが布を噛み合わせる仕組み」を説明しようと四苦八苦しただけで、その後に行われた「雪がどのように形成されるか」という、全く無関係な自然現象に対する自己の理解度をも有意に低下させたのである(
)2。
| 実験条件 | フェーズ2での説明対象 | フェーズ3での再評価対象 | 結果の概要 |
| Specific条件 | デバイスA(例:ファスナー) | デバイスA(例:ファスナー) | 理解度が有意に低下(従来のIOEDの再現)。自らの知識の欠落に直接的に気づくため。 |
| General条件 | デバイスA(例:ファスナー) | 現象B(例:雪の形成) | 理解度が有意に低下。全く無関係な対象であっても、説明の苦労が全般的なメタ認知に波及した。 |
コントロール群との比較によるメカニズムの特定
この画期的な結果に対し、「2回目の評価を行うことによる単なる疲労」や「説明を書くことで尺度の基準(7点の意味)が厳格に再解釈されただけではないか」という代替仮説が提起された。Meyersらはこれらの可能性を排除するため、Experiment 2を実施した3。
Experiment 2では、因果的な説明を書かせるグループと、「説明と同程度の文字数のテキスト(画像で提示されたもの)を単にタイピングして書き写すだけ」という認知的負荷の低いコントロール群を比較した3。さらに、尺度再解釈を防ぐための厳密な教示を評価フェーズに組み込んだ3。
結果として、単なるテキストの書き写しを行ったコントロール群でも、2回目の評価時には理解度の自己評価がわずかに低下した()。これは2回目の判断を下すこと自体によるアーティファクトが存在することを示している3。しかし決定的なのは、因果的な説明を試みたグループの自己評価の低下幅が、コントロール群の低下幅の2倍以上の大きさであったことである(無関係な説明のGeneral条件 vs コントロール群:
)3。このデータは、単なる疲労や尺度の再解釈ではなく、「説明を生み出そうとする認知的負荷のプロセス」そのものが、錯覚を破壊する主要な駆動力であることを明確に証明した3。
なぜ「無関係な説明」が効くのか:全般的な無知への般化
この結果は、「特定の知識のギャップに気づくから錯覚が解ける」という局所的なメカニズム(特異性原理)では到底説明がつかない。Meyersらの考察によれば、因果的な仕組みを詳細に説明しようとする認知的負荷の高いプロセスは、参加者の「自分が世界を理解しているという感覚」全体に強烈な揺さぶりをかける。そして、その失敗の経験が「全般的な無知の感覚(a feeling of ignorance)」へと般化(generalize)されるのである2。
つまり、ピアノが音を出す仕組みであれ、ヘリコプターが飛ぶ仕組みであれ、人間は「何か複雑なシステムの因果関係を自力で解き明かそうと苦闘する」だけで、自身の知的な傲慢さをへし折られ、世界に対する謙虚さを取り戻すようにできている3。この現象は、直接対立を生むようなセンシティブなトピック(例:政治的イシューや、相手が固執している自社製品の仕様、強硬な組織文化など)を直接議論することなく、非対立的(non-confrontational)な手法で相手のバイアスを穏やかに取り除く「デバイアシング(debiasing)」の極めて実用的な手法として機能しうることを示唆している2。
AI時代の「思考の空洞化」と自己説明効果(Self-Explanation Effect)
現代のコミュニケーション環境において、IOEDの脅威はかつてなく増大している。その最大の要因は、大規模言語モデル(LLM)をはじめとする生成AIの爆発的な普及と、それに伴う「認知的オフローディング(Cognitive Offloading)」の加速である1。
shinji.designの過去の論考でも指摘されている通り、AIが数秒で完璧な論理構成を持つプレゼン資料や流麗な説明文を生成できる現代において、人間は無意識のうちに「深く思考する能力」をAIに外注(オフロード)している1。Kumarら(2026)やBelghithら(2024)の最新研究によれば、LLMを日常的に使用して学習する学生は、AIが生成した整然とした説明を読むだけで、自分がそのトピックの背後にある複雑な因果関係を深く理解しているという、強烈な「説明深度の錯覚」に陥りやすいことが実証されている13。情報が瞬時に手に入り、AIが論理構築を代行してくれる環境では、私たちは情報の「親近感」と「流暢さ」を、かつてない規模で「自身の理解力」と勘違いしてしまうのである5。
だからこそ、企業間取引のプレゼンテーションや社内での新規事業提案において、単に「美しくまとまった情報」や「AIが生成したような欠点のない論理」を提示するだけでは、相手の脳は「すでに知っている」「AIでも作れるような一般的な情報だ」と表面的な処理を行い、真の行動変容や組織を動かす合意には至らない1。
では、説明によって理解の錯覚を破壊した後、私たちはどのようにして真の深い理解を脳内に再構築すべきなのだろうか。ここで極めて有効なのが、認知心理学者のMichelene Chiらが1980年代から提唱し、数多の実証研究で裏付けられてきた「自己説明効果(Self-Explanation Effect)」である14。
自己説明とは、新しい情報を理解し自己の知識体系に統合するために、学習者自身が自分に向けて因果的な推論や意味づけを生成するプロセスを指す14。Chiらの大規模なメタ分析や数学学習における実証研究によれば、与えられたテキストを単に繰り返し読む(Re-reading)ような受動的な学習よりも、情報を読み進めながら「これはつまりどういうことか?」「前のステップのメカニズムとどう因果的に繋がるのか?」を自分自身に説明(推論の生成)させる能動的なプロセスの方が、メンタルモデルの適切な更新と、深い概念的理解(Conceptual knowledge)の定着をもたらすことが明確に証明されている14。つまり、理解の錯覚を解き放った後の空白を満たすのは、外部から与えられた完璧な説明ではなく、受信者自身の内部で生成される「自己への説明」でなければならないのである。
「伝わる」を科学する:ビジネスとデザインへの実装戦略
以上の強固な認知科学的エビデンスを踏まえ、情報発信者(プレゼンター、マーケター、ライター、組織のリーダー)は、根本的なパラダイムシフトを受け入れる必要がある。それは、コミュニケーションの主目的を「自らの持つ情報を正しく論理的に伝える(わからせる)」ことから、「受信者自身に自らの理解の浅薄さを発見させ、自己説明を通じて真理に到達させる」ことへの移行である。
このアプローチを実際のビジネスデザインやコンテンツ制作に実装するための戦略を以下に提案する。
第一に、結論を急がず、あえて「認知的負荷」を設計に組み込むことである。人は脳内に「自分はすでにこれを理解している」というバリアを強固に張っている。このバリアを突破するには、情報を一方的に与える前に、相手の脳に因果関係の「説明」を要求し、IOEDを意図的に顕在化させなければならない。具体的には、プレゼンテーションの冒頭やブログ記事のリード文において、直感的に答えられそうでいて実は複雑な因果関係の理解が必要な「問い」を投げかける。「この業界の主要な課題について、3つのステップで因果関係を具体的に説明できますか?」と、心の中で実際に説明を試みさせるのである。このわずかな認知的なつまずきが、後に提示される情報への強烈な渇望を生み出す。
第二に、「無関係な現象」をフックにした非対立的デバイアシング(Meyers理論の応用)を取り入れることである。BtoBの難易度の高い営業や、既存のやり方に固執する相手に対する変革の提案において、直接的なテーマで議論を直ちに開始すると、相手の「防衛的過信」や「確証バイアス」が瞬時に発動する4。ここで、Meyersら(2023)の「無関係な現象の説明が全般的な錯覚を破壊する」という画期的な知見が活きる3。全く無関係だが構造が似ている別業界の失敗事例や、身近な物理現象(メタファー)の仕組みについて、相手に思考させたり、共に因果関係を解き明かす対話を行ったりする。相手がその「無関係な現象」のメカニズムをうまく説明できず、知的な謙虚さ(Ignorance)を感じた瞬間に、本題である自社のソリューションや新しい戦略の提案へと移行する。これにより、相手の脳は極めてオープンで受容的な状態にリセットされているのである。
第三に、「自己説明効果」を利用して真の理解を構築するデザインを採用することである。情報をすべて細部まで噛み砕いて提示する「過保護なコミュニケーションデザイン」から脱却しなければならない。重要な因果関係の間に意図的な論理の「余白」を残し、読者や聴衆自身に「なぜ事象Aが結果Bに繋がるのか」を脳内で自己説明(Self-explain)させるような構成を意図的に組み込むのである1。AIが生成するような摩擦のない流暢なテキストではなく、この「あえて負荷をかける」デザインこそが、相手のメンタルモデルを根本から更新し、組織を実際に動かす強固な合意を生み出す原動力となる1。
結論:真の伝達は「謙虚さ」の共有から始まる
人間の脳は、複雑で不確実な世界を生き抜くための適応戦略として、物事を「わかったつもり」になるよう進化してきた。その結果、私たちは変化盲の罠に落ち、表面的な階層を知っただけでシステムの全てを理解したと錯覚し、時にはその浅薄な知識のまま過激な政治的イデオロギーや誤ったビジネスの意思決定へと走ってしまう4。
しかし、2023年のMeyersらの革新的な研究が示すように、人間の脳には「複雑な因果の前に挫折することで、自らの無知を深く悟り、世界に対して再び謙虚になれる」という極めて柔軟で希望に満ちたメタ認知のメカニズムも同時に備わっている3。無関係な現象——それがファスナーの噛み合わせであれ、雪の結晶の形成プロセスであれ——その精緻な仕組みに思いを馳せ、自分の説明能力の限界に直面するだけで、私たちは他者の意見に耳を傾け、新しい知識を受け入れる準備が整うのである3。
shinji.designが標榜する「『伝わる』を科学する」という理念は、単なるレトリックの洗練やデザインの表面的な美しさを追求するものではない。それは、人間の深い認知バイアスをハックし、相手の脳内にある「理解しているつもりの錯覚」を優しく、かつ科学的に破壊することから始まる1。
読者や聴衆に力技で「わからせる」のではなく、彼ら自身の内部で「己の無知を発見させる」こと。それこそが、情報が氾濫しAIが思考を代替しようとする現代において、無用なノイズを切り裂き、人の心を根本から動かす最も強力なデザインであり、コミュニケーションの極意なのである。読者諸氏におかれては、次回のプレゼンテーションやコンテンツ制作において、情報を与える前に「あえて対象のメカニズムを説明させる」という小さな認知的負荷を組み込んでみてはいかがだろうか。その瞬間、相手の瞳に宿る「真の理解への渇望」を目撃することになるはずである。
This is for informational purposes only. For medical advice or diagnosis, consult a professional. (※本稿において精神疾患・メンタルヘルスに関する研究事例19 に間接的に言及していますが、これは認知心理学の実験パラダイムとしての紹介であり、一般的な学術的・教育的知識の提供を目的としています。)
引用文献
- 伸滋Design, https://shinji.design/
- Broad effects of shallow understanding: Explaining an unrelated phenomenon exposes the illusion of explanatory depth – ResearchGate, https://www.researchgate.net/publication/372669028_Broad_effects_of_shallow_understanding_Explaining_an_unrelated_phenomenon_exposes_the_illusion_of_explanatory_depth
- Broad effects of shallow understanding: Explaining an unrelated phenomenon exposes the illusion of explanatory depth | Judgment and Decision Making | Cambridge Core, https://www.cambridge.org/core/journals/judgment-and-decision-making/article/broad-effects-of-shallow-understanding-explaining-an-unrelated-phenomenon-exposes-the-illusion-of-explanatory-depth/9B9B8927C3E530EBCF0453504730E3F3
- The Illusion of Explanatory Depth – The Decision Lab, https://thedecisionlab.com/biases/the-illusion-of-explanatory-depth
- Illusion of explanatory depth – Wikipedia, https://en.wikipedia.org/wiki/Illusion_of_explanatory_depth
- Broad effects of shallow understanding: Explaining an unrelated phenomenon exposes the illusion of explanatory depth | Request PDF – ResearchGate, https://www.researchgate.net/publication/365020948_Broad_effects_of_shallow_understanding_Explaining_an_unrelated_phenomenon_exposes_the_illusion_of_explanatory_depth
- The Illusion of Explanatory Depth – Edge.org, https://www.edge.org/response-detail/27117
- Broad effects of shallow understanding: Explaining an unrelated phenomenon exposes the illusion of explanatory depth, https://www.cambridge.org/core/services/aop-cambridge-core/content/view/9B9B8927C3E530EBCF0453504730E3F3/S1930297523000244a.pdf/broad_effects_of_shallow_understanding_explaining_an_unrelated_phenomenon_exposes_the_illusion_of_explanatory_depth.pdf
- Missing the Trees for the Forest: A Construal Level Account of the Illusion of Explanatory Depth – NYU Stern – New York University, https://pages.stern.nyu.edu/~aalter/jpspioed.pdf
- (PDF) The Illusion of Explanatory Depth and Endorsement of Conspiracy Beliefs, https://www.researchgate.net/publication/325113511_The_Illusion_of_Explanatory_Depth_and_Endorsement_of_Conspiracy_Beliefs
- Political Extremism Is Supported by an Illusion of … – CiNii Research, https://cir.nii.ac.jp/crid/1363951794388949376
- Broad effects of shallow understanding: Explaining an unrelated phenomenon exposes the illusion of explanatory depth – digilib fisipol, https://digilib.fisipol.ugm.ac.id/repo/handle/15717717/48011
- The Misunderstood Limits of Folk Science: An Illusion of Explanatory Depth – ResearchGate, https://www.researchgate.net/publication/50868445_The_Misunderstood_Limits_of_Folk_Science_An_Illusion_of_Explanatory_Depth
- The Self-Explanation Effect when Learning Mathematics: A Meta-Analysis. – SciSpace, https://scispace.com/pdf/the-self-explanation-effect-when-learning-mathematics-a-meta-4zlsp0ay03.pdf
- Self-Explanation (& Think-Alouds) | ABLConnect – Harvard University, https://ablconnect.harvard.edu/self-explanation-think-alouds-research
- ED518041 – The Self-Explanation Effect when Learning Mathematics: A Meta-Analysis, Society for Research on Educational Effectiveness, 2011 – ERIC, https://eric.ed.gov/?id=ED518041
- The Self-Explanation Principle in Multimedia Learning (Chapter 32), https://www.cambridge.org/core/books/cambridge-handbook-of-multimedia-learning/selfexplanation-principle-in-multimedia-learning/8E51E72F28FC9AC90965BCB1C8D2CC9E
- Inducing Self-Explanation: a Meta-Analysis | Request PDF – ResearchGate, https://www.researchgate.net/publication/324214361_Inducing_Self-Explanation_a_Meta-Analysis
- The Illusion of Explanatory Depth in a Misunderstood Field: The IOED in Mental Disorders – eScholarship.org, https://escholarship.org/content/qt5b65181x/qt5b65181x_noSplash_56732ac39f84e16c1ccb9b72984e682b.pdf