デザイン・図解

具体例は分かりやすいのに、なぜ応用されない?「具体から抽象へ」で教える資料設計

研修で、顧客対応の詳しい事例を紹介する。登場人物の会話も、現場で起きた問題も具体的に示す。参加者はうなずき、「よく分かりました」と答える。ところが、対面窓口をオンライン相談に置き換えた途端、同じ考え方を使えなくなる。

これは、説明が足りなかったからとは限りません。具体例が分かりやすいほど、その事例に含まれる人物名、業種、場所、手順までが一つのまとまりとして記憶され、別の場面との共通点が見えにくくなることがあります。

必要なのは、具体例を減らすことではありません。具体例で意味をつかみ、そこで働いている関係を抜き出し、別の場面で使うところまで見せることです。本稿では、学習科学で「具体性フェーディング」と呼ばれる考え方を手掛かりに、資料の組み立て方を考えます。

結論:具体例は「入口」にし、使える原理まで案内する

分かりやすい説明と、応用できる説明は、同じではありません。事例を見て納得しても、その事例の何が大切だったかを言葉にできなければ、条件が変わったときに使えません。

応用へつなげたい資料では、次の順で表現します。

  1. 一つの具体的な場面を見せる
  2. 人物や出来事の対応関係を保ったまま、固有の情報を減らす
  3. 変わらない関係を、短い言葉や単純な図で示す
  4. 見た目の異なる別の場面に、同じ関係を当てはめる

要点は、具体例の後に抽象的な定義を足すだけではなく、事例のどの要素が図や原理のどこに当たるのかを追えるようにすることです。色、位置、矢印、言葉をそろえ、「ここが同じだ」と分かる橋を架けます。

対面の顧客対応から要素を少しずつ減らして関係図を作り、同じ関係をオンライン相談へ応用する4段階の図
具体的な場面から固有の情報を減らし、変わらない関係を残すと、見た目の異なる場面にも考え方を移しやすくなります。

具体例は、なぜ理解を助けるのか

抽象的な説明だけでは、「それは実際にはどういうことか」が分かりません。たとえば「相手の現在地と期待の差を確かめる」と言われても、現在地とは何を尋ねることか、差をどう確かめるかは曖昧です。窓口で困っている顧客と担当者の会話があれば、言葉が現実の行動と結び付きます。

具体例には、少なくとも三つの役割があります。

  • 抽象的な言葉を、観察できる人・物・行動と結び付ける
  • 情報が必要になる状況と、その使い方を同時に示す
  • 学ぶ人が、自分の知っている経験と照らして意味を作れるようにする

MicallefとNewtonが行った2024年の追試では、心理学の抽象的な概念を具体例とともに学んだ参加者は、後から示された新しい例を概念に当てはめる成績が高くなりました。具体例は、単に印象を強くするだけでなく、抽象的な概念を見分ける手掛かりになり得ます。

だから、専門家が「厳密な定義から説明しなければ」と考え、最初から抽象語を並べるのも得策ではありません。初めて学ぶ人には、言葉を結び付ける経験がまだないからです。まず、意味を置ける足場が要ります。

具体例だけでは、なぜ応用しにくいのか

表面の情報まで「正解」に見える

具体例には、理解に必要な関係だけでなく、人物の名前、製品、場所、数値、見た目なども含まれます。学ぶ人は、どれが原理に必要で、どれがたまたま付いていた情報かを最初から知りません。

窓口対応の事例で「困りごとを聞く→期待を確かめる→次の行動を合意する」と伝えたつもりでも、参加者は「窓口では、この順に三つの質問をする」と覚えるかもしれません。すると、文章で相談を受けるチャットでは、同じ考え方だと気付きにくくなります。

見た目の似ていない場面を、別の問題だと判断する

応用とは、学んだときと異なる状況に、同じ考え方を使うことです。そのためには、人や物の見た目ではなく、要素どうしの関係に注目しなければなりません。

たとえば、対面の顧客対応と、新入社員との面談は見た目が違います。しかし、「現在の状況を知る」「望む状態を確かめる」「差を埋める次の行動を決める」という関係は共通します。具体例が詳しいほど、こうした構造が場面の描写に埋もれることがあります。

抽象的な表現にも、利点がある

Kaminski、Sloutsky、Hecklerは2008年、数学的な構造を学ぶ課題で、具体的な例より抽象的で簡潔な表現から学んだ参加者の方が、新しい状況への応用で良い成績を示したと報告しました。抽象表現には、分野固有の見た目に引っ張られず、共通する関係を見やすくする利点があります。

ただし、この結果から「具体例は使わない方がよい」とは言えません。数学教材を使った限定的な課題であり、その後の追試や関連研究では、課題、表現、学ぶ人の知識によって結果が変わっています。De Bockらによる2011年の追試と発展研究も、具体か抽象かという単純な二者択一では説明しきれないことを示しています。

実務で考えるべきなのは、どちらが常に優れているかではなく、具体で意味を持たせ、抽象で持ち運べる形にするには、どの順で見せるかです。

研究が示す「具体から抽象へ」という順序

GoldstoneとSonは2005年、科学原理を学ぶシミュレーションを使い、見た目の具体性と新しい状況への応用を調べました。最初は具体的だった表現を、学習中に簡潔で理想化された表現へ切り替える条件で、原理の応用が良くなることを報告しています。現実とのつながりを持たせた後、余分な情報を減らすことで、原理を取り出しやすくしたと考えられます。

McNeilとFyfeは2012年、80人の大学生を対象に数学の考え方を教え、具体的な教材だけ、抽象的な記号だけ、具体から抽象へ移る教材を比べました。具体から抽象へ移る条件では、新しい形式の問題への応用が良く、その傾向は後日の検査でも見られました。

Fyfe、McNeil、Son、Goldstoneは2014年の体系的レビューで、こうした教え方を「具体性フェーディング」として整理しました。現実に近い表現から始め、関係を保ちながら具体的な特徴を段階的に減らし、最後に記号や一般的な表現へ移ります。

さらにFyfe、McNeil、Borjasは2015年、子どもの数学学習を扱った三つの実験で、具体から抽象へ進む順序が、具体だけ、抽象だけ、反対の順序より新しい問題への応用を支える結果を報告しました。

ここで大切なのは、「絵を薄くして記号に変えればよい」という見た目の演出ではありません。途中で、同じ要素がどれか、何が残り、何が取り除かれたかを学ぶ人が追える必要があります。対応が分からないまま表現だけを切り替えると、別の図が突然現れたように見えます。

研究結果をビジネス資料へ使うときの限界

紹介した研究の多くは、数学や科学を学ぶ実験、授業、シミュレーションを対象にしています。営業資料、社内研修、経営会議で同じ効果量が得られると直接確かめた研究ではありません。本稿の方法は、学習研究から導いた設計上の仮説として、実際の読み手で確かめる必要があります。

また、「具体」「抽象」は一本の物差しでは測れません。写真か図か、固有名詞があるか、現実の物語か、数字が一般化されているかなど、複数の違いが含まれます。KokkonenとSchalkは2021年の概念分析で、適切な表現の順序は、学ぶ内容、表現どうしの関係、学習の目的によって変わると論じています。

次の点には、特に注意が必要です。

  • すでに原理を理解している人には、詳しい具体例がかえって冗長になる
  • 事例と図の対応を説明しないと、表現が増えただけになる
  • 安全手順や法的条件など、固有の詳細そのものが重要な場面もある
  • 一つの事例から一般化すると、その事例だけに当てはまる特徴を原理と誤解するおそれがある
  • 応用先を一つも試さなければ、本当に使えるか確かめられない

万能な順序ではありません。資料の目的が「この一件を正確に報告する」ことなら、一般化は不要です。「同じ考え方を別の案件でも使ってもらう」ことが目的なら、具体から抽象への橋が重要になります。

SUCCESの法則で、具体と単純をつなぐ

伸滋Designの伝わる設計マップにあるSUCCESの法則は、記憶に残る伝え方を「単純、意外、具体、信頼、感情、物語」という観点で考えます。このうち、具体は聞き手が意味を思い描くために役立ち、単純は中心となる考えを持ち運べる形にします。

資料では、具体と単純を別々の飾りとして足すのではなく、順序としてつなぎます。最初の事例で「何が起きているか」を理解してもらい、次に固有名詞や背景を少しずつ外し、最後に「どんな場面でも確かめる関係」を一文にします。

たとえば、「窓口の担当者が、顧客の困りごとを聞いた」という出来事を、そのまま覚えてもらうだけでは足りません。「現在の状況と望む状態の差を確かめ、次の行動を合意する」と単純化できれば、チャット相談、社内面談、提案前の聞き取りにも使えます。

単純化は、内容を雑にすることではありません。変えてはいけない関係を残し、今回だけの情報を外すことです。この見極めが、伝わる資料の設計になります。

実務で使える、資料の組み立て方

1.最後に持ち帰ってほしい原理を、一文で決める

事例を探す前に、「別の場面でも、何をしてほしいか」を書きます。「良い接客をする」では広すぎます。「相手の現在地と望む状態を確かめ、その差を埋める次の行動を合意する」なら、観察でき、他の場面にも移せます。

一文に業種名、人物名、製品名が残る場合は、一般化が足りない可能性があります。反対に、「本質を捉える」のように何をするか分からない場合は、抽象化しすぎています。

2.原理が働く、最小限の具体例を選ぶ

面白さより、原理との対応が明確な事例を選びます。背景説明、登場人物、数字を増やすほど、理解に必要な情報との区別が難しくなります。原理を示すために必要な要素だけを残します。

詳しい事例が必要な場合も、最初のスライドにすべて置かず、出来事を順に見せます。どの判断が、どの情報によって変わったかを追えるようにします。

3.同じ要素を、同じ色と位置で対応づける

事例から関係図へ移るとき、顧客をティール、担当者をネイビー、両者の差をコーラルで示すなら、次の図でも色を保ちます。左に現在、右に望む状態を置いたら、表現を簡略化しても位置を変えません。

「顧客」が「受け手」に、「問い合わせ内容」が「現在の状況」に変わるところを、矢印や短い注釈で示します。対応が見えると、抽象語が具体例から切り離されません。配置で関係を示す方法は、ゲシュタルト原則とスライド設計の記事も参考になります。

4.固有の情報を、一度に消さず段階的に減らす

写真の次に、いきなり数式や抽象語を置くと、どこを見ればよいか分かりません。まず人物を単純な形にし、次に名前や業種を外し、最後に関係だけを残します。各段階で「何を外しても意味が変わらないか」を確認します。

三段階すべてを別のスライドにする必要はありません。一枚の中で左から右へ並べる、アニメーションで順に変える、話しながら線を引く方法もあります。大切なのは、変化の途中を見せることです。

5.原理を短く言い、別の事例で試す

関係図の下に、持ち帰ってほしい一文を置きます。その直後に、見た目の異なる新しい事例を出し、「どこが同じか」「最初に何を確かめるか」を考えてもらいます。

新しい事例で答えられなければ、説明を繰り返す前に、元の事例と関係図の対応を見直します。新しい事例を使って考えられたとき、初めて「分かった」が「使える」に近づきます。

具体例:対面相談からオンライン相談へ応用する

対面窓口で、顧客が「新しいシステムにログインできない」と訴えたとします。担当者は、表示されている画面、顧客が期待する状態、すでに試した操作を確かめ、次に行う一つの操作を合意します。

この事例を詳しく紹介した後、人物と画面を単純な形に置き換えます。そして、「現在の状況」「望む状態」「両者の差」「次の行動」だけを残します。元の人物と図の各要素は、同じ色と位置で対応づけます。

最後に、「現在と期待の差を確かめ、次の行動を一つ合意する」と一文で示します。これが持ち運ぶ考え方です。

応用問題では、対面窓口ではなく、オンライン相談のチャット画面を見せます。担当者の表情も顧客の操作も見えません。それでも、チャットの履歴から現在の状況を知り、相手が望む状態を確かめ、差を埋める次の操作を合意する関係は同じです。

さらに社内の一対一面談へ移せば、表面はもっと変わります。それでも、現在地、望む状態、差、次の行動という関係を使えるかを確かめられます。似た見た目を探すのではなく、共通する関係を探す練習になります。

別の状況へ構造を移す説明については、比喩と類推を使う説明の記事も併せてご覧ください。また、曖昧な方針を具体的な行動へ変える場合は、ビジョンを行動へつなぐ三層翻訳の記事が役立ちます。

資料を見直すチェックリスト

  • この資料で、別の場面にも使ってほしい原理を一文で書ける
  • 具体例に、原理と関係のない人物設定や背景を足しすぎていない
  • 事例の各要素が、次の図や言葉のどこに当たるか分かる
  • 同じ要素に、同じ色、位置、形、呼び方を使っている
  • 固有名詞や業界特有の情報を外しても残る関係を示している
  • 抽象語だけを突然出さず、表現が変わる途中を見せている
  • 一つの事例だけから、無理に一般化していない
  • 見た目の異なる新しい事例で、原理を使う機会を設けている
  • 読み手の事前知識に合わせ、具体例の詳しさを調整している
  • 応用できたかを、感想ではなく新しい課題への回答で確かめている

まとめ:分かる資料から、使える資料へ

具体例は、抽象的な考えを現実へつなぐ強い入口です。しかし、一つの事例を詳しく説明しただけでは、学ぶ人がその場面の見た目ごと覚え、別の状況に移せないことがあります。

事例から固有の情報を少しずつ減らし、変わらない関係を見せ、短い原理にし、別の場面で試す。この流れによって、「この話は分かった」から「自分の仕事でも使える」へ進めます。

研修教材、営業資料、研究発表では、情報を正しく載せるだけでなく、受け手がどこへ知識を持ち運ぶかまで設計する必要があります。伸滋Designでは、伝わる設計マップを基に、複雑な内容を理解と行動につなげる構成・図解・プレゼン資料づくりを支援しています。具体例はあるのに応用されない、専門的な説明が現場で使われないとお悩みなら、ご相談ください

参考文献

  1. Goldstone, R. L., & Son, J. Y. (2005). The Transfer of Scientific Principles Using Concrete and Idealized Simulations. The Journal of the Learning Sciences, 14(1), 69–110.
  2. McNeil, N. M., & Fyfe, E. R. (2012). Concreteness fading promotes transfer of mathematical knowledge. Learning and Instruction, 22(6), 440–448.
  3. Fyfe, E. R., McNeil, N. M., Son, J. Y., & Goldstone, R. L. (2014). Concreteness Fading in Mathematics and Science Instruction: a Systematic Review. Educational Psychology Review, 26(1), 9–25.
  4. Fyfe, E. R., McNeil, N. M., & Borjas, S. (2015). Benefits of concreteness fading for children’s mathematics understanding. Learning and Instruction, 35, 104–120.
  5. Kaminski, J. A., Sloutsky, V. M., & Heckler, A. F. (2008). The Advantage of Abstract Examples in Learning Math. Science, 320(5875), 454–455.
  6. De Bock, D., Deprez, J., Van Dooren, W., Roelens, M., & Verschaffel, L. (2011). Abstract or Concrete Examples in Learning Mathematics? A Replication and Elaboration of Kaminski, Sloutsky, and Heckler’s Study. Journal for Research in Mathematics Education, 42(2), 109–126.
  7. Micallef, A., & Newton, P. M. (2024). The Use of Concrete Examples Enhances the Learning of Abstract Concepts: A Replication Study. Teaching of Psychology, 51(1), 22–29.
  8. Kokkonen, T., & Schalk, L. (2021). One Instructional Sequence Fits all? A Conceptual Analysis of the Applicability of Concreteness Fading in Mathematics, Physics, Chemistry, and Biology Education. Educational Psychology Review, 33, 797–821.

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この記事を書いた人

村中 伸滋 伸滋Design 代表

「伝わる」を科学するプレゼンテーションデザイナー / 外部CSO。認知科学・行動経済学・神経科学の知見をコミュニケーション設計に応用し、経営層の戦略プレゼンから学会発表・研究費申請書まで支援。国際学術誌 ChemPhotoChem の表紙アート採用、大学学長の国際連携プレゼンテーション制作支援などの実績。

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