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食わず嫌いは「人わず嫌い」か?:味覚と性格、対人関係を繋ぐ認知科学とビッグファイブ理論

「食べ物の好き嫌いがない人は、人間関係でも好き嫌いがない」—この直感的な噂は、単なる都市伝説ではなく、認知科学と心理学の膨大なデータによって裏付けられつつあります。本記事では、人間の性格を5つの因子で分析する「ビッグファイブ理論」や、未知の食べ物を極度に避ける「食のネオフォビア(新奇性恐怖)」の観点から、味覚と性格の深い関係を徹底解剖します。開放性が高い人はなぜ多様な味を好むのか。そしてそれが、異文化や他者への寛容さにどう繋がるのか。「食」という日常的な行動から、人間のコミュニケーションと認知の境界線を科学的に紐解きます。

1. 味覚と性格の交差点:舌ではなく「脳」が判断する好き嫌い

一見すると、特定の食べ物を好むか嫌うかという判断は、舌に存在する味蕾(みらい)の数や、幼少期の家庭の食習慣といった物理的・環境的な要因のみに依存しているように思われる。味覚情報を処理する器官と、人間の複雑な性格や対人関係を処理する器官は「全く違う臓器」であると認識されがちである。しかし、最新の認知科学および行動栄養学の知見は、人間の「味覚の好み(Taste preference)」と「性格特性(Personality traits)」が、大脳辺縁系や視床下部といった感情・記憶・本能を司る中枢神経系において深く交差していることを明らかにしている 1

人間が未知の食べ物を前にしたとき、それを「美味しそうな新しい経験」として受け入れるか、あるいは「危険で気味が悪いもの」として拒絶するかは、個人の性格特性の根幹に強く依存している。特有の味覚(甘味、塩味、酸味、苦味、旨味)に対する嗜好や、食に対する保守性は、心理的ストレスの処理方法、感覚刺激への探求心、さらには「見知らぬ他者」や「異質な価値観」に対する社会的防衛メカニズムと同一の神経回路を共有していることが示唆されている 1

本レポートでは、個人の性格特性を定量的に測定する世界的な標準指標「ビッグファイブ(特性5因子)理論」を基盤に据え、味覚の好みと性格の関係性を網羅的な実証データに基づいて深掘りする。さらに、「食の好き嫌いがない人は、人に対する好き嫌いもないのか」という仮説の真偽について、進化的メカニズムや社会心理学の観点から徹底的な検証を展開していく。

2. ビッグファイブ理論が解き明かす「味覚のシグネチャー」

心理学において最も支持され、再現性が高いとされる性格分類「ビッグファイブ理論(The Big Five Personality Traits)」は、人間の性格を「開放性(Openness to experience)」「誠実性(Conscientiousness)」「外向性(Extraversion)」「協調性(Agreeableness)」「神経症傾向(Neuroticism)」の5つの主要な次元で評価するモデルである 2。世界各国で実施された疫学調査や心理学実験により、これら5つの因子が、個人の食行動や特定の味覚への嗜好に対して明確な予測力を持つことが実証されている 3

以下の表は、イランの大学生(N=224)を対象に行われた研究などで示された、ビッグファイブの各因子と食行動・味覚の相関関係の統計データを整理したものである 5

ビッグファイブ因子性格の主な特徴関連する味覚・食行動の傾向統計的相関の例(一部)
開放性 (Openness)好奇心旺盛、新しい経験を好む、想像力が豊か、革新的未知の食品への挑戦(ネオフィリア)、肉類やビスケットの好意、不健康な食事指数の低下、食の多様性 4食習慣スコアとの関連: r = -0.13 (p < 0.05) 5
誠実性 (Conscientiousness)自己統制力が高い、計画的、効率的、ルールを遵守する乳製品・野菜・ナッツ類への好意、健康的な食事習慣の維持、衝動的な間食の少なさ 3健康的食習慣スコアとの関連: r = 0.26 (p < 0.001) 5
外向性 (Extraversion)社交的、活発、刺激を求める、エネルギッシュファストフード、アイスクリーム、チョコレート、塩味・スパイシーな味の好意 4不健康な食事の増加傾向 (p < 0.05) 6
協調性 (Agreeableness)他者への思いやり、利他的、優しい、共感的甘味・塩味・酸味の好意、苦味の忌避、ソフトドリンクの摂取、極端な肉食の回避傾向 4不健康な食事指数の低下 (p < 0.05) 6
神経症傾向 (Neuroticism)感情の起伏が激しい、不安を感じやすい、敏感非推奨食品(高糖質・高脂質)への依存、塩味・酸味・脂っこい味の好意、乳製品の忌避 3健康的食習慣スコアとの関連: r = -0.33 (p < 0.001) 5

2.1 外向性と「刺激探求」のメカニズム

外向性の高い人々は、他者との活発なコミュニケーションや社会的なイベントを好むだけでなく、脳の報酬系が「より強い感覚的刺激」を求めるように配線されている。行動栄養学の研究では、外向性が高い人ほど、塩味やスパイシーな味覚、あるいはファストフードやアルコール、肉類といった強い感覚的フィードバックをもたらす食品を好む傾向にあることが確認されている 2。この現象は「感覚探求(Sensation seeking)」や「報酬への感受性(Sensitivity to reward)」という心理的構成要素と正の相関を示しており、危険なスポーツや刺激的な社交場を好む神経回路が、そのまま食卓においても刺激的な味覚を要求していると解釈できる 4。また、彼らは自身の健康状態に対する楽観主義的なバイアスを持ちやすく、結果として不健康な食品選択(炭水化物や高カロリー食の摂取)を行いやすいというリスクも指摘されている 4

2.2 神経症傾向と「感情的摂食(エモーショナル・イーティング)」

神経症傾向(情緒不安定性)が高い人々は、日常的にストレスや不安、自己不全感を感じやすく、ネガティブな感情の処理に慢性的な課題を抱えている。彼らの食行動は、単なる栄養補給ではなく、乱れた感情を落ち着かせるための「自己投薬(Self-medication)」として機能することが多い 4。日本の学生を対象とした菊池と渡辺の研究においても、神経症傾向の高い個人は塩味や甘味の強い味を好むことが報告されている 5。これは、高糖質や高脂質な食品(いわゆるコンフォートフード)を摂取することで一時的なドーパミンやセロトニンの分泌を促し、心理的ストレスを緩和しようとする無意識の防衛行動である 4。そのため、野菜や果物の摂取量が全体的に低く、不健康な食事パターンに陥りやすいことが世界各国の研究で一貫して示されている 3

2.3 協調性と「甘い人」、そして苦味と「ダークトライアド」

味覚の好みと対人関係のスタイルが、比喩表現だけでなく実際の心理的特性として完全に一致することを示す非常に興味深い研究群が存在する。SagioglouとGreitemeyer(2016)が実施した一連の研究によれば、「協調性」が高い(利他的で他者に対する思いやりが強い)人々は、「甘い食べ物(Sweet taste)」を顕著に好む傾向があることが確認された 7。英語圏において優しく思いやりのある人物を「Sweetie」と表現するが、プロソーシャル(向社会的)な行動をとる人は実際に甘い味覚を好み、逆に実験において「甘いものを一時的に楽しんだ直後の人は、他者を助ける行動をとりやすくなる」という、味覚と社会的行動の双方向的な因果関係すら報告されている 7

対照的に、同じ研究において「苦味(Bitter taste)」に対する強い好意は、協調性の低さや、マキャヴェリアニズム、サイコパシー、日常的なサディズムといった悪意ある性格特性(ダークトライアド)と明確な正の相関があることが発見された 7。苦味を好む傾向が強い個人ほど、他者に対して冷淡であり、対人関係において操作的または攻撃的な側面を持ち合わせている可能性が統計的に示唆されているのである 7

3. 開放性と「食のネオフォビア」:好き嫌いを分ける進化のプログラム

ここで、本記事の核心的テーマである「味覚で好き嫌いのない人は、人に関しても好き嫌いがないのか。それは開放性の高さと結びついているのか」という命題に切り込んでいく。これを科学的に解き明かすための決定的な概念が、「開放性(Openness to experience)」と「食のネオフォビア(Food Neophobia:新奇性恐怖)」の相関関係である。

3.1 食のネオフォビアとは何か

「食のネオフォビア」とは、文字通り「新しい食べ物、あるいは見知らぬ食べ物を食べることを躊躇する、または極度に避ける心理的傾向」を指す 10。これは、食べてみて不味かったから嫌いになるという「嫌悪(Distaste)」とは根本的に異なる。ネオフォビアの強い個人は、それを口に入れる前の段階—見た目、匂い、見知らぬ食材の名前、未知の調理プロセスといった事前情報だけで、強い恐怖と拒絶反応を示す 13

この現象を定量的に測定するため、1992年にPlinerとHobdenによって「Food Neophobia Scale(FNS:食のネオフォビア尺度)」が開発された 14。FNSは「知らない食べ物は試さない」「異文化の食べ物は気味が悪い」「新しい食べ物を試すのは怖い」といった10の質問項目からなり、現在でも栄養学や消費者行動論において世界基準の指標として用いられている 14。メタ分析によれば、この尺度の信頼性(クロンバックのα係数)は、ニュージーランドでの調査(α=0.83)、イタリア(α=0.87)、トルコ(α=0.805)など、文化圏を問わず高い内的整合性を示しており、食のネオフォビアが文化的な後天的要素以上に、普遍的な人間の「性格特性」として根付いていることを裏付けている 14

3.2 雑食動物のジレンマと遺伝的要因

進化心理学の観点から見れば、ネオフォビアは人間の生存に不可欠な生物学的防衛機能であった。人間は雑食動物(Omnivore)であり、地球上のあらゆる環境で新しい栄養源を獲得できるという圧倒的な適応優位性(ネオフィリア=新奇性愛好)を持つ。しかしその一方で、未知の植物や生肉を無差別に摂取すれば、猛毒に当たるか、致死的な病原菌に感染するという巨大なリスク(ネオフォビア)を常に抱えてきた 11。新しい食物は「生き延びるためのカロリー(機会)」であると同時に「死をもたらす毒(脅威)」でもある。これを「雑食動物のジレンマ(Omnivore’s dilemma)」と呼ぶ 11

研究によれば、食のネオフォビアの約66%は遺伝的要因によって説明されると推測されている 11。特に2〜6歳の幼少期に食の好き嫌いがピークに達するのは、親の完全な保護下から離れて自力で歩き回る時期に、誤って毒物を口に入れないための進化的プログラム(行動免疫システム)が発動しているためであると解釈されている 19。年齢とともにこの防衛本能は自然に減少していくが 11、大人になってもこの警戒アラートが過剰に鳴り続ける人々が一定数存在し、それが「極端な偏食(好き嫌い)」として現れるのである。

3.3 「開放性」と食の多様性への適応

ビッグファイブにおける「開放性」は、好奇心、創造性、新しい価値観や未知の経験に対する心理的な受容性を示す指標である 4。データは極めて一貫して、開放性が高い人ほど食のネオフォビアのスコアが低く(=未知の食べ物を恐れず)、多様な食材を受け入れ、偏食が少ないことを示している 6

開放性の高い人は、未知の刺激(見知らぬ異国の料理、嗅いだことのないスパイス、奇妙な見た目の果物)を、生命への「リスク・恐怖」としてではなく、「有意義な新しい経験」として脳内でポジティブにエンコードする能力が高い 4。実際にConnerらの研究(2017)では、開放性のスコアが平均以上の参加者は、そうでない参加者に比べて週に約4.5食分も多く多様な野菜や果物を摂取しており、フライドポテトのような単一で不健康なジャンクフードの摂取量が少ないことが確認されている 8。彼らは新しい味覚に挑戦すること自体に内発的な喜びを見出すため、自然と「好き嫌いが少ない(食の多様性が高い)」状態が構築されるのである。

逆に言えば、食わず嫌いが多い(ネオフォビアが高い)人は、性格特性としての開放性が低く、未知の経験に対して強い不安や神経症的傾向を抱きやすいことがギリシャの若年層を対象としたクラスタ分析等でも実証されている 19

4. 味覚の閉鎖性と対人関係の摩擦:「食わず嫌い」は「人わず嫌い」であるという証明

ここからが、ユーザーの最大の疑問である「食の好き嫌いがない人は、人に対する好き嫌いもないのか」という命題に対する科学的回答の核心部である。結論から言及すれば、この二つの要素は強力かつ構造的に連動している。認知科学および社会心理学の膨大な研究は、「食に対する保守性(Neophobia)」と「人間関係・異文化に対する保守性(Prejudice/Ethnocentrism)」が、脳内で全く同じ心理的基盤と防衛メカニズムを共有していることを明らかにしている。

4.1 病原体回避システムと「嫌悪感」の転用

なぜ、食べ物への評価と人間への評価が重なり合うのか。その生物学的な接着剤となるのが「嫌悪感(Disgust)」と「感染への恐怖(Perceived Infectability)」である 1

新しい食べ物(特に動物性食品や、発酵の過程を経た異文化の独特な食品など)に対するネオフォビアの根底には、「未知の病原菌に感染するのではないか」という無意識の恐怖(Germ aversion:細菌忌避)が横たわっている 1。心理学の構造方程式モデリングを用いた研究によれば、食のネオフォビアが単なる「不味さの予測」ではなく、「感染に対する主観的な脆弱性(自分が病気になりやすいという思い込み)」を媒介として、食物への強烈な嫌悪感へと変換されていることが証明されている 1

極めて重要なのは、人間のこの「病原体回避メカニズム(Behavioral Immune System)」が、進化の過程で、食物だけでなく「自分たちとは違う外見や習慣を持つ人間の集団」への排斥行動や偏見(Prejudice)へと容易に転用されるようになったという事実である 23。つまり、「知らない食べ物は汚い・気持ち悪い」と感じる閾値が低い(ネオフォビアが高い)人は、「知らない人・違う価値観の人」に対しても無意識に病原体的な嫌悪感を抱きやすく、結果として人間関係における好き嫌い(偏見や差別の感情)が激しくなる傾向があるのだ。

4.2 政治的イデオロギーとの驚くべき一致

この仮説を裏付ける決定的な証拠として、食の好みと政治的・社会的イデオロギーの間に有意な相関があることが発見されている。『PLOS ONE』誌に掲載されたGuidettiらの研究(2022年、N=627)では、政治的保守主義者(Conservatives)は、リベラル層に比べて食のネオフォビアのスコアが顕著に高いことが実証された 13

研究チームは、保守的な人々が新しい食べ物を極度に避ける理由について、「未知の食べ物そのものが持つ危険性(実存的脅威)」を恐れているというよりも、「その食べ物を持ち込んだ外部集団(外国人、移民、ビーガンなどのマイノリティ)に対するネガティブな態度(社会的脅威)」が根本的な原因であることを突き止めた 13。つまり、見知らぬエスニック料理を拒絶する行為の底には、「見知らぬ他者(アウトグループ)」に対する警戒心や嫌悪感がそのまま投影されているのである。彼らは「食べ物が嫌い」なのではなく、「その食べ物を象徴する人々が嫌い」なのだ。

4.3 自民族中心主義(エスノセントリズム)と寛容さ

この現象は、マーケティングや社会学における「消費者エスノセントリズム(Consumer Ethnocentrism)」の概念でも明確に説明される。エスノセントリズムとは、自国の文化や製品を優越的なものとみなし、外国のものを排斥・警戒する心理的傾向である 10。クロアチアの学生を対象とした調査や関連研究によれば、エスノセントリズムのレベルが高い消費者ほど、外国料理やエスニック料理に対するネオフォビアが強く、それらを消費する確率が統計的に有意に低くなることが確認されている 10

これと対極にあるのが、開放性の高い人々の振る舞いである。多言語を操るバイリンガルや、海外渡航経験が豊富で異文化交流を日常的に行う人は、心理学で言う「曖昧さに対する耐性(Tolerance of ambiguity)」が極めて高い 21。異文化の人々との交流を通じて培われた「未知なるものへの共感力」と「白黒つけられない曖昧な状況に耐える力」は、結果として食のネオフォビアを劇的に低下させる 21。他者に対する寛容さ(好き嫌いのなさ)が、そのまま食卓における未知なる食材への寛容さ(好き嫌いのなさ)へと直結しているのである。

結論として、「味覚で好き嫌いのない人(開放性が高い人)は、人に関しても好き嫌いがない(多様性を受容し、偏見が少ない)」という仮説は、単なる印象論を越え、認知科学・社会心理学の観点から見て極めて妥当性の高い科学的事実であると断言できる。

5. 大人の極端な偏食(ARFID)がもたらす社会的孤立と摩擦

ここまでは「未知のものを避ける」というネオフォビアの観点で論じてきたが、より日常的な「極端な偏食(大人の好き嫌い:Adult Picky Eating)」が、現実の対人関係や社会生活にどのような摩擦を引き起こすかについても考察を加える必要がある。

5.1 医学的疾患としての「回避・制限性食物摂取症(ARFID)」

近年、大人の極端な偏食は単なる「わがまま」や「しつけの問題」ではなく、「回避・制限性食物摂取症(ARFID:Avoidant/Restrictive Food Intake Disorder)」という摂食障害の一種として医学的に認識されるようになっている 24。極端な偏食を持つ大人は、味、食感、匂い、温度に対する極度の感覚過敏(Sensory sensitivity)を抱えており、食事の多様性が著しく制限されている 26

Ellisらの研究(2018)によれば、小児期の偏食が大人まで持ち越された場合、それは強迫性障害(OCD)の傾向や、うつ病の症状、および全体的な心理的苦痛(Psychosocial impairment)と強い正の相関があることが臨床研究で示されている 9。彼らは「食べたくない」のではなく、「恐怖と不安で食べられない」状態にあることが多いのである。

5.2 コミュニケーション手段としての「共食」の崩壊

食の好き嫌いが激しいことは、個人の精神状態だけでなく、社会生活や人間関係において深刻な摩擦(Conflict)と孤立を引き起こす。人類の歴史において「食を共にすること(Commensality)」は、群れを形成し、親密さを深め、互いの安全と信頼関係を構築するための最も原始的かつ強力なコミュニケーション手段である。同じ釜の飯を食うことで、私たちは「あなたは味方である」というシグナルを脳内で交わしている。

極端な偏食を持つ大人は、この原始的なコミュニケーションプロセスに参加できないため、以下のような対人関係の課題に直面しやすい 9

対人関係における影響具体的な社会的摩擦・心理的苦痛のメカニズム
社会的孤立と不安会食やパーティーの誘いを断り続けることによる交友関係の物理的縮小。「食べられないことで変な目で見られるのではないか」という社会的不安(Social eating anxiety)が増大し、自尊心が低下する 9
恋愛関係の摩擦デートでのレストラン選びが極端に制限される。パートナーが好意で作った手料理を食べられない、あるいは特定の食材(ナゲットやパンなど)しか受け付けないことで、経験の共有が阻害され、恋愛関係に致命的な亀裂が生じやすい 25
家族内での慢性ストレス親や配偶者が、偏食者のために常に「別の特別な食事」を準備し続けること(Accommodation)。短期的には家庭内の衝突を避ける手段となるが、長期的には調理者の精神的負担を増大させ、関係性を悪化させる要因となる 29

このように、食の柔軟性の欠如は、必然的に「対人関係における経験共有の欠如」や「社会的コミュニケーションの機会損失」に直結してしまう。偏食を持つ当人が意図的に「他者を嫌っている」わけではないにせよ、結果として生み出される振る舞いは「他者と深く関わることを避ける(関係性の好き嫌いが激しい・閉鎖的である)」状態と同義になってしまうのである。

6. 「伝わる」を設計する:味覚の認知バイアスをコミュニケーションに応用する

本記事を展開するブログのテーマである「伝わるを科学する」という視点に立つと、これらの味覚と性格に関する認知科学の知見は、ビジネスや組織におけるコミュニケーション戦略、プレゼンテーションのデザインにおいて極めて有用な示唆を与えてくれる。

6.1 食の好みは「認知の境界線」を可視化するリトマス試験紙

経営ビジョンや新規事業の戦略など「新しいアイデア」を相手の脳に届ける際、プレゼンターはしばしば「アイデアの質」のみに固執する。しかし、情報の受け手が「アイデアのネオフォビア(未知の概念への恐怖)」を抱えていれば、どんなに論理的で美しい提案もノイズや脅威として弾き返されてしまう 30

相手の食の好み、特に「見知らぬ異国の料理に対する反応」を事前に観察することは、その人物の「認知の境界線」や「新しい情報に対する受容性(開放性)」を推し量る強力なプロファイリングツールとなる。

  • 開放性の高い(好き嫌いがない・好奇心旺盛な)人物へのアプローチ: 彼らは食のネオフォビアが低く、未知のものを「報酬」として処理する回路が優位である 4。したがって、コミュニケーションにおいては「前例のない斬新さ」「業界初の試み」「創造的破壊」といったキーワードを強調することが効果的である。彼らは新しい概念を味わうプロセス自体を楽しむことができる。
  • ネオフォビアが高い(食わず嫌い・保守的な)人物へのアプローチ: 彼らに突然「全く新しいビジョン」を提示しても、脳の防衛本能がそれを「病原体・脅威」として認識し、無意識の拒絶(エスノセントリズム的な排斥)を引き起こす 1。彼らに情報を「伝える(合意を形成する)」ためには、未知のものを直接ぶつけるのではなく、既存の枠組み(慣れ親しんだ味)との連続性を強調し、「安全であること」を保証するステップが不可欠である。

6.2 「反復曝露」とフレーバー・ペアリングの技術

人間の子供が未知の食べ物に対するネオフォビアを克服し、それを受け入れるようになるまでには、平均して「15回」の反復的な試食(接触)が必要であるとされる 11。また、離乳期に母親の母乳を通じて様々な風味(フレーバー)に曝露されていた子供ほど、その後の人生で新しい食べ物を受け入れやすくなることが分かっている 11

これはコミュニケーション・デザインにおいても全く同じである。保守的な組織やクライアントに対して新しい概念を浸透させるには、一度の劇的なプレゼンテーション(強引な試食)を強要してはならない。強要はネオフォビアを悪化させるだけである 11。有効なのは、彼らが既に好んでいる安全な概念(親会社の成功事例、競合他社の導入実績など)という「慣れ親しんだ味」に、新しいアイデアを少しずつ振りかけて提供することだ。ザイオンス効果(単純接触効果)を利用して接触回数を増やし、「これは安全で無害な情報である」という認知を少しずつ広げていく「フレーバー・ペアリング」の設計こそが、相手の脳に合意を形成する(伝わる)ための科学的な手法と言える。

7. 結論:食卓に現れる「人間の本性」

本レポートにおける多角的な分析を通じて、以下の重要な結論が導き出された。

  1. 味覚は性格の投影である:ビッグファイブ理論に基づく膨大な疫学データは、性格特性が食の好みに直接的な因果をもたらしていることを示している。外向性は強い刺激(塩味・スパイス)を求め、神経症傾向は情緒を安定させるための不健康な食事(糖質・脂質)に依存し、協調性の高い人々は向社会的な行動と共に甘い味覚を好む 3
  2. 開放性が「未知」への扉を開く:開放性が高い人は、未知の食べ物に対する恐怖(食のネオフォビア)が統計的に有意に低く、好奇心を持って多様な味覚を受け入れる「ネオフィリア(新奇性愛好)」の傾向を持つ 4
  3. 「食わず嫌い」は「人わず嫌い」である:食のネオフォビアは、政治的保守主義、自民族中心主義(エスノセントリズム)、そして外部集団(外国人や異文化)への偏見・警戒心と極めて強い正の相関を持つ。未知の食べ物を「感染のリスクや嫌悪」とみなす大脳辺縁系のシステムは、未知の人間・異質な価値観を排斥するシステムと完全に連動している 1
  4. コミュニケーションの壁としての偏食:大人になっても極端な偏食(ARFIDなど)を抱えることは、共食を通じた関係構築を阻害し、ロマンティックな関係の破綻や社会的孤立といった、人間関係における深刻な摩擦の引き金となる 9

「味覚で好き嫌いのない人は、人に関しても好き嫌いがないのか」という直感的な疑問は、生理学的な器官の違い(舌と脳)を超越して、「脳の脅威判定システム(行動免疫系)」と「性格特性の開放性」という共通の認知基盤によって見事に説明される、再現性の高い科学的事実であった。

誰かと食事を共にする機会があった時、相手がメニューの中で「見たことのない異国の料理」にどう反応するかを注意深く観察してみてほしい。それは単に「今日の胃袋の機嫌」や「舌の感度」を示しているだけではない。その人の深い部分にある、他者への寛容さ、未知の世界との関わり方、そして新しいアイデアに対する認知の境界線を、極めて饒舌に語りかけているのである。相手の「認知の形(開放性と防衛本能)」を正しく理解し、そこへ適切に情報をブレンドして届けるアプローチこそが、「伝える」で終わらせず「伝わる」を設計するための第一歩となるはずだ。

引用文献

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  31. 伸滋Design | あなたの未来をDesignする, https://shinji-design.com/

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