哲学や物理学といった深遠な専門知を、専門外の一般読者に「わかりやすく」伝えることは果たして可能なのか。本稿では、認知心理学における「知識の呪い」や「説明の深さの錯覚」、さらにはファインマンの逸話や「教授学的転置」の理論を交え、専門知の非対称性と伝達の限界を解き明かす。複雑な事象を単純化する「わかりやすさ」が孕む危険性を直視しつつ、表面的な入門編に留まらない、真の理解へと導くためのスキャフォールディング(足場かけ)の構造設計について、「伝わるを科学する」視点から徹底的に考察する。
1. 導入:複雑な専門知を伝えることの根源的ジレンマ
イマヌエル・カントの「純粋理性批判」や、ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルの「精神現象学」といった哲学の言説、あるいは量子力学や高度な数学の論理を、専門外の一般読者に対して正確かつ容易に伝えることは、科学コミュニケーションや教育学における最大の難題の一つである。難解な事象を素人に伝える際、情報の発信者は常に「正確性を犠牲にして表面的なわかりやすさを優先するか」、あるいは「難解さを維持したまま読者を突き放すか」という深刻なジレンマに直面する。
一見すると簡単に素人に伝えることができたとしても、それが「表面的な内容に過ぎないのではないか」という懸念は、認識論的にも極めて正しい直感である。学問体系というものは、その内部で緻密に構築された言語と思考のネットワーク(文脈)を持っており、その一部だけを切り出して日常言語に翻訳すると、必然的に本質からの乖離が生じるためである。
本稿では、「伝わるを科学する」という立場から、この伝達の困難性が人間のどのような認知メカニズムに起因しているのかを解剖する。さらに、一般的に信じられている「本当に理解していれば、誰にでも簡単に説明できるはずだ」という神話の真偽を検証し、複雑な知見をいかにして「入門編」として設計し、かつ本質的な理解への道筋(スキャフォールディング)を残すかについて、網羅的かつ体系的な分析を行う。
2. 伝達を阻害する非対称な認知バイアス
専門知を伝えるプロセスが極めて困難である理由は、情報の送り手(専門家や伝え手)と受け手(素人や読者)の双方に、情報を著しく歪める強力な認知バイアスが非対称に働いているからである。この認知構造を紐解くことは、「伝わる」現象を科学的に理解するための第一歩となる。
2.1. 送り手のバイアス:「知識の呪い(Curse of Knowledge)」
専門家や深く理解している人間が陥る最大の罠は「知識の呪い(Curse of Knowledge)」と呼ばれる現象である。これは、特定の専門知識を持っている人が、他者も同じ知識の背景や前提を共有していると無意識に思い込んでしまう認知バイアスを指す 2。
この概念は、1989年に経済学者のColin Camerer、George Loewenstein、Martin Weberによって発表された論文「The Curse of Knowledge in Economic Settings: An Experimental Analysis」において初めて詳細に定義された 2。彼らの研究は、情報を多く持つ主体が、情報を持たない主体の判断を正確に予測できるとする従来の経済学の前提を覆すものであった 3。このバイアスは、Baruch Fischhoffが1975年に提唱した「後知恵バイアス(Hindsight bias)」のメカニズムと深く関連している。Fischhoffの研究が示す通り、人間は一度ある結果や知識を知ってしまうと、それを知らなかった頃の「無知な精神状態」を正確に再構築することができなくなる 3。
「知識の呪い」の恐ろしさを如実に示すのが、1990年にスタンフォード大学のElizabeth Newtonが行った「タッパー(叩く人)」と「リスナー(聴く人)」の実験である 2。実験では、参加者が二つのグループに分けられた。タッパーは誰もが知っている有名な曲のリズムを机を叩いて表現し、リスナーがその曲名を当てるよう求められた。タッパーは「リスナーの約50%は正解するだろう」と予測した。しかし、実際の正答率はわずか2.5%であった 2。
この予測と現実の圧倒的な乖離はなぜ生まれるのか。タッパーが机を叩いている間、彼らの頭の中ではその曲のメロディや伴奏、オーケストレーションが鮮明に鳴り響いている。しかし、知識を持たないリスナーの耳には、単なる無機質な「打音の連続」しか聞こえないのである 2。
カントの「物自体」やヘーゲルの「アウフヘーベン(止揚)」、あるいは物理学の論理を説明する際、伝え手の頭の中ではすでに複雑な理論的背景や歴史的文脈が「豊かなメロディ」として鳴っている。しかし、素人の耳には断片的な「専門用語という打音」や「唐突な論理の飛躍」しか聞こえない 2。これが「簡単に伝えることは不可能に近い」と感じる根本的な理由の一つである。知識の呪いによって、専門家は初心者の精神状態を正確にシミュレーションすることができず、相手の理解度を過大評価し、説明を過度に省略・高度化してしまうのである 3。
2.2. 受け手のバイアス:「説明の深さの錯覚(Illusion of Explanatory Depth)」
一方で、情報の受け手側にも極めて厄介なバイアスが存在する。それが「説明の深さの錯覚(Illusion of Explanatory Depth: IOED)」である 5。2002年にイェール大学のLeonid RozenblitとFrank Keilによって提唱されたこの概念は、人々が「自分が思っている以上に、物事の仕組みを深く理解していない」という事実を浮き彫りにした 5。
この錯覚は、手順に関する知識(Procedural knowledge)や物語的知識(Narrative knowledge)、事実的知識(Factual knowledge)ではなく、複雑な因果関係を伴う「説明的知識(Explanatory knowledge)」においてのみ特異的に観察される 5。
RozenblitとKeilが行った実験では、イェール大学の学部生16名に対し、ファスナーや水洗トイレ、自転車といった日常的な機器の理解度を自己評価させた。その後、実際に「それがどのように機能するのか、因果関係をステップ・バイ・ステップで詳細に説明」させた 5。すると、詳細な因果関係の説明を試みた直後、参加者の自己評価は一貫して急激に低下したのである 5。人間は「状況に対する馴染み(Familiarity)」と「メカニズムがどのように働くかの理解(Mechanistic understanding)」を致命的に混同してしまう 5。
| 認知バイアスの種類 | 影響を受ける主体 | 心理的メカニズムと影響 | 代表的な実証実験 |
| 知識の呪い (Curse of Knowledge) | 専門家・伝え手 | 自分が持つ背景知識を相手も持っていると仮定し、無知な状態を想像できない。結果として、説明から重要な文脈が欠落する。 | リズム叩きの実験(タッパーの予測50%に対し、実際の正答率は2.5%)2 |
| 説明の深さの錯覚 (Illusion of Explanatory Depth) | 素人・受け手 | 名称や表面的な事実を知っているだけで、その背後にある複雑な因果関係や論理構造を「理解した」と過大評価する。 | 日常機器のメカニズム説明実験(説明を試みた後に理解度の自己評価が急落する)5 |
この「説明の深さの錯覚」は、一般向けの哲学入門書や科学の解説記事が抱える本質的なリスクを示唆している。「わかりやすい入門編」を読んだ読者は、専門用語や表面的な結論に対して「馴染み」を持つようになる。しかし、それを自分の言葉で他者にステップ・バイ・ステップで説明しようとすると、論理の欠落に気づき破綻する 6。つまり、表面的な説明は、読者の「説明の深さの錯覚」を強化し、”わかったつもり”という一種の知的傲慢を生み出す危険性を孕んでいる。
実際、この錯覚は政治や社会問題においても深刻な影響を及ぼしている。2016年の米国大統領選挙を背景とした2018年の研究では、政治的トピックに関するIOEDのレベルが高い人ほど、陰謀論への支持が強まることが確認されている 5。さらに興味深いことに、人々に「自分の立場の正当性(理由)」を求めると信念はより極端になる(分極化する)が、政策の「具体的なメカニズム(説明)」を求めると、自身の知識不足に直面し、極端な信念が緩和されることが分かっている 5。
3. ファインマンのジレンマ:還元可能性の神話と現実の境界
一般に、「本当に本質を理解していれば、誰にでも(あるいは6歳の子供にでも)わかりやすく説明できるはずだ」という言説が広く流布している。この言葉はしばしばアルベルト・アインシュタインやアーネスト・ラザフォード、あるいはリチャード・ファインマンの発言として引用される 8。しかし、「伝わるを科学する」観点から見ると、これは一面的な真実でありながら、極めて危険な神話でもある。
3.1. 「還元不可能な複雑性」とファインマンの挫折
ノーベル物理学賞を受賞した天才物理学者であり、卓越した教育者でもあったリチャード・ファインマンは、複雑な科学的概念をシンプルな比喩で説明することに長けていた 10。彼が残した『ファインマン物理学』は、世界中の物理学徒にとって不朽のバイブルとなっている。しかし、その彼でさえも「説明不可能性」に直面した有名な逸話が存在する。
カリフォルニア工科大学(Caltech)の同僚であるDavid Goodsteinの著書『Feynman’s Lost Lecture』に記されたエピソードによれば、ある時Goodsteinがファインマンに対して「スピン2分の1の粒子がフェルミ・ディラック統計に従う理由を、私が理解できるように説明してほしい」と求めた。すると、聴衆のレベルを的確に把握することに長けていたファインマンは、「大学1年生(フレッシュマン)向けの講義を用意しよう」と自信満々に答えた 11。しかし数日後、ファインマンは戻ってきて次のように語ったという。
“I couldn’t do it. I couldn’t reduce it to the freshman level. That means we don’t really understand it.” (できなかった。大学1年生のレベルまで還元することができなかった。それはつまり、私たちがそれを本当に理解していないということだ)11。
この逸話は、専門知の伝達に関して二つの極めて重要な洞察を提供している。 第一に、「本質を理解していれば誰にでも説明できる」という前提は逆であり、「誰にでも説明できるレベルまで還元できたときに初めて、人類はそれを真に理解した(抽象的概念が完全に構造化された)と言える」という科学の認識論的到達点を示している点である 10。 第二に、「現時点で世界最高の専門家であっても、素人に還元不可能な複雑な真理は確実に存在する」という事実である 11。
Appleのエンジニアリング文化においても、複雑な技術をシンプルな言葉で説明できることが「完全に理解していることの証明」として求められるという 10。しかし、これはあくまで「既に解明され、実用化された技術」の領域における話である。未知の領域や高度な抽象空間を扱う学問においては、還元そのものが不可能なケースが存在する。
ファインマン自身、BBCのインタビューで磁力について説明を求められた際、「あなたがよく知っている別の何かを使って、磁力についてうまく説明することは絶対にできない。なぜなら、私がそれを『あなたが知っている別の何か』に置き換えて理解していないからだ」と述べている 10。
3.2. 哲学は学問として不完全なのか?
カントやヘーゲルの哲学が子供に説明できないのは、彼らの思想が未熟だからではない。彼らの思想は、当時の哲学史的文脈や、日常言語では表現しきれない概念の網の目(ノードとエッジ)として厳密に構築されている。これを「中学生にもわかるように」還元しようとすると、本質的な概念のネットワークが切断され、元の思想とは全く別の「何か」に変質してしまう。
還元不可能なものを無理に還元すると、それはもはや元の学問の提示ではなくなる。理解の限界は「学問の欠陥」ではなく、「人間の自然言語というメディアの帯域幅(表現の解像度)」の限界に起因しているのである。
4. 「わかりやすさ」という病と、ノイズの重要性
もし、全てを子供に説明できるレベルまで還元することが不可能であるならば、我々はどのような態度で情報発信に臨むべきか。ここで警鐘を鳴らさなければならないのが、現代社会に蔓延する「わかりやすさへの過剰な適応」である。
ライターの武田砂鉄氏が著書『わかりやすさの罪』で指摘している通り、現代のメディア環境は「すぐにわかる!」「一瞬で理解できる!」といった過度な要約と単純化を猛烈な勢いで求めている 14。ビジネス書からブログ記事、動画コンテンツに至るまで、「忙しい皆さんの手を煩わせることはしません、少しだけ時間をください。わかりやすく説明してみせます」という態度が支配的となっている 14。
4.1. 複雑性を削ぎ落とすことの代償
「わかりやすい」説明とは、多くの場合、読者にとって理解の妨げとなる「ノイズ」や「ぐちゃぐちゃした部分」を意識的あるいは無意識的に切り捨てることによって成立する 15。しかし、哲学や科学の真髄は、実はこの「ノイズ」や「割り切れなさ」、「AかBかという二項対立に収束しない複雑性」の中にこそ存在している 15。
武田氏が指摘するように、「どっちですか?」という安易な二択や、数分の要約コンテンツで全てを把握しようとする行為は、人々の「そもそもを問う力」を奪い、思考停止を招く 15。シンプルな選択肢は、私たちが本来持つ多様な視点や曖昧さを許容する能力を排除してしまうのである 15。
| 情報伝達のアプローチ | 読者への心理的効果(功) | 思考と社会への代償(罪) |
| 過度な要約・単純化 (わかりやすさの追求) | 短時間で情報を処理でき、「わかった気になれる」という強烈な安心感と快楽を得る。15 | 物事の細部、ノイズ、曖昧さが消去され、安易な二項対立に陥る。「説明の深さの錯覚」が増長する。14 |
| 複雑性の保持 (ノイズの肯定) | 認知的な負荷が高く、一時的なフラストレーションや不安を感じる。15 | 結論を急がず「言葉にできない部分」を抱え続けることで、思考の質が高まり、他者への寛容性が生まれる。15 |
「わかった気になれる代償」として、本質的な理解から遠ざかっているという事実は、情報の発信者が深く認識すべき点である 15。
4.2. 「入門編」のあるべき姿とは
「このまま表面的な伝えるで満足すべきか、入門編として割り切るべきか」という問いに対する一つの解はここにある。
それは、「わかりやすさ(要約)」を提供しつつも、意図的に「ノイズ(不可解さ、深遠さ)」を残存させることである。
すべてを消化しやすいペースト状にして提供するのではなく、「ここから先は単純化できない深淵が広がっている」「ファインマンでさえ容易には説明できなかった謎が残っている」という事実そのものを提示する。これにより、読者に「説明の深さの錯覚」を起こさせず、健全な「無知の知(Agnoiology)」と知的好奇心を提供することができる 5。
5. 学問の社会実装:「教授学的転置」による構造変換
では、難しい学問を教えること、伝えることはすべて欺瞞なのだろうか。ここで、数学教育学や認識論の領域で提唱されている「教授学的転置(Didactic Transposition)」という概念が極めて有用な視座を提供する 17。
1980年代にフランスのYves Chevallard(イブ・シュバラール)によって提唱されたこの理論は、学問的な知識が、社会的な制度や教育の場で「教えられる知識」へと変換されるプロセスを分析するものである 17。
Chevallardによれば、大学や研究機関で生成される「学術的知識(Scholarly Knowledge)」は、そのままの形では一般社会や教室で教えることができない 17。学術的知識は、研究コミュニティの歴史的文脈や、未解決の問いの中に深く埋め込まれているためである。そのため、知識を教え込み可能な形へ変容させる「切断と再構築のプロセス」が不可避的に生じる。この変換を経て生み出されたものが「教えられる知識(Knowledge to be taught)」である 17。
| 知識の段階 | 所在と文脈 | 状態と目的 |
| 学術的知識 (Scholarly Knowledge) | 研究コミュニティ、専門家のネットワーク | 文脈に深く埋め込まれ、複雑で未解決の問いを含む。事実や論理による検証と知識生産の発展が目的。17 |
| 教えられる知識 (Knowledge to be taught) | カリキュラム、入門書、ブログ記事などのメディア | 本来の学問的文脈から切り離され(脱文脈化)、学習者が段階的に消化できるように再文脈化・順序立てられたもの。17 |
「教授学的転置」の理論が示唆するのは、ブログ等で「入門編として割り切って伝える行為」は、決して学問の劣化や表面的な嘘の流布ではなく、「知識の社会的普及における不可避で自律的な再構築プロセス」であるということだ 17。
したがって、ブログでカントや物理学を解説する場合、「学問そのものを完全に伝達している」という幻想(知識の呪いや説明の深さの錯覚)を捨てるべきである。その代わり、書き手は「これは『教授学的転置』を経た独自のパッケージ(教えられる知識)であり、オリジナルの学術的知識へと接続するためのインターフェースに過ぎない」という自覚を持つことが正解となる 17。
6. 真の理解へ導くための認知アーキテクチャ:「スキャフォールディング」
教授学的転置を適切に行い、難解な事象に対して過度な単純化(わかりやすさの罪)に陥らず、かつ読者を突き放さない(知識の呪いの回避)ためには、具体的にどのようなコミュニケーション・デザインが必要なのか。認知科学および教育心理学において極めて有効なフレームワークが「スキャフォールディング(Scaffolding:足場かけ)」である 20。
6.1. スキャフォールディングとは何か
スキャフォールディングは、もともとロシアの心理学者レフ・ヴィゴツキーが提唱した「発達の最近接領域(ZPD:Zone of Proximal Development)」の概念を基に、アメリカの心理学者ジェローム・ブルーナーらが実用化した概念である 23。建設現場の「足場」に由来し、学習者(読者)が自力では解決できない複雑な課題や理解できない概念に直面した際、一時的かつ適切な支援(足場)を提供し、自力で理解できるレベルへと引き上げる手法を指す 21。
ブログ記事におけるスキャフォールディングとは、学術的知識のレベルを無理に引き下げることではなく、読者がその高いレベルに到達するための「認知の階段」を設計することに他ならない。これは、読者の知識不足を補うだけでなく、彼らが自己調整学習(Self-Regulated Learning)を行い、問題解決のプロセスを内面化するための支援でもある 22。
6.2. 認知的負荷(Cognitive Load)の最適化
スキャフォールディングを設計する上で重要なのが、「認知的負荷理論(Cognitive Load Theory)」に基づく情報処理の最適化である 22。学習にかかる人間の脳の負担(認知的負荷)は主に以下の3種類に分類される 22。
- 本質的負荷(Intrinsic Load): その学問やテーマ自体が持つ、避けては通れない複雑さや難易度(例:カントの純粋概念そのものの難しさや、量子力学の数式の複雑さ)。
- 付随的負荷(Extraneous Load): 説明の仕方が悪い、用語の定義が不明瞭である、情報が整理されていないなど、情報提示の不備によって生じる無駄な脳の負担。
- 学習関連負荷(Germane Load): 情報を長期記憶に統合し、スキーマ(認知的な枠組み)を構築するために必要な、有益な認知プロセスにかかる負荷。
「伝わるを科学する」ブログが目指すべきは、テーマそのものの難しさ(本質的負荷)を安易に下げることではない。そうすれば「わかりやすさの罪」に陥ってしまう。目指すべきは、適切なスキャフォールディングによって「付随的負荷」を極限まで減らし、読者の認知リソースを「本質的負荷」と「学習関連負荷」に集中させることである 22。
6.3. 効果的な足場かけの具体的手法
具体的なブログ記事やプレゼンテーションの設計において、以下のようなスキャフォールディングのアプローチが考えられる 2。
- 比喩とアナロジーの活用(境界の明示を伴う): 未知の概念(例:量子力学の重ね合わせ)を、読者の既知の概念に結びつけるアナロジーは、初期の付随的負荷を下げる強力な足場である 2。しかし同時に、「ただし、この比喩には〇〇という点で限界がある」と明記することで、説明の深さの錯覚を防ぐことができる。ファインマンが磁力のアナロジーを拒否したように、アナロジーの限界を知ること自体が深い理解への入り口となる 10。
- 「なぜ?」という問いの連続によるメタ認知的支援: 堀田秀吾氏の著書などでも指摘されている通り、単に答えを与えるのではなく、読者自身に「なぜその論理になるのか?」「なぜこの選択肢なのか?」を問いかけ、メタ認知(自分自身の思考プロセスを認識し調整する能力)を刺激する 22。この「生成効果(Generation Effect)」により、結論を急ぐのではなく、推論のプロセス(ステップ・バイ・ステップの因果関係)を共に歩ませる構成にする。
- 足場の漸次的撤去(Fading)と責任の移譲: スキャフォールディングの最終目的は、足場を外すことである 25。記事の序盤では日常的な言葉(教えられる知識)でガイドし、中盤から終盤にかけて徐々に専門的な概念や元の文脈(学術的知識)へとスライドさせていく 21。最終的には、読者自身が原典やより高度な専門書へ手を伸ばせるように、「責任の移譲」を行って終える 22。
7. 結論:哲学と科学を「伝える」ことの再定義
本稿では、難解な専門知を伝えることの困難さについて、認知バイアス(知識の呪い、説明の深さの錯覚)、ファインマンのエピソード、教授学的転置、わかりやすさの危険性、そしてスキャフォールディングの概念という多角的な視点から深掘りを行った。
冒頭の問いである「このまま表面的な伝えるで満足すべきか、入門編として割り切るべきか」という悩みに対して、「伝わるを科学する」視点からは以下のように結論づけられる。
第一に、カントの哲学や最新の物理学を「そのまま」の形で素人に伝えることは、人間の認知構造上不可能である。「教授学的転置」の理論が示す通り、伝達の過程で知識は必ず形を変え、独自のインターフェースとなる。したがって、「入門編として割り切る」ことは決して逃げや学問への冒涜ではなく、専門知と社会を接続するための立派な認識論的行為である 17。
第二に、しかしながら、読者の「説明の深さの錯覚」を助長し、複雑な事象を薄っぺらい二元論や要約に押し込める「わかりやすさの罪」には徹底的に抗わなければならない 5。ファインマンが「還元できないということは、私たちがまだ完全に理解していない証拠かもしれない」と真摯に認めたように、知の深淵(わからないこと、ノイズ)を安易に隠蔽してはならない 11。
第三に、伝える側の真の使命は、対象のレベルを下げることではなく、読者の認知を引き上げるための「スキャフォールディング(足場)」を精緻に設計することにある 20。無駄な認知負荷(難解すぎる表現や不親切な構成)を徹底して排除しつつ、本質的な思考の複雑さにはあえて読者を直面させる 22。
「難しいことを伝えるのはやっぱり難しい」という直感は、学問に対する深い敬意の表れである。学問としての哲学や科学は、そもそも人間の直感や日常的な言語スキーマを打ち破るために存在している。その難しさを隠して「簡単だ」と偽るのではなく、「難しいからこそ圧倒的に面白いのだ」と提示し、そこに登るための足場を組むこと。それこそが、情報過多で「わかりやすさ」がインスタントに消費される現代において、「伝わるを科学する」メディアが担うべき最も価値あるコミュニケーション・デザインの形である。
引用文献
- 会員一覧 – サスケアリンク | 介護経営の情報サポート, https://suscare.net/chiebukuro
- Curse of Knowledge – Beyond UX Design, https://www.beyonduxdesign.com/cognition-catalog/curse-of-knowledge/
- Curse of knowledge – Wikipedia, https://en.wikipedia.org/wiki/Curse_of_knowledge
- The Curse of Knowledge in Visual Data Communication | DECISIVe 2017, https://decisive-workshop.dbvis.de/wp-content/uploads/2017/09/0106-paper.pdf
- Illusion of explanatory depth – Wikipedia, https://en.wikipedia.org/wiki/Illusion_of_explanatory_depth
- The Illusion of Explanatory Depth – The Decision Lab, https://thedecisionlab.com/biases/the-illusion-of-explanatory-depth
- The Illusion of Explanatory Depth: Why Our Mental Models of the State are Broken, https://drbenvincent.medium.com/the-illusion-of-explanatory-depth-why-our-mental-models-of-the-state-are-broken-62f1f4b91ef1
- Is it true that Albert Einstein said ‘if you can’t explain it to a six-year-old you don’t understand it yourself’? – Quora, https://www.quora.com/Is-it-true-that-Albert-Einstein-said-if-you-cant-explain-it-to-a-six-year-old-you-dont-understand-it-yourself
- Best physics quote you’ve heard? – Reddit, https://www.reddit.com/r/Physics/comments/1rizs2j/best_physics_quote_youve_heard/
- If you can’t explain something in simple terms, you don’t understand it – Kottke.org, https://kottke.org/17/06/if-you-cant-explain-something-in-simple-terms-you-dont-understand-it
- Feynman-to-freshman.txt, https://home.iitk.ac.in/~dprasad/quotes/Feynman-to-freshman.txt
- Richard Feynman’s ‘Prepare a Freshman Lecture’ Test – Daring Fireball, https://daringfireball.net/linked/2017/06/14/feynman-freshman-lecture
- The Paradox of Subject Matter Expertise – Simple Thread, https://www.simplethread.com/the-paradox-of-subject-matter-expertise/
- 『わかりやすさの罪』(朝日新聞出版) – 著者:武田 砂鉄 – All Reviews, https://allreviews.jp/review/4927
- 【3分要約・読書メモ】わかりやすさの罪 ー現代社会にはびこる「わかりやすさ」という名の病:武田砂鉄 (著) – note, https://note.com/koga_yu/n/nbc6c52267d63
- Audible版『わかりやすさの罪 』 | 武田 砂鉄 | Audible.co.jp, https://www.audible.co.jp/pd/%E3%82%8F%E3%81%8B%E3%82%8A%E3%82%84%E3%81%99%E3%81%95%E3%81%AE%E7%BD%AA-%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AA%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF/B08HCX4ZZK
- 教授学的転置の 25 年 – 上越教育大学, https://www.juen.ac.jp/math/journal/files/vol32/2017-bosch.pdf
- 鳥取大学数学教育研究, http://www.rs.tottori-u.ac.jp/mathedu/mathedu/journal_files/20-03.pdf
- フランスを起源とする数学教授学の「学」としての性格 ~わが国における「学」としての数学 – 上越教育大学, https://www.juen.ac.jp/math/miyakawa/article/ronkyu2009.pdf
- scaffolding の概念および背景理論の紹介と再分類の試み, https://iuhw.repo.nii.ac.jp/record/981/files/24_2%2850-60p%29.pdf
- 教育における足場かけ(Scaffolding(スキャフォールディング))とは何か – 旅する応用言語学, https://www.nihongo-appliedlinguistics.net/wp/archives/9363
- 自立学習への道筋を作る:テクノロジーが変えるスキャフォールディングの形 | ビジネスリサーチラボ, https://www.business-research-lab.com/250929-2/
- 第 3 章 場かけ – 足場かけ(scaffolding) とは – researchmap, https://researchmap.jp/wysiwyg/file/download/327084/150198
- 現在のAIには、できないこと(学問ノススメが、個別指導で目指す姿), https://miraino.net/Learning_and_the_future/ai_vs_human/
- 相談支援専門員が心理学の本を読んで学んでいくシリーズ その21【ジェローム・ブルーナー】 – note, https://note.com/akira_ooyama/n/n80a1b882cad6