「講義の定着率は5%、教える学習は90%」という有名な『学習ピラミッド』の数値は、実は科学的根拠のない神話です。しかし、最新の研究データは「受動的学習よりも能動的学習が勝る」という真実を強力に支持しています。本報告書では、講義形式が抱える「1.5倍の落第リスク」や「一週間で60%忘却する」現実、そして学習者が陥る「分かったつもり(流暢性の錯覚)」の危険性を解明します。15,000語に及ぶ文献調査に基づき、神話ではなくエビデンスによる「本当に定着する学習手法」の結論を提示します。
1. 序論:学習の「神話」と科学的エビデンスの狭間
「伝わる」を科学するという試みにおいて、情報の受け手がいかにその内容を記憶し、理解し、そして長期的に定着させることができるかは、最も根本的かつ重要なテーマです。ブログ運営者、教育者、企業の研修担当者、そして自己成長を目指す学習者にとって、「どの方法で学べば(あるいは伝えれば)、最も効果が高いのか?」という問いは常に切実です。
長年にわたり、この問いに対する回答として支配的な地位を占めてきたのが、「学習ピラミッド(Learning Pyramid)」と呼ばれるモデルでした。「講義を聞くだけでは5%しか定着しないが、人に教えれば90%定着する」という劇的な数値は、その直感的な分かりやすさから、教育現場やビジネス書の引用として深く浸透しています。しかし、現代の認知心理学、教育神経科学、および統計的なメタアナリシスの観点からは、このモデルの信憑性に重大な疑義が呈されています1。
本報告書は、「伝わるを科学する」ブログの読者に対し、流布している神話化された数値を無批判に受け入れるのではなく、厳密な対照実験と膨大なデータのメタアナリシスに基づいた「真の学習定着率」と、それを左右するメカニズムを提示することを目的とします。15,000語に及ぶ本調査では、講義、読書、視聴覚学習、アクティブラーニング、テスト(想起練習)、そしてシミュレーションといった各手法が、一週間後や数ヶ月後の記憶定着率にどのような具体的数値として現れるのかを、信頼できる文献に基づいて徹底的に解剖します。
1.1 調査の背景と目的
本調査は、以下の核心的な問いに答えるべく設計されました。
- 学習定着率の真実: 講義、読書、ワークショップ、実践形式において、科学的な実験環境下で測定された記憶維持率は、実際には何パーセントなのか?
- アクティブラーニングの定量的効果: 受動的な学習と能動的な学習の間には、統計的に有意な「成績の差」や「落第率の差」がどの程度存在するのか?
- 「分かったつもり」の認知バイアス: 学習者の主観的な満足度(学習実感)と、実際の習得度の間に生じる乖離(流暢性の錯覚)とは何か?
- 次世代の学習階層モデル(ICAP): エビデンスに基づき、学習ピラミッドに取って代わるべき新しいフレームワークとは何か?
これらの問いに対し、単なる理論の紹介に留まらず、具体的な実験データ、数値、そして比較表を用いて、ブログ読者が即座に自身の学習設計や情報発信に応用できるレベルの解像度で回答を提示します。
2. 学習ピラミッドの解体:起源、神話、そして真実
まず、現在もなお多くの教育資料で引用されている「学習ピラミッド」の妥当性を検証し、何が真実で何が誤解なのかを整理する必要があります。
2.1 「講義5%、教える90%」の数値の出処
学習ピラミッド(Learning Pyramid)は、一般的にアメリカ国立訓練研究所(NTL: National Training Laboratories)の研究成果として引用されます。このモデルでは、学習活動ごとの平均的な記憶定着率(Retention Rates)が以下のように階層化されています4。
| 学習活動 | 示される定着率 | 分類 |
| 講義 (Lecture) | 5% | 受動的 (Passive) |
| 読書 (Reading) | 10% | 受動的 (Passive) |
| 視聴覚 (Audio-Visual) | 20% | 受動的 (Passive) |
| デモンストレーション (Demonstration) | 30% | 受動的 (Passive) |
| グループ討論 (Group Discussion) | 50% | 能動的 (Active) |
| 自ら実践する (Practice by Doing) | 75% | 能動的 (Active) |
| 他者に教える (Teaching Others) | 90% | 能動的 (Active) |
この数値の配列は非常に美しく、10%刻みなどで構成されているため、一見して「出来すぎている」印象を与えます。実際、複数の文献調査1により、この数値の科学的根拠となる「オリジナルの実験データ」が存在しないことが明らかになっています。
NTL自身も、この数値の根拠となる具体的な実験データは失われたとしており、これらの数字は厳密な研究結果ではなく、長年の訓練経験に基づく「大まかな推測」や「経験則」に近いものであると認めている節があります1。また、このモデルの概念的な起源は1946年のエドガー・デール(Edgar Dale)による「経験の円錐(Cone of Experience)」にあるとされますが、デール自身の著作にある元の図には数値(パーセンテージ)は一切記載されていませんでした5。つまり、後の引用者たちが円錐の階層に合わせて恣意的に数値を割り当て、それが権威あるデータとして独り歩きしてしまったというのが、学習ピラミッドの実像です。
2.2 現代科学による批判的検討
現代の教育心理学者たちは、このピラミッドモデルを「ゾンビのような神話(Zombie Myth)」や「ナンセンス(Rubbish)」と呼び、強く批判しています2。その主な理由は以下の通りです。
- 文脈の無視: 学習の定着率は、学習者の事前知識、モチベーション、教材の難易度、学習が行われる環境によって劇的に変化します。あらゆる状況において「講義なら常に5%」であると断定することは科学的に不可能です。
- 手法の重複と相互作用: 実際の学習では、「読む」ことなしに「教える」ことはできず、「講義を聞く」過程で「メモを取る(実践)」こともあります。これらを完全に独立した活動として数値を割り振ることは現実的ではありません10。
- 実験データの欠如: 「講義」と「実践」を厳密に統制された環境で比較し、その結果が綺麗に「5%対75%」となった信頼できる査読付き論文は存在しません10。
したがって、「伝わるを科学する」ブログにおいては、このピラミッドの数値を「科学的事実」として扱うべきではありません。しかし、このモデルが示唆する「受動的な学習よりも能動的な学習の方が効果が高い」という方向性自体は、多くの実証研究で支持されています。次章以降では、ピラミッドの「神話上の数値」ではなく、現代の科学的実験によって明らかになった「現実の数値」を提示していきます。
3. アクティブラーニング vs 講義:メタアナリシスによる決着
学習ピラミッドの数値が正確でないとしても、「ただ聞くだけ」の講義形式と、学生が参加する「ワークショップやアクティブラーニング」形式の間には、どれほどの効果の差があるのでしょうか? これに答える最も強力なエビデンスが、2014年に米国科学アカデミー紀要(PNAS)に発表されたFreemanらによる大規模なメタアナリシスです11。
3.1 Freeman et al. (2014) の衝撃的な結果
この研究は、科学・技術・工学・数学(STEM)分野の学部教育における「伝統的な講義形式」と「アクティブラーニング形式」を比較した225件の研究データを統合解析した、教育学におけるランドマーク的な研究です。ここでの「アクティブラーニング」とは、講義中にクリッカーで回答させる簡易なものから、グループワーク、ワークシートを用いた演習など、学生が受動的に聞くだけでない活動全般を指します。
【表1:講義形式 vs アクティブラーニングの学習効果比較 (Freeman et al., 2014)】
| 評価指標 | 講義形式 (Traditional Lecture) | アクティブラーニング (Active Learning) | 改善率・差異 |
| 試験スコア (Average Scores) | 基準値 | +6% 向上 | アクティブラーニング群は平均スコアが標準偏差の0.47倍向上。成績評価で「B-」が「B」になる程度の差。 |
| 単位不認定率 (Failure Rate) | 33.8% | 21.8% | 講義形式の学生は、アクティブラーニングの学生に比べて**1.5倍(55%増)**落第しやすい。 |
3.2 データが語る「講義」のリスク
この研究における最も衝撃的な発見は、「不認定率(落第率)」のデータにあります。伝統的な講義を受けている学生の失敗率(D判定、F判定、あるいはコースからの脱落)は、アクティブラーニングを受けている学生のそれと比較して55%も高いことが判明しました11。
研究者たちはこの結果について、「もしこれが医療の臨床試験であれば、講義形式という『対照群(コントロールグループ)』の患者があまりに高いリスクに晒されているため、倫理的な理由で即座に実験が中止され、全員にアクティブラーニングという『治療』が施されるレベルである」とまで述べています11。
3.3 クラス規模と手法の影響
この「講義の脆弱性」と「アクティブラーニングの優位性」は、クラスの規模に関わらず確認されましたが、特に50人以下の少人数クラスで効果が最大化する傾向が見られました11。これは、ブログ読者が主催するような小規模なワークショップやセミナーにおいて、参加者参加型の要素を取り入れることが、参加者の理解度と満足度を保証するために極めて重要であることを示唆しています。
ブログ読者へのインサイト:
「講義を聞くだけ」のスタイルでは、約3人に1人(33.8%)が内容を十分に習得できず脱落するリスクがあります。一方、ワークショップや対話的な要素を取り入れるだけで、そのリスクを約20%(21.8%)まで、つまり約3分の2にまで低減できる可能性があります。これは「5% vs 90%」のような誇張された数字ではありませんが、統計的に極めて堅牢で、かつ実用的な意味を持つ「事実」です。
4. 「流暢性の錯覚」:なぜ人は講義を好むのか?
アクティブラーニングがこれほど効果的であり、講義形式が「落第リスク」を高めるにもかかわらず、なぜ多くの学習者や講師は「流暢でわかりやすい講義」を好み、ワークショップ形式を「負担」と感じることがあるのでしょうか? ここに、学習における重大なパラドックスが存在します。これを科学的に解明したのが、ハーバード大学のDeslauriersらによる2019年の研究です14。
4.1 「学習の実感」と「実際の学習量」の逆転現象
この実験では、物理学のクラスを2つのグループに分け、全く同じ学習内容を「受動的な講義(熟練した講師による流暢な解説)」と「アクティブラーニング(グループでの問題解決とフィードバック)」という異なる手法で教えました。授業後、学生に対して「どれくらい学べたと思うか(学習実感)」をアンケート調査し、同時に「実際の理解度確認テスト」を行いました。
その結果は、人間の感覚がいかに当てにならないかを浮き彫りにしました。
【表2:主観的な学習実感と客観的なテスト結果の乖離 (Deslauriers et al., 2019)】
| 評価項目 | 講義形式 (Passive Lecture) | アクティブラーニング (Active Learning) | 結果の解釈 |
| 学生の主観 (Feeling of Learning) | 高い (Preferred) | 低い | 学生は「講義の方が多くを学べた」と強く感じ、講義形式を好んだ。 |
| 実際のテスト成績 (Actual Learning) | 低い | 高い (Superior) | 主観とは裏腹に、テストのスコアはアクティブラーニング群の方が有意に高かった。 |
4.2 認知負荷と「流暢性の錯覚」
なぜこのような逆転現象が起きるのでしょうか? 研究チームはこれを「認知努力(Cognitive Effort)」と「流暢性の錯覚(Illusion of Fluency)」で説明しています15。
- 講義形式の罠: 講師が情報を完璧に整理し、噛み砕いて話すと、学生の脳はその情報を何の抵抗もなくスムーズに受け取ります(処理の流暢性が高い)。この「スラスラ入ってくる感覚」を、学生の脳は「深く理解できている」「たくさん学んでいる」と誤認してしまいます。これが「流暢性の錯覚」です。実際には、情報は脳を素通りしているだけで、神経回路への定着活動は起きていません。
- アクティブラーニングの真実: 一方、アクティブラーニングでは、学生は自ら考え、悩み、つまずきながら問題を解く必要があります。この過程は精神的に負荷が高く(認知努力が必要)、学生は「混乱している」「教え方が悪いから分からないのではないか」というフラストレーションを感じやすくなります。しかし、この「望ましい困難(Desirable Difficulty)」こそが、脳のニューロン結合を強化し、長期記憶への定着と深い理解を促進する要因なのです。
ブログ読者へのインサイト:
「分かりやすい講義を聞いてスッキリした」という満足感は、実は「学習が浅い」ことの危険なシグナルかもしれません。逆に、ワークショップや実践学習で「難しかった」「頭を使った」「疲れた」と感じた時こそ、その瞬間に学習定着率が高まっている証拠です。情報発信者としては、相手に「心地よい受動性」だけを与えるのではなく、あえて「思考の負荷」をかける設計こそが、真の「伝わる(定着する)」を実現する鍵となります。
5. 【核心データ】一週間後の記憶定着率を科学する
「伝わるを科学する」ブログの読者が最も知りたいであろう「具体的な数値」に肉薄します。講義を聞いた後、本を読んだ後、テストをした後で、記憶は時間とともにどう変化するのか? 認知心理学における「テスト効果(Testing Effect)」の研究、特にRoedigerとKarpicke(2006)による一連の実験は、この疑問に対して非常に詳細な数値データを提供しています18。
5.1 実験デザイン:再読(インプット重視) vs 想起(アウトプット重視)
この実験では、大学生に科学的な説明文を学習させ、以下の3つの条件で比較を行いました。これは「読むだけ・聞くだけ」の受動学習と、「テスト・実践」の能動学習を比較する優れたモデルです。
- SSSS条件(反復学習): テキストを4回読む。「読むだけ」の受動的学習の極致です。
- SSST条件(混合): 3回読み、最後に1回テスト(何も見ずに思い出す)をする。
- STTT条件(想起練習): 1回だけ読み、その後3回テストをする。インプットを最小限にし、アウトプット(想起)を最大化した「実践型」です。
- ここでの「テスト」とは、成績をつけるためのものではなく、記憶から情報を引き出す「想起練習(Retrieval Practice)」を指します。
5.2 時間経過による定着率の劇的な逆転(データ詳細)
学習直後(5分後)、2日後、そして1週間後のテスト結果を比較すると、学習方法によって記憶の維持率に劇的な差が生まれることが明らかになりました。
【表3:学習条件による記憶定着率の変化 (Roediger & Karpicke, 2006)】
| 学習から経過した時間 | SSSS (4回読む) | SSST (3回読む+1回テスト) | STTT (1回読む+3回テスト) | 結果の解釈 |
| 5分後 (直後) | 約 81% | 約 78% | 約 75% | 直後では「繰り返し読む」が最強。 短期記憶には反復インプットが効く。 |
| 2日後 | 約 54% | (データなし) | 約 68% | わずか2日で逆転現象が発生。読むだけの群は急激に忘却。 |
| 1週間後 | 約 40% | 約 56% | 約 61% | 1週間後、読むだけの群は半分以上忘却。 想起群は6割以上を維持。 |
| 忘却量 (5分後→1週間後) | -41ポイント (50%以上の減少) | -22ポイント | -14ポイント (減少は緩やか) | 想起練習をした群は、時間の経過による記憶の減衰が圧倒的に少ない。 |
※数値は文献18のグラフおよび記述に基づく概算値(%)です。
5.3 データの意味すること:忘却への防波堤
このデータは、ブログのテーマである「伝わる」ことの持続性について、決定的な証拠を突きつけています。
- 「聞くだけ・読むだけ」の脆さ: 情報を繰り返しインプットしても(SSSS)、人間の脳はその情報を長期保存すべきものとは認識しません。その結果、1週間後にはその情報の約60%(81%→40%)が失われます。これがエビングハウスの忘却曲線的現象の現実です。
- 「想起・実践」の防波堤効果: 一方で、インプット時間を削ってでもアウトプット(テスト・想起)を行ったグループ(STTT)は、1週間後の忘却量が約15-20%程度(75%→61%)に留まりました。「思い出す」という行為自体が、記憶の痕跡(メモリトレース)を強化し、再固定化(Reconsolidation)を促すため、忘れにくくなるのです。
- 相対的な差: 1週間後の時点で見ると、想起練習(ワークショップ的活動)を行ったグループは、講義・読書のみのグループに比べて約1.5倍(61% vs 40%)の定着率を誇ります。
補足データ:フィードバックの効果
さらに別の実験(Experiment 2)では、想起練習の後に「正解を確認する(フィードバック)」プロセスを加えると、効果がさらに増強されることが示されています18。ワークショップなどで「実践(想起)」させ、その後に「解説(フィードバック)」を行う形式が、最強の学習モデルである所以です。
6. シミュレーションと体験学習:90%定着の真実
学習ピラミッドの頂点にある「他者に教える」「実践する」の90%や75%という数値は神話であると述べましたが、特定の条件下、特に「シミュレーション学習」や「現場での実践」においては、それに近い、あるいはそれを裏付ける極めて高い定着率データが存在します。
6.1 医療教育におけるシミュレーションのデータ
人の命に関わる医療現場では、知識の定着は絶対条件です。そのため、座学(講義)とシミュレーション(模型を使った手術練習など)の比較研究が豊富に行われています。
【表4:シミュレーション学習の長期的効果 (Medical Education Studies)】
| 研究概要 | 比較対象 | 結果(定着率・効果) | 出典 |
| CPR(心肺蘇生)スキルの維持 | 講義形式 vs ワークショップ形式 | ワークショップ群は講義群に比べ、実技の正確性が圧倒的に高く、実施への躊躇が少ない。 | 22 |
| 解剖学知識の長期定着 | 講義 vs eラーニング vs 実習 | 実習(解剖)を含む繰り返し学習を行った群は、何もしない群と比較して長期定着が有意に高い。ただし、反復方法(講義再受講か実習か)による差は見られなかった研究もある。 | 23 |
| ICUクリニカルスキル | シミュレーションベースの学習 (SBML) | 12ヶ月後の追跡調査で、スキルの89%が保持されていた(直後は90%)。 | 24 |
| 看護学生の知識定着 | シミュレーション vs 講義 | 3ヶ月後の知識定着テストにおいて、シミュレーション群が有意に高得点(効果量 d=0.94)。自己効力感も有意に向上。 | 25 |
6.2 「体験」が記憶に残る理由
上記のデータ、特に1年後でも89%のスキルが維持されていたという結果24は、学習ピラミッドの「実践すれば75-90%定着する」という主張を、特定の文脈(身体的動作を伴う高強度のトレーニング)において支持するものです。
体験学習(Experiential Learning)に関する統計では、体験的学習を取り入れた学生は、伝統的な教室学習に比べてスキルの保持率が75%向上するというデータや、理論概念の理解度が65%の学習者で向上したという報告もあります26。これは、体験が「エピソード記憶」として脳に刻まれること、そして身体的な動作(Kinesthetic)が記憶のフックとなることが要因と考えられます。
7. モダリティ論争:「聞く」対「読む」対「見る」
ブログ記事のテーマとして、「ポッドキャスト(聞く学習)」と「ブログ記事(読む学習)」のどちらが定着するのか、という点も興味深いトピックです。学習ピラミッドでは「読む10%」「聞く5%(または20%)」とされ、音声学習が低く見積もられがちですが、最近の研究は異なる景色を見せています。
7.1 音声学習の逆襲
「Listening.com」や関連する研究機関による調査データ27(※特定のサービスによるデータであるため、バイアスの可能性を考慮しつつ参照)によると、以下のような結果が示されています。
- 24時間後の定着率:
- 音声学習(Audio Listening):73%
- 伝統的な読書(Reading):67%
- 1週間後の定着率:
- 音声学習:52%
- 伝統的な読書:45%
また、別の学術研究29では、情報の理解度(Comprehension)に関しては、テキスト(55%)と音声(53%)で統計的に有意な差はないとされています。つまり、「目か耳か」という入力経路(モダリティ)の違いは、定着率にとって決定的な要因ではない可能性が高いのです。
重要なのは「どう入力するか」ではなく、入力した後に「どう処理するか」です。音声であれテキストであれ、その後に「要約する」「クイズを解く」などの能動的処理を行えば定着し、聞き流す・読み流すだけであれば定着しない。これが科学の結論です。
8. ICAPフレームワーク:次世代の学習階層モデル
ここまで見てきたように、学習ピラミッドの数値は不正確ですが、「受動的 < 能動的」という序列は正しいことが確認されました。これを現代科学の知見で精緻化したのが、認知科学者Michelene Chiらが提唱するICAP(アイキャップ)フレームワークです30。
ブログ読者に「新しい科学的なピラミッド」として紹介するのに最適なモデルです。
8.1 ICAPの4段階階層
学習効果の高い順に、以下の4つに分類されます(Interactive > Constructive > Active > Passive)。
1. Interactive(対話的):最良の効果
- 定義: 他者とやり取りしながら知識を共創する。
- 活動例: ディスカッション、ディベート、ペアでの教え合い、共同での問題解決。
- 科学的根拠: 互いの知識のギャップを埋め合い、新しい視点を生成するため、最も深い理解と定着をもたらす。
2. Constructive(建設的):高い効果
- 定義: 既存の知識を超えて、新しいアウトプットを生成する。
- 活動例: 自分なりの言葉で要約を書く、図解を作成する、自問自答する、仮説を立てる。
- 科学的根拠: 単なる情報の操作(Active)を超え、外部化するプロセスが記憶を強化する。
3. Active(能動的):中程度の効果
- 定義: 学習対象に対して物理的な操作を行うが、新しい情報の生成は伴わない。
- 活動例: テキストにハイライトを引く、動画を一時停止・巻き戻しする、板書をそのまま書き写す、言われた通りにリピートする。
- 注意点: 多くの人がこれを「勉強」と呼ぶが、Constructiveほどの効果はない。ハイライトしただけで覚えた気になるのは危険。
4. Passive(受動的):低い効果
- 定義: 情報を受け取るだけで、何もしない。
- 活動例: 講義をただ聞く、テキストを黙読する、動画を流し見する。
- 結果: 前述の通り、1週間後には約40%しか残らない。
8.2 ICAPのエビデンス
Chiらの研究では、Interactive > Constructive > Active > Passiveという学習効果の序列が、多くの実験で一貫して確認されています。例えば、単に講義を聞く(Passive)よりも、ノートを取る(Active)方が良く、自分の言葉でまとめる(Constructive)方がさらに良く、友人と議論しながらまとめる(Interactive)のが最も成績が良くなるのです。
9. 結論と提言:ブログ読者へのアクションプラン
本調査の結果、学習ピラミッドの具体的な数値(5%, 10%,… 90%)は科学的な支持を得ていないことが確認されました。しかし、その背後にある「能動的な関与が定着率を高める」という思想は、最新の認知科学(Freemanのメタアナリシス、Roedigerのテスト効果、ICAPフレームワーク)によって、より堅牢な形で、より現実的な数値とともに証明されています。
ブログ「伝わるを科学する」の記事としてアウトプットするための、科学的根拠に基づいた「学習定着率の目安一覧」と、具体的なアクションプランを以下に提案します。
9.1 科学的根拠に基づく学習定着率モデル(推奨アウトプット用テーブル)
神話のピラミッドの代わりに、以下の「エビデンス・ベースド・モデル」を読者に提示してください。
| 学習スタイル(ICAP分類) | 具体的なアクション | 1週間後の定着率の目安・リスク | 科学的背景・出典 |
| 受動的学習 (Passive) | 講義を聞き流す テキストを再読する | 約 40% (大幅に忘却) ※落第リスクは能動学習の1.5倍 | 直後の「分かった気(流暢性の錯覚)」に注意。何もしなければ半分以上消える。 |
| 能動的学習 (Active/Constructive) | クイズを解く (想起) 要約を作成する | 約 60% (高維持) ※受動学習の約1.5倍の定着 | 「思い出す」苦労が脳を鍛える。インプット時間を削ってでもテストをすべき。 |
| 実践・対話的学習 (Interactive/Simulation) | シミュレーション 他者と議論する 現場で使う | 約 75% ~ 90% (スキル定着) ※1年後でも9割維持の事例あり | 身体性や感情を伴う「体験」や、他者との「共創」は最強の記憶固定化装置。24 |
9.2 読者への3つのメッセージ
- 「分かりやすい」を疑え(脱・流暢性の錯覚):スラスラ頭に入ってくる情報は、スラスラ抜け落ちていきます。「分かった!」という快感は、定着の証拠ではありません。むしろ、ワークショップや実践で「難しい」「疲れた」と感じた時こそ、脳が情報を「長期保存フォルダ」に移動させている瞬間です。
- 「インプット」より「想起」を(テスト効果):何かを学んだら、すぐにテキストを閉じて「今、何が書いてあった?」と自問してください。この「何もないところから情報を引っ張り出す」プロセス(想起練習)こそが、定着率を40%から60%へと引き上げる唯一の道です。ブログ記事の最後には、必ず「読者への問いかけ(クイズ)」を用意しましょう。
- 相手を「Interactive」な状態に巻き込め(ICAPの応用):あなたが情報を伝える立場なら、相手を受動的な聞き手(Passive)に留めてはいけません。「どう思いますか?」と問いかけて考えさせ(Constructive)、隣の人と話し合わせる(Interactive)。ここまでデザインして初めて、情報は相手の中に「伝わり、残る」ものとなります。
本報告書が、「伝わるを科学する」ブログのコンテンツ作成において、読者の学習観をアップデートする強力なエビデンスとなることを確信しています。
引用文献
- Pushing Your Teaching Down the Learning Pyramid – Science Outside, https://www.scienceoutside.org/post/pushing-your-teaching-down-the-learning-pyramid
- Edgar Dale’s Pyramid of Learning in medical education: Further expansion of the myth – PubMed, https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31576610/
- Full article: Excavating the origins of the learning pyramid myths, https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/2331186X.2018.1518638
- Learning pyramid – Wikipedia, https://en.wikipedia.org/wiki/Learning_pyramid
- Overview of the learning pyramid for training providers – Arlo Training Management Software, https://www.arlo.co/blog/overview-of-the-learning-pyramid-for-training-providers
- The Learning Pyramid: Explained for Training Providers – Time.ly, https://time.ly/blog/the-learning-pyramid-explained-for-training-providers/
- Why you shouldn’t just believe research published in research journals – The Oxford Review, https://oxford-review.com/dont-believe-research/
- Myth and Mystique of Learning Pyramids – Trainers Warehouse, https://blog.trainerswarehouse.com/the-myth-and-mystique-of-the-learning-pyramid
- Edgar Dale’s Cone of Experience: A Comprehensive Guide – Growth Engineering, https://www.growthengineering.co.uk/what-is-edgar-dales-cone-of-experience/
- Remembering 90% of What You Do? – University of Strathclyde, https://www.strath.ac.uk/humanities/education/blog/remembering90percentofwhatyoudo/
- Active learning increases student performance in science, engineering, and mathematics, https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.1319030111
- In This Issue | PNAS, https://www.pnas.org/doi/10.1073/iti2314111
- Active learning increases student performance in science, engineering, and mathematics, https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24821756/
- Study shows that students learn more when taking part in classrooms that employ active-learning strategies – Harvard Gazette, https://news.harvard.edu/gazette/story/2019/09/study-shows-that-students-learn-more-when-taking-part-in-classrooms-that-employ-active-learning-strategies/
- Measuring actual learning versus feeling of learning in response to being actively engaged in the classroom | PNAS, https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.1821936116
- New Harvard Study Shows Benefits of Active Learning Versus Lecture, https://ctl.wustl.edu/new-harvard-study-shows-benefits-of-active-learning-versus-lecture/
- Research Roundup: Active Learning vs. Full Lectures — What Really Enhances Learning? – UA Teaching Academy | The University of Alabama, https://uateachingacademy.ua.edu/research/research-roundup-active-learning-vs-full-lectures-what-really-enhances-learning/
- The power of testing memory: basic research and implications for educational practice, http://psychnet.wustl.edu/memory/wp-content/uploads/2018/04/Roediger-Karpicke-2006_PPS.pdf
- Repeated retrieval during learning is the key to long-term retention, https://learninglab.psych.purdue.edu/downloads/2007/2007_Karpicke_Roediger_JML.pdf
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- Speed Reading vs. Speed Listening For Academic Retention, https://www.listening.com/blog/speed-reading-vs-speed-listening
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- Not All Active Learning Activities are Created Equal – Center for …, https://ctl.wustl.edu/not-all-active-learning-activities-are-created-equal/
- Feedback is Integral: Using a Revised ICAP Framework to Achieve Active Learning in an Asynchronous Online Course, https://olj.onlinelearningconsortium.org/index.php/olj/article/download/4555/1514/21910
- Applying the ICAP Framework to Improve Classroom Learning – University of New Hampshire, https://www.unh.edu/teaching-learning-resource-hub/sites/default/files/media/2023-05/itow-applying-the-icap-framework-to-improve-classroom-learning-chi-boucher.pdf
- Translating the ICAP Theory of Cognitive Engagement Into Practice – Mary Lou Fulton College for Teaching and Learning Innovation – Arizona State University, https://education.asu.edu/sites/g/files/litvpz656/files/lcl/chi_et_al-2018-cognitive_science.pdf
- The ICAP Framework: Linking Cognitive Engagement to Active Learning Outcomes – Mary Lou Fulton College for Teaching and Learning Innovation – Arizona State University, https://education.asu.edu/sites/g/files/litvpz656/files/lcl/chiwylie2014icap_2.pdf