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TRIZ:経験則的発見から科学的プレゼンテーションへの昇華 —— その有効性の検証と応用に関する報告

1. 序論:創造性の科学化という挑戦

1.1 背景と目的

現代の知識経済において、問題解決能力と情報の効果的な伝達能力(プレゼンテーション)は、組織や個人の競争力を決定づける中核的なスキルである。これら二つの領域において、従来は「個人の才能」や「経験則(アート)」として扱われてきた創造的プロセスを、再現可能な「技術(サイエンス)」として体系化しようとする試みが存在してきた。その最たる例が、旧ソビエト連邦でゲンリッヒ・アルトシュラー(Genrich Altshuller)によって提唱された「発明的問題解決理論(TRIZ: Teoriya Resheniya Izobretatelskikh Zadatch)」である1

TRIZは、数百万件に及ぶ特許情報の分析から導き出された「発明の法則」を体系化したものであり、技術システムの進化には客観的なパターンが存在するという仮説に基づいている1。しかし、その起源が西側の科学的アプローチとは異なる文脈にあることや、一部で熱狂的信奉者による過度な一般化が見られることから、「TRIZは科学的に実証された理論なのか、それとも単なる有用な民間伝承(フォークロア)に過ぎないのか」という疑問が常に付きまとっている5

本報告書は、この根源的な問いに対し、既存の査読付き論文、システマティックレビュー、および書誌学的データを精査することで、TRIZの認識論的地位と科学的妥当性を厳密に評価することを第一の目的とする。さらに、その分析結果を基盤として、TRIZの理論体系を「プレゼンテーション」というコミュニケーション領域に応用するための理論的枠組みを構築する。具体的には、プレゼンテーションを一つの「技術システム」と捉え、TRIZのツール(矛盾マトリックス、発明原理、進化のトレンドなど)を用いて、聴衆への情報伝達効率を最大化するための具体的なメソドロジーを提案する。

1.2 報告書の構成

本報告書は大きく二つのパートから構成される。

前半部(第2章〜第4章)では、TRIZの科学的妥当性を検証する。ここでは、TRIZの成立過程におけるデータ処理の方法論、学術界における評価、実証実験の結果、そして「疑似科学」との境界線に関する議論を詳細に分析する。

後半部(第5章〜第7章)では、検証されたTRIZの概念をプレゼンテーション技術へと翻訳・応用する。エンジニアリングのパラメータをコミュニケーションの変数へと変換し、プレゼンテーション設計における「矛盾」を解決するための科学的アプローチを提示する。


2. TRIZの起源と認識論的地位:科学か経験則か

2.1 帰納的アプローチによる理論形成

TRIZの科学性を論じる上で、その形成プロセスを理解することは不可欠である。一般的な自然科学が「仮説→実験→検証」という演繹的・仮説検証型のアプローチをとるのに対し、TRIZは徹底した「帰納的アプローチ」から生まれた2

1946年、ソ連海軍の特許審査部門に勤務していたアルトシュラーは、膨大な数の特許明細書を分析する中で、異なる技術分野(例:航空工学と繊維産業)であっても、直面する課題の構造と解決のアプローチ(発明原理)には共通のパターンが存在することを発見した1。彼は当初約20万件、最終的には数百万件の特許を調査し、その中から単なる設計変更ではない「発明的レベル」の高い特許約4万件を抽出した2

このデータセットから導き出されたのは、技術システムの進化はランダムな試行錯誤の結果ではなく、一定の法則(Trend of Engineering System Evolution)に従っているという結論であった1。この点において、TRIZは物理学のような「基本原理から現象を予測する科学」というよりは、生物学(進化論)や社会学のような「観察データから統計的規則性を導き出す記述科学」に近い性質を持つといえる。

2.2 データに基づく「法則」の客観性

TRIZが提唱する「技術システムの進化の法則」や「40の発明原理」は、科学的な「法則(Law)」と呼べるのか、それとも単なる「ヒューリスティック(発見的解決法)」なのか。この区分は、科学哲学における「反証可能性(Falsifiability)」の観点から議論されることが多い5

2.2.1 決定論と確率論の狭間

ニュートン力学の法則が初期条件を与えれば未来の状態を一意に決定できるのに対し、TRIZの法則は決定論的ではない。例えば、「システムの理想性は増加する方向に進化する(理想性の法則)」というTRIZの核心的な主張は、個別の製品が必ずその通りになることを保証するものではなく、長期的な技術トレンドとしてその方向への圧力が働くことを示唆するものである4

一部の批評家は、これを「疑似科学的」であると指摘する。なぜなら、事後的に見ればどのような技術進化も「理想性の向上」として説明可能であり、反証が困難だからである5。しかし、複雑系科学や経済学のモデルと同様に、予測が確率的であることは必ずしも非科学的であることを意味しない。TRIZの研究者たちは、これを「工学的な経験則の体系化」であり、暗黙知を形式知化した「構造化された知識ベース」であると位置づけている5

2.2.2 特許データのバイアスと限界

TRIZの基礎データである特許情報には、科学的データとしての限界も存在する。特許は技術的な正しさだけでなく、法的・商業的な戦略に基づいて記述されるため、純粋な技術的真理の記録とは限らない。また、アルトシュラーの研究は主に機械工学分野の特許(特に冷戦期の東側諸国の技術)に基づいていたため、ソフトウェアやバイオテクノロジー、ビジネスモデルといった現代的な領域に対して、そのままの形での普遍性を持つかについては議論がある7

この限界を克服するため、現代のTRIZ研究(Modern TRIZ)では、IT分野や非技術領域への適用拡大に伴い、新たなパラメータの追加や原理の再解釈が進められている14。これは、TRIZが固定された教義(ドグマ)ではなく、新たなデータを取り込んで進化し続ける「科学的プログラム」であることを示唆している。


3. TRIZの有効性に関する科学的実証:文献レビュー

TRIZが「民間伝承的に有用」なだけでなく、「科学的に実証された」手法であるかを確認するため、査読付き論文やシステマティックレビューにおける評価を精査する。

3.1 実証研究の現状と計量書誌学的分析

近年、TRIZに関する学術論文の数は増加傾向にあり、特に工学設計、生産管理、教育学の分野で多くの研究が報告されている。

3.1.1 工学・技術分野における実証

複数のシステマティックレビューが、TRIZの産業界での有効性を報告している。例えば、プロセス改善へのTRIZ適用に関するレビューでは、748件の記事をスクリーニングし、TRIZが現場の安全性向上や品質改善に寄与した事例を分析している15。また、グリーンサプライチェーン(GSC)におけるTRIZの適用に関するレビューでは、TRIZが環境配慮型設計(エコデザイン)における矛盾解決に有効であることを示しつつも、サプライチェーン特有の課題に対する適用の限界も指摘しており、盲目的な称賛ではなく客観的な評価がなされている17

ソフトウェア工学の分野では、TRIZの適用はまだ初期段階にあるとされるが、既存のレビュー論文では、要件定義やシステムアーキテクチャ設計における矛盾解決のツールとして、TRIZが有効である可能性が示唆されている12。これらの研究は、TRIZが機械工学以外の分野にも転用可能な「一般化された問題解決アルゴリズム」としての側面を持つことを裏付けている。

3.1.2 教育効果の定量的な測定

TRIZの科学的有効性を測るもう一つのアプローチは、教育心理学的な測定である。中国の高校生を対象とした研究では、TRIZを学習した実験群と学習していない対照群を比較し、TRIZ学習群において「設計の創造性(Design Creativity)」や「問題解決スキル」が統計的に有意に向上したことが示されている19。また、エンジニアリング専攻の学生を対象とした研究でも、TRIZ教育を受けた学生は他のコースを受けた学生に比べて高い問題解決能力を示したというデータがある19

これらの研究は、TRIZが「生まれつきの才能」に依存すると考えられていた創造性を、教育によって後天的に強化できることを実証しており、アルトシュラーの「創造性は学習可能である」という仮説を科学的に支持するものである2

3.2 疑似科学との境界線と批判的検討

一方で、TRIZを「疑似科学」とみなす批判的視点も無視できない。疑似科学の特徴として、「反証不可能な主張」「確証バイアスへの依存」「専門家による相互評価の欠如」などが挙げられる9

3.2.1 「万能薬」としての宣伝に対する批判

商業的なコンサルティングにおいて、TRIZがあたかも「あらゆる問題を自動的に解決する魔法の杖」であるかのように宣伝される場合、それは疑似科学の領域に近づく21。TRIZはあくまで思考支援ツールであり、解決策そのものを自動生成するわけではない。学術的な批判の中には、TRIZの複雑さや抽象度の高さが習得の障壁となり、実際の適用においてはユーザーの解釈(主観)に大きく依存するため、再現性に欠けるという指摘もある6

3.2.2 経験則としての妥当性

科学哲学的な厳密さを追求すれば、TRIZは「自然科学(Science)」というよりは「工学(Engineering)」あるいは「技術学(Technology)」の範疇にある体系である。工学においては、理論の真理性よりも「実用的な有用性(Utility)」が重視される。その意味で、TRIZが数多くの企業(Samsung, Intel, Fordなど)で採用され、実際の特許出願や製品開発に貢献している事実は、工学的な意味での「実証」として十分な重みを持つ1

3.3 総括:TRIZの科学的ステータス

以上の調査から、以下の結論が導き出される。

  1. データ基盤の確実性: TRIZは数百万件の特許データという客観的な事実集合に基づいている点において、単なる民間伝承とは一線を画す。
  2. 実証レベルの多様性: 教育効果や特定の工学的課題解決においては統計的な有意差をもって効果が実証されているが、全領域における普遍的な法則としてはまだ検証途上である。
  3. 定義: TRIZは「厳密な自然科学」ではないが、「科学的に構築されたヒューリスティック体系(Structured Heuristics)」であり、再現性のあるイノベーション支援手法として学術的・実務的に認知されている。

4. プレゼンテーションへの科学的アプローチ:理論的枠組み

ここからは、TRIZの理論体系を「プレゼンテーション」に応用するための具体的なディスカッションに移る。ウェブサイト「プレゼンを科学する」の記事として展開するため、エンジニアリングの用語をコミュニケーションの文脈へと翻訳し、論理的な整合性を持った方法論を構築する。

4.1 プレゼンテーションを「技術システム」として再定義する

TRIZを応用する第一歩は、対象を「システム」として定義することである1。プレゼンテーションは、芸術的パフォーマンスではなく、「情報の送り手(プレゼンター)」から「受け手(聴衆)」へ、ノイズを最小限に抑えつつ「意味(情報・感情)」を転送し、期待する「反応(行動変容)」を引き出すための機能的なシステムである。

プレゼンテーション・システムの構成要素(TRIZ的解釈):

  • 主要機能 (Main Useful Function): 聴衆の脳内状態を変化させる(知識の伝達、説得、動機づけ)。
  • 構成要素 (Sub-systems): スライド(視覚情報)、音声(聴覚情報)、スクリプト(論理構造)、身振り手振り(非言語情報)。
  • 上位システム (Super-system): 会場環境、聴衆の事前知識、文化的背景、時間制約。
  • 有害作用 (Harmful Functions): 退屈、認知負荷(わかりにくさ)、誤解、時間の浪費。

4.2 コミュニケーションにおける「矛盾」の特定

TRIZの核心は「矛盾(Contradiction)」の解決にある1。エンジニアリングにおいて「強度を上げると重量が増す」という矛盾があるように、プレゼンテーションにおいても、あちらを立てればこちらが立たずというトレードオフが無数に存在する。従来のプレゼン術は「バランス(妥協)」を推奨するが、TRIZ的アプローチは「矛盾の克服(解決)」を目指す。

プレゼンテーションにおける主要な矛盾(パラメータ変換):

TRIZの標準パラメータ (39パラメータ)プレゼンテーションにおける解釈典型的な矛盾のシナリオ
情報の量 (Volume of moving object)コンテンツの網羅性伝えたい情報量を増やすと、聴衆の理解度が下がる。
情報の照度 (Illumination intensity)詳細度・解像度詳細なデータを正確に見せようとすると、スライドが複雑になり視認性が悪化する。
速度 (Speed)進行ペース限られた時間で多くのスライドを処理しようとすると、早口になり伝わらない。
安定性 (Stability)一貫性 vs 飽き一貫したトーンを維持すると安定するが、単調になり聴衆が退屈する(注意力の低下)。
信頼性 (Reliability)説得力・正確性正確性を期して専門用語や脚注を増やすと、わかりやすさが損なわれる。

次章では、これらの矛盾を解決するために、TRIZの「40の発明原理」をどのようにプレゼンテーションに応用できるかを具体的に提案する。


5. 「40の発明原理」を用いたプレゼンテーション技術の革新

Darrell Mannらによる「ビジネスTRIZ」の研究25や、教育・サービス分野への応用事例27を参考に、プレゼンテーション設計における具体的な解決策(ソリューション)を発明原理に基づいて体系化する。

5.1 原理1:分割(Segmentation)

TRIZの定義: 物体を独立した部分に分割する。組立分解可能にする。細分化の度合いを高める24

プレゼンテーションへの応用:

  • マイクロ・モジュラー構造: 60分の講演をダラダラと続けるのではなく、10分ごとの独立した「モジュール(章)」に分割する。各モジュールが完結したメッセージを持つように設計することで、タイムオーバー時に特定のモジュールをまるごとカットしても全体の論理が破綻しないようにする(「分解容易性」の確保)。
  • スライドのレイヤリング: 複雑な図解を一度に見せるのではなく、アニメーション機能を使って「要素ごとに分割して」表示する。認知負荷理論において、情報はチャンク(塊)に分割された方が処理しやすいことと合致する。
  • Q&Aの分散: 質疑応答を最後にまとめるのではなく、各セクションの終わりに「分割」して配置し、聴衆の疑問をその場で解消しながら進める。

5.2 原理2:分離・抽出(Taking Out / Extraction)

TRIZの定義: 物体から妨害となる部分や性質を取り除く。あるいは、必要な部分や性質だけを抜き出す29

プレゼンテーションへの応用:

  • ノイズの徹底排除: スライド上のロゴ、日付、ページ番号、装飾的な背景など、メッセージ伝達に必須ではない要素(視覚的ノイズ)をすべて削除する。「シンプルさ」こそが最強の武器である30
  • 詳細データの外部化: 「正確性」と「わかりやすさ」の矛盾を解決するため、詳細な数表や補足データはスライドから「分離」し、配布資料(ハンドアウト)やQRコードリンク先の別ファイルとして提供する。スライドには抽出された「インサイト(結論)」のみを載せる。
  • 「スライドゼロ」の導入: 本当に重要なメッセージ(Core Message)だけを抽出し、あえてスライドを使わずに語りかける時間を設けることで、聴衆の注目を話し手に集中させる。

5.3 原理10:事前の作用(Preliminary Action)

TRIZの定義: 必要な作用を事前に行っておく。物体を、すぐに作用できるような最も便利な位置に事前に配置しておく29

プレゼンテーションへの応用:

  • 反転学習的アプローチ: プレゼンの時間は限られている(矛盾:時間不足)。基礎知識やデータは事前にメールや動画で共有し(事前の作用)、当日はディスカッションや意思決定に集中する。
  • プライミング効果: プレゼンの冒頭で本題に入る前に、関連する問いかけやクイズを行い、聴衆の脳内に情報の受け皿(スキーマ)を事前に作っておく。
  • トラブル対策の事前配置: デモ機材が動かないリスクに備え、デモの成功動画を予備スライドとして「事前に配置」しておく(信頼性の確保)。

5.4 原理13:逆発想(The Other Way Round / Inversion)

TRIZの定義: 解決されるべき問題に定められた作用と逆の作用を行う。動く部分を固定し、固定された部分を動かす29

プレゼンテーションへの応用:

  • 結論先出し(BLUF): 「背景→方法→結果→結論」という学術的な順序を逆転させ、「結論(提案)→理由→背景」の順で話す。ビジネスプレゼンでは特に、聴衆の集中力が高い冒頭に核心を伝えることが有効である。
  • 聴衆主導の進行: プレゼンターが一方的に話すのではなく、最初に「何について聞きたいですか?」と聴衆に問い、そのフィードバックに基づいて話す順番や内容を動的に変更する。
  • 黒背景の活用: 通常の「白地に黒文字」を逆転させ、「黒地に白文字(ダークモード)」にする。会場が暗い場合、スクリーンからの発光量を抑え、話し手への注目を高める効果がある。

5.5 原理15:ダイナミシティ(Dynamics)

TRIZの定義: オペレーションの各段階で最適の性能を発揮できるように、物体(または外部環境)が自動的に調整されるようにする31

プレゼンテーションへの応用:

  • 非線形プレゼンテーション: PowerPointのハイパーリンク機能やPreziのようなツールを使い、スライドを順送り(リニア)にするのではなく、対話の流れに合わせて自由にページを行き来できる「ダッシュボード型」のスライドを設計する。
  • 物理的移動: 演台の後ろに固定されるのではなく、ステージ上を動く、あるいは客席に降りるなど、プレゼンター自身の位置を動的に変化させることで、聴衆の「定位反応(新しい刺激に注意を向ける本能)」を刺激し続ける。

5.6 原理22:災い転じて福となす(Blessing in Disguise)

TRIZの定義: 有害な要因(特に環境や状況によるもの)を利用して、プラスの効果を得る29

プレゼンテーションへの応用:

  • 弱点の開示: データの不備やプロジェクトのリスク(有害要因)を隠すのではなく、積極的に開示し「だからこそ皆さんの協力が必要です」と信頼構築や連帯感の醸成に利用する(「弱みの提示効果」)。
  • 緊張の利用: プレゼンターの緊張(震えや赤面)を隠そうとするのではなく、「非常に重要な案件なので緊張しています」と正直に伝えることで、誠実さのアピールに転換する。
  • 反対意見の活用: 質疑応答での厳しい反対意見を、攻撃と捉えるのではなく「重要な視点を補っていただいた」として、議論を深めるためのリソースとして活用する。

6. 技術システムの進化トレンドと「理想のプレゼン」

TRIZのもう一つの柱である「技術システムの進化トレンド(Trends of Engineering System Evolution)」3を用いて、プレゼンテーションというメディアの未来と、目指すべき到達点を科学する。

6.1 理想性の増加の法則(Law of Increasing Ideality)

法則: すべてのシステムは「理想性」が増加する方向に進化する。

定義: 理想性 = (有用な機能の総和) / (コスト + 有害な作用の総和)

究極の理想(IFR: Ideal Final Result): システムが存在しないにもかかわらず、その機能だけが達成されている状態32。

プレゼンテーションへの示唆:

「理想的なプレゼンテーション」とは、究極的には「プレゼンという行為(時間コスト、労力、機材)」が存在しないにもかかわらず、「情報の伝達と合意形成」が完了している状態である。

  • 現状: 60分のスライド投影と口頭説明。
  • 進化の方向: 時間短縮、直感的な理解。
  • 具体的アクション: 「いかにスライドを綺麗にするか」ではなく、「いかにスライドを無くすか」「いかに短時間で終わらせるか」を考える。Amazon社がパワーポイントを禁止し、メモの黙読(事前の作用)に切り替えたのは、TRIZ的に見れば「理想性の向上(プレゼンという行為の削除)」に向けた進化である。

6.2 Sカーブ分析とプレゼンテーション技術の成熟度

技術はSカーブ(導入期、成長期、成熟期、衰退期)を描いて進化する34

  • 第1のSカーブ(オーラル・コミュニケーション): 身振り手振りと肉声による演説。成熟しきっている。
  • 第2のSカーブ(アナログ補助): 黒板、ホワイトボード、OHP。
  • 第3のSカーブ(デジタル・スライド): PowerPoint、Keynote。現在はこの「成熟期」にあり、過剰な装飾やアニメーションといった「本質的でない改良」が行われている兆候がある(技術的飽和)。
  • 次のSカーブ(没入型・双方向型): VR/ARを用いた空間的プレゼンテーション、あるいはAIエージェントによる対話型レポーティング36

戦略的示唆:

現在の「スライドプレゼン」のスキルを磨くことは重要だが、すでに成熟期にある技術であるため、差別化が難しくなっている。TRIZの予測によれば、次は「双方向性(Interactivity)」や「フィールド(場)の活用」へ移行する。静的なスライドを作り込むよりも、MiroやNotionなどのインタラクティブなツールを使って、その場で情報を構築していくようなスタイルが、次世代の「科学的プレゼン」となる可能性が高い。

6.3 9画面法(System Operator)によるストーリーテリング

TRIZの思考ツール「9画面法(9 Windows)」は、システムを「時間(過去・現在・未来)」と「空間(上位系・システム・下位系)」のマトリックスで捉える手法である22。これをプレゼンのストーリー構成に応用する。

科学的ストーリーテリングのマトリックス:

過去 (Past)現在 (Present)未来 (Future)
上位システム (Super-System)
(市場、社会、環境)
【背景・文脈】
かつて世界はどうだったか?
なぜこの問題が生まれたか?
【課題・危機】
今、何が起きているか?
市場の競合や環境の変化は?
【ビジョン】
提案が実現した後、
世界はどう変わるか?
システム (System)
(提案する製品・解決策)
【既存手法】
これまでどう対処していたか?
従来品の限界は?
【解決策・提案】
我々の新しい製品は何か?
(Core Value)
【ロードマップ】
次はどう展開するか?
(Next Steps)
下位システム (Sub-System)
(詳細技術、構成要素)
【根本原因】
なぜ失敗したのか?
技術的なボトルネックは?
【仕組み・証拠】
なぜ動くのか?
具体的なデータや機能は?
【波及効果】
技術的な拡張性は?
副作用への対策は?

多くの失敗プレゼンは、「現在・システム(自社製品)」と「現在・下位システム(機能詳細)」ばかりを語り続ける。科学的に説得力のあるプレゼンは、この9つの画面を自在に行き来する。

  • まず「過去・上位システム」で共感を得る。
  • 「現在・上位システム」で危機感を煽る。
  • 「現在・システム」で解決策を提示する。
  • 「未来・上位システム」で夢を見させる。

この構造を用いることで、単なる情報の羅列ではなく、文脈を持った「物語」として情報を脳にインストールすることが可能になる。


7. 結論と提言:プレゼンテーション・エンジニアリング

7.1 本研究の結論

  1. 科学的妥当性: TRIZは、厳密な意味での自然科学(Science)ではないが、膨大なデータに基づく客観性と再現性を備えた「工学的科学(Engineering Science)」あるいは「構造化されたヒューリスティック」として、査読論文等でもその有効性が支持されている。単なる民間伝承ではない。
  2. プレゼンへの応用可能性: プレゼンテーションを「情報の伝達システム」と定義することで、TRIZの強力なツール群(矛盾マトリックス、発明原理、進化トレンド、9画面法)を直接的に応用可能である。これにより、プレゼンテーション作成は「センス」や「芸術」から、論理的に設計可能な「エンジニアリング」へと昇華される。

7.2 具体的な活用法の提案(Actionable Advice)

ウェブサイト記事「プレゼンを科学する」に向けた、読者が明日から使える具体的なアクションプランを以下にまとめる。

  1. 「矛盾」を探せ: プレゼン作成に行き詰まったら、「何を立てると何が立たないのか?」と自問せよ。「詳しく話したい(量)が、眠らせたくない(質)」という矛盾が見つかれば、それはTRIZの発明原理(分割、抽出、逆発想など)で解決できる技術的課題である。妥協せず、両立させる解決策を探せ。
  2. 「引き算」の科学: 「抽出(Taking Out)」の原理に基づき、スライドから徹底的にノイズを削れ。スライドは「カンニングペーパー」ではなく、聴衆の脳への「視覚的入力インターフェース」である。
  3. 「構造」で語れ: 9画面法を用いて、時間軸(過去・現在・未来)と空間軸(全体・詳細)を行き来するシナリオを設計せよ。聴衆を「現在」の点に留めず、「未来」という面へ連れて行くことがプレゼンの目的である。
  4. 「進化」を先取りせよ: 静的なスライドに固執せず、動的なツールや双方向のアプローチを取り入れよ。理想的なプレゼンとは、究極的には「プレゼン資料なしで、対話だけで相手が完全に理解する」状態であることを忘れず、そこへ近づくためのツール選定を行え。

TRIZのレンズを通すことで、プレゼンテーションは「才能ある一部の人間のパフォーマンス」から、「誰もが学習し、改善し、発明できる技術」へと変わる。これこそが、プレゼンテーションを科学することの真の意義である。


表:プレゼンテーション設計のためのTRIZ矛盾解消マトリックス(簡易版)

直面している課題(矛盾)改善したいパラメータ悪化するパラメータ適用すべき発明原理(TRIZ)具体的なアクション例
内容が専門的すぎて退屈される情報の質(正確性)安定性(聴衆の関心)#15 ダイナミシティ
#37 熱膨張(比喩)
スライド内の要素を動かす。専門用語を身近な比喩(メタファー)に置き換えて「膨張」させる。
言いたいことが多すぎて時間が足りない情報の量速度(時間)#2 分離・抽出
#10 事前の作用
必須ではないデータを付録へ「分離」する。基礎知識を事前に資料配布して「事前作用」済みにする。
複数の層(役員・現場)が混在している適応性(汎用性)複雑性(難易度)#1 分割
#19 周期的な作用
パートを明確に「分割」し、「ここは現場向け」「ここは経営向け」と宣言する。詳細と概略を周期的に繰り返す。
オンラインで反応が見えない操作性情報の損失(空気感)#13 逆発想
#22 災い転じて福となす
一方的に話すのをやめ、質問から始める(逆順)。チャット機能を活用し、声を出せない状況を「ログが残る」メリットに変える。

以上、本報告書がTRIZの科学的理解を深め、プレゼンテーションという知的生産活動の革新に寄与することを期待する。

引用文献

  1. Unlocking Innovative Solutions with TRIZ: A Powerful Problem-Solving Methodology – SixSigma.us, https://www.6sigma.us/six-sigma-in-focus/triz-inventive-problem-solving-methodology/
  2. What is TRIZ?, https://www.aitriz.org/triz
  3. TRIZ – Wikipedia, https://en.wikipedia.org/wiki/TRIZ
  4. The Evaluation and Application of the TRIZ Method for Increasing Eco-Innovative Levels in SMEs – MDPI, https://www.mdpi.com/2071-1050/9/7/1125
  5. (PDF) Four Views on TRIZ – ResearchGate, https://www.researchgate.net/publication/265083113_Four_Views_on_TRIZ
  6. TRIZ-GPT: An LLM-augmented method for problem-solving – arXiv, https://arxiv.org/html/2408.05897v1
  7. Semantic TRIZ feasibility in technology development, innovation, and production: A systematic review – PubMed Central, https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10788813/
  8. Using TRIZ to Handle Sales Contradictions – CustomerThink, https://customerthink.com/using-triz-to-handle-sales-contradictions/
  9. Pseudoscience – Wikipedia, https://en.wikipedia.org/wiki/Pseudoscience
  10. Patterns of Evolution and Methodologies – The Triz Journal, https://the-trizjournal.com/innovation-methods/innovation-general/patterns-evolution-methodologies/
  11. Full article: A TRIZ-based algorithm for business model innovation in manufacturing SMEs: a systematic framework for strategic innovation integrated with the business model canvas – Taylor & Francis Online, https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/23311975.2025.2542427
  12. Review of Systematic Software Innovation Using TRIZ, https://ojs.ijosi.org/index.php/IJOSI/article/view/175
  13. TRIZ for Digital Systems Engineering: New Characteristics and Principles Redefined – MDPI, https://www.mdpi.com/2079-8954/7/3/39
  14. Updating the Contradiction Matrix – Arvind V., https://arvindvenkatadri.com/teaching/1-play-and-invent/modules/1000-triz-documents/TRIZ-related/Updating_the_Contradiction_Matrix.pdf
  15. Tools of Theory of Inventive Problem Solving Used for Process Improvement—A Systematic Literature Review – MDPI, https://www.mdpi.com/2227-9717/13/1/226
  16. Implementation of a novel TRIZ-based model to increase the reporting of adverse events in the healthcare center – NIH, https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11542035/
  17. Reviewing the Use of the Theory of Inventive Problem Solving (TRIZ) in Green Supply Chain Problems – CORE, https://core.ac.uk/download/pdf/249989558.pdf
  18. (PDF) Review of Systematic Software Innovation Using TRIZ – ResearchGate, https://www.researchgate.net/publication/332407108_Review_of_Systematic_Software_Innovation_Using_TRIZ
  19. Investigation of the Effectiveness of TRIZ Invention for Enhancing Design Creativity in High School Students in China: The role played by teacher self-efficacy – ResearchGate, https://www.researchgate.net/publication/384744408_Investigation_of_the_Effectiveness_of_TRIZ_Invention_for_Enhancing_Design_Creativity_in_High_School_Students_in_China_The_role_played_by_teacher_self-efficacy
  20. Distinguishing science from pseudoscience in school psychology: Science and scientific thinking as safeguards against human error. – Scott Lilienfeld memorial site, https://scottlilienfeld.com/wp-content/uploads/2021/01/lilienfeld2012-4.pdf
  21. The problem with pseudoscience: Pseudoscience is not the antithesis of professional science but thrives in science’s shadow – PubMed Central, https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5579391/
  22. Enhancing TRIZ through environment-based design methodology supported by a large language model | AI EDAM, https://www.cambridge.org/core/product/C3305E839793A17763076FF8BF510E08/core-reader
  23. Integration of TRIZ and roadmapping for innovation strategy and problem solving – Institute for Manufacturing (IfM), https://www.ifm.eng.cam.ac.uk/uploads/Research/CTM/Roadmapping/triz_dux_trt_phase1_report.pdf
  24. What is TRIZ and How to Use it in Problem Solving? – SlideModel, https://slidemodel.com/triz-problem-solving/
  25. 40 Inventive Principles for Business – The Triz Journal, https://the-trizjournal.com/40-inventive-business-principles-examples/
  26. New and Emerging Contradiction Elimination Tools – ResearchGate, https://www.researchgate.net/publication/227687335_New_and_Emerging_Contradiction_Elimination_Tools
  27. Using Creative Problem Solving (TRIZ) in Improving the Quality of Hospital Services – NIH, https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4796413/
  28. (PDF) Possibilities of Applying TRIZ Methodology Elements (the 40 Inventive Principles) in the Process of Architectural Design – ResearchGate, https://www.researchgate.net/publication/291010801_Possibilities_of_Applying_TRIZ_Methodology_Elements_the_40_Inventive_Principles_in_the_Process_of_Architectural_Design
  29. 40 TRIZ Principles, https://www.triz40.com/aff_Principles_TRIZ.php
  30. Five principles of effective storytelling – Story Maps – Esri, https://www.esri.com/arcgis-blog/products/story-maps/mapping/5-principles-of-effective-storytelling
  31. 40 Inventive Principles with Examples: Human Factors and Ergonomics, https://www.aitriz.org/documents/TRIZCON/Proceedings/2011-03_40-Inventive-Principle-for-Human-Factors-JWH072210.pdf
  32. The ideal result: What it is and how to achieve it – ResearchGate, https://www.researchgate.net/publication/288388661_The_ideal_result_What_it_is_and_how_to_achieve_it
  33. Find the Ideal Final Result – The Triz Journal, https://the-trizjournal.com/innovation-methods/innovation-triz-theory-inventive-problem-solving/find-ideal-final-result/
  34. Eight Key Ideas of TRIZ, https://triz-japan.org/PRESENTATION/sympo2014/Pres-Japan/J13eS-Kurosawa(trizstudy)-140811.pdf
  35. Technology Maturity Using S-curve Descriptors – The Triz Journal, https://the-trizjournal.com/technology-maturity-using-s-curve-descriptors/
  36. A Multi-Agent LLM Approach for TRIZ-Based Innovation – arXiv, https://arxiv.org/html/2506.18783v1

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