導入:影響力のアーキテクチャ
最も効果的なプレゼンテーションは、単なる情報の伝達ではありません。それは、聴衆を心理的な旅へと導く、緻密に設計された体験です。このコラムでは、その旅のアーキテクチャ、すなわち人々がどのように情報を処理し、関心を持ち、最終的に行動へと駆り立てられるのかを解き明かします。
その探求の出発点として、AIDA、AIDMA、AISASといった古典的な消費者行動モデルを取り上げます 1。これらは単なる時代遅れのマーケティング用語ではありません。人間の意思決定を理解し、導くための根源的な青写真です。
本稿の目的は、これらのモデルの定義をなぞるだけではありません。現代の心理学と脳科学という強力なレンズを通して、その学術的な正しさを批判的に検証し、現代的なフレームワークで補完し、最終的には科学的根拠に基づいた物語構築法を提示することにあります。人の心を動かし、説得し、行動を促す物語は、もはやアートの領域だけのものではありません。それは、科学の領域でもあるのです。
第1章 基盤となる青写真:説得モデルの歴史的視点
この章では、説得モデルがどのように生まれ、進化してきたのか、その歴史的背景を紐解きます。これらのモデルは、それぞれの時代のメディア環境や、売り手と買い手の力関係を映し出す鏡であり、その変遷を理解することは、現代のコミュニケーション戦略を考える上で不可欠な土台となります。
1.1 マスマーケティングの夜明け:AIDAとAIDMAの誕生
説得の構造を体系的に理解しようとする最初の試みは、20世紀初頭に現れました。
AIDA(Attention, Interest, Desire, Action)
AIDAモデルは、消費者行動モデルの始祖とされています。1898年頃にセント・エルモ・ルイスによって提唱され、その後1925年にE・K・ストロングが論文「Theories of Selling」で引用したことで広く知られるようになりました 2。このモデルは、消費者が広告に接してから購買に至るまでの内的な心理プロセスを、Attention(注意)、Interest(興味・関心)、Desire(欲求)、Action(行動)の4段階で捉えました。これは、セールスマンや印刷広告が消費者の心をどのように動かすのかを初めて体系化した画期的な試みでした 2。
AIDMA(Attention, Interest, Desire, Memory, Action)
1920年代になると、サミュエル・ローランド・ホールがAIDAを発展させ、新たにMemory(記憶)という要素を加えたAIDMAモデルを提唱しました 1。これは、当時のメディア環境を的確に反映した重要な追加でした。新聞、雑誌、屋外看板といったマスメディアが主流の時代、消費者は広告を見てすぐに商品を購入するわけではありません。広告の役割は、消費者の心にブランドや商品を強く印象付け、記憶に留めてもらい、購買機会が訪れた時に思い出してもらうことでした 2。AIDMAは、この「時間差」を考慮に入れた、より現実的なモデルだったのです。
これらの初期モデルが生まれた時代、コミュニケーションは企業から消費者への一方通行でした。企業の課題は、いかにして大衆の「注意」を惹きつけ、商品の「欲求」を喚起し、そしてそれを忘れさせないか、という点に集約されていました。消費者は、比較的受動的な情報の受け手と見なされていたのです 2。
1.2 インターネット革命:AISASと共に力は消費者へ
20世紀末から21世紀初頭にかけて、インターネットの登場は市場の力学を根底から覆しました。この地殻変動に対応すべく、2004年から2005年にかけて、株式会社電通によって提唱されたのがAISASモデルです 2。
AISAS(Attention, Interest, Search, Action, Share)
AISASは、AIDMAのDesire(欲求)とMemory(記憶)がSearch(検索)に置き換わり、最後にShare(共有)が加えられた点が最大の特徴です。これは単なるモデルの更新ではなく、市場における根本的なパラダイムシフトを意味していました。
この変化の核心は、消費者が受動的な情報の受け手から、能動的な情報の探求者、そして発信者へと変貌を遂げた点にあります 3。消費者は企業からの情報を鵜呑みにするのではなく、興味を持てば自ら検索エンジンで情報を「検索」し、他社製品と比較検討します。さらに、購入後はその体験をブログやSNSで「共有」し、他の消費者の購買行動に影響を与える存在となったのです。コミュニケーションは、企業と消費者の双方向的なものへと劇的に変化しました 6。
このモデルは単なる商業的な概念に留まらず、学術的な考察の対象ともなりました。電通の研究者である森岡、長谷川、山川らによる論文では、「Share」の段階で生まれる「口コミ」の形成過程と、それをプランニングにどう活かすかが論じられており、AISASがコミュニケーション理論に根差したフレームワークであることが示されています 12。
AIDMAからAISASへの進化は、市場における権力の逆転を象徴しています。AIDMAの時代、企業はメッセージをコントロールし、消費者の記憶にそれを「押し込む」ことを目指しました。しかし、インターネットが消費者に「検索」という名の調査権と、「共有」という名の放送権を与えたことで、消費者は物語の主導権を握るようになりました。彼らは企業の主張を検証し、代替案を発見し、自らがメディアとなって情報を拡散させることができるようになったのです。
プレゼンターにとって、この歴史的変遷の理解は極めて重要です。なぜなら、聴衆がどちらのパラダイムにいるかによって、戦略が大きく変わるからです。権威的な宣言(AIDMA的アプローチ)が有効な場面もあれば、聴衆による発見と対話を促す(AISAS的アプローチ)ことが求められる場面もあるのです。
表1:古典的説得モデルの進化
| モデル | 主要な段階 | 歴史的背景/メディア | 中核となる消費者心理 |
| AIDA | Attention, Interest, Desire, Action | 20世紀初頭/印刷物、セールスマン | 受動的な情報の受け手 |
| AIDMA | AIDA + Memory (記憶) | 1920年代~1990年代/マスメディア(印刷、ラジオ、テレビ) | 遅延購買を伴う受動的な受け手 |
| AISAS | A, I + Search (検索), Share (共有) | 2004年~現在/インターネット、Eコマース | 能動的な参加者であり発信者 |
第2章 批判的レンズ:「イエス」への最短距離は直線か?
「人は本当にモデルの通りに行動するのか?」というユーザーの根源的な問いに、この章では正面から向き合います。古典的なモデルが描く直線的なプロセスは、果たして現代の複雑な意思決定を正確に捉えているのでしょうか。ここでは、その限界を明らかにし、より現実に即した現代的なフレームワークを紹介します。
2.1 直線性の誤謬と「混沌とした中間段階」
学術的な視点から見ると、消費者の行動が整然とした直線的なプロセスを辿ることは稀であるという批判がなされています 13。情報が爆発的に増加した現代において、消費者は各段階を飛び越えたり、行ったり来たり、あるいは特定の段階を完全に省略したりします。そのプロセスは、一直線の高速道路というよりは、無数の脇道やロータリーが存在する複雑な市街地のようなものです。
この現象を捉える現代的な概念として、Googleが提唱する「メッシーミドル(混沌とした中間段階)」があります。これは、消費者が「探索」と「評価」のループを何度も繰り返しながら、購入決定へと至る複雑なプロセスを指します。また、「バタフライ・サーキット」という概念では、ユーザーが情報を「探る」モードと「固める」モードを蝶のように行き来する様子が描かれています 14。さらに、SNSなどで刺激的な商品を見て即座に購入に至る「パルス型消費」のように、熟慮のプロセスを全く経ない購買行動も一般化しています 11。これらの知見は、AIDAやAISASが持つ直線的なモデルの限界を明確に示しています。
2.2 現代的進化:断片化した世界のためのモデル・ツールキット
もはや、あらゆる状況に適用できる万能の購買行動モデルは存在しません。その代わりに、特定の文脈や目的に特化した多様なモデルが登場しています。これらはAISASを完全に否定するものではなく、特定の状況をより高い解像度で分析するための専門ツールと考えるべきです。
AISCEAS (Attention, Interest, Search, Comparison, Examination, Action, Share)
これは高関与商材のためのモデルです。2005年にアンヴィコミュニケーションズによって提唱されたこのモデルは、AISASにComparison(比較)とExamination(検討)という2つの段階を加えています 15。BtoBの取引、高価な耐久消費財、あるいは導入にリスクを伴うサービスなど、消費者が購入に際してより慎重かつ熟慮深くなる場合に、このモデルは非常に有効です。消費者は単に情報を検索するだけでなく、複数の選択肢を詳細に「比較」し、サンプルを取り寄せたり、レビューを読み込んだりして徹底的に「検討」します。AISCEASは、こうした理性的で勤勉な消費者の姿を捉えています 16。
DECAX (Discovery, Engage, Check, Action, eXperience)
これはコンテンツマーケティングと関係構築のためのモデルです。2015年に電通が提唱したDECAXは、視点を企業側から消費者側へと根本的に転換させました 8。企業が消費者の「注意」を引く(Attention)のではなく、消費者が自らブランドを「発見」する(Discovery)。企業が一方的に「興味」を喚起する(Interest)のではなく、価値あるコンテンツを通じて長期的な「関係」を築く(Engage) 10。このモデルは、一度きりの取引ではなく、信頼とロイヤルティに基づいた長期的な顧客関係を構築することを目的としています。
SEAMS (Surf, Encounter, Accept, Motivation, Share)
これはSNS時代の偶発的購買を説明するモデルです。2023年に電通が提唱したSEAMSは、明確な目的を持った「検索」から始まらない購買行動を捉えます 8。その旅は、目的のないSurfing(情報回遊)から始まります。例えば、TikTokのフィードをスクロールしているうちに、予期せぬ商品とEncounter(遭遇)し、感情的な「一目惚れ」によって衝動的な購買へと至るプロセスです 26。これは、アルゴリズムが支配するセレンディピティ(偶然の幸運な発見)に満ちたソーシャルメディアの世界の購買行動を説明する、最も新しいモデルの一つです。
もはや単一の普遍的な「消費者の旅」は存在しません。代わりに、文脈に依存した複数の「旅の原型」が存在するのです。プレゼンターやマーケターが選択すべきストーリーテリングのモデルは、対象となる聴衆や製品が、どの「旅の原型」に最も近いかによって決定されなければなりません。
例えば、複雑なBtoBソフトウェアを販売する場合、そのストーリーはAISCEASのパスに沿って、明確な比較データと論理的な論拠を積み重ねるべきです。ライフスタイルブランドであれば、DECAXのアプローチを用いて、魅力的なコンテンツを通じてコミュニティを形成し、エンゲージメントを深めるべきでしょう。そして、SNSでバイラルヒットを狙うガジェットであれば、SEAMSのパスを意識し、瞬時に目を奪い「遭遇」を生み出す視覚的に強烈なコンテンツを設計する必要があります。
これにより、議論は「どのモデルが正しいのか?」という不毛な問いから、「この特定の状況において、どのモデルが最も有効か?」という、はるかに戦略的で実践的な問いへと昇華されるのです。
表2:非線形な世界のための現代的フレームワーク
| モデル | 主要な段階 | 主なユースケース | 視点のシフト |
| AISAS | A-I-S-A-S | 一般的なEコマース、ニーズが顕在化している場合 | 企業からのプッシュ → 能動的な研究者としての消費者 |
| AISCEAS | AISAS + C(ompare), E(xamine) | 高関与商材、BtoB、高級品 | 慎重な評価者としての消費者 |
| DECAX | D(iscover)-E(ngage)-C(heck)-A-X(perience) | コンテンツマーケティング、ブランド構築 | コミュニティの一員としての消費者 |
| SEAMS | S(urf)-E(ncounter)-A(ccept)-M(otivation)-S(hare) | ソーシャルメディア、衝動的・バイラルな商品 | 偶然の発見者としての消費者 |
第3章 ブラックボックスの内部へ:説得の旅の神経心理学
この章では、本稿の核心である科学的な深掘りを行います。これまで概観してきた各モデルの段階が、脳内でどのようなメカニズムや心理的原則によって支えられているのかを解き明かします。これにより、マーケティングモデルは単なる概念図から、人間の脳のOSをハックするための具体的なマニュアルへと変貌します。
3.1 Attention(注意):意識をめぐる戦いに勝利する
注意を引くことは、あらゆる説得の第一歩です。脳科学によれば、注意には大きく分けて2つのモードが存在します 30。
- ボトムアップ型注意(Bottom-up Attention):これは刺激駆動型の自動的な注意です。プレゼンテーション中に突然鳴り響く効果音や、予期せぬ映像などがこれにあたります。脳は、生存本能から、環境内の予期せぬ変化に自動的にリソースを割くようにできています。
- トップダウン型注意(Top-down Attention):これは目標駆動型の意図的な注意です。聴衆が「この統計データは重要だ」と判断し、意識的に耳を傾ける状態がこれにあたります。
これらの注意プロセスは、脳内の異なる神経ネットワークによって担われています。ボトムアップの「驚き」は、主に側頭頭頂接合部を含む腹側ネットワークが処理し、トップダウンの「集中」は、前頭眼野や頭頂皮質からなる背側ネットワークが管理します 31。効果的なプレゼンテーションは、この両方を巧みに利用します。まず、強力なオープニングで聴衆のボトムアップ型注意を強制的に獲得し(掴み)、次に、聴衆の課題に関連した明確なメッセージを提示することで、彼らのトップダウン型注意を維持する(引き込み)のです 32。
3.2 Interest & Desire(興味と欲求):「欲しい」を生み出すドーパミン・エンジン
「興味」が湧き、「欲求」が生まれるプロセスには、神経伝達物質であるドーパミンが深く関わっています。
一般的にドーパミンは「快楽物質」と誤解されがちですが、近年の脳科学研究では、むしろ「モチベーション物質」としての役割が強調されています。ドーパミンは、報酬を得た時よりも、報酬を期待する時に多く放出され、「欲しい」「手に入れたい」という渇望感を生み出し、私たちを目標達成行動へと駆り立てるのです 35。
この「渇望」は、脳の報酬系(中脳辺縁系ドーパミン作動性神経系)によって駆動されます。プレゼンターが、製品やサービスがもたらす理想的な未来(=報酬)を鮮やかに描き出す時、彼らは聴衆の報酬系を直接刺激し、Desire(欲求)やMotivation(動機)の神経化学的な基盤を構築しているのです 35。
Interest(興味)は、このプロセスの認知的な現れです。興味は、聴衆が「知っていること」と「知りたいこと」の間に「情報ギャップ」が生まれることで点火されます。この知的好奇心は、それ自体が強力な内発的動機付けとなり、報酬系を活性化させます。その結果、聴衆はプレゼンターが提示する「答え」を渇望するようになるのです 39。
3.3 Search, Comparison, Examination(検索・比較・検討):確実性を求める不安な探求
人々が情報を「検索」する行動の裏には、多くの場合、「不確実性」がもたらす不安を解消したいという強い心理的動機が存在します。脳は認知的な一貫性を求め、曖昧な状態を嫌う傾向があるのです 44。プレゼンターの役割は、この不確実性を解消し、自社のソリューションが最も確実な選択肢であると示すことです。
しかし、この情報探求のプロセスにおいて、人々は決して客観的ではありません。ここで極めて重要なのが確証バイアス(Confirmation Bias)という認知の罠です。人々は、自分の既存の信念や最初に抱いた仮説を支持する情報を無意識のうちに探し求め、そうでない情報を軽視する傾向があります 45。巧みなプレゼンターは、自社の提案を全く新しいアイデアとして提示するのではなく、聴衆が既に心の奥底で抱いている願望を肯定し、それを実現する論理的な手段として位置づけます。
さらに近年、「感情検索」という興味深い行動も報告されています。これは、人々が「なぜ人前で話すと不安になるのか」といったように、自分自身の感情を理解するために検索エンジンを使う行動です 46。この背景には、共感を求める深いニーズがあります。プレゼンテーションやコンテンツが、こうした聴衆の根源的な感情に寄り添い、それに応えるものであれば、その説得力は飛躍的に高まるでしょう。
3.4 Action(行動):『作業興奮』で慣性の壁を打ち破る
アイデアに共感してもらうことと、実際に行動してもらうことの間には、大きな壁が存在します。この「行動への移行」という最大の摩擦点を乗り越えるための鍵となるのが、作業興奮(さぎょうこうふん)という心理学の概念です。
脳科学に裏付けられたこの理論によれば、ある作業を実際に始めるという行為そのものが、脳の側坐核を刺激し、ドーパミンを放出させます。そして、そのドーパミンがモチベーションを高め、作業を継続させる力となるのです 47。つまり、「やる気が出るから始める」のではなく、「始めるからやる気が出る」のです。
これは、プレゼンテーションにおけるCTA(Call to Action:行動喚起)の設計に絶大な示唆を与えます。いきなり「今すぐ契約してください」というような大きなコミットメントを求めるのではなく、極めて小さく、摩擦の少ない最初の行動を促すべきです。例えば、「このQRコードをスキャンして、無料の資料をダウンロードしてください」といった具合です。このごく小さな第一歩が「作業興奮」の引き金となり、一度始めたプロセスを完了させたいという心理が働くため、その後のより大きな行動へと繋がりやすくなるのです。
3.5 Share & Experience(共有と体験):社会的な脳とアイデンティティの強化
AISASの「Share」やDECAXの「Experience」といった購入後の段階は、人間の根源的な欲求によって駆動されています。それは、社会的な繋がりを求め、他者からの承認を得て、自らのアイデンティティを表現・強化したいという欲求です。人々は、自分が賢く、思いやりがあり、あるいは特定の集団に属していることを示すような情報を共有する傾向があります。
ここで有効なのがウィンザー効果です。これは、企業からの直接的なメッセージよりも、第三者(友人や専門家など)からの情報の方が信頼されやすいという心理効果です 22。AISASの「Share」ループが強力なのは、説得の主体を、より信頼性の高い「消費者の個人的なネットワーク」へと委譲するからです。プレゼンターの目標は、聴衆が自身のアイデンティティを強化できるような「共有可能な瞬間」や引用しやすいフレーズを意図的に作り出すことにあると言えるでしょう。
これらのマーケティングモデルの各段階は、単なる抽象的な概念ではありません。それらは、科学的に文書化された特定の神経心理学的プロセスを、直接的かつ観察可能な形で反映しているのです。このマッピングを理解することで、プレゼンターは「何をすべきか」(例:欲求を喚起する)から、「それがなぜ、どのように機能するのか」(例:報酬の期待感を煽ることでドーパミン放出を促す)という、より深いレベルで説得の技術をマスターすることができるようになります。
第4章 物語を紡ぐ:実践的ストーリーテリングの具体例
これまでの理論を、具体的なストーリーに落とし込みましょう。ここでは、ある架空の製品「パスファインダー」のプレゼンテーションを例に、科学的原則をどのように応用するかを段階的に解説します。
製品: 「パスファインダー」。GPS信号がなくても、常に自宅の方角を指し示すハイカー向けのスマートコンパス。
場面: アウトドア・アドベンチャー関連のカンファレンスでの製品発表。
ステップ1:Attention(ボトムアップ型とトップダウン型の注意)
物語: まず、スクリーンを真っ暗にし、道に迷ったハイカーのパニックに満ちた救助要請の音声だけを流します。これは聴衆の予期を裏切り、脳のボトムアップ型注意を自動的に起動させます 31。次に、スクリーンに「米国では年間2,000人以上のハイカーが救助を要請。その最大の理由は、ナビゲーションの失敗です」という衝撃的な統計データを表示します。これにより、聴衆はこの問題が自分たちに関係のある重要なテーマであると認識し、トップダウン型注意が働き始めます 31。
ステップ2:Interest & Desire(ドーパミンと知的好奇心)
物語: 「我々はポケットに衛星を入れましたが、荒野における最も基本的なルールを忘れかけています。それは、常に帰り道を知っておく、ということです」。ここでパスファインダーを提示します。「もし、地球自身の磁場を動力源とし、決して故障することのない、常に自宅を指し示すデバイスが一つだけあったとしたら?」。この問いかけは、聴衆の心に「そんなことが可能なのか?」という情報ギャップを生み出し、知的好奇心を刺激します。同時に、「安全」や「安心」という報酬への期待感を高め、ドーパミンの放出を開始させるのです 36。
ステップ3:Search & Examination(バイアスの先読みと論理の構築)
物語: 聴衆が頭の中で行うであろう「検索」に先回りして答えます。「皆さんは今、『スマートフォンにGPSがあるじゃないか』と考えているでしょう。しかし、バッテリーが切れたら?電波が届かなかったら?」。ここで、パスファインダー、GPS専用機、スマートフォンの3つを「信頼性」「バッテリー寿命」「シンプルさ」の観点から比較した明快な比較(Comparison)表を提示します(AISCEASモデルの応用)18。これは、聴衆の理性的な検討(Examination)に応えるとともに、「テクノロジーは時に信頼できない」という彼らが持ちがちな確証バイアスを巧みに利用するものです 45。
ステップ4:Desire Solidification(欲求の確信化と感情的接続)
物語: 尊敬されている山岳救助隊のベテランが登場する、力強い推薦ビデオを流します。「私はあらゆる遭難現場を見てきました。今、私がすべてのハイカーに携行を勧める装備は、このパスファインダー、ただ一つです」。これはウィンザー効果を最大限に活用する手法です 22。メッセージの発信源が信頼できる第三者になることで、その説得力は劇的に増大します。
ステップ5:Action(『作業興奮』の誘発)
物語: 「安全に値段はつけられませんが、今日だけは特別価格があります」。そして、CTAを極限までシンプルにします。「今すぐ、お手元の座席にあるQRコードをスキャンして、このカンファレンス限定の30%割引を確定させてください。今すぐ購入する必要はありません。ただ、価格をロックするだけです」。この非常に小さく、抵抗の少ない行動は、作業興奮を誘発するために設計されています。一度プロセスを開始した聴衆は、後の最終的な購入を、既に始めた行動の自然な完了と捉えやすくなるのです 47。
ステップ6:Share(ループの設計)
物語: 「ぜひ、我々のブースでパスファインダーを手に取ってみてください。そして、それと一緒に写真を撮り、ハッシュタグ『#パスファインダーで帰ろう』をつけて投稿してください。投稿者の中から抽選で、最新のハイキングギア一式をプレゼントします」。これは、共有(Share)のループを生み出すための明確なインセンティブと仕組みを提供します。これにより、聴衆は単なる顧客候補から、ブランドの支持者へと変わるのです 6。
結論:人間的繋がりの不変の原則
本稿で見てきたように、説得のモデルは直線的なAIDAから、複雑で多岐にわたるSEAMSやDECAXの世界へと進化してきました。しかし、その形態がいかに変わろうとも、それらはすべて同じ根源的な領域、すなわち人間の意思決定という不変のアーキテクチャを解明しようとする試みです。
プレゼンテーションに対する科学的アプローチの最終的な目標は、特定の公式に固執することではありません。それは、その背後にある心理学を深く理解することです。知的好奇心を刺激し、不確実性を減らすことで信頼を築き、認知バイアスに寄り添い、そして聴衆の根源的な感情的欲求と繋がること。テクノロジーは変化し続けますが、人間の脳というOSは驚くほど一貫しています。そして、卓越したストーリーテラーとは、そのOSを巧みに使いこなすユーザーに他ならないのです。
引用文献
- AIDMAの意味とは?AISASやSIPSとの違いも解説 | Sprocket(スプロケット), https://www.sprocket.bz/blog/20220427-aidma.html
- 時代によって変わる購買行動プロセス。初期から最新まで7つをご …, https://www.profuture.co.jp/mk/column/27398
- AIDMA、AISAS、DECAX――消費行動モデルを理解して …, https://media.somewrite.com/aidma/
- AIDMA(アイドマ)とは? AISASとの違い、使い方をわかりやすく – カオナビ人事用語集, https://www.kaonavi.jp/dictionary/aidma/
- 消費行動仮説「AISECAS(アイシーキャス)」モデル ~スマートフォン時代の新しい消費行動モデルとして, https://bunkyo.repo.nii.ac.jp/record/3531/files/BKSJ500002.pdf
- AISASとは?AIDMAとの違いを具体例で徹底解説! | ダイレクトマーケティングラボ | リコー, https://www.ricoh.co.jp/magazines/direct-marketing/column/g00028/
- アイサス(AISAS)とは|市場調査・アンケート調査のマクロミル, https://www.macromill.com/service/words/aisas/
- 購買行動モデルとは? マーケティング施策への活用方法(Vol.105) | ブログ, https://crm.dentsusoken.com/blog/ma-vol105/
- 時代別の購買行動モデルを紹介!AIDMAやDECAXなど比較解説 – MarkeZine(マーケジン), https://markezine.jp/article/detail/47211
- AISASの法則とは?古い理由と具体例を解説 – 株式会社セブンデザイン, https://www.sevendesign.biz/blog/aisas-model/
- AISAS(アイサス)とは?活用の具体例やAIDMAとの違いをわかりやすく解説, https://marketing.seohacks.net/blog/9262/
- AISAS®モデルにみる口コミの形成過程におけるプランニング作法の …, https://www.jstage.jst.go.jp/article/marketing/26/1/26_2006.039/article/-char/ja/ 新しい消費者購買意思決定過程モデルと 新しいコミュニケーション戦略の提案, https://ytkhamaoka.sakura.ne.jp/pages/GRAD_2009/4tanaka.pdf ユーザー体験を向上させるための「検索意図の考え方とは?」コンサルタントに直撃取材!, https://www.plan-b.co.jp/blog/seo/53870/ AISASとは?AIDMAとの違い、具体的な活用例 – マーケティングオートメーションツール SATORI, https://satori.marketing/marketing-blog/aisas/ AISCEASとは?ステップごとの特徴や代表的な施策を紹介, https://blog.hubspot.jp/marketing/aisceas AISCEASとは?AIDMAやAISASとの違いを解説! – エムタメ, https://mtame.jp/marketing_foundation/AISCEAS/ 「AIDMA」「AISAS」はもう古い?購買行動モデル・フレームワークの基本から最新まで | LIFT, https://www.gon-dola.com/lift/marketing-general/4941/ AISCEASの法則とは – アンヴィコミュニケーションズ, https://www.amviy.jp/aisceas/ 2025年最新版|購買行動モデル9選を徹底解説, https://eigyo-mfg.com/blog/1229/ DECAXとは?マーケティングにおける活用事例や、他の購買モデル …, https://bow-now.jp/media/column/decax/ 購買行動モデル「DECAX」の概要や事例、その他の購買行動モデルとの違いを徹底解説 – マケフリ, https://makefri.jp/marketing/6871/ 【2025年最新】DECAXモデルとは?AIDMA・AISASとの違いと実践方法を徹底解説, https://www.koukoku.jp/service/suketto/marketer/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%B1%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%E6%88%A6%E7%95%A5/%E3%80%902025%E5%B9%B4%E6%9C%80%E6%96%B0%E3%80%91decax%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB%E3%81%A8%E3%81%AF%EF%BC%9Faidma%E3%83%BBaisas%E3%81%A8%E3%81%AE%E9%81%95%E3%81%84%E3%81%A8%E5%AE%9F%E8%B7%B5%E6%96%B9/ DECAX購買行動モデル:ビジネス戦略への適用と活用方法, https://yasabi.co.jp/decax/ コンテンツマーケティングにおける消費行動モデル「DECAX」とは? – 株式会社シーズ・クリエイト, https://seeds-create.co.jp/column/decax/ AISASからSEAMSへ!「情報回遊」時代のマーケティングとは …, https://www.d-sol.jp/blog/ulva-1-seams-model-to-increase-ec-sales SNS時代の購買行動モデルSEAMS®を提唱 『偶発購買デザイン「SNSで衝動買い」は設計できる』発売 – アドタイ, https://www.advertimes.com/20241213/article483600/ SNS時代の新しい購買行動モデル『SEAMS®』を理解して、観光業・宿泊業・飲食業・地方自治体の観光情報発信にどう活かす? ー「PRADIME」(パラダイム)ー – デイリー・インフォメーション, https://www.din-group.co.jp/pradime/blog_detail.php?b_no=73 新たな購買行動モデル「SEAMS®」とは?概要と購入に至るまでの5つのステップを紹介 – リスティング広告運用代行|カルテットコミュニケーションズ, https://quartet-communications.com/info/91448 視覚性トップダウン型注意とボトムアップ型注意 – 脳科学辞典, https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E8%A6%96%E8%A6%9A%E6%80%A7%E3%83%88%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%80%E3%82%A6%E3%83%B3%E5%9E%8B%E6%B3%A8%E6%84%8F%E3%81%A8%E3%83%9C%E3%83%88%E3%83%A0%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97%E5%9E%8B%E6%B3%A8%E6%84%8F 注意のモデル – 脳科学辞典, https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E6%B3%A8%E6%84%8F%E3%81%AE%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB 「注意」という認知機能の脳内メカニズムを解明する 木田哲夫 助教 (2012年7月当時), https://www.waseda.jp/inst/wias/news/2012/07/11/2989/ 視覚的注意とその制御メカニズム (BRAIN and NERVE 66巻4号) – 医書.jp, https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1416101764 触覚注意に関する人間の脳内メカニズムを解明 – 岡山大学, https://www.okayama-u.ac.jp/up_load_files/soumu-pdf/press25/press-140307.pdf 乱費の脳科学 – 銀座泰明クリニック, https://www.ginzataimei.com/knowledge/%E4%B9%B1%E8%B2%BB%E3%81%AE%E8%84%B3%E7%A7%91%E5%AD%A6/ やる気物質?ドーパミンを利用した2つのマーケティング方法とは, https://ltv-m.com/info/dopamine/ 【脳科学セールス】3番目のスイッチを極める!ドーパミンを爆発させる「感情的な欲」を操り – note, https://note.com/takamo8/n/n452cc6d542af 【脳の仕組みで解説】モチベーションが高い人と低い人の決定的な差 – GOETHE, https://goetheweb.jp/lifestyle/more/20230727-aotomizuto-4 子ども脳も大人脳も「好奇心」で成長する 脳に効く習い事 | ソニー生命保険株式会社, https://cs.sonylife.co.jp/lpv/pcms/sca/ct/special/topic/index1708.html 好奇心とは!?何歳になっても脳が成長するための好奇心の持ち方を解説 – ブレインスイート, https://brainsuite.jp/articles-koukishinbrain 脳医学者の瀧 靖之先生に聞く!子どもの成長に必要な「知的好奇心」と「8つの力」 | るるぶKids, https://kids.rurubu.jp/article/84708/ (3)知的好奇心 – 日本学術会議おもしろ情報館, https://www.scj.go.jp/omoshiro/kioku5/kioku5_3.html
- ドーパミンが「もっと知りたい!」気持ちを作る!子どもの知的好奇心を育てるには【脳医学者】, https://st.benesse.ne.jp/ikuji/content/?id=172139
- 情報行動 – Wikipedia, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%83%85%E5%A0%B1%E8%A1%8C%E5%8B%95
- 確証バイアスとウェブ検索行動の関係分析, https://proceedings-of-deim.github.io/DEIM2021/papers/F13-5.pdf
- 「感情検索」から見えてくるZ世代のリアル 自分、他人、社会との関係性 博報堂若者研究所×ヴァリューズ 共同研究レポート前編 | “生活者データ・ドリブン”マーケティング通信, https://seikatsusha-ddm.com/article/14429/
- 作業興奮を利用しよう|ラーニングアニマル – note, https://note.com/learninganimal/n/nbf4cb7dddb67
- 【ご紹介】やる気と作業興奮の関係について, https://niigata.insight-lab.co.jp/blog/motivation-concentration
- 作業興奮とは何か?作業興奮に関する誤解ややる気を出すポイントを解説 – FAST-UP逆転塾, https://fast-up.jp/blog/436/
- 課題に取り組むコツ, https://ssc.tut.ac.jp/en/mt_files/2b6a853a482780f4a61df7a8fb265fc2534e3fec.pdf
- 作業興奮を活用!「ズーニンの法則」なら、たった4分でやる気は後からついてくる!, https://www.aphex-group.com/blog/247/