序論:知識と行動の懸隔を埋める「習慣化」の科学
現代のビジネス環境において、「伝わる」コミュニケーション技術の重要性は論を待ちません。ロジカルシンキング、PREP法、アクティブリスニング、アサーションといった手法は広く知られ、多くの研修や書籍で扱われています。しかし、それらを学習した者の多くが、実際の現場では従前の非効率なコミュニケーションスタイルに回帰してしまうという現象が散見されます。この「知識(Knowing)」と「実行(Doing)」の間にある深い溝、すなわち「わかっているが、できない」という状態を打破する鍵こそが「習慣化(Habituation)」です。
「伝わるを科学する」という観点に立つならば、コミュニケーションは単なるセンスや性格の産物ではなく、再現可能な技術であり、適切なプロセスを経ることで脳の神経回路に刻み込まれる行動パターンであると定義できます。本報告書では、認知心理学、行動経済学、脳神経科学の最新知見を統合し、コミュニケーションスキルを無意識的かつ自動的な行動へと昇華させるための包括的なフレームワークを提示します。
特に、巷で流布する「21日で習慣化できる」という神話の科学的検証から始め、フォッグの行動モデル(FBM)やIf-Thenプランニングといった理論的支柱、さらにはAI技術や環境設計(ナッジ)を活用した具体的なトレーニング手法に至るまで、網羅的に詳述します。読者は本報告書を通じて、コミュニケーション技術を「努力して行う行為」から「無意識に行われる習慣」へと変容させるための具体的なロードマップを獲得することができるでしょう。
第1章 習慣形成の時間軸とメカニズムの再定義
習慣化に取り組む際、多くの人々が挫折する最大の要因の一つは、習慣形成にかかる期間に対する非現実的な期待です。まずは、科学的エビデンスに基づき、スキルの定着に必要な時間を再定義することから始めます。
1.1 「21日神話」の起源と誤謬
自己啓発やビジネススキルの分野では、長らく「新しい習慣を身につけるには21日かかる」という説が定説として語られてきました。しかし、この数字には科学的な根拠が希薄であることが明らかになっています。
この説の起源は、1960年に出版された形成外科医マクスウェル・マルツ(Maxwell Maltz)の著書『サイコ・サイバネティクス(Psycho-Cybernetics)』に遡ります。マルツは、整形手術を受けた患者が新しい顔立ちに心理的に適応するまでの期間や、四肢を切断した患者が幻影肢(phantom limb)の感覚を失うまでの期間を観察し、それが「最低でも約21日(a minimum of about 21 days)」であることを記述しました 1。
重要なのは、マルツが述べたのはあくまで「最低ライン」であり、かつ「心理的な適応」に関する観察であった点です。しかし、この情報が伝播する過程で「最低でも」という条件句が脱落し、「習慣は21日で形成される」という短絡的な教義へと変質してしまいました 2。この誤解は、多くの学習者に「3週間続ければ自動的に身につく」という誤った期待を抱かせ、22日目に劇的な変化が起きないことへの失望と挫折を招く原因となっています。
1.2 ラリーの研究と「66日」の真実
習慣形成に関する現代の最も信頼性の高い研究の一つは、ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ(UCL)のフィリッパ・ラリー(Phillippa Lally)らが2009年に発表した論文です。ラリーらは96人の参加者を対象に、新しい健康行動(水を飲む、果物を食べる、15分間のランニングをする等)の定着プロセスを追跡調査しました。
この研究により導き出された結論は、行動が「自動的(automaticity)」に感じられるようになるまでの期間の中央値は66日であるというものです 3。これは従来の21日説の約3倍の期間を要することを示唆しており、スキルの習慣化には約2ヶ月以上の継続的な取り組みが必要であることを科学的に裏付けています。
行動の複雑性と習慣化期間の相関
さらに重要な知見として、習慣化にかかる期間には個人差と行動の複雑さに応じて18日から254日という極めて大きな幅が存在することが明らかになりました 1。
- 単純な行動: 朝食後にコップ1杯の水を飲むといった単純な行動は、比較的短期間(20日前後)で自動化される傾向があります。
- 複雑な行動: 昼食後に腹筋運動を50回行うといった身体的・精神的負荷の高い行動は、習慣化までにより長い時間を要します。
- コミュニケーションスキルの位置づけ: 「論理的に話す(PREP法)」や「共感的に聴く(アクティブリスニング)」といった社会的スキルは、認知的な負荷が高く、相手の反応という不確定要素を含むため、極めて複雑な行動に分類されます。したがって、これらの習慣化には、平均値である66日を超え、数ヶ月から半年近い(254日に近い)期間を見積もるのが妥当であると考えられます 5。
1.3 自動化の曲線とプラトー現象
ラリーの研究では、習慣化のプロセスが直線的ではなく、漸近線を描く曲線(asymptotic curve)となることも示されています。初期段階では繰り返しのたびに自動化レベルが急激に上昇しますが、次第に上昇率は鈍化し、最終的にプラトー(高原状態)に達します 5。
この事実は、学習の初期段階における「意識的な努力」がいかに重要であるかを示唆しています。初期には脳の前頭前皮質(意識的な制御を司る部位)がフル稼働しますが、反復を通じて行動の制御が大脳基底核(習慣や自動的動作を司る部位)へと移行することで、無意識的な実行が可能になります。
第2章 行動変容の理論的枠組み:モチベーションに頼らない設計
「伝わる技術」を習慣化するためには、気合や根性といった精神論ではなく、行動科学に基づいた設計が必要です。ここでは、スタンフォード大学の行動科学者BJ・フォッグが提唱したモデルを中心に、行動を確実に発生させるための条件を分析します。
2.1 フォッグの行動モデル(FBM)による分解
フォッグ行動モデル(Fogg Behavior Model: FBM)によれば、ある瞬間に人間が行動を起こすためには、以下の3つの要素が同時に揃う必要があります 6。
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この式が示唆するのは、いかにモチベーションが高くても能力が不足していれば行動は起きず、逆に能力が高くてもきっかけがなければ行動は開始されないということです。
2.1.1 Motivation(モチベーション)の脆弱性
モチベーションは「伝わるようになりたい」という願望や、「評価されたい」という欲求から生まれますが、これは感情や体調、環境によって激しく変動する「信頼できない波」のようなものです 6。習慣化の初期段階でモチベーションのみに依存することは、失敗の主要因となります。
2.1.2 Ability(能力・容易さ)の最大化
フォッグは、Abilityを「スキルの高さ」ではなく、「その行動を行うことの容易さ(Simplicity)」として定義しています。行動を阻害する要因(時間、金銭、肉体的努力、脳的負荷、社会的逸脱、非日常性)を取り除き、ハードルを極限まで下げることが重要です 9。
- コミュニケーションにおける応用:
- いきなり「会議で完璧なプレゼンをする」ことを目指すのは、Abilityのハードルが高すぎます。
- これを「発言の最初の一文だけ結論から言う」というレベルまで分解(Tiny Habits)することで、脳的負荷を下げ、実行可能性を高めることができます 9。
2.1.3 Prompt(きっかけ)の設計
Prompt(トリガー)は、行動のスイッチです。フォッグは3種類のプロンプトを提唱しています 6。
- Spark(スパーク): モチベーションが低い時に、意欲を喚起する刺激(例:失敗談を聞いて危機感を覚える)。
- Facilitator(ファシリテーター): モチベーションは高いが能力が低い時に、行動を簡単にする補助(例:手元にPREP法の構成メモを置く)。
- Signal(シグナル): モチベーションも能力も十分な時に、単に行動を思い出させる合図(例:会議開始のアラーム)。
「伝わる技術」の習慣化においては、特にFacilitatorとSignalの設計が重要です。多くの人は「うまく話したい」と思っており(高モチベーション)、技術も学んでいる(一定の能力)ものの、話す瞬間にその技術を使うことを忘れている(Promptの欠如)からです。
2.2 習慣のループ:報酬による強化
行動を反復させるためには、チャールズ・デュヒッグらが普及させた「習慣のループ(キュー → ルーチン → リワード)」を回す必要があります。
- キュー(Cue/Prompt): 行動を開始する合図。
- ルーチン(Routine): 実際のコミュニケーション行動。
- リワード(Reward): 行動の結果得られる報酬。
コミュニケーションにおける「リワード」は、即時的なものが少ないのが難点です。「伝わった」という実感は相手の反応に依存するため、不確実だからです。したがって、自己完結的な報酬システム(後述のゲーミフィケーション参照)を意図的に組み込むことが、脳の報酬系(腹側線条体など)を刺激し、習慣を強化するために不可欠となります 11。
第3章 認知戦略の実装:If-Thenプランニングによる自動化
前章の理論を具体的な認知戦略に落とし込むための最強のツールが、心理学者ピーター・ゴルヴィッツァーが提唱した「If-Thenプランニング(実装意図:Implementation Intentions)」です。
3.1 If-Thenプランニングのメカニズム
If-Thenプランニングは、「もし状況Xが起きたら(If)、行動Yをする(Then)」という形式で、あらかじめ行動の条件付けを行う手法です 13。
- 効果の源泉: この計画を立てることで、脳は「状況X」を探索する感度を高め、実際にその状況に遭遇した瞬間に、意識的な意思決定を介さずに行動Yを自動的に起動する準備を整えます。これにより、意志力のリソースを消耗せずに望ましい行動をとることが可能になります 15。
- 成功率: 多数の研究において、If-Thenプランニングを用いたグループは、単なる目標設定(ゴール意図)のみのグループと比較して、目標達成率が2倍から3倍高まることが示されています。
3.2 コミュニケーション・スキルのためのIf-Thenレシピ
「伝わる技術」を構成する各要素について、具体的なIf-Thenプランの例(レシピ)を以下に提示します。これらを自身の課題に合わせてカスタマイズし、手帳やスマホの壁紙に書き出すことから始めます。
| スキル領域 | 技術要素 | If(状況・トリガー) | Then(行動・ルーチン) | 科学的根拠・狙い |
| 論理的伝達 | PREP法 | 上司や同僚から「進捗はどう?」と聞かれたら | 即座に「結論から申しますと」という枕詞を発する。 | 最初の言葉を固定化することで、脳を強制的に結論先行モードに切り替える 16。 |
| 傾聴・共感 | アクティブリスニング | 相手が話し終えて一瞬の間ができたら | 自分の意見を言う前に、「つまり、〜ということですね?」と要約して確認する。 | 反射的な反論や自己主張を抑制し、理解の齟齬を防ぐ 13。 |
| 感情制御 | ポーズ(間) | 会議で予期せぬ質問や批判を受けたら | 回答する前に深く一呼吸置き、心の中で「1、2、3」と数える。 | 刺激(Stimulus)と反応(Response)の間にスペースを作り、前頭前野の制御を取り戻す 18。 |
| 非言語 | アイコンタクト | プレゼンテーションでスライドを一枚めくったら | 聴衆の中の特定の一人(味方)と3秒間目を合わせる。 | 漠然と全体を見るのではなく、具体的な行動トリガーを設定して視線を安定させる 19。 |
| ホウレンソウ | 報告 | 一つのタスクが完了したら(または区切りがついたら) | その場でチャットツールを開き、完了報告を送信する。 | 「まとめて報告しよう」という先延ばしを防ぎ、情報の鮮度を保つ 20。 |
| 対人関係 | 承認・感謝 | チームメンバーと廊下ですれ違ったら | 笑顔を作り、「お疲れ様」+「相手の名前」を呼ぶ。 | マイクロ・ビヘイビア(微細な行動)の積み重ねが心理的安全性を醸成する 21。 |
3.3 障害対策プランニング(WOOPの活用)
If-Thenプランをさらに強化するために、「障害」を想定したプランニング(Mental Contrasting)も有効です。これはガブリエル・エッティンゲンが提唱したWOOP(Wish, Outcome, Obstacle, Plan)法の一部です 22。
- Obstacle(障害): 「疲れていてPREP法を使うのが面倒くさい」
- Plan(対策): 「もし疲れていて面倒だと感じたら(If)、『結論だけ』短く伝えて会話を終わらせる(Then)」
このように、理想的な行動が取れない場合の「セカンドベスト(次善策)」をIf-Then形式で用意しておくことで、習慣の断絶を防ぐことができます 23。
第4章 意図的な練習(Deliberate Practice):質の高い反復
「伝わる技術」は知識として知っているだけでは不十分であり、スポーツや楽器演奏と同様に、身体的なトレーニングが必要です。ここでは、アンダース・エリクソンが提唱した「意図的な練習(Deliberate Practice)」の概念をコミュニケーション訓練に応用します。
4.1 ナイーブな練習 vs 意図的な練習
単に毎日お喋りをしているだけでは、話し方は上達しません。これをエリクソンは「ナイーブな練習(Naive Practice)」と呼びます。一方、スキルの向上をもたらす「意図的な練習」には以下の4つの要件があります 24。
- 明確に定義された具体的目標: 「うまく話す」ではなく「フィラー(えー、あのー)をゼロにする」など。
- 集中力: オートパイロットではなく、意識を全集中させて行う。
- 即時フィードバック: 良かったのか悪かったのかがすぐに分かる仕組み。
- コンフォートゾーンからの脱却: 現在の能力よりも少し高いレベルに挑戦する 26。
4.2 具体的なトレーニング・メソッド
4.2.1 1分間スピーチ・ドリル
毎日1分間、特定のテーマについてPREP法で話す練習です。これは「能力(Ability)」を高めるための基礎訓練となります。
- 方法: スマートフォンのボイスメモを使用。
- テーマ例: 「好きな場所」「最近のニュース」「業務上の課題」 27。
- 手順:
- テーマを決める。
- 30秒で構成を考える(Point, Reason, Example, Point)。
- 1分間測って話す。
- 【重要】録音を聞き返す: これがフィードバックになります。「えー」が多い、結論が遅いなどの改善点を見つけます。
- 修正してもう一度話す。
4.2.2 ベンジャミン・フランクリン・メソッド(文章再構築法)
アメリカ建国の父ベンジャミン・フランクリンが、自身の拙い文章力を向上させるために行った独学法です。語彙力、論理構成力、リズム感を養うのに極めて有効です 29。
- 手順:
- 優れた文章(論説、エッセイ、または憧れの上司のメール)を選ぶ。
- 各文の要点を短いメモ(ヒント)として書き出す。
- 数日置き、元の文章を忘れた頃に、そのメモだけを見て元の文章を再現(作文)する。
- 自分の書いた文章と元の文章を比較し、語彙の選択や接続詞の使い方、論理の運び方の違いを詳細に分析する。
- 発見した改善点を修正する。
4.2.3 トーストマスターズ式ロールプレイ
国際的なスピーチ教育団体トーストマスターズ・インターナショナルで採用されている手法を、職場や友人間で応用します 32。
- 役割分担:
- スピーカー: 即興で話す。
- 計時係(Timer): 時間管理をフィードバック。
- 文法係(Grammarian): 優れた表現や誤った文法、フィラー(Ah-Counter)を数えて指摘する。
- 効果: 他者からの客観的なフィードバックを得ることで、自分では気づかない癖(口癖、身体の揺れ、視線の泳ぎ)を修正できます 33。
4.2.4 ソロ・インプロ(一人即興劇)
即興力と対応力を高めるための、一人でできる演劇的トレーニングです 34。
- 連想ゲーム: 目に入った物体(例:時計)から連想される言葉を次々に出していく。
- 異視点モノローグ: 「怒っている顧客」と「困っている店員」の一人二役を演じ、それぞれの立場から交互に話す。これにより、他者視点(Empathy)への切り替え能力を鍛えます。
第5章 環境設計(ナッジ)とテクノロジーの活用
個人の意志力には限界があります。行動経済学の知見である「ナッジ(Nudge)」を応用し、コミュニケーションスキルが自然に発揮されるような「環境」を設計します。
5.1 物理的環境とデジタル空間の設計
環境の中に「行動のきっかけ(Prompt)」を埋め込み、望ましい行動のハードル(摩擦)を下げます 35。
| 環境領域 | 具体的なナッジ(仕掛け) | 狙いと効果 |
| デスク周り | PCモニターの縁に「笑顔」「PREP」のアイコンシールを貼る。 | 視覚的キューによるリマインド。電話応対時の声のトーン(笑声)や論理構成を無意識に想起させる 29。 |
| メールソフト | 署名設定に「【結論】【理由】【詳細】」というテンプレートをデフォルトで組み込む。 | メール作成画面を開いた瞬間に構造化されたフォーマットが現れるため、論理的に書かざるを得なくなる 39。 |
| 会議室 | ホワイトボードの隅に「発言ルール:まずは結論から」「否定しない」と書いておく。 | 場の規範(Social Norms)を視覚化し、参加者全員の行動を誘導する 38。 |
| 練習環境 | スマホのホーム画面1ページ目にボイスレコーダーアプリを配置する。 | 「練習しよう」と思ってからアプリを探すまでのタイムラグ(摩擦)をゼロにする。 |
| チャットツール | 送信ボタンを押す前に「5秒待つ」設定や、読み返しを促すポップアップを入れる(可能な場合)。 | 衝動的な発信(React)を防ぎ、一考して応答(Respond)する余地を作る 18。 |
5.2 AIコーチングツールの導入
最新のAI技術は、かつては人間のコーチしか提供できなかった高度なフィードバックを、リアルタイムかつ安価に提供します。これは「意図的な練習」におけるフィードバックループを加速させる強力な武器となります 40。
- Yoodli / Poised: これらのツールは、ZoomやTeamsでの会議中、またはスピーチ練習中に音声を解析し、以下の指標を可視化します 42。
- フィラーの使用率: 「えー」「あのー」の回数。
- 話す速度(Pace): 早口すぎて聞き取りにくくないか。
- アイコンタクト: カメラを見ている時間。
- 包括性(Inclusivity): 差別的な用語や攻撃的な表現が含まれていないか。
- ChatGPT / Claude: 自分が書いたメールの下書きやスピーチ原稿を入力し、「これをPREP法に基づいて添削して」「もっと共感的なトーンにして」と指示することで、即座に修正案と解説を得ることができます。これは「ライティングのメンター」を24時間雇っているのと同じ効果をもたらします。
第6章 ゲーミフィケーションと持続可能な評価システム
習慣化の最大の敵は「飽き」と「成長の実感が湧かないこと」です。ゲーミフィケーション(ゲーム要素の応用)を取り入れることで、脳のドーパミン報酬系を刺激し、継続へのモチベーションを維持します 44。
6.1 コミュニケーション・ハビットトラッカー
「できた/できなかった」を可視化することは、最もシンプルかつ強力な動機づけです。
- X効果(The X Effect): カレンダーに毎日、目標行動(例:1分間スピーチ)ができたら大きな「×」印をつける。×が連続して鎖のようにつながっていくと、その鎖(ストリーク)を途切れさせたくないという心理(損失回避性)が働き、継続力が強化されます 46。
- 追跡項目の例:
- [ ] 1分間スピーチ練習をした
- [ ] 会議でPREP法を使って発言した
- [ ] 相手の話を遮らずに最後まで聴いた
- [ ] 感謝の言葉を3人に伝えた
6.2 報酬システムの設計
行動の結果に対して、自分自身に報酬(リワード)を与えます。内発的動機づけが育つまでの間、外発的報酬は強力なブースターとなります 48。
- 即時報酬(マイクロリワード): 苦手な上司への報告をPREP法で乗り切ったら、その直後に好きなコーヒーを飲む、お気に入りの曲を聴く。行動と快感を直結させ、脳に「この行動は快である」と学習させます。
- 累積報酬: ハビットトラッカーで1週間連続達成したら、「欲しかった本を買う」「映画に行く」などの少し大きな報酬を与える。
- トークン・エコノミー: 行動ごとにポイントを自己付与し(例:アクティブリスニング=2pt、スピーチ練習=3pt)、100pt貯まったら「高級ランチ」と交換する。ゲーム的なポイント収集の楽しみを行動変容に利用します 12。
6.3 セルフモニタリングと多層的フィードバック
自身のスキルレベルを客観的に把握するために、定期的な「棚卸し」を行います。
セルフチェックリスト(毎日〜毎週)
アクティブリスニングやスピーチの自己評価シートを用います 52。
- 「話し手の目を見ていたか?」
- 「相手の感情に気づいたか?」
- 「遮らずに聴けたか?」これらを5段階で評価し、スコアの推移を記録します。
ジャーナリング(内省)
日々のコミュニケーションの成功・失敗を言語化します。
- 問いの例: 「今日、一番伝わったと感じた瞬間はいつか?」「なぜ伝わらなかったのか?」「次はどうすればよいか?」 54。
- 書くことによってメタ認知が働き、無意識の行動パターンが意識化されます。
ピア・フィードバック(他者評価)
信頼できる同僚や友人に、「最近、私の話し方はどう変わった?」「わかりにくい癖はある?」と率直な意見を求めます。具体的な観点(例:「結論から言えていたか?」)を指定して質問することで、より建設的なフィードバックが得られます 24。
結論:技術から「あり方」への昇華
本報告書では、「伝わる技術」を習慣化するための科学的アプローチについて、期間の定義から具体的なトレーニング手法、環境設計に至るまで詳述してきました。
- 期間: 習慣化には平均66日、複雑なスキルの場合は数ヶ月を要することを覚悟し、短期的な成果に一喜一憂しないこと。
- 理論: フォッグの行動モデルに基づき、モチベーションに頼らず「能力のハードルを下げる」「確実なきっかけを作る」設計を行うこと。
- 戦略: If-Thenプランニングで行動を自動化し、意図的な練習で質を高め、ナッジとAIで環境を最適化すること。
「伝わる」ことの習慣化とは、単にプレゼンテーションがうまくなる、説明がわかりやすくなるといった機能的な向上にとどまりません。それは、相手の時間と認知リソースを尊重し、情報を最も受け取りやすい形で届けるという「他者への配慮」を、呼吸するように自然な行為として定着させるプロセスです。
最初はぎこちなく、意識的な努力を要するIf-Thenの実践も、66日、100日と繰り返すうちに、やがてあなたの無意識の一部となります。技術が完全に習慣化されたとき、それはもはや「テクニック」ではなく、あなたの「人柄」や「知性」として周囲に認識されるようになるでしょう。
今日から始まる「小さな習慣(Tiny Habits)」の積み重ねこそが、未来の卓越したコミュニケーターを創る唯一の道です。科学的なアプローチを武器に、その一歩を踏み出してください。
参考文献および情報源
本報告書の作成にあたり、以下の研究資料および情報を参照・統合しました。
- 習慣形成の期間・理論: 1
- 行動モデル・動機づけ: 6
- If-Thenプランニング・WOOP: 13
- 意図的な練習・学習法: 24
- ベンジャミン・フランクリン・メソッド: 29
- PREP法・文章術: 16
- アクティブリスニング・共感: 11
- 環境設計・ナッジ: 35
- AIツール・テクノロジー: 40
- ゲーミフィケーション・報酬: 12
- ホウレンソウ・日本的慣習: 20
- リーダーシップ・マイクロハビット: 18
- スピーチ練習・ドリル: 19
引用文献
- How Long Does It Take for a New Behavior to Become a Habit? – Healthline, https://www.healthline.com/health/how-long-does-it-take-to-form-a-habit
- How Long Does it Actually Take to Form a New Habit? (Backed by Science) – James Clear, https://jamesclear.com/new-habit
- Time to Form a Habit: A Systematic Review and Meta-Analysis of Health Behaviour Habit Formation and Its Determinants – PubMed Central, https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11641623/
- How long does it take to form a habit? | UCL News – UCL – University College London, https://www.ucl.ac.uk/news/2009/aug/how-long-does-it-take-form-habit
- Making health habitual: the psychology of ‘habit-formation’ and general practice – PMC – NIH, https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3505409/
- Fogg Behavior Model: Motivation, Ability, and Prompts – Northbeam, https://www.northbeam.io/blog/fogg-behavior-model-motivation-ability-and-prompts
- Fogg Behavior Model – BJ Fogg, https://www.behaviormodel.org/
- Fogg Behavior Model, https://behaviordesign.stanford.edu/resources/fogg-behavior-model
- Ability in the Fogg Behavior Model, https://www.behaviormodel.org/ability
- The Fogg Behavior Model: How to Turn Learning into Action – Growth Engineering, https://www.growthengineering.co.uk/fogg-behavior-model/
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- How To Actually Gamify Your Life (A Game Designer’s Guide) | by Sam Liberty – Medium, https://sa-liberty.medium.com/how-to-actually-gamify-your-life-a-game-designers-guide-e54cd91c79b1
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- Self-Rewards, https://www.bowdoin.edu/baldwin-center/pdf/handout-self-rewards.pdf
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- Solo Improv Exercises That ACTUALLY Improve Your Skills – YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=QU4i_4HMQzA