「あなたの文章はわかりやすいが、面白くはない」。 もしそう感じているなら、足りないのは「テクスチャ(手触り)」かもしれません。論理だけでは人は動きません。心を動かすには、脳にその世界を「シミュレーション(疑似体験)」させる必要があるのです。本記事では、読者を強制的に物語の世界へ連れ出すための3つの実践的技術――五感に訴える「感覚的詳細」、冒頭で注意を掴む「イン・メディアス・レス」、そして臨場感を生む「ダイアログ」――を伝授します。形容詞を捨てることから始まる、脳をハッキングする文章術をマスターしましょう。
「あなたの文章はわかりやすい。でも、面白くはない。」
もしそう言われたことがあるなら、あなたの文章には「テクスチャ(手触り)」が不足しているのかもしれません。 論理的に正しい文章は、脳の「理解」をつかさどる領域を働かせますが、人の心を動かすことはありません。心を動かすには、脳を「体験」させる必要があります。
前回までに、物語が「批判的思考」を停止させ(理論編)、脳内物質を分泌させる(脳科学編)ことを解説しました。今回は、それを実現するための具体的なライティング技術、「ナラティブ・トランスポーテーションを起こす3つの鍵」をお渡しします。
鍵1:感覚的詳細(Sensory Details)
脳は「文字」を「身体」で読んでいる
「美味しい食事でした。」 この文章を読んだとき、あなたの口の中に唾液は湧きましたか? おそらく湧かなかったはずです。なぜなら、「美味しい」という言葉は抽象的な概念であり、脳にとっては単なる記号に過ぎないからです。
では、こちらはどうでしょうか。 「焦げた醤油の香ばしい匂いが鼻をくすぐり、噛むたびに熱い肉汁が舌の上で弾けた。」
認知神経科学の分野には「身体化された認知(Embodied Cognition)」という理論があります。 fMRI(脳スキャン)を用いた研究によると、「蹴る(kick)」や「掴む(grasp)」といったアクションを表す言葉を読んだとき、人間の脳は、言語野だけでなく、実際に足を動かしたり手を動かしたりする「運動野(Motor Cortex)」まで活性化させることが分かっています。
つまり、五感に訴える具体的な描写(感覚的詳細)を使ったとき、読者の脳はそれを単に読んでいるのではなく、シミュレーション(疑似体験)しているのです。
- Bad (抽象語): 「彼はとても緊張していた。」
- 脳の反応:情報の処理(理解)。
- Good (感覚語): 「彼の手のひらは冷たい汗で濡れ、指先は小刻みに震えていた。」
- 脳の反応:身体感覚の再現(体験)。
読者をトランスポートさせる(没入させる)には、抽象語を徹底的に排除し、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚に訴える言葉に変換する「翻訳作業」が必要です。
鍵2:イン・メディアス・レス(In Medias Res)
いきなり「クライマックス」から始める
ラテン語で「物事の只中へ」を意味する「イン・メディアス・レス(In Medias Res)」は、ホメロスの叙事詩『イリアス』や『オデュッセイア』の時代から使われている強力なテクニックです。物語を時系列順(最初)から始めるのではなく、事件や葛藤が起きている「中間」からいきなり始める手法です。
なぜこれが科学的に有効なのでしょうか? それは、第2回で触れた「コルチゾール(注意ホルモン)」を一瞬で分泌させるためです。
脳は、安定した予測可能な状況(退屈な説明)を無視するようにできています。しかし、いきなり危機的状況や謎を提示されると、「何が起きているんだ?」「どうなるんだ?」という認知的な空白(Curiosity Gap)が生まれ、脳は答えを探そうと強制的に注意を向けます。
- 退屈な始まり: 「私は1990年に東京で生まれ、大学を卒業してからIT企業に入社しました。そこで多くのことを学びましたが、ある日大きなトラブルに巻き込まれました。」(時系列順)
- トランスポーテーションを起こす始まり: 「『全データが消えた? 冗談だろ』。深夜2時のオフィスで、私は青ざめた顔の部下を見つめていた。震える手でキーボードを叩く音だけが、静寂の中に響いていた。」(イン・メディアス・レス)
まずは読者を「物語の只中」に放り込んでください。背景説明(自己紹介や経緯)は、読者の注意を掴んだ後で、少しずつ明かせばいいのです。
鍵3:ダイアログ(Dialogue)
「会話」がリアリティのスイッチを入れる
3つ目の鍵は、「会話文(セリフ)」の多用です。 地の文(説明文)だけで構成された記事は、どうしても客観的なレポートになりがちです。しかし、そこに「会話」が入るだけで、シーンは一気に立体的になります。
GreenとBrockのトランスポーテーション尺度(測定項目)には、「物語の登場人物が生きているように感じられたか」という指標があります。会話はキャラクターに命を吹き込み、読者と登場人物との「同一化(Identification)」を促進します。
また、会話は情報を「感情」とともに伝える優れたパッケージです。
- 説明: 「部長は非常に怒っており、プロジェクトの中止を命じた。」
- 会話: 「『ふざけるな!』部長は机を拳で叩きつけた。『今すぐ中止だ。二度とそのツールの名前を俺の前で出すな』」
「説明」しようとせず、会話を通じて状況を「目撃」させてください。読者がその場にいるような臨場感(Presence)こそが、トランスポーテーションの正体です。
実践ワーク:リライト・チャレンジ
明日書くブログやメールで、以下の3点を実践してみてください。
- 形容詞狩り: 「うれしい」「すごい」「困難な」といった形容詞を見つけたら、それを「動作」や「五感」の描写に書き換えてください。
- カット&ペースト: 記事の冒頭を見てください。もしダラダラとした背景説明から始まっていたら、一番盛り上がる「事件」のシーンを切り取って、先頭に貼り付けてください。
- カギカッコの追加: 記事の中に「セリフ」はありますか? もしゼロなら、最低一つは「会話文」を入れてください。
次回はいよいよ、これらの技術を組み込んで、読者を「購入」や「登録」というゴールまで導くための全体構造、「ヒーローズ・ジャーニー」とLP構成について解説します。
参考文献・出典
- ,,,: Embodied Cognition & Motor Cortex activation by action words.
- : Green & Brock (2000). Narrative Transportation Scale items (Imagery, Attention).
- : Cortisol and attention hooking (“In Medias Res” mechanism).
- : Use of dialogue to create dynamic, realistic narratives.