金融投資の最適解が「S&P500(インデックスファンド)」に収束したように、デザイン制作もまた、AIとテンプレートによる「80点の正解」が支配する時代へと突入しています。なぜビジネスの現場では、独創的な「100点」よりも標準化された「80点」が合理的なのか?認知科学の視点から「伝わる」のメカニズムを紐解くと、人間の脳が好む「認知的流暢性」とAIデザインの意外な親和性が見えてきます。クリエイティブのコモディティ化が進む中で、私たちが選ぶべき戦略と、これからの時代にプロフェッショナルに残された価値について考察します。
エグゼクティブ・サマリー
本レポートは、現代のクリエイティブ産業、特にデザインやプレゼンテーション制作の領域で進行しているパラダイムシフトを、金融市場における「インデックス投資」への移行との構造的類似性から分析するものである。金融市場において、大多数の投資家にとってアクティブ運用よりもS&P500や全世界株式(オール・カントリー)といったパッシブ運用(インデックスファンド)が「80点の正解」として最適解になったように、デザイン領域においても、生成AI(Generative AI)とテンプレート化技術の普及により、プロフェッショナルの介在なしに「80点のアウトプット」を低コストで入手できる環境が整いつつある。
この現象は単なるコスト削減や手抜きの結果ではない。「伝わる」というコミュニケーションの本質を認知科学的に解剖すると、人間の脳は新奇性よりも「認知的流暢性(Cognitive Fluency)」や「プロト型(Prototypicality)」を好み、標準化されたデザインこそが情報伝達効率を最大化する可能性が示唆される。
本稿では、行動経済学、認知心理学、情報理論、および最新のAI研究を横断的に統合し、以下の仮説を検証・展開する。
- 創造性のインデックス化: デザインの民主化は、金融市場の効率化と同様、平均的な最適解への収束(コモディティ化)を加速させる。
- 情緒から機能への回帰: 一般的なビジネスコミュニケーションにおいて、情緒的価値(美的感動)は減衰し、機能的価値(情報伝達速度)が支配的になる。
- プロフェッショナルの役割変容: 「作る(Maker)」から「選ぶ(Curator)」へのシフトが進み、価値の源泉は制作技能から文脈設計へと移行する。
- システミック・リスク: 全員が「平均」を選択する世界における、モデル崩壊(Model Collapse)と文化的モノカルチャーの危険性。
第1章:創造性のインデックスファンド化現象
1.1 金融市場における「80点の正解」の確立
まず、比較対象となる金融投資の世界で何が起きているかを再確認する。過去数十年にわたり、金融市場では「市場平均(インデックス)に勝とうとする」アクティブ運用から、「市場平均そのものを買う」パッシブ運用への劇的な資金シフトが起きている。
S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスが発行する「SPIVA(S&P Indices Versus Active)スコアカード」のデータは、この傾向を冷徹に示している。過去20年間(2024年まで)のデータを分析すると、米国大型株ファンドの圧倒的多数がS&P500インデックスのパフォーマンスを下回っている 1。具体的には、15年という長期スパンで見ると、大型株ファンドの約90%がベンチマークに敗北しており、これは短期的な市場環境の変化に関わらず一貫した傾向である 1。
なぜプロのアクティブマネージャーは市場平均に勝てないのか。その主な要因は以下の通りである。
- コストの壁: アクティブファンドは銘柄調査や売買回転率の高さゆえに経費率(Expense Ratio)が高い。インデックス株式ファンドの平均経費率が0.05%であるのに対し、アクティブ株式ファンドは0.64%と10倍以上のコストがかかる 3。このコスト差は、複利効果により長期的なリターンを大きく毀損する。
- 情報の対称性: インターネットとアルゴリズム取引の普及により、プロだけが知り得る「秘密の情報」はほぼ消滅し、市場は効率的になった。
- 予測の困難さ: ノーベル賞受賞者のユージン・ファーマやハリー・マーコウィッツらが示した通り、株価変動を予測して市場を出し抜く(マーケット・タイミングを図る)ことは統計的に極めて困難である 1。
結果として、個人の投資家にとっての「正解」は、高額な手数料を払って不確実な「100点(市場平均超え)」を目指すことではなく、超低コストで確実に「80点(市場平均)」を取れるインデックスファンドやETFを購入することに収束した 4。これは「妥協」ではなく、合理的期待に基づく「最適化」である。
1.2 デザイン領域における「SPIVA現象」
この金融市場の力学をデザイン業界に当てはめると、驚くべき符合が見られる。現在、デザイン制作の現場で起きているのは、まさに「デザインのインデックスファンド化」である。
かつて、チラシ、プレゼンテーションスライド、Webサイトといった制作物は、プロのデザイナー(アクティブマネージャー)に依頼し、高額なフィーと時間をかけて「独自の正解」を作り出すものだった。しかし、CanvaやWix、そして生成AIツールの登場は、この構造を根本から覆した。Canvaのエンタープライズ版は、Fortune 500企業の95%で採用されており 6、プロのデザイナーではない一般社員が、テンプレートとAIを使って「そこそこ良い(80点の)」デザインを量産している。
以下の表は、金融とデザインにおける「アクティブ vs インデックス」の構造的類似性を整理したものである。
| 比較項目 | アクティブ運用(プロによるビスポーク制作) | インデックス運用(AI・テンプレート活用) |
| 目標 | 市場(競合他社)を上回る独自性と差別化(Alpha) | 市場平均レベルの品質確保と説明責任の遂行(Beta) |
| コスト構造 | 高コスト(人件費、コミュニケーションコスト、時間) | 超低コスト(SaaS利用料、即時生成) |
| パフォーマンス | 変動大(担当者の力量に依存、ホームランもあれば三振もある) | 安定(常に「80点」の標準品質が保証される) |
| 主なリスク | 期待値との乖離、納期遅延、属人化 | 没個性化、陳腐化、差別化の欠如 |
| ユーザー層 | ハイエンドブランド、コアプロダクト、リブランディング | 一般企業の社内資料、SNS運用、MVP、地方自治体の広報 |
1.3 ローエンド型破壊と「Good Enough(これで十分)」革命
クレイトン・クリステンセンが提唱した「破壊的イノベーション(Disruptive Innovation)」の理論において、この現象は「ローエンド型破壊」として説明できる 7。ローエンド型破壊は、既存製品の性能が多くの顧客にとって「過剰(Overserved)」になった時に発生する。
デザインにおいて、我々は長らく「過剰満足」の状態にあったのかもしれない。社内の月次報告資料や、地域のイベントチラシに対して、プロが駆使する高度なタイポグラフィや色彩理論(100点〜120点の品質)は、受け手にとって本当に必要だったのだろうか。受け手が求めているのは「情報が正確に、早く伝わること」であり、芸術的な感動ではない場合が大半である。
AIとテンプレートは、当初はプロの品質に遠く及ばない「安かろう悪かろう」の代替品だった。しかし技術の進歩により、現在では「十分な性能(Good Enough)」を提供するレベルに達している。クリステンセンの理論をAIプロンプトに応用する試み 9 が示唆するように、「よりシンプルで安価なバージョンはどのようなものか?」という問いに対する答えが、現在のAI生成デザインである。
一般の人々にとって、デザイン制作は「自己表現のアート」ではなく「情報伝達の手段(ツール)」である。手段である以上、コストパフォーマンスとタイムパフォーマンスが最優先されるのは経済合理的な帰結であり、金融投資で手数料の安いETFが選ばれるのと全く同じ論理が働いている。
第2章:「伝わる」の認知科学——なぜ「80点」が脳に刺さるのか
「インデックス化されたデザイン」が普及する背景には、単なるコスト要因だけでなく、人間の脳の情報処理メカニズムに根差した必然性がある。「伝わる」という現象を科学的に分解すると、独創的な「100点」のデザインよりも、ありきたりな「80点」のデザインの方が、実は脳にとって心地よいというパラドックスが浮かび上がる。
2.1 満足化(Satisficing)と認知資源の節約
ノーベル経済学賞受賞者ハーバート・サイモンは、人間は合理的な最大化(Maximizing)を行うのではなく、限定合理性の下で「満足化(Satisficing)」を行う生き物であると提唱した 10。人間は無限の選択肢や情報を処理できるわけではなく、認知能力には限界がある。そのため、ある一定の基準(Good Enough)を満たした時点で探索を打ち切り、意思決定を行う。
現代のビジネス環境は情報過多(Information Overload)の状態にある。受け手は一つ一つの資料やWebサイトの細部まで鑑賞する余裕はない。この状況下では、情報を咀嚼するために必要な「認知コスト」を最小化するデザインが勝者となる。AIが生成するデザインは、膨大な過去データから「最も一般的で理解されやすいパターン」を抽出して提示するため、受け手の脳にとって「満足化」の基準を即座に満たすのに最適な構造を持っている。
2.2 認知的流暢性(Cognitive Fluency)と真実性の錯覚
「伝わる」を左右する重要な概念に「認知的流暢性(Cognitive Fluency)」がある。これは、脳が情報を処理する際の滑らかさ、容易さを指す。心理学の研究によれば、人間は処理しやすい(流暢性が高い)情報に対して、以下のようなポジティブな評価を無意識に下す傾向がある 11。
- 好意: 単純接触効果により、見慣れたものを好む。
- 信頼: 読みやすいフォントやレイアウトで書かれた情報は、真実であると感じやすい(Truth Effect)。
- 美意識: 「美的ユーザビリティ効果(Aesthetic-Usability Effect)」により、見た目が整っている(典型的である)デザインは、機能的にも優れていると誤認される 11。
AIが生成するデザインは、統計的な「平均値」に基づいているため、必然的に「見慣れた(High Fluency)」ものになる。逆に、プロが差別化のために意図的に崩したレイアウトや奇抜な配色は、認知的流暢性を低下させ、受け手にストレスを与えるリスクがある。「80点のインデックスデザイン」がビジネスで好まれるのは、それが脳にとって最も負荷の少ない「コグニティブ・フリー(Cognitive Free)」な状態を提供するからである。
2.3 プロト型(Prototypicality)と信頼の形成
Webサイトやインターフェースのデザインにおいて、ユーザーの信頼を勝ち取る鍵となるのが「プロト型(Prototypicality)」である。これは、ある対象がそのカテゴリの「典型的なイメージ」にどれだけ合致しているかを示す指標である。
Googleの研究者たちによる研究 14 やその他の実証研究 15 は、以下の事実を明らかにしている。
- 瞬時の判断: ユーザーはWebサイトを見た瞬間(17ミリ秒〜50ミリ秒)に、その美しさと信頼性を判断する。
- 典型性の選好: 視覚的複雑性(Visual Complexity)が低く、プロト型(Prototypicality)が高いデザインほど、美しく信頼できると判断される。
- 逸脱のリスク: ユーザーが抱くメンタルモデル(例:「銀行のサイトはこうあるべき」)から逸脱したデザインは、たとえそれが芸術的に優れていても、信頼性を損なう可能性がある。
インデックスファンドが市場全体を反映するように、AIデザインは「そのカテゴリの集合知(プロトタイプ)」を出力する。一般人がAIを使って作る「普通のチラシ」や「普通のプレゼン」は、皮肉なことに、プロが差別化を狙って作り込んだ独自性の高いデザインよりも、初見の信頼獲得においては優位に立つ可能性がある。特にB2Bや信頼が重視される文脈では、「新しさ」よりも「それっぽさ(Typicality)」が機能するのである。
2.4 認知負荷理論による「ノイズ」の排除
認知負荷理論(Cognitive Load Theory) 18 に基づけば、効果的な学習や情報伝達のためには、本質的でない情報処理(外在的認知負荷)を極限まで減らす必要がある。
- 外在的認知負荷(Extraneous Load): 読みにくいフォント、一貫性のないナビゲーション、無意味な装飾など、学習を妨げる負荷。
- 内在的認知負荷(Intrinsic Load): 情報そのものが持つ複雑さ(これは減らせない)。
- 学習関連負荷(Germane Load): 情報をスキーマ(知識構造)に統合するための有益な負荷。
「伝わる」デザインの目的は、外在的認知負荷をゼロにし、ユーザーのリソースを内在的・学習関連負荷に集中させることである。標準化されたテンプレートやAIによるレイアウト提案は、数億の事例から「最も認知負荷が低い(=最も普及している)パターン」を学習している。したがって、一般人がAIの提案通りに作ることは、認知科学的に「最適化された情報伝達経路」を選択することと同義である。
第3章:視覚言語の標準化と情緒的価値の減衰
ユーザーの懸念通り、「かっこいいデザインで情緒を刺激したりする世界観」は、一般的なビジネスシーンにおいて急速に薄れつつある。これはデザインが「鑑賞対象」から「インフラ」へと進化した証左であり、機能主義への回帰を示している。
3.1 機能ファースト、美学セカンドの潮流
B2BマーケティングやSaaS(Software as a Service)の領域では、「機能(Function)」が「美学(Aesthetics)」を凌駕するというデータが蓄積されている。ある分析では、B2Bの購買決定において、95%が「ジョブ(解決すべき課題)を完了できる能力」を優先し、インターフェースの美しさは二の次であることが示されている 20。
これは「美しさが不要」という意味ではない。美しさが「機能の一部」として再定義されているのだ。信頼性や専門性を演出するための「整った見た目(Minimal Viable Aesthetics)」は必須だが、過度な情緒的演出は「ノイズ」と見なされる。SaaS企業においては、使いやすさ(Usability)と機能性(Functionality)こそが最大のROIをもたらし、単なる装飾的な美しさは「デザイン的負債(Design Debt)」になり得るとさえ言われている 20。
3.2 視覚的インデックスとしての「コーポレート・メンフィス」
この「標準化」の極致と言えるのが、2010年代後半からビッグテック企業を中心に世界を席巻したイラストスタイル、通称「コーポレート・メンフィス(Corporate Memphis)」あるいは「アレグリア(Alegria)」である 21。
- 特徴: フラットな塗り、長い手足、小さな頭部、非現実的な肌の色(青や紫)、幾何学的な構成。
- 機能: 人種、性別、年齢といった具体的な属性を捨象することで、あらゆる文化圏において「普遍的(Universal)」かつ「無害(Inoffensive)」な印象を与える。
このスタイルは、しばしば「魂がない」「均質的すぎる」と批判される 23 が、グローバル企業のインフラとしては極めて合理的である。これは「視覚的なエスペラント語」であり、文化的な摩擦係数をゼロにするための「80点の正解」である。AI画像生成ツールも、初期設定ではこうした「安全で一般的」なスタイルを出力する傾向が強く、これが世界中のWebサイトの見た目を均質化させている。
3.3 UIのコンテナ化:「Bento Grids」
同様の現象はUIデザインにおける「Bento Grids(弁当箱グリッド)」の流行にも見て取れる 24。情報を長方形のボックスに分割して配置するこの手法は、AppleやMicrosoftによって広められ、2024年以降のデファクトスタンダードとなった。
Bento Gridsが覇権を握った理由は、それが「レスポンシブデザイン(あらゆる画面サイズへの対応)」と「情報のモジュール化」に最適だからである。物流におけるコンテナが世界貿易を効率化したように、情報を規格化されたボックスに収めることで、デザインの再利用性と拡張性が飛躍的に向上する。ここには「情緒」が入る余地は少なく、「整理整頓」という機能美が支配している。
3.4 情緒的価値の行方
かつて、企業のWebサイトやパンフレットは、その企業の「世界観」や「物語」を情緒的に伝えるメディアだった。しかし、情報摂取のスピードが加速した現在、ユーザーは「世界観」よりも「結論(What can you do for me?)」を求めている。
「伝わる」を科学するならば、情緒的演出は、それが「注意を引く(Attention)」あるいは「記憶に残す(Retention)」という機能的役割を果たす場合にのみ正当化される。単なる装飾としての情緒は、AIによる最適化プロセスの中で淘汰されていく運命にある。これは、株式市場において、企業の「夢や物語」で株価が決まる時代から、決算数値とアルゴリズムで株価が決まる時代へ移行したのと似ている。
第4章:プロフェッショナルの役割転換——「作る」から「選ぶ」へ
デザインのコモディティ化が進む中で、プロフェッショナル(デザイナーやクリエイター)の役割はどう変わるのか。金融市場においてインデックスファンドが主流になってもアナリストやファンドマネージャーが消滅しなかったように、デザイナーもまた新たな役割へと進化する。それは「Maker(制作者)」から「Curator(選別者)」および「Architect(設計者)」へのシフトである。
4.1 生成から編集・キュレーションへ
AIは数秒で数十の案を生成できるが、その中から「文脈に最も適した一つ」を選び取る能力(審美眼・Taste)は持たない。これからのプロフェッショナルの価値は、ゼロからピクセルを積み上げる技術ではなく、AIが出力した大量の候補の中から、ブランドの戦略、倫理的配慮、法的リスク、そして微細なニュアンスを考慮して最適解を選別し、編集する能力に宿る 27。
- Prompt Architect(プロンプト・アーキテクト): 望む成果物を得るために、AIへの指示言語を設計・構築する専門家 30。
- Model Curator(モデル・キュレーター): 自社専用の学習データを整備し、ブランドの世界観を崩さないようにAIモデルを「調教(Fine-tuning)」する管理者 30。
- Design Engineer / AI Workflow Designer: デザインとエンジニアリングの境界を越え、AIツールを組み合わせて制作プロセス全体を自動化・最適化する役割 31。
4.2 Alpha(超過収益)が残る領域
金融市場において、パッシブ運用が支配的になっても、未公開株(プライベート・エクイティ)やベンチャーキャピタル、あるいは超富裕層向けのウェルスマネジメントといった「非効率な市場」には高いリターン(Alpha)が残されている。デザインにおいても同様の「聖域」が残る。
- ラグジュアリーと「手間」の価値: ラグジュアリーブランドの本質は「非効率性」と「希少性」にある。AIによる効率化とは対極にある「人の手による非効率なプロセス」や「独自のストーリー」こそが価値となる。実際、広告において「AI生成であること」を開示すると、消費者の評価(真正性の知覚)が下がるという研究結果がある 33。富裕層向けビジネスにおいては、「人間が作った」という事実そのものがプレミアムな価値を持つようになる。
- 複雑な文脈と倫理: AIはバイアスを含んだデータを学習しているため、ステレオタイプを増幅させるリスクがある(例:CEOの画像生成で男性ばかりが出るなど)34。多文化的な配慮や、高度な倫理判断が求められるグローバルキャンペーンにおいては、AI任せにすることは致命的なリスクとなるため、人間の「クリエイティブ・エシシスト(Creative Ethicist)」による監視と調整が不可欠となる 30。
- 戦略と「問い」の設計: デザインの表層(見た目)はコモディティ化しても、その背後にある「なぜそのデザインにするのか(Why)」という戦略や、「どのような体験を提供すべきか」という問題定義(Issue Setting)は自動化できない。クライアントのビジネス課題を深く理解し、解決策としてのデザインを設計するコンサルティング領域の価値は高まる 36。
4.3 代理店ビジネスモデルの崩壊と再生
広告代理店や制作会社にとって、AIによるコモディティ化は「労働集約型ビジネスモデル(人月単価)」の崩壊を意味する 38。クライアント自身がAIを使って「80点のデザイン」を内製化できる時代において、「ただ作るだけ」の代行業は価格競争に巻き込まれる。
生き残るエージェンシーは、制作代行(Execution)から、AI活用のコンサルティング、ブランド戦略の立案、あるいはAIでは代替できない「リアルな体験価値」の提供へとピボットする必要がある。また、AIを活用して制作コストを劇的に下げつつ、成果報酬型(パフォーマンスベース)の契約に移行する動きも加速するだろう 38。
第5章:システミック・リスク——「創造性のモノカルチャー」とモデル崩壊
金融市場において、全員がインデックスファンドを買うようになると、個別の企業の適正価格を発見する機能が失われ、市場全体のシステミック・リスクが高まることが懸念されている(コーポレート・ガバナンスの形骸化など)。同様に、デザインのインデックス化は、文化的なリスクを孕んでいる。
5.1 モデル崩壊(Model Collapse)
「モデル崩壊」とは、AIが生成したデータを次世代のAIが学習し続けることで、データの多様性が失われ、出力の品質が劣化・均質化していく現象である 40。
- 分散の消失: AIはデータの中央値(最もありふれたパターン)を学習しやすいため、生成と学習を繰り返すたびに、データの「外れ値(Tail)」にあるユニークな表現やニュアンスが削ぎ落とされていく。これは情報の「近親相姦」とも呼ばれ、創造性の遺伝的プールが枯渇することを意味する。
- 現実からの乖離: 最終的には、現実世界の複雑さを反映しない、歪んだ現実(Hallucinated Reality)しか描けなくなる恐れがある。
5.2 アルゴリズム的モノカルチャー(Algorithmic Monoculture)
ユーザーが予感している「世界観が薄れてくる」現象は、学術的には「アルゴリズム的モノカルチャー」として議論されている 43。最適化アルゴリズムは、クリック率やエンゲージメント率が高いコンテンツを優先的に表示し、また生成する。その結果、映画のポスターからYouTubeのサムネイル、企業のロゴ、Webサイトのデザインに至るまで、すべてが「最もクリックされやすいパターン」に収束していく。
- セレンディピティの喪失: 効率化の追求は、予期せぬ発見(セレンディピティ)や、一見無駄に見えるが文化的に重要な「遊び」を排除する。
- 文化の脆弱性: 農業における単一栽培(モノカルチャー)が病害虫で全滅しやすいのと同様、多様性を失った視覚文化は、新たな価値観やパラダイムシフトに対応できなくなる恐れがある 45。
もし世界中のビジネス資料がCanvaとMicrosoft Copilotの「標準テンプレート」だけで作られるようになれば、我々の思考そのものが、ツールの提供する枠組み(フレームワーク)によって規定され、均質化してしまうかもしれない。
結論:ビジネスにおける「伝わる」の未来戦略
本レポートの分析を通じて、デザイン制作の未来は、金融投資におけるインデックスファンドの台頭と極めて似た軌跡を辿ることが明らかになった。ビジネスにおける「伝わる」ための戦略は、以下のように再定義される。
1. 「80点」を受け入れる勇気と合理性
一般のビジネスパーソンにとって、デザインにおけるインデックス運用(AI・テンプレート活用)は、手抜きではなく「最も合理的で賢明な投資判断」である。認知的流暢性とプロト型の観点からも、標準化されたデザインは「伝わりやすさ」においてプロの作品に劣らない、あるいは勝る場合がある。コストと時間をかけて「100点」を目指すのではなく、AIを使って瞬時に「80点」を出し、浮いたリソースをコンテンツの中身(メッセージ)や戦略、あるいは対面でのコミュニケーションといった「人間ならでは」の領域に再投資すべきである。
2. 「伝わる」の科学的定義の更新
これからの「伝わる」デザインとは、個人の感性や情緒的な装飾ではなく、「プロト型(典型性)」と「認知的流暢性(処理しやすさ)」を最大化し、認知負荷を最小化したインターフェースである。ビジネスにおけるデザインは、アートからサイエンス(認知工学)へと完全に移行する。
3. 「100点」の価値の二極化
世の中の9割が「80点のインデックス・デザイン」で埋め尽くされた時、残りの1割の「人間による非合理で過剰なデザイン(100点〜120点)」の価値は、相対的に高騰する。それは機能的価値ではなく、ラグジュアリーやアートとしての「意味的価値」を持つようになる。ビジネスとしては、自社が「効率(80点)」で戦う領域なのか、「意味(100点)」で戦う領域なのかを明確に見極める必要がある。
4. 文明の潮流としてのコモディティ化
「文明の移り変わりで、ビジネスとして儲かっていく領域が変わる」というユーザーの洞察は正しい。かつて織物が手織りから機械織りへ移行し、衣服がコモディティ化したように、デザインもまた特権的な技能から社会インフラへと移行している。ビジネスの利益は、「作ること」そのものから、「何を作るかを決めること(意思決定)」や「作られたものをどう使うか(戦略)」、そして「インデックス化できない信頼関係の構築」へとシフトしていく。
我々は今、「誰もが美しい資料を作れるユートピア」と「すべてが同じに見える均質化のディストピア」の重ね合わせの状態にある。この潮流の中で「伝わる」を科学するならば、AIという強力な「平均化マシン」を使いこなしつつ、それでもなお失ってはならない「人間独自のノイズ(意志)」をどこに込めるか、その一点こそが問われ続けることになるだろう。
参考文献・データソース一覧(文中の参照IDに対応)
- 金融・投資関連: 1
- デザイン産業・AIツール動向: 6
- 認知科学・心理学: 10
- ビジュアルトレンド・標準化: 21
- B2Bマーケティング・機能性: 20
- 職能の変化・倫理: 27
- システミックリスク・モデル崩壊: 40
引用文献
- Active Fund Managers vs. Indexes: Analyzing SPIVA Scorecards, https://www.ifa.com/articles/spiva-report-active-vs-passive
- The Data Wall Street Doesn’t Want You to See – YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=Dsj0eDCVJes
- Are Index Funds Still Better Than Active Funds in 2025? | Money Guy, https://moneyguy.com/article/are-index-funds-still-better-than-active-funds-in-2025/
- How investors can participate in the AI boom | Invesco US, https://www.invesco.com/us/en/insights/how-investors-can-participate-in-the-ai-boom.html
- A Once-In-A-Decade Investment Opportunity: 1 Little-Known Vanguard Index Fund To Buy For The Artificial Intelligence (AI) Boom – Barchart.com, https://www.barchart.com/story/news/29693374/a-once-in-a-decade-investment-opportunity-1-little-known-vanguard-index-fund-to-buy-for-the-artificial-intelligence-ai-boom
- One year of Canva Enterprise: Powering the world’s leading brands, https://www.canva.com/newsroom/news/one-year-canva-enterprise/
- Disruptive innovation – Wikipedia, https://en.wikipedia.org/wiki/Disruptive_innovation
- Disruptive Innovation Theory – Christensen Institute, https://www.christenseninstitute.org/theory/disruptive-innovation/
- I applied Clayton Christensen’s disruption theory to AI prompting and now I spot opportunities everywhere : r/ChatGPTPromptGenius – Reddit, https://www.reddit.com/r/ChatGPTPromptGenius/comments/1mnyae1/i_applied_clayton_christensens_disruption_theory/
- Satisficing in Political Decision Making – Oxford Research Encyclopedias, https://oxfordre.com/politics/politics/view/10.1093/acrefore/9780190228637.001.0001/acrefore-9780190228637-e-1020
- The Aesthetic-Usability Effect. In human-computer interaction (HCI) and… | by Om Shukla, https://medium.com/@omforux25/the-aesthetic-usability-effect-eeb08189c897
- How do aesthetics impact usability in UX: The aesthetic-usability effect – LogRocket Blog, https://blog.logrocket.com/ux-design/aesthetic-usability-effect-ux/
- Fluency Heuristic: Judging by Ease of Processing – Renascence.io, https://www.renascence.io/journal/fluency-heuristic-judging-by-ease-of-processing
- The Role Of Visual Complexity And Prototypicality Regarding First Impression Of Websites: Working Towards Understanding Aesthetic Judgments – Google Research, https://research.google.com/pubs/archive/38315.pdf
- When and how it is good for fashion to look typical: visual prototypicality affecting product valuation and brand preference – Emerald Publishing, https://www.emerald.com/insight/content/doi/10.1108/JFMM-12-2023-0355
- The texture of trust: how visual tactility sells online. – KOTA – Web Design Agency, https://kota.co.uk/blog/the-texture-of-trust-how-visual-tactility-sells-online
- The danger of not being typical: The positive effect of webpage prototypicality on users’ attitudes – PubMed Central, https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12078413/
- Cognitive Load Theory in UX Design | Tallwave, https://tallwave.com/blog/cognitive-load-in-ux/
- Chapter 02: Cognitive Load Theory and Instructional Message Design – ODU Digital Commons, https://digitalcommons.odu.edu/context/instructional_message_design_vol2/article/1001/viewcontent/2_InstructionalMessageDesign_vol2_Shaffer.pdf
- Function-First Design: Why B2B AI SaaS Wins on Usability, Not Aesthetics – Saasfactor, https://www.saasfactor.co/blogs/function-first-design-why-b2b-ai-saas-wins-on-usability-not-aesthetics
- Corporate Memphis – Wikipedia, https://en.wikipedia.org/wiki/Corporate_Memphis
- A Brief Overview of Big Tech Illustration: Flat Design, Corporate Memphis, and Alegria, https://anna-xing.medium.com/a-brief-overview-of-big-tech-illustration-flat-design-corporate-memphis-and-alegria-a9b54a35c6b1
- Corporate Memphis & Why Everything Looks The Same Now | ARTISTS BEWARE, https://www.youtube.com/watch?v=F83WuEeXTtc
- How to Master Bento Grid Layouts for Stunning Websites in 2025, https://ecommercewebdesign.agency/how-to-master-bento-grid-layouts-for-stunning-websites-in-2025/
- Revolutionizing UI/UX with Bento UI grid design trend, https://www.stan.vision/journal/revolutionizing-ui-ux-in-2024-with-bento-ui-grid-design-trend
- Bento Grids: The Design Trend Taking Over 2024 – YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=dFEM908dUx4
- The Future of Design: How AI Is Shifting Designers from Makers to Curators – UX Magazine, https://uxmag.com/articles/the-future-of-design-how-ai-is-shifting-designers-from-makers-to-curators
- From Maker’s Identity to Curator’s Identity: How Professionals Can Survive The Shift That’s About to Hit – therealityof.ai, https://www.therealityof.ai/post/from-maker-s-identity-to-curator-s-identity-how-professionals-can-survive-the-shift-that-s-about-to
- Designers Are Becoming Curators: UX in the Age of Generative AI (and UI?) | by Ioana Adriana Teleanu | Bootcamp | Medium, https://medium.com/design-bootcamp/designers-are-becoming-curators-ux-in-the-age-of-generative-ai-and-ui-1819be6afcdd
- How Prompt Designers, Model Curators and Creative Ethicists Get Hired in 2026 – Lurnable, https://www.lurnable.com/content/how-prompt-designers-model-curators-and-creative-ethicists-get-hired-in-2026/
- Which Emerging Roles Should Be on Every Creative’s Radar This Year? – Creativepool, https://creativepool.com/magazine/industry/which-emerging-roles-should-be-on-every-creatives-radar-this-year.33439
- Designers: We’ll all be design engineers in a year | by Ted Goas | UX Collective, https://uxdesign.cc/designers-well-all-be-design-engineers-in-a-year-7cf548f1da4c
- Full article: When AI Doesn’t Sell Prada: Why Using AI-Generated Advertisements Backfires for Luxury Brands – Taylor & Francis Online, https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/00218499.2025.2454120
- What Are the Drawbacks of Ai in Fashion? → Question – Fashion → Sustainability Directory, https://fashion.sustainability-directory.com/question/what-are-the-drawbacks-of-ai-in-fashion/
- Survey XII: What Is the Future of Ethical AI Design? | Imagining the Internet – Elon University, https://www.elon.edu/u/imagining/surveys/xii-2021/ethical-ai-design-2030/
- Beyond Aesthetics: How Strategic Design Drives Business Growth – Medium, https://medium.com/glow-team/beyond-aesthetics-how-strategic-design-drives-business-growth-f12ab30ac832
- Why Marketing Agencies Are Struggling in 2025 – Entrepreneur, https://www.entrepreneur.com/growing-a-business/why-marketing-agencies-are-struggling-in-2025/495568
- Transforming advertising with AI – Creative Economy 2.0 – Star | Global, https://star.global/posts/ai-in-advertising/
- The Biggest Threat To Agencies Isn’t AI; It’s Commoditization – Forbes, https://www.forbes.com/councils/forbesagencycouncil/2025/03/11/the-biggest-threat-to-agencies-isnt-ai-its-commoditization/
- From Collapse to Convergence: Reframing AI’s Existential Risk – Ingram Technologies, https://ingram.tech/posts/from-collapse-to-convergence
- Model Collapse: How Generative AI Is Eating Its Own Data – VKTR.com, https://www.vktr.com/ai-technology/model-collapse-how-generative-ai-is-eating-its-own-data/
- What Is Model Collapse? Causes, Examples, and Fixes – DataCamp, https://www.datacamp.com/blog/what-is-model-collapse
- We Are Algorithm-ing Ourselves Into a Monoculture – ON_Discourse, https://ondiscourse.com/we-are-algorithm-ing-ourselves-into-a-monoculture/
- Our Human Creativity Is Becoming More Uniform Due To ChatGPT | by Cobus Greyling, https://cobusgreyling.medium.com/our-human-creativity-is-becoming-more-uniform-due-to-chatgpt-660dc59687f3
- Artificial Intelligence and Culture – UNESCO, https://www.unesco.org/sites/default/files/medias/fichiers/2025/09/CULTAI_Report%20of%20the%20Independent%20Expert%20Group%20on%20Artificial%20Intelligence%20and%20Culture%20%28final%20online%20version%29%201.pdf
- Active vs. Passive Funds: Performance, Fund Flows, Fees | Morningstar, https://www.morningstar.com/business/insights/blog/funds/active-vs-passive-investing
- Release: Active and Index Investing, October 2025 – Investment Company Institute, https://www.ici.org/research/stats/combined_active_index
- Commoditization to Democratization: Data tools of tomorrow – dltHub, https://dlthub.com/blog/goodbye-commoditisation
- Canva report: AI moves from experiment to essential, https://www.canva.com/newsroom/news/marketing-ai-report/
- Website Builder Statistics: Market Share, Revenue, Speed (2025), https://www.sitebuilderreport.com/website-builder-statistics
- Website Builder Market Share (2025) — Data & Statistics – Squarespace Promo Code, https://squarepromocode.co.uk/website-builder-market-share/
- Wix vs Squarespace Statistics – Which Is Best? (2025) – ElectroIQ, https://electroiq.com/stats/wix-vs-squarespace-statistics/
- Building B2B Brand Trust: The Role of Design in Function and Storytelling – MODintelechy, https://modintelechy.com/creative/building-b2b-brand-trust-the-role-of-design-in-function-and-storytelling/
- Importance of Visual Design for Conversion Rates – JMarketing Agency, https://jmarketing.agency/importance-of-visual-design-for-conversion-rates/
- The democratization of design:. What was once a mere hypothetical is… | by Mia Blume, https://mialoira.medium.com/the-democratization-of-design-99c3f16ffc79
- Traditional design roles, often focused on creating static interfaces or tangible products, are… – Andy Bhattacharyya, https://andyuxpro.medium.com/traditional-design-roles-often-focused-on-creating-static-interfaces-or-tangible-products-are-a5aa85de26f6