話し手を科学する

話し手のためのジェスチャー:思考を形成する「身体化された認知」に関する科学的根拠

序章:ジェスチャーの神話を解体する:なぜ「聴衆のため」だけではないのか

A. 従来のプレゼンテーション指導のパラダイム

従来のプレゼンテーション指導やコミュニケーション論において、「ジェスチャー」は一貫して「聴衆に情報を伝達するための」非言語的ツールとして位置づけられてきました 1。多くの指導書は、アイコンタクトで聴衆との信頼関係を築き、自信のある姿勢を保ち、聴衆の理解を助けるために身振り手振りを加えることの重要性を説きます 1

この視点において、ジェスチャーは本質的に「出力(Output)」のためのツールです。つまり、話し手の脳内で「思考」が完了した後に、その思考をより効果的に「パッケージ化」し、聴衆に伝達するための「補助的な装飾」として扱われます。

B. 本レポートの核心的命題:ジェスチャーは「話し手のための」認知ツールである

本レポートは、この従来のパラダイム(伝達モデル)に対し、認知心理学の観点から根本的な挑戦を提示します。

提示する新パラダイム(認知モデル)は、以下の命題に基づきます。

ジェスチャーは第一に、話し手自身が「思考を形成し、整理し、問題を解決する」ための「入力(Input)」であり、「思考のプロセス(Process)」そのものである。

この視点に立てば、プレゼンテーションの構成に行き詰まった話し手が取るべき行動は、PCの前でスライドを修正し続けることではありません。むしろ、PCの前を離れ、誰かに説明する「フリ」をしながら、自らの身体(手)を動かすことです。なぜなら、その身体運動こそが、脳内の抽象的な思考を具体的なアイデアへと変換する「認知的ツール」として機能するからです。

C. 導入すべき視点:身体化された認知(Embodied Cognition)

ジェスチャーが思考そのものに影響を与えるという考え方は、「身体化された認知(Embodied Cognition)」と呼ばれる広範な理論的枠組みに基づいています 2。これは、思考や知識、記憶といった高次の認知プロセスが、脳という閉じたシステムの中だけで完結しているのではなく、身体が経験する感覚や運動と本質的に結びついているという理論です 2

思考は、脳と身体、そして環境が相互作用する中で「立ち上がる」現象である、というのがこの分野の基本的な見解です。本レポートは、この「身体化された認知」のレンズを通して、ジェスチャーがプレゼンター自身の思考をいかに形成するかを科学的に論証します。


【表1:ジェスチャーの二つのパラダイム:伝統的視点 vs 身体化された視点】

項目伝統的視点(伝達モデル)身体化された視点(認知モデル)
主な受益者聴衆(理解の促進)話し手自身(思考の形成)
主な機能思考の「伝達」「強調」「視覚化」思考の「形成」「整理」「問題解決」
役割のアナロジー思考を映し出す「プロジェクター」思考を構築する「作業台」
推奨される行動練習し、洗練させ、「制御する」解放し、実行し、「観察する」

第1章:「思考は脳の外にある」:身体化された認知の科学

A. 「身体化された認知」の学術的定義

「身体化された認知(Embodied Cognition)」は、1970年代から提唱され始めた認知科学の理論的転換であり、Barsalou Zwaan らによって理論が構築されてきました 3

かつて、認知科学は脳をコンピュータのハードウェア、思考をソフトウェアになぞらえる「コンピュータ・メタファー」に強く影響されていました。このモデルでは、身体は単なる「入出力装置」であり、思考という「中央処理」には関与しないと見なされていました 2

身体化された認知は、この見方を根本から覆します。この理論によれば、知識や記憶は、目や耳、手といった身体が環境と相互作用し、反応した経験(感覚・運動)と不可分に結びついています 2

B. 身体化された「言語理解」

この理論の最も強力な証拠の一つは、「言語理解」の分野で見られます。言語の理解は、抽象的な記号処理ではなく、身体的な経験の「再活性化(Reactivation)」または「シミュレーション」であるとされます。

例えば、「イヌ」という概念は、その姿(視覚)、鳴き声(聴覚)、触れた感覚(触覚)といった身体経験を通じて獲得されます 2。さらに、「引き出しを開ける」という文を聞いたり読んだりすると、聞き手は無意識のうちに「手前に引く」という身体運動のイメージを想起します 2

脳科学的研究(例: Hauk et al., 2004)は、これを実証しています。例えば、被験者が「蹴る」といった足に関連する動詞を聞くと、脳の運動野のうち、「足」の運動を司る領域が活動することが示されています 3。言語を「理解する」ことは、その言語が指し示す行動を「シミュレーションする」ことなのです。

C. 身体化された「抽象概念」

この理論は、具体的な物体や動作に留まりません。感情、時間、数といった抽象的な概念の多くもまた、身体的な感覚に基づいています 2

例えば、多くの文化で「楽しい」気分は「上がる」という「上方向」の身体感覚と結びつき、「悲しい」気分は「下がる」という「下方向」の感覚と結びついています 2。我々は「気分が落ち込む」と比喩的に表現しますが、これは単なる比喩ではなく、抽象的な感情が具体的な身体感覚に「接地(Grounding)」している証拠とされます。

D. 本章の含意:入力から出力へ

身体化された認知の知見は、ジェスチャーの役割を理解する上で決定的な論理的基盤を提供します。

もし、言語を「理解する」こと(入力)が、運動イメージの再活性化を伴うのであれば、その逆の経路もまた真である可能性が極めて高いと言えます。すなわち、身体を「動かす」こと(出力、すなわちジェスチャー)が、思考や言語の「生成」プロセスそのものに影響を与える、ということです。

ジェスチャーは、思考に必要な身体的・運動的イメージを脳に「強制的に」供給する行為であり、それによって思考を促進する認知的なエンジンの一部として機能していると考えられます。

第2章:ジェスチャーが「思考を映し出す」時:発話に現れない思考

A. Susan Goldin-Meadowの研究:ジェスチャーは思考の「窓」である

シカゴ大学のSusan Goldin-Meadow教授は、ジェスチャーと思考の関係性に関する一連の研究の第一人者です 4。彼女のキャリアを通じた第一の発見は、ジェスチャーが単なる手の動きではなく、「話し手の現在の思考状態」を正確に反映(reflect)する「窓」である、という点です 5

特に重要なのは、ジェスチャーがしばしば「話者の発話には現れない考え」を明らかにすることです 8

B. 核心的概念:「ジェスチャーと発話の不一致(Gesture-Speech Mismatch)」

Goldin-Meadowが発見した最も重要な現象の一つに、「ジェスチャーと発話の不一致(Gesture-Speech Mismatch)」があります 8。これは、話し手が「口で言うこと」と「手で示すこと」が、異なる情報、あるいは矛盾する情報を伝える現象を指します 8

この「不一致」は、単なる間違いではありません。これは、話し手が認知的な移行期にあり、新しい概念をまさに獲得しようとしている「学習の準備ができている状態(readiness to learn)」を示す、極めて強力な指標であることが示されています 8

C. 事例研究:算数学習における「不一致」

この現象は、子どもの算数学習の研究で明確に観察されています 8

  • 問題: 子どもたちに、数学的等価問題(例: 4 + 3 + 6 = ______ + 6)を解かせ、その解法を説明してもらいます 8
  • 典型的な誤答: 多くの子どもは、イコール(=)を「答えを出す記号」と誤解しているため、「全部足す」という戦略をとり、「19」と答えます。
  • 不一致の発生: ある子どもは、口では「4と3と6と6を全部足した」と間違った戦略を説明します 8
  • しかし、その手は: まず(4と3)に対してV字のジェスチャー(V-point gesture)を行い、次に空欄を指差す、という正しいグルーピング戦略(左辺と右辺で同じ6を消去し、4+3を空欄に入れる)を示しているのです 9

この子どもの「手」は、その子の「口」(言語化された思考)よりも先に、問題の正しい構造(グルーピング)にたどり着いています。ジェスチャーは、言語化される以前の「暗黙の思考(implicit understanding)」を明らかにしているのです 8

D. 本章の含意:話し手は「自分のジェスチャーの聴衆」である

この「不一致」の発見は、プレゼンターにとって重大な示唆を与えます。

伝統的な指導 1 では、聴衆がジェスチャーを「見る」ことを前提とします。しかし、身体化された認知の観点からは、最も重要な「聴衆」は、話し手自身です。

プレゼンの構成やロジックに行き詰まった時、それは言語化された思考(発話)が行き詰まっている状態です。その時こそ、誰かに説明する「フリ」をして、自分が「どのようなジェスチャーを自然に(無意識に)使っているか」を観察すべきです。

もし、自分の口(言語)が「Aが原因だ」と主張しているのに、手が「BとCの間の『つながり』」を盛んに示している(=不一致)ならば、その「つながり」こそが、思考のブレイクスルーの鍵であり、言語化されるべき次のアイデアである可能性が高いのです。

第3章:ジェスチャーが「思考を形成する」時:行動と思考の接地

A. Goldin-Meadowの第二の発見:ジェスチャーは思考を「変化させる」

Goldin-Meadowの研究は、ジェスチャーが単に思考を反映する(reflect)だけでなく、思考そのものを積極的に「変化させる(change)」力を持つことを明らかにしました 5。ジェスチャーは受動的な「窓」であるだけでなく、思考を構築する能動的な「道具(ツール)」でもあるのです。

B. 中核的メカニズム:「思考を行動に接地させる(Grounding thought in action)」

Goldin-MeadowとSian Beilockが提唱する中核的なメカニズムは、「ジェスチャーが思考を行動に接地させる(Grounding thought in action)」というものです 4

ジェスチャーは、それ自体が「行動(action)」です。話し手がジェスチャーを行うと、その運動が「具体的な行動情報(action information)」や「知覚運動情報(perceptual-motor information)」を脳にフィードバックします 5。このプロセスを通じて、脳内にある抽象的な思考や精神的表象(mental representation)が、具体的で実行可能な「行動」のレベルに「接地(grounding)」されるのです。

C. 事例研究:ジェスチャーが学習を促進する

この「思考の変化」は、第2章で触れた算数学習の研究でも実証されています。ある研究 5 では、子どもたちを複数のグループに分けました。

  1. 言葉だけで教える群。
  2. 言葉とジェスチャー(グルーピングのV字)を「見せる」群。
  3. 言葉とジェスチャーを「見せ」、さらに子どもたち自身にそのジェスチャーを「実行させる」群。

結果は明確でした。ジェスチャーを自ら「実行した」子どもたちは、新しい戦略(グルーピング)の獲得において、他の群を大きく上回りました 5

この結果が示すのは、ジェスチャーの認知的効果は、単に「見る(perceiving)」ことよりも、自ら「実行する(producing)」ことによって最大化される、という事実です 4

プレゼンターにとって、これは「頭の中で考えるフリ」をするだけでは不十分であり、「身振り手振りで『実行』する」ことこそが重要である科学的根拠となります。思考は、具体的な身体行動(ジェスチャーの実行)によって「作られる」のです。

第4章:ハノイの塔の実験:ジェスチャーが思考を変える決定的証拠

A. Goldin-Meadow & Beilock (2010) の画期的な実験

ジェスチャーが思考を「接地させ、変化させる」ことの最も強力かつエレガントな証拠は、Goldin-MeadowとBeilockによる「ハノイの塔(Tower of Hanoi: TOH)」を用いた実験 6 によって提供されました。

B. 実験デザイン

この実験は、ジェスチャーがその後の物理的な行動にどう影響するかを巧みに検証しました 10

  1. TOH1(ベースライン):被験者は全員、4枚のディスクを使ったハノイの塔問題を解きます。この時点では、最も小さいディスクは非常に軽く(例: 0.8 kg)、誰でも「片手」で楽に動かせます 10。
  2. 説明フェーズ(操作):被験者は、自分がTOH1をどのように解いたかを、実験協力者に対して説明します。この際、被験者は「ジェスチャーを使うように」と指示されます 10。
  3. TOH2(テスト):被験者は、再度ハノイの塔を解きます。ここで、被験者は2つのグループに分けられます。
    • 非スイッチ群 (No-switch): ディスクの重さはTOH1と全く同じです。
    • スイッチ群 (Switch): 被験者には秘密で、ディスクの重さが逆転されます。最も小さかったディスクが、今度は最も重く(例: 2.9 kg)なり、「両手」を使わなければ持ち上がらなくなっています 10

C. 決定的な結果

研究者らの仮説は、「もしジェスチャーが思考(精神的表象)を変化させるなら、説明フェーズでのジェスチャーがTOH2の成績に影響するはずだ」というものでした。結果は、この仮説を劇的に支持しました 6

  • 非スイッチ群: 予想通り、TOH1よりもTOH2の方が速く解けました(学習効果)。
  • スイッチ群: TOH1よりもTOH2の方が、解決に時間がかかりました(成績低下)。
  • 最も重要な発見: 「スイッチ群」の成績低下の度合いは、一様ではありませんでした。説明フェーズにおいて、「小さいディスクを片手で動かす」というジェスチャーを多く行っていた被験者ほど、TOH2でのパフォーマンス低下が著しく大きかったのです 6

D. 本章の含意:ジェスチャーは思考を「固着」させる

この結果が意味することは何でしょうか。それは、ジェスチャーが彼らの思考を「固着」させた、ということです。

TOH1の経験に基づき、「小さいディスク=軽い=片手で動かす」というジェスチャーで説明を行った被験者は、その「行動情報」を自らの精神的な「問題解決プラン」に強く「接地(grounding)」させてしまいました 10

その結果、TOH2で物理法則(重さ)が変わり、その精神プラン(片手で動かす)が実行不可能になった時、彼らはプランの根本的な修正を迫られ、混乱したのです。

さらに重要なことに、研究者らは比較対照実験も行っています。ジェスチャーでの「説明」を挟まずに、単にTOH1を「2回実行」しただけの被験者では、このような思考の固着(スイッチ群での成績低下)は見られませんでした 5

これは、「実際に行動すること」よりも、「行動についてジェスチャーで説明すること」の方が、その行動を抽象的な精神的表象に組み込む上で、より強力であることを示唆しています 5

プレゼンターが「身振り手振りで説明する」行為は、単に「やってみる」以上の強力な認知プロセスです。それは、アイデアを自身の精神的表象に深く「刻み込む」行為なのです。

第5章:メカニズムの解明:「カテゴリー的思考」から「ミメティック思考」へ

A. なぜジェスチャーは思考を形成するのか?

なぜジェスチャーは、単なる行動(ハノイの塔の実行)よりも強く思考に影響を与えるのでしょうか。その答えは、ジェスチャーが、言語とは異なる「思考のフォーマット」へのアクセスを可能にするからだと考えられます。

Goldin-Meadowの論文 5 自体は「カテゴリー的(categorical)」や「ミメティック(mimetic)」という用語を直接使用していませんが、この対比は、認知進化論の文脈、特にMerlin Donaldの理論によって強力に裏付けられます。

B. Merlin Donaldの認知進化論

認知心理学者のMerlin Donaldは、ヒトの認知が複数の段階を経て進化してきたと提唱しました 12

  • 第2段階:ミメティック認知 (Mimetic Cognition)これは、言語(第3段階)が登場する以前の、Homo erectus(約150万年前)の認知様式です 12。これは「言語的ではないが、意識的で意図的な表象行為」であり、具体的にはジェスチャー、模倣(imitation)、身体全体を使った出来事の再現(reenactments)などを含みます 12。Donaldによれば、ミメティック認知の核心は「運動感覚的想像(kinematic imagination)」、すなわち「身体が動いているところを思い浮かべる能力」です 14。これは具体的で、模倣的(mimetic)な思考フォーマットです。
  • 第3段階:神話的・言語的認知 (Mythic/Linguistic Cognition)これは、抽象的な記号と言語を用いた思考(”categorical format”)です 12。これにより、人類は具体的な「今、ここ」のエピソードから離れ、一般的・統合的な思考(例:神話、法律、科学理論)が可能になりました。

C. プレゼンターの脳内で起こっていること

現代の我々は、このミメティック・システムと言語システムの両方を脳内に保持しています 15

プレゼンターがPCの前でスライドの構成(ロジック)や言葉(キャッチコピー)を練っている時、彼/彼女は主に「言語的・カテゴリー的」システムを使っています。これは非常に抽象的な作業です。

このシステムで行き詰まった時(=「言葉が出てこない」「ロジックが通らない」)、身体(ジェスチャー)を使って「説明するフリ」をすることは、思考の様式を、行き詰まった「言語的」システムから、より具体的で運動感覚的な「ミメティック」システムへと強制的に切り替える(ダウンシフトさせる)行為に他なりません。

Goldin-Meadowが「キャラクター・ジェスチャー(character gesture)」と呼ぶもの(例:ハノイの塔のディスクを掴む動作)5 は、まさにこのミメティックであり、具体的な「行動の運動感覚(action kinematics)」を捉えます 5

「カテゴリー的」フォーマットでは捉えきれなかった問題の側面(例:プロセス、物理的関係、空間配置)が、「ミメティック」フォーマット(=ジェスチャー)によって具体的・身体的に表象されることで、言語システムは新たな気づきや表現(=ブレイクスルー)を得るのです。

第6章:ジェスチャーだけではない:歩行が創造性を高める科学的根拠

A. 「PCの前を離れる」ことの科学

身体化された認知は、手(ジェスチャー)だけに限定されません。「PCの前を離れる」というアドバイスの、文字通りの行為、すなわち「歩行」もまた、思考に強力な影響を与えることが科学的に示されています。

B. Stanford大学 Oppezzo & Schwartz (2014) の研究

スタンフォード大学のMarily OppezzoDaniel Schwartzは、歩行が創造的思考に与える影響について、一連の優れた実験を行いました 16

  • 実験: 被験者の思考タイプを、「座っている時」と「(屋外やトレッドミルで)歩いている時」で比較しました。
  • タスク:
    1. 発散的思考 (Divergent Thinking): 創造性を測るタスク。例:「ボタン(button)の代替的な使い道をできるだけ多く挙げよ」(Guilford’s Alternate Uses, GAU) 17
    2. 収束的思考 (Convergent Thinking): 論理的に唯一の正解を導くタスク。例:連想クイズ(Compound Remote Associates, CRA) 17

C. 歩行の驚くべき効果

結果は非常に明確でした 17

  • 発散的思考(創造性):「歩行中」の被験者は、「座っている時」の被験者と比較して、GAUタスクのスコアが劇的に向上しました。ある実験では、参加者の81%の創造性が歩行によって向上しました 17。屋外でも、室内のトレッドミルでも同様の効果が見られました。
  • 収束的思考(論理):一方で、収束的思考(CRAクイズ)の成績は、歩行によって向上しませんでした 17。
  • 残余効果:さらに興味深いことに、歩いた「後」に座ってテストを受けても、発散的思考のブースト効果はしばらく持続しました 17。

研究者らは、この効果は単なる「屋外の刺激」によるものではなく、「歩行という行動そのもの」が、アイデアの自由な流れ(free flow of ideas)を開放するのだと結論づけています 17

D. 本章の含意:準備プロセスを最適化する

この知見は、プレゼンターの準備プロセスを明確に二分化することを推奨します。

プレゼンの準備には、「アイデアを出す(発散)」フェーズと、「ロジックを組む(収束)」フェーズがあります。

  1. 構成に行き詰まる、新しい切り口が欲しい、キャッチコピーが浮かばない(=発散的思考)時こそ、PCの前を離れて「歩く」べきです 16
  2. ロジックを厳密に組む、データを整理する、話の順序を確定する(=収束的思考)時は、「座る」方が効率的である可能性が高いです 17

ジェスチャー(第3-5章)と歩行(第6章)は、「身体を動かすこと」が「思考を動かす」という、「身体化された認知」の強力な二本柱なのです。

第7章:結論:プレゼン準備のための「身体を使ったブレインストーミング」実践ガイド

A. ジェスチャーの再定義

本レポートは、認知心理学の知見に基づき、プレゼンテーションにおけるジェスチャーの役割を再定義しました。

結論として、ジェスチャーは「聴衆のための伝達ツール」である前に、「話し手自身の思考を形成・整理するための認知的ツール」です。

それは、自身の思考を深め、言語化以前のアイデアを掴み、抽象的なロジックを具体的な行動に接地させるための、「身体を使ったブレインストーミング」と呼ぶべきプロセスです。

B. プレゼンターへの実践的アドバイス

この科学的知見に基づき、プレゼンの準備に行き詰まった話し手には、以下の3段階の行動を推奨します。

  1. 行き詰まったら、歩け (Walk & Wonder)PCの前で「言語的・カテゴリー的思考」 12 に煮詰まったら、PCを閉じ、立ち上がって歩き回ってください。歩行という身体運動が「発散的思考」を促進し、新たなアイデアの「自由な流れ」を生み出す科学的根拠があります 17。
  2. 声に出し、身振り手振りで「実行」せよ (Act & Ground)歩きながら、あるいは壁に向かって、「誰かに説明するフリ」をしてください。単に頭で考えるのではなく、言葉と「大きなジェスチャー」を伴って「実行(Produce)」すること 5 が重要です。この行為が、抽象的な思考を「ミメティック・フォーマット」 14 に変換し、具体的な「行動情報」としてあなたの思考に「接地(Grounding)」させます 10。ハノイの塔の実験 6 が示すように、この行為はあなたの精神的プランを強力に形成します。
  3. 自分の「手」に注目せよ (Watch & Mismatch)説明している最中、自分の「手」が「口」と違うことを言っていないか(=不一致)を観察してください 8。あなたの手は、言語化される以前の「次の思考の萌芽」や「ロジックの隠れたつながり」を、あなたの口よりも先に掴んでいる可能性があります 9。その「不一致」こそ、あなたの思考が次に深まるべきポイントです。

C. 総括

真に優れたプレゼンターは、聴衆を納得させる前に、まず自分自身の思考を「身体」を使って深めています。ジェスチャーを恐れる必要はありません。聴衆のためにジェスチャーを過度に「制御」する必要もありません。

ジェスチャーを、あなたの最も強力な思考のパートナーとして「解放」すること。それこそが、プレゼンを科学する第一歩です。

引用文献

  1. プレゼン上手が実践する「話し方」のコツ7選 聴き手を引きつける …,  https://logmi.jp/main/330487
  2. 英語の手遊び歌は、子どもの英語学習に役立つ? 〜「身体化された …,  https://bilingualscience.com/english/2024041201/#:~:text=%E3%80%8C%E8%BA%AB%E4%BD%93%E5%8C%96%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E8%AA%8D%E7%9F%A5%EF%BC%88embodied%20cognition%EF%BC%89%E3%80%8D%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86,%E9%81%8B%E5%8B%95%E3%81%A8%E7%B5%90%E3%81%B3%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%80%82&text=%E8%BA%AB%E4%BD%93%E3%81%AE%E6%84%9F%E8%A6%9A%E3%83%BB%E9%81%8B%E5%8B%95%E3%81%AE,%E3%81%A7%E3%82%82%E5%AE%9F%E8%A8%BC%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%80%82
  3. 主体感の有無を伴う身体運動が事象理解に与える影響,  https://okiu1972.repo.nii.ac.jp/record/2856/files/1343070x_22_1_Manami%20Sato.pdf
  4. Gesture as Representational Action: A paper about function – PMC – PubMed Central,  https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5340635/
  5. Action’s influence on thought: The case of gesture – PMC,  https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3093190/
  6. Gesturing while talking helps change your thoughts, study finds …,  https://news.uchicago.edu/story/gesturing-while-talking-helps-change-your-thoughts-study-finds
  7. Gesture’s Role in Speaking, Learning, and Creating Language – University of Wisconsin–Madison,  https://psych.wisc.edu/alibali/home/Publications_files/Goldin-MeadowandAlibali2013.pdf
  8. Gestures can help children learn mathematics: how researchers can …,  https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rstb.2023.0156
  9. From action to abstraction: Using the hands to learn math – PMC – NIH,  https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3984351/
  10. (PDF) Gesture Changes Thought by Grounding It in Action,  https://www.researchgate.net/publication/47300450_Gesture_Changes_Thought_by_Grounding_It_in_Action
  11. Gesturing has a larger impact on problem-solving than action, even when action is accompanied by words – PMC,  https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4318567/
  12. On the Development of Human Representational Competence from …,  https://files.eric.ed.gov/fulltext/ED466380.pdf
  13. Untitled – Case Western Reserve University,  https://case.edu/artsci/cogs/donald/NeurobiologyConsciousness3.pdf
  14. Literary Biomimesis: Mirror Neurons and the Ontological Priority of …,  https://escholarship.org/uc/item/3sc3j6dj
  15. Précis of Origins of the modern mind: Three stages in the evolution of culture and cognition | Behavioral and Brain Sciences – Cambridge University Press & Assessment,  https://www.cambridge.org/core/journals/behavioral-and-brain-sciences/article/precis-of-origins-of-the-modern-mind-three-stages-in-the-evolution-of-culture-and-cognition/73B430F036B25924175B9F500322B02F
  16. Give your Ideas some Legs! – Jane Fisher Associates,  https://janefisherassociates.co.uk/give-your-ideas-some-legs/
  17. Give Your Ideas Some Legs: The Positive Effect of Walking on Creative Thinking – American Psychological Association,  https://www.apa.org/pubs/journals/releases/xlm-a0036577.pdf

The Impact of Bodily States on Divergent Thinking: Evidence for a Control-Depletion Account – PMC – NIH,  https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5626876/

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