聴衆を科学する

ジェスチャーは聴衆の「脳」で何をしているのか? 学習をハックする「二重符号化理論」の戦略的活用法

(導入)リード:なぜ、あの人の話は「記憶に残る」のか?

優れたプレゼンテーション、例えばTEDトークなどで聴衆を魅了するスピーカーを思い浮かべてみてください。彼らに共通する特徴は何でしょうか。明瞭な声、構成の妙、そして例外なく、雄弁な「ジェスチャー」です。

多くのビジネスパーソンは、このジェスチャーの役割を「熱意の表現」や「聴衆の注意を引くため」、あるいは単なる「身のこなし(Poise)」1といった、話し手の「見栄え」の問題として捉えがちです。しかし、もしジェスチャーの真の役割が、話し手のためではなく、聴衆の「脳」に直接作用し、彼らの「学習」と「記憶」を根本から作り変えることにあるとしたらどうでしょうか。

本記事の目的は、プレゼンテーションを「科学」2の俎上に載せることです。我々は、ジェスチャーを「分かりやすい雰囲気」といった曖昧な理由から解放し、それを認知科学的な「戦略的ツール」として再定義します。

なぜ、ジェスチャーを交えた説明は、聴衆の理解度を劇的に向上させるのでしょうか。ある研究によれば、ジェスチャーはメッセージの有効性を最大60%も高める可能性が示されています4。これは「雰囲気」の問題では説明がつきません。

この驚異的な効果の背景には、人間の認知メカニズムの根幹に関わる、ある強力な理論が存在します。それが、心理学者アラン・パイヴィオ(Allan Paivio)によって提唱された「二重符号化理論(Dual-Coding Theory)」です。

プレゼンテーションとは、本質的に「抽象的な概念」を「具体的な行動」に移してもらうためのプロセスです。しかし、聴衆の脳は、エネルギー効率を最大化するようにできており、複雑で抽象的な情報を処理することを好みません2

ジェスチャーは、この抽象的な情報と言語の壁を突破し、聴衆の脳内で情報を「二重に符号化(Dual-Coding)」させ、強固な記憶を刻み込むための最強の武器です。

本記事では、この「二重符号化理論」を中核に据え、ジェスチャーが聴衆の認知に何をしているのかを科学的に解き明かし、明日からのプレゼンテーションで意図的に「学習」を引き起こすための戦略的デザイン技術を分析します。

第1章:科学的背景 – なぜ「言葉」と「映像」を組み合わせると記憶しやすいのか?

ジェスチャーの議論に入る前に、まず人間の脳がどのように情報を処理し、記憶するのかという根本原理を理解する必要があります。その鍵が、アラン・パイヴィオが提唱し、数十年にわたる批判や検証を経てなお、その有効性が支持され続けている認知心理学の金字塔、「二重符号化理論(Dual-Coding Theory: DCT)」です5

二重符号化理論(DCT)の核心

二重符号化理論の主張は明快です。人間の脳には、情報を取り込み、意味を理解するために、独立しつつも相互に関連する2つの認知システム(チャネル)が存在するとされます5

  1. 言語チャネル(Verbal System):これは、話し言葉や書き言葉(テキスト)など、言語的な情報を専門に処理するシステムです5。
  2. 非言語チャネル(Non-Verbal System / Imagery System):これは、画像、グラフィック、写真、心象イメージ(メンタル・イメージ)、その他の感覚情報など、言語以外の情報を専門に処理するシステムです5。

DCTが画期的であったのは、これら2つのチャネルの「関係性」を解明した点にあります。

「1 + 1 = 3」の記憶効果:加算的効果

DCTの最大の発見は、学習者がこれら2つのチャネル(言語と非言語)を「同時(concurrently)」に使用して情報を学ぶとき、記憶の定着率が、単一のチャネル(例:言葉だけ、あるいは絵だけ)で学ぶ場合よりもはるかに強力になるという「加算的効果(Additive Effect)」を実証したことです5

言葉(言語チャネル)で聞きながら、それに関連する画像(非言語チャネル)を同時に見る。すると、私たちの脳内には2種類の記憶の手がかり(コード)が保存されます。これにより、情報を思い出す際の「検索経路」が2倍になり、記憶がより強固になるのです10。これは、英語学習において、「音声だけ」で聞くよりも、「音声+映像(字幕)」で学習した方が記憶に残りやすい12といった現象の理論的支柱となっています。

なぜイメージ(非言語)は強力なのか?:「具体性の効果」

DCTの初期の研究から一貫して示されているのは、「絵は言葉よりも記憶されやすい」という事実です5。さらに重要なのは、「イメージを喚起しやすい言葉」と「しにくい言葉」が存在するという発見です。

パイヴィオの研究は、「具体的な名詞(例:リンゴ、エンジン)」が、「抽象的な名詞(例:正義、戦略、自由)」よりも記憶されやすいことを示しました13

この理由は明快です。「リンゴ」という言葉(言語チャネル)を聞くと、私たちの脳は即座にその「赤い、丸い果実」というイメージ(非言語チャネル)を生成できます。つまり、「具体的な言葉」は、非言語チャネルを自動的に活性化させやすいのです。

一方で、「戦略」という言葉(言語チャネル)を聞いたとき、私たちの脳はどのような明確な「単一のイメージ」を生成できるでしょうか? それは非常に困難です。「抽象的な言葉」は、非言語チャネルを活性化させる力が弱いため、言語チャネルのみに依存した「か細い」記憶コードしか生成できず、結果として忘れやすくなります13

この「具体性の優位性」こそが、プレゼンテーションにおける最大の課題を浮き彫りにします。ビジネスや学術の場で行われるプレゼンテーションの目的は、そのほとんどが「ビジョン」「戦略」「データ分析」「理論」といった、本質的に「抽象的な概念」を伝えることです。

したがって、プレゼンターが直面する最大の認知科学的課題は、言語チャネルに偏った「抽象的な情報」を、いかにして聴衆の「非言語チャネル」に接続し、「具体性」を持たせるか、という点に尽きます。

DCTは、この課題を解決するためには、言語チャネル(スピーチ)とは 別の 非言語チャネル(イメージ)を 同時に 提供する必要があることを示唆しています。スライドに図表を入れることはその一つの解ですが、より強力で、よりダイナミックな解が、話し手自身の「ジェスチャー」なのです。

第2章:ジェスチャーと二重符号化 – 聴衆の脳内で起きていること

二重符号化理論(DCT)が示す「非言語チャネル」は、スライドに映し出される「静的な画像」や「グラフ」だけを指すのではありません。

プレゼンテーションというリアルタイムのコミュニケーションにおいて、聴衆の非言語チャネルを最も強力に、そして柔軟に活性化し続ける視覚情報源こそ、話し手の「身体」、すなわち「ジェスチャー」です15

ジェスチャーは、スピーチ(言語チャネル)と「意味的」に関連しながら16、「同時」に発生し、「視覚的」に処理されるため、DCTが提唱する加算的効果11の条件に完全に合致する、理想的な非言語情報です17

では、聴衆が話し手のジェスチャーを「見る(Seeing gesture)」とき、彼らの脳内では具体的に何が起きているのでしょうか。それは単に「注意を引いている」だけではありません。

実験が示す「ジェスチャーを見る」効果

近年の認知科学研究は、「ジェスチャーを見ること」が聴衆の思考プロセスそのものを変容させる強力な効果を持つことを明らかにしています。

1. 予測による処理の高速化

ある研究では、仮想的なアバターが質問をする実験を行いました。アバターが「あなたが…(間)…することを学んだのは何歳ですか?」と尋ねる際、その「間」の部分で、アバターが「タイピングするジェスチャー」をした場合と、無関係な動き(腕を掻くなど)をした場合を比較しました。その結果、聴衆は「タイピングするジェスチャー」を見た場合、その後に続くターゲット単語(「タイプする」)を無意識に「予測」し、意味の処理が著しく高速化・円滑化されることが分かりました19。

ジェスチャーは、聴衆の脳に対して、次にくる言語情報の「予告編」として機能し、理解のための準備をさせているのです。

2. 複雑なシステムの理解促進

ジェスチャーの効果は、複雑な概念の理解においてさらに顕著になります。ある研究20では、参加者に「4ストロークエンジンの仕組み」という複雑な動的システムを説明するビデオを見せました。

  • グループA:部品の「構造」を指し示すジェスチャー(例:「これがピストンです」と指を差す)
  • グループB:部品の「動作」を模倣するジェスチャー(例:「ピストンがこのように上下します」と手を上下させる)

実験の結果は決定的でした。「動作」を模倣するジェスチャー(アクションジェスチャー)を見たグループBは、「構造」を指し示すジェスチャーを見たグループAよりも、エンジンのダイナミクス(どのように動くか)に対する理解が有意に向上しました20

これは、ジェスチャーがスピーチの内容と「意味的に一致(Conceptually Congruent)」していたためです20。ジェスチャーは、抽象的な「上下動」という言葉に、具体的な「動きのイメージ」という非言語コードを与え、聴衆の脳内で二重符号化を成功させたのです。

3. スピーチとの「同期」が学習の質を変える

スーザン・ゴールディン=メドウ(Susan Goldin-Meadow)らの研究21は、子供の数学(等号の概念)学習において、さらに決定的な洞察を提供しています。

実験では、ジェスチャー付きの指導(Speech+Gesture)が、ジェスチャーなしの指導(Speech Alone)よりも、学習後のテストで優れた成果をもたらすことを再確認しました21

ここでの重要な発見は、ジェスチャーの役割が単に聴衆の「視覚的注意」を問題(例:数式)に向けること だけ ではなかった点です。アイトラッキングを用いた分析の結果、ジェスチャーの真の効果は、それがスピーチと「同期(Synchronize)」し、聴衆がそのスピーチから「何を汲み取るか(what learners glean)」、すなわち情報の「解釈の質」そのものに影響を与えていることでした21

ジェスチャーが聴衆の「ワーキングメモリ」をハックする

なぜ、この「同期」がそれほど重要なのでしょうか。それは、聴衆の「ワーキングメモリ(作業記憶)」の限界と深く関係しています。

ワーキングメモリとは、私たちが情報を一時的に保持し、操作するための「脳の作業台」のようなものです。この作業台の容量は非常に限られています。

  • ジェスチャーなし(高負荷):話し手が「圧力が高まり、それによってピストンが下に押されます」と「言葉だけ」で説明した場合。聴衆は、まず「圧力が高まり」という言語情報をワーキングメモリに保持し、次に「ピストンが下に押される」という言語情報を保持し、その後に、2つの情報の関係性を解釈し、頭の中で「動きのイメージ」をゼロから構築しなくてはなりません。これはワーキングメモリに多大な負荷をかけます。
  • ジェスチャーあり(低負荷):話し手が「圧力が高まり(上から押すジェスチャー)、ピストンが下に押されます(手を下げるジェスチャー)」と説明した場合。聴衆は、言語情報(スピーチ)と非言語情報(ジェスチャー)を「同期」したセットとしてリアルタイムで処理できます。ワーキングメモリに情報を溜め込む必要がなく、「その場で」心的モデルを構築できるため、認知負荷が劇的に下がります。

ジェスチャーの「同期性」とは、聴衆のワーキングメモリをハックし、そのリソースを「記憶」という低レベルな作業から解放し、「意味の理解」という高レベルな作業に振り向けるための、高度な認知工学的テクニックなのです。

理論的深化:なぜジェスチャーは「静止画」より強力なのか?

ジェスチャーがスライドの「静止画」よりも強力な非言語チャネルである可能性を示唆する、もう一つの理論があります。それが「身体化された認知(Embodied Cognition)」理論です10

この理論は、私たちの「認知(思考)」は脳の中だけで完結しているのではなく、私たちの「身体(Body)」と不可分であると主張します10

二重符号化理論(DCT)は、「何を」処理するか(言語とイメージ)を説明しました。「身体化された認知」理論は、非言語チャネルが「どのように」機能するかを補足説明します16

この理論によれば、聴衆が話し手のジェスチャーを単に「見る」とき、彼らの脳内では、そのジェスチャーを「実行」するのに使われるはずの「運動野(Sensorimotor Networks)」が共鳴し、活性化(Resonate)することが示されています22

つまり、聴衆はジェスチャーを「絵」として受動的に見ているのではなく、無意識レベルで「疑似的に実行(Simulation)」しているのです。

この観点を踏まえると、ジェスチャーが引き起こす学習プロセスは、単なる二重符号化(言語+視覚)を超えた、よりリッチなものであることが見えてきます。

  1. スピーチ(言語チャネル)
  2. ジェスチャーを見る(非言語・視覚チャネル)
  3. 運動野の共鳴(非言語・身体化チャネル)

ジェスチャーは、「二重符号化」を「身体化」させることによって、スライドの静止画よりも一段階深く、強力な非言語チャネルとして機能しているのです。

第3章:最強の組み合わせ – なぜ「抽象的な言葉」と「具体的なジェスチャー」はセットなのか?

ジェスチャーが学習を促進する最大の理由は、ジェスチャーが「言語(スピーチ)とは異なる性質」を持っているからに他なりません。この2つは「冗長」なのではなく、「補完関係(Complementarity)」にあるのです23

この分野の世界的権威であるスーザン・ゴールディン=メドウ(Susan Goldin-Meadow)の研究は、この補完関係の本質を鋭くえぐり出しています。

スピーチ(言語)の性質:「カテゴリカル(Categorical)」

ゴールディン=メドウによれば、言語(スピーチ)は、本質的に「抽象化」と「一般化」のツールです25

例えば、「鳥」という言葉(言語)は、それ自体に「羽ばたく」という意味は含まれていません。それは、空を飛ぶ鷲も、飛べないペンギンも、庭に来るスズメも、すべてを等しく「分類」するための「カテゴリ(記号)」です。言語は、このように世界を「カテゴリカル」に分節化し、論理的な構造を与える役割を担っています25

ジェスチャーの性質:「模倣的(Iconic) / 具象的(Concrete)」

一方、私たちがスピーチと「共に」使うジェスチャー(Co-speech gesture)は、言語のようには「カテゴリカル」ではありません25

話し手が「鳥が飛んでいった」と言いながら行うジェスチャーを想像してください。そのジェスチャーは、「鳥というカテゴリ」を示しているのではなく、「特定の羽ばたく動作」や「特定の飛翔軌道」といった、具体的で、アナログで、模倣的な(Iconic)情報を伝えています25

「不完全さ」こそがジェスチャーの価値

ゴールディン=メドウの研究は、この区別をさらに明確にします。彼女は、ろうの子供たちが言語モデルなしで自ら生み出すジェスチャー言語「ホームサイン(Homesign)」を研究しました26

ホームサインは、それ自体が「言語」として機能し、コミュニケーションの全負担を負わなければならないため、やがて「文法」や「一貫した語順」といった「カテゴリカル」な性質を発達させていきます25

しかし、私たちがプレゼンで使う「スピーチと共に行うジェスチャー」は、スピーチと「負担を共有」しています25。そのため、ジェスチャー自体が「言語(カテゴリカル)」になる必要がありません。

この「言語にならなくて良い」という自由こそが、ジェスチャーの最大の価値です。

もしジェスチャーもスピーチと同様に「カテゴリカル」であったなら、それは単なる「冗長な情報」(同じカテゴリを2回言う)に過ぎません。

しかし、ジェスチャーは「模倣的・具体的」であり続けることで、スピーチ(言語)がその抽象化の過程で 切り捨ててしまった 豊かな「具体性」や「イメージ」を「補完(Complement)」することができるのです23

最強の「心的表象」が生まれる瞬間

プレゼンにおいて、聴衆は「言葉(抽象的なカテゴリ)」と「ジェスチャー(具体的なイメージ)」を同時に処理します。

スピーチが「骨格(カテゴリ)」を提供し、ジェスチャーが「肉付け(具体的なイメージ)」を行う。

この2つの異なる情報24が聴衆の脳内で統合されるとき、単なる「単語の記憶」ではなく、非常にリッチで解像度の高い「心的表象(メンタルモデル)」が構築されます。

これこそが、ジェスチャーが二重符号化の「質」を最大化するメカニズムです。「抽象的な言葉」と「具体的なジェスチャー」は、それぞれが持つ「不完全さ」を補い合う、最強のパートナーなのです。

第4章:戦略的デザイン – 聴衆の「二重符号化」を意図的に設計する技術

ジェスチャーが聴衆の学習を促進する強力なツールであることは、理論的に明らかになりました。しかし、その効果は、単に手を動かせば得られるものではありません。「どのような」ジェスチャーを「いつ」使うかという、「意図的な設計」にかかっています。

ジェスチャーを戦略的にデザインするための2つの大原則と、2つの具体的テクニックを解説します。

大原則:スピーチとジェスチャーの「一致(Congruence)」

すべてのテクニックの前提となる大原則は、ジェスチャーがスピーチの内容と「意味的」に一致(Congruent)していなければならない、という点です20

意味的に一致したジェスチャーは、学習者の記憶を強化し28、二重符号化を促進します。逆に、一致していないジェスチャーは、聴衆の認知を妨害します(第5章で詳述)。

では、どうすれば「一致」させられるのでしょうか? それは、伝えるべき「概念の種類」によって、使用すべきジェスチャーの戦略が異なることを理解することから始まります。

テクニック1:【具体的概念】は「アイコニック・ジェスチャー」で示せ

アイコニック・ジェスチャー(Iconic Gestures / 模倣ジェスチャー)とは、対象の物理的な形状、大きさ、または動作を「そのまま模倣する」ジェスチャーです30

  • 適用対象: 物理的なモノ、プロセス、行動など、目に見える具体的な概念。
  • 認知メカニズム: スピーチ(言語チャネル)で示された対象に対し、最も直接的な視覚情報(非言語チャネル)を提供し、即座に解像度の高い心的表象を構築させます。
  • 具体例:
    • 教育(数学): 「足し算」を教える際に、両腕を交差させて「+(プラス)」の形を作る31
    • 教育(幾何学): 「直角」を教える際に、両腕を使って「90度」の形を作る31
    • 工学(プロセス): 「エンジンの仕組み」を説明する際に、ピストンの上下動を手で模倣する(例:握りこぶしを上下させる)20
    • 日常(行動): 「鍵を回す」と言いながら、手首をひねる動作をする4

テクニック2:【抽象的概念】は「メタフォリック・ジェスチャー」で示せ

これこそが、プロフェッショナルなプレゼンターにとって最も重要な技術です。ビジネスや学術の現場で扱う概念の多くは、「戦略」「理論」「正義」といった、物理的な実体を持たない「抽象的な概念」だからです。

メタフォリック・ジェスチャー(Metaphoric Gestures / 比喩ジェスチャー)とは、これら抽象的な概念を、具体的な「物理的比喩(メタファー)」によって表現するジェスチャーです30

  • 適用対象: アイデア、理論、感情、時間、関係性など、目に見えない抽象的な概念。
  • 認知メカニズム: 抽象的な概念(例:「正義」35)は、それ自体では非言語チャネル(イメージ)を喚起しにくいという弱点がありました13。メタフォリック・ジェスチャーは、この抽象概念を「天秤(=公平さ)」のような具体的な身体感覚や空間イメージに「グラウンディング(Grounded)」させ、強制的に非言語チャネルを起動させます34
  • 具体例:
    • アイデア: 「そのアイデアを掴む(Grasp an idea)」と言いながら、手を「握る」動作をする28
    • 比較: 「二つの選択肢を比較検討する」と言いながら、両手を「天秤」のように左右に並べる30
    • 進捗: 「プロジェクトの進捗」や「成長」を語る際に、手を「前方」や「上方」に動かす33
    • 時間:過去」を自分の背後や左側、「未来」を前方や右側で示す34
    • 困難:障害があった」と語る際に、手のひらで壁を作る。

【戦略的ジェスチャー・デザイン・テーブル】

本章で解説した2つのテクニックは、プレゼンターが意識的に使い分けるべき戦略です。このフレームワークを視覚的なテーブル(非言語チャネル)でまとめます。これ自体が、本記事の主張である「二重符号化」の実践です。

伝えたい概念の種類推奨されるジェスチャー戦略認知メカニズム(二重符号化)具体例(スピーチ+ジェスチャー)参照
具体的概念 (モノ、プロセス、行動)アイコニック・ジェスチャー (Iconic Gestures) / 模倣スピーチ(言語)とジェスチャー(視覚)が対象を直接的に描写し、解像度の高い心的表象を構築する。「エンジンはこのように(手を上下に)動きます」「直角(手で90°を作る)とは90度のことです」4
抽象的概念 (アイデア、理論、感情、時間)メタフォリック・ジェスチャー (Metaphoric Gestures) / 比喩抽象的な言語情報を、ジェスチャーによって具体的な物理メタファー(空間、重さ、動き)に「グラウンディング」させ、非言語チャネルを起動する。「このアイデアを掴む(手を握る)ことが重要です」「2つの案を比較検討(両手を天秤に)します」28

第5章:警告 – なぜ「ミスマッチ」なジェスチャーは学習を阻害するのか

ジェスチャーは「諸刃の剣」です。第4章で見たように、スピーチと戦略的に「一致」させれば学習を強力に促進しますが、もしスピーチと「不一致(Mismatch)」なジェスチャーを使えば、聴衆の学習を深刻に阻害する「ノイズ」となります。

聴衆が「混乱」するメカニズム

話し手のスピーチとジェスチャーが矛盾する情報(例:スピーチは「増えました」と言い、ジェスチャーは「下がる」動作をする)を提示すると、聴衆は「コミュニケーション上および記憶上の問題」を抱えることが実験で示されています39

私たちの脳は、複数の情報チャネルが矛盾した場合、特定の情報を優先する傾向があります。特に、視覚情報(ジェスチャー)は、聴覚情報(スピーチ)よりも優位に処理される傾向が強いことが知られています。

この現象は、視覚情報(「Ga」と発音する口の動き)が、聴覚情報(「Ba」という音声)を上書きし、実際には存在しない「Da」という音として知覚させてしまう「マガーク効果(McGurk Effect)」と類似の認知プロセスです39

矛盾したジェスチャー(視覚情報)は、聴衆の脳内でスピーチ(聴覚情報)と衝突し、メッセージの直接的な理解を「妨げる(Detract from)」40だけでなく、話し手に対する「欺瞞的(deceptive)」というネガティブな印象すら与えかねません39

「やり過ぎ」も禁物

また、不一致だけでなく、「過剰」なジェスチャーも認知負荷を高めます。特に、スピーチの内容とは直接関係なく、単に強調(拍)のためだけにリズミカルに使われる「ビート・ジェスチャー(Beat gestures)」を過度に(例えば、すべての単語で)使用すると、聴衆(特に言語学習者など)の認知リソースを無駄に消費させ、かえって記憶と理解に悪影響を与える可能性があることも報告されています41

ジェスチャーは、ただ動けば良いのではなく、「意味と同期して」動くことにこそ価値があるのです。

【専門的コラム】ミスマッチが「学習の準備状態」を示すとき

ただし、この「ミスマッチ」は、非常に興味深いパラドックスを提示します。

話し手(プレゼンター)のミスマッチは、聴衆を混乱させる「悪」です。しかし、ゴールディン=メドウらの別の画期的な研究42では、「学習者(聴衆)」の側でミスマッチが発生した場合、それが決定的な「学習のサイン」となることが示されました。

この研究では、子供たちが数学の問題を解く際に、驚くべき行動が観察されました。子供は、「スピーチでは間違った答え」を言いながら、同時に「ジェスチャーでは正しい解法(例:正しい順序で数を数える動作)」を示していたのです43

この「スピーチ(誤) vs ジェスチャー(正)」のミスマッチが意味するものは何でしょうか。

このミスマッチを示した子供は、その直後の指導によって新しい概念を習得する可能性が極めて高い、「学習の準備ができている状態(Readiness to learn)」にあることを示していました42

なぜか? ジェスチャーは、その子供がまだ「言語化」できていない新しい思考や、部分的な理解を反映しているからです44。この子供の脳内では、「言語化された古い思考(スピーチ)」と、「身体化された新しい思考(ジェスチャー)」がせめぎ合っているのです。

この発見は、ジェスチャーが単に「思考を伝達する」ツールであるだけでなく、思考を「外部化(Externalizing)」し45、それによって自らの「認知負荷」を軽減し、より複雑な思考(=学習)を可能にする44、「思考そのもの」のプロセスである可能性を示唆しています。

プレゼンターにとっての示唆は明確です。自分のジェスチャーがスピーチとミスマッチを起こすことは、聴衆を混乱させるため絶対に避けねばなりません39。しかし同時に、ジェスチャーは、聴衆(例えばワークショップの参加者)の理解度を測る「診断ツール(Diagnostic tool)」45にもなり得るのです。

(結論)まとめ:ジェスチャーは「装飾」ではない、「設計」である

本記事で我々が解き明かしてきたように、プレゼンテーションにおけるジェスチャーは、単なる「装飾」や「熱意の表現」では断じてありません。

それは、アラン・パイヴィオの「二重符号化理論(DCT)」5という堅牢な科学的基盤に基づき、聴衆の脳内で「言語チャネル」と「非言語チャネル」を意図的に同時活性化させ、記憶の定着と学習をハックするための高度な「認知工学」です。

ジェスチャーの比類なき力は、それが「スピーチ(抽象的・カテゴリカル)」とは根本的に異なる性質、すなわち「具体的・模倣的」な情報を「補完」する25という、そのユニークな役割に由来します。

スピーチが「骨格(カテゴリ)」を提示し、ジェスチャーが「肉付け(イメージ)」を行う。この最強のコンビネーションによって、聴衆の脳内には、言葉だけでは決して構築できない、リッチで強固な「心的表象(メンタルモデル)」が形成されるのです。

優れたプレゼンターは、聴衆の認知プロセスに責任を持つ「設計者」です。

彼らは、伝えるべき概念が「具体的」か「抽象的」かを瞬時に見極め、最適なジェスチャー戦略(アイコニック or メタフォリック)を「設計」し31、それをスピーチと寸分違わず「同期」させます21

私たちはこれまで、スライド(視覚)とプレゼンテーション(口頭)の「アートとサイエンス」3について多くを議論してきました。今こそ、そこに「ジェスチャー(身体性)」という第3の要素を加え、これら三位一体の「プレゼンテーション・デザイン」を科学する時です。

明日からのあなたのプレゼンテーションで、ぜひ自問してみてください。

「私のスピーチ(言語チャネル)は、それを補強する最強の非言語チャネル(ジェスチャー)によって、正しく『二重符号化』されているだろうか?」と。

引用文献

  1. PowerPoint Karaoke and the Science of Presentation – Santanu Vasant, https://www.santanuvasant.com/2017/04/01/powerpoint-karaoke-and-the-science-of-presentation/
  2. Master The Science Of Public Speaking: 7 Psychology Tips – Benjamin Ball Associates, https://benjaminball.com/blog/science-of-public-speaking/
  3. What Are The Must-Read Essential Presentation Books?, https://thepresentationdesigner.co.uk/what-are-the-must-read-books-on-presentation-design/
  4. Let your hands do more talking – Rosemary Ravinal, https://rosemaryravinal.com/let-your-hands-do-more-talking/
  5. Dual Coding Theory: Retrospect and Current Status – ResearchGate, https://www.researchgate.net/publication/232466530_Dual_Coding_Theory_Retrospect_and_Current_Status
  6. Mental Imagery > Dual Coding and Common Coding Theories of …, https://plato.stanford.edu/archives/win2020/entries/mental-imagery/theories-memory.html
  7. Mental Representations : A Dual Coding Approach by Allan Paivio – Books-A-Million, https://www.booksamillion.com/p/Mental-Representations/Allan-Paivio/9780195066661
  8. Mental Representations, https://api.pageplace.de/preview/DT0400.9780195362008_A42802291/preview-9780195362008_A42802291.pdf
  9. (PDF) Dual Coding Theory and Education – ResearchGate, https://www.researchgate.net/publication/225249172_Dual_Coding_Theory_and_Education
  10. Gestures and the Spoken Language: A Crucial Semiotic and Symbiotic Relationship in Multilingual Mathematics Classes, https://www.ejmste.com/download/gestures-and-the-spoken-language-a-crucial-semiotic-and-symbiotic-relationship-in-multilingual-11279.pdf
  11. Dual coding theory and education, https://nschwartz.yourweb.csuchico.edu/Clark%20&%20Paivio.pdf
  12. 英語学習X心理学:二重符号化理論|もーちゃん(mochan) – note, https://note.com/mochantv/n/na32006757bd2
  13. Chapter 03: Multimedia Learning Theory and Instructional Message Design – ODU Digital Commons, https://digitalcommons.odu.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1002&context=instructional_message_design_vol2
  14. Chapter 03: Multimedia Learning Theory and Instructional Message Design | ODU Digital Commons, https://digitalcommons.odu.edu/context/instructional_message_design_vol2/article/1002/viewcontent/3_InstructionalMessageDesign_vol2_Ramlatchan.pdf
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  28. Your Body as a Tool to Learn Second Language Vocabulary – MDPI, https://www.mdpi.com/2076-328X/15/8/997
  29. The Impact of Gestures and Facial Expressions in Language Acquisition – ResearchGate, https://www.researchgate.net/publication/389817074_The_Impact_of_Gestures_and_Facial_Expressions_in_Language_Acquisition
  30. Types of Gestures and Their Meanings – BetterUp, https://www.betterup.com/blog/types-of-gestures/
  31. Engagement Strategies – Gestures – AISNSW, https://www.aisnsw.edu.au/teachers-and-staff/teaching-and-learning/literacy-and-numeracy/foundations-of-effective-instruction/engagement-strategies/gestures
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  38. Metaphoric Gestures: Towards Grounded Mental Spaces | USC ICT, https://ict.usc.edu/pubs/Metaphoric%20Gestures%20-%20Towards%20Grounded%20Mental%20Spaces.pdf
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  41. Beat Gestures for Comprehension and Recall: Differential Effects of Language Learners and Native Listeners – Frontiers, https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2020.575929/full
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  44. Hearing Gesture: How Our Hands Help Us Think | Request PDF – ResearchGate, https://www.researchgate.net/publication/37711527_Hearing_Gesture_How_Our_Hands_Help_Us_Think
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THE ART AND SCIENCE OF CREATING GREAT PRESENTATIONS | PDF – Slideshare, https://www.slideshare.net/slideshow/the-art-and-science-of-creating-great-presentations/249494008

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