歴史に学ぶ

コミュニケーション学における「伝える」プロセスの科学的解明と体系的理解

本ブログではこれまで「伝わる」を科学してきましたが、今回はその源流である「伝える(メッセージの生成・発信)」プロセスそのものに焦点を当てます。人間の頭の中で抽象的な意図が言葉や形になる過程は、心理言語学や認知理論に基づく極めて高度なメカニズムです。米国コミュニケーション学会(NCA)などでも、医療や政治、組織といった多様な文脈の中で、人々がどのようにメッセージを用いて意味を生成するかが研究されています。発信者の社会的背景がいかにメッセージに反映されるかを紐解き、真に影響力のあるコミュニケーションを実現するヒントを探ります。

1. 序論:「伝わる」パラダイムから「伝える」パラダイムへの学問的転換

人間社会における相互作用の根幹をなすコミュニケーションは、歴史的に「いかにして相手に正確に意味を解釈させるか」、すなわち「伝わる(受信と解釈)」という結果の側面に多大な学問的関心が寄せられてきた。しかし、コミュニケーションという現象を全人的かつ体系的に解剖するためには、その源流にある「伝える(メッセージの生成と発信)」というプロセスそのものを独立した科学的対象として探求することが不可欠である。発信者が内面にある抽象的な概念や意図を、どのように具体的な言語、非言語、あるいは視覚的なシンボルへと変換し、特定のチャネルを通じて投射するのかという一連のメカニズムは、心理学、社会学、政治学、そして認知科学が交差する極めて高度な学際的領域を形成している。

コミュニケーション学(Communication Studies)は、人間の経験の中心である「メッセージの生成、交換、解釈」を研究する独立した学問分野として発展してきた 1。古代ギリシャの修辞学者アリストテレスが提唱した「話者(Sender)、メッセージ(Message)、聴衆(Hearer)」という線形モデルは、説得の技法としてのコミュニケーション研究の最も初期の基盤となっている 3。さらに1940年代後半、クロード・シャノンとウォーレン・ウィーバーによって提唱された「伝送モデル(Transmission Model)」は、「伝える」行為を数学的かつ科学的に定式化した画期的なパラダイムであった 6。このモデルは、情報源(Source)から発信者(Transmitter)がメッセージを信号としてエンコードし、チャネルを通じて受信者(Receiver)へと送る過程を記述しており、メッセージが適切に伝送される責任を明確に発信者側に置いている点に特徴がある 6

伝送モデルにおいては、物理的な環境ノイズ(Environmental Noise)だけでなく、発信者と受信者の間でシンボルの理解が一致しないことによって生じる「意味的ノイズ(Semantic Noise)」の存在が指摘されている 6。発信者がいかにしてこの意味的ノイズを予測し、それを乗り越えるための精密な記号化(エンコーディング)を行うかが、「伝える」科学の出発点となる 6

2. 自己内コミュニケーション:「相手がいない」状況下での情報生成メカニズム

「伝える」プロセスを科学的に分析する際に見落としてはならないのが、メッセージの生成が必ずしも外部の受信者を必要としないという事実である。コミュニケーション・モデルの多くは発信者と受信者が異なる人物であることを前提とする対人コミュニケーション(Interpersonal Communication)に焦点を当てているが、一部のモデルは「自己内コミュニケーション(Intrapersonal Communication)」のために特別に定式化されている 8

自己内コミュニケーションの理論枠組みは、「伝える」プロセスが外部の他者へ向けられる以前に、発信者の内面における高度な情報処理から始まっていることを示している 8。人間は絶えず内部および外部からの刺激(Stimuli)を知覚しており、自己内コミュニケーションはこれらの刺激に対して情報を分類し、象徴的な意味(Symbolic Meaning)を割り当てることから開始される 8。続いて、情報の整理と思考のプロセスを経て、発信者自身の内部で概念化されたアイデアが行動的応答(内的発話や身体的反応を含むメッセージ)としてエンコードされる 8

この内的応答はそれ自体が新たな刺激を生み出し、継続的な自己内コミュニケーションのためのフィードバックループとして機能する 8。つまり、「相手がいなくてもOK」という文脈において「伝える」を科学することは、人間の認知システムがいかにして無秩序な刺激に意味を与え、自己というシステム内で情報を循環・統合させているのかという、人間の意識と自己認識のメカニズムそのものを解明する作業に他ならない。この自己内での精密なエンコーディング能力の高さが、結果として他者へ向けた「伝える」プロセスの質を決定づける基礎的な変量となるのである。

3. メッセージ生成の認知メカニズムと心理言語学的アプローチ

自己内での情報処理を経て、実際に外部へ向けて発信されるメッセージがどのように構築されるのか。このプロセスは心理言語学や認知コミュニケーション理論によって精緻にモデル化されている。人間の脳内に浮かんだ抽象的な意図が、一貫性を持った音声やテキストに変換されるプロセスは、決して単一の直感的な動作ではなく、複数の独立した認知モジュールが連動する階層的システムである。

3.1 レヴェルトの発話産出モデル(Psycholinguistic Model of Speech Production)

メッセージ生成の認知的基盤を説明する上で最も影響力のある理論の一つが、オランダの心理言語学者ウィレム・レヴェルト(Willem Levelt)が1989年に提唱したモデルである 10。このモデルは、発信者がメッセージを生成する過程を以下の4つの独立した認知プロセスに分割して説明している。

認知プロセス役割とメカニズムメッセージ生成における意義
概念化
(Conceptualization)
伝達すべきメッセージの意図を決定し、記憶や外部環境から関連する情報を選択・構成する。マクロプランニングとマイクロプランニングを含む 10最も抽象的な段階であり、発信者が「何を伝えるべきか」を決定する。この段階での情報選択の誤りは、後のプロセスで修正不可能となる。
形式化
(Utterance Formulation)
概念を言語的形に変換するため、適切な単語(語彙化:Lexicalization)を選択し、文法規則に従って構造化(統語的構造化:Syntactic structuring)を行う 10抽象的概念が具体的なシンボル(記号)体系に落とし込まれる。ここで使用される語彙や文法の選択が、意味的ノイズの増減に直結する。
調音・構音
(Speech Articulation)
生成された音韻構造を実際に音声として出力するための運動制御を実行する。発声器官の筋肉への指令を含む 10物理的な信号の生成段階。テキストベースのコミュニケーションにおいては、タイピングや書字の運動プロセスに該当する。
自己モニタリング
(Self-monitoring)
発信者は自身の生成したメッセージ(または生成中の内部計画)が意図通りであるかを常に監視・修正する 10リアルタイムのエラー訂正機能。発信者が自らの発言を即座に言い直す現象は、このモニタリング機能の働きによるものである。

レヴェルトのモデルは、メッセージ生成が極めて計算的な認知リソースの配分プロセスであることを証明している。発信者は限られたワーキングメモリの中でこれら4つのプロセスを並行して実行しており、「伝える」ことの難しさは、この認知的負荷の管理の難しさに起因している 11

3.2 ジョン・O・グリーンによる「行為構築理論(Action Assembly Theory)」

コミュニケーション学独自の観点からは、ジョン・O・グリーン(John O. Greene)の「行為構築理論(Action Assembly Theory: AAT)」が極めて重要な知見を提供している 15。AATは、人間がどのように思考を認知し、それをコミュニケーションという行為に変換するのかを説明する理論枠組みである 17

AATによれば、発信者の長期記憶内には、過去の経験から蓄積された「手続き的記憶の記録(Procedural records)」が無数に保持されている 17。コミュニケーションの状況において特定の目標や欲求が発生した際、発信者はこれらの記憶の断片を迅速に検索し、現在の状況に合わせて統合(アセンブル)することでメッセージを生成する 17。この理論の革新的な点は、「なぜ人間が流暢に話せるのか」という構築の成功だけでなく、「なぜ言葉に詰まったり、不適切な発言をしてしまうのか」という構築の失敗をも論理的に説明できる点にある 15。不慣れな状況や複雑な問題に直面した際、適切な手続き的記憶の検索や統合に時間がかかるため、発信者のメッセージ生成は遅延し、非流暢性が生じるのである。

3.3 状況的複雑性と「情報操作理論2(IMT2)」

さらに、「伝える」プロセスは、発信者が置かれた文脈的・社会的な「状況の複雑さ(Situational Complexity)」に大きく影響を受ける。マッコルナックらによる「情報操作理論2(Information Manipulation Theory 2: IMT2)」の研究では、発信者が直面する問題空間の複雑さがメッセージ生成に与える影響が探求されている 18

発信者は他者との相互作用の中で、現在の状態と望ましい目標状態の間にどの程度の障害が存在するか(問題空間の複雑さ)をゲシュタルト的に評価している 18。状況の複雑さが増し、目標達成が困難であると認知された場合、発信者の認知的負荷は増大する。IMT2の知見によれば、このような高負荷状態においては、発信者は真正面からの真実の伝達を放棄し、情報の省略、歪曲、あるいは完全な虚偽を含む「欺瞞的(Deceptive)」なメッセージを生成する確率が高まることが実証されている 18。これは、嘘や情報操作が必ずしも悪意に基づくものではなく、状況的制約と認知的リソースの枯渇に対する、人間の認知システムの適応的なメッセージ生成戦略の一つであることを示唆している。

4. 修辞学の進化と記号化(エンコーディング)の科学

認知的なメッセージ生成のメカニズムが明らかになったのち、それが社会的な文脈や特定の媒体においてどのように形作られるかを探るのが、エンコーディング(記号化)と修辞学の研究領域である。

4.1 スチュアート・ホールのエンコーディング/デコーディング・モデル

メディア研究や文化研究の領域において、メッセージの生成プロセスを社会的・権力的構造の中で捉え直したのが、スチュアート・ホール(Stuart Hall)の「エンコーディング/デコーディング(Encoding/Decoding)」モデルである 19。このモデルは、シャノン=ウィーバーの線形モデルが想定していた「メッセージの透明性(発信者の意図がそのまま伝送されるという前提)」を鋭く批判する 19

ホールの理論の核心は、エンコーディング(発信者側の生成・記号化)プロセスにおいて、制作者の動機、制度的背景、社会的権力関係、経済的要因、そして専門的な技術的インフラが、いかにしてメッセージに特定の意味やイデオロギーを埋め込むかを明らかにした点にある 19。発信者がテレビ、活字、デジタルメディアなど特定のチャネルを選択し、そこに乗せる言葉や映像のフレーミング(枠組み)を決定する過程そのものが、すでに特定の解釈の方向性を決定づける政治的な行為である 19。したがって、「伝える」プロセスを科学することは、発信者が無意識のうちに内面化している社会的・文化的なバイアスが、どのようにメッセージの構造(テキスト)へとコード化されていくのかを批判的に分析することを求めている。

4.2 認知科学と融合する修辞学的発明(Rhetorical Invention)

古代ギリシャから続く修辞学(Rhetoric)は、近年、認知科学との融合により「伝える」科学としての劇的なアップデートを遂げている。伝統的な修辞学は、発信者(レトール)がいかにして説得力のある論拠やメッセージを発見・構築するかという「発明(Invention)」のプロセスに焦点を当ててきた 21

研究者リンダ・フラワー(Linda Flower)は、認知心理学とプロトコル分析を用いて、修辞学的発明が単なる生得的な直感や才能ではなく、高度な問題解決プロセスであることを実証した 22。彼女の研究は、優れたメッセージ生成とは、演繹的思考と帰納的思考を行き来しながら、読者のニーズ(Audience-needs)を自らの認知モデルの中にシミュレートし、それに基づいてテキストを構築するプロセスであることを明らかにしている 22

さらに、ジーン・ファーンストック(Jeanne Fahnestock)などの研究者は、比喩(Metaphor)や修辞技法(Figures of speech)が、メッセージを後から飾り立てるための単なる言語的装飾(副次的な特徴)ではないと論じている 23。むしろ、これらの表現形式は人間の深層的な認知機能そのものの現れであり、言語は本質的に比喩的構造を持っている 23。したがって、修辞学に基づくメッセージ生成(例えば対比やメタファーの意図的な使用)は、人間の認知メカニズムの「よく整備された表現の溝(well-worn grooves of expression)」に最も適応した形で情報をエンコードするための、極めて科学的なアプローチであると言える 23

5. 米国コミュニケーション学会(NCA)における「伝える」領域の体系化

「伝える」プロセスの科学的探求は、学術機関においてどのように分類され、議論されているのか。1914年に設立された米国コミュニケーション学会(National Communication Association: NCA)は、コミュニケーションを他の学問領域から独立した知的領域として確立させた世界最大規模の学会である 1。NCAでは、コミュニケーションの基礎を「人々が様々な文脈の中でメッセージを用いて意味を生成する方法(how people use messages to generate meanings within and across various contexts)」と定義しており、まさに発信側のプロセスが学問的探求の中心に置かれている 1

NCAは、コミュニケーション分野を9つの主要なサブ領域に大別して制度化している 2。これらの領域が「メッセージ生成・発信」プロセスにどのようにアプローチしているかを体系的に整理する。

NCAの主要サブ領域「伝える(メッセージ生成・発信)」プロセスにおける研究の焦点と知見
1. テクノロジーとコミュニケーション
(Technology and Communication)
デジタル環境やコンピュータ媒介コミュニケーション(CMC)において、発信者がいかにメッセージを生成・処理するかの研究 6。AIを用いた自動メッセージ生成や、オンラインレビューシステムにおける認知的不協和が発信行動に与える影響などを分析する 26
2. 批判的・文化的コミュニケーション
(Critical/Cultural Communication)
社会的権力、ジェンダー、人種的背景が、発信者のメッセージ生成に与える影響の分析。支配的な言説に対して、周縁化された個人がいかにして対抗的なメッセージを発信し、自らのアイデンティティをコード化するかを探る 2
3. ヘルスコミュニケーション
(Health Communication)
患者と医療提供者の間の情報発信プロセスや、公衆衛生向上のためのキャンペーンメッセージの設計。健康行動(例:禁煙、運動)を促進するために、リスク情報をどのようにエンコードし、説得的メッセージとして発信すべきかを研究する 26
4. 異文化・国際コミュニケーション
(Intercultural/International)
異なる文化的背景を持つ発信者が、独自の文化的文脈をいかにメッセージにエンコードするか。意味的ノイズや言語的障壁を越えて、国際的な合意形成や関係構築を図るための最適な発信戦略を探求する 2
5. 対人・小集団コミュニケーション
(Interpersonal/Small Group)
一対一や少人数グループにおいて、関係性の構築・維持を目的としたメッセージの構築プロセス。「目標・計画・行動論(Goals-Plans-Action Theory)」に基づき、発信者が複数の社会的目標を達成するためにどのように発話計画を練るかを分析する 30
6. マスコミュニケーション
(Mass Communication)
メディア機関やプロフェッショナルな発信者が、不特定多数のオーディエンスに向けてメッセージを構築する過程。情報普及のためのチャネル選択と、大規模なメッセージ発信が社会に与える波及効果の予測モデルを構築する 9
7. 組織コミュニケーション
(Organizational Communication)
企業や組織内におけるトップダウンおよびボトムアップのメッセージ生成。リーダーシップを発揮するための戦略的コミュニケーションや、組織文化や規範を形成・維持するための経営層による言語的フレーミングを研究する 30
8. 政治コミュニケーション
(Political Communication)
政治家、キャンペーン組織、政府機関による有権者への戦略的メッセージ生成。プロパガンダの構造、ローカルフレームを用いた言説の構築、さらにはAIを活用した政治的マイクロターゲティングのメッセージ生成手法を検証する 34
9. 修辞学・公共の議論
(Rhetoric and Public Address)
古代ギリシャから続く演説や公共の場での説得技術の研究。論理的(Logos)、信頼的(Ethos)、感情的(Pathos)アピールを組み込み、聴衆の態度変容を意図したメッセージ発明(Invention)の認知的・実践的プロセスを解明する 2

このNCAの分類から得られる重要な知見は、「伝える」という行為が単一の普遍的なスキルではなく、発信者が置かれたコンテクスト(医療、政治、組織、対人)によって、要求される認知的計画、使用可能な語彙、最適化すべき修辞的アピールが劇的に変化するという事実である。

6. 国際コミュニケーション学会(ICA)における専門的・グローバルな視座

米国中心のNCAに対し、よりグローバルかつ細分化された視点から情報と意味の交換プロセスを体系化しているのが、国際コミュニケーション学会(International Communication Association: ICA)である 37。ICAは数十に及ぶディビジョン(部門)とインタレスト・グループ(関心グループ)を擁しており、発信者やメッセージ生成に特に関連の深いディビジョンの研究アプローチは、以下の表のように整理される。

ICAの専門ディビジョンメッセージ生成と発信における研究アプローチ
ジャーナリズム研究
(Journalism Studies)
「ニュース」という特定の形式を持つメッセージがいかにして製造されるかに焦点を当てる。経済的圧力、民主主義的規範、技術的変化、そして権力関係といった外部の文脈(Context)が、ジャーナリストのエンコーディング作業をどう制約し、形作るかを分析する 38
フェミニスト・LGBTQ研究
(Feminist & LGBTQ Studies)
周縁化されたアイデンティティを持つ発信者が、支配的な性的システムや言説に対してどのように声を上げ、自らのアイデンティティを形成・表現するかのプロセス。空間やデジタル環境におけるマイノリティのメッセージ発信戦略を探求する 42
言語と社会的相互作用
(Language & Social Interaction)
人間の談話と相互作用のミクロな探求。言語理論、意味論、語用論、会話分析を通じて、発信者が対面または媒介された環境下で、どのように発話レベルの構成要素を選択し、意味を組み立てているかを研究する 38
視覚コミュニケーション研究
(Visual Communication Studies)
言語にとどまらない「伝える」手段の研究。テレビ、アート、デジタルメディアにおける視覚的表現(静止画・動画)がどのように創造(Creation)され、視覚的シンボルとして機能し、意味を伝達するかのプロセスを解明する 38
ヒューマン・マシン・コミュニケーション
(Human-Machine Communication)
人工知能(AI)やロボットが「コミュニケーター(発信者)」として機能する際のメッセージ生成プロセスの研究。機械による自律的なメッセージ発信を人間がどのように意味づけ、相互作用を行うかという新たなパラダイムを探求する 38

ICAの研究動向は、「伝える」プロセスがもはや人間の自然言語による発話に限定されないことを示している。視覚的表現、マイノリティ集団の社会的発信、そしてAIシステムによる自動生成まで、発信の主体と手段の多様化が今日のコミュニケーション学の最前線となっている。

7. 日本国内におけるコミュニケーション学の制度化と応用

米国や国際的な枠組みの発展と並行して、日本国内においてもコミュニケーション学は独自のアカデミックな制度化を遂げている。特に、東京経済大学、立教大学、明治大学などの学術機関は、日本の社会的・文化的コンテクストの中で「伝える」プロセスの研究を推進している。

これらの大学群におけるコミュニケーション学部のカリキュラムや研究領域は、主に「異文化間(Intercultural)」「メディア・文化(Media/Culture)」「心理・情報(Psychology/Information)」という多様なコンテクストに分類されている。例えば、心理・情報領域では、先述の心理言語学的モデル(レヴェルトのモデルやAAT)を基盤に、日本語という特異な文法構造や高文脈(High-context)文化において、発信者がいかにして非言語的シグナルや暗黙の了解をメッセージにエンコードしているかの認知プロセスが研究される。メディア・文化領域では、ホールのエンコーディング理論を応用し、日本のマスメディアやポップカルチャーにおけるコンテンツ制作者(発信者)が、どのような商業的・社会的動機に基づいて意味を構築し、発信しているかが分析の対象となる。

このように、グローバルな理論枠組みを地域の特性に合わせて適用・進化させることで、日本におけるコミュニケーション学は「伝える」科学の普遍性と特殊性の双方を明らかにする重要な役割を担っている。

8. 「伝える」プロセスの実践的応用と未来の展望:AI時代のメッセージ生成

基礎的な認知理論と、NCAやICAが示す多角的な分類体系を踏まえ、現実社会の応用領域において「伝える」科学が現在どのように実践され、どのような新たな課題に直面しているかを考察する。

8.1 ヘルス・組織コミュニケーションにおける行動変容アプローチ

組織マネジメントや公衆衛生の分野では、メッセージの生成は単なる情報伝達ではなく、対象者の具体的な「行動変容(Behavior Change)」を促すための戦略的ツールキットとして捉えられている 32。過去においては、専門家から大衆への一方的な知識伝達(トップダウン型)のアプローチが主流であったが、現在ではその限界が認識されている 45

代わって台頭しているのが、「ソーシャル・マーケティング」の手法と「参加型コミュニケーション」を組み合わせたハイブリッド・モデルである 45。このアプローチが提供する重要な知見は、外部の専門家が一方的にメッセージをエンコードするのではなく、コミュニティ内部からの「ボトムアップのメッセージ生成(Bottom-up message generation)」を統合することが、衛生行動などの長期的な定着に不可欠であるという点である 45。個人が自らの直面する問題について自らメッセージを生成し発信する行為自体が、自己効力感(Collective Efficacy)を高め、より広範な社会的エンゲージメントを誘発するという「発信行動によるフィードバック効果」が実証されている 46

8.2 コンピュータ媒介コミュニケーション(CMC)とハイパーパーソナル・モデル

シャノン=ウィーバーの線形モデルは、対面での動的で複雑なコミュニケーションを捉えるには単純すぎると批判されたが、デジタル技術を介したコンピュータ媒介コミュニケーション(CMC)においては、この「伝える」ことに特化したパラダイムが再び重要な意味を持っている 4。テキストメッセージや電子メールのような環境では、非言語的な手がかり(表情や声のトーン)が極度に制限されるため、発信者が意図を正確にテキストにエンコードする能力への依存度が劇的に高まるからである 47

この文脈において注目されるのが「ハイパーパーソナル・モデル(Hyperpersonal Model)」である。この理論は、CMC環境下において、発信者が自分にとって不都合な情報を省略し、魅力的な側面のみを意図的に補足する「選択的自己提示(Selective self-presentation)」を行うことで、対面コミュニケーションよりもむしろ強い好印象を形成できることを示している 48。ここから得られる知見は、メディアの制約を逆手に取り、発信者が自らのメッセージ生成プロセスを高度にコントロール(編集・再考・推敲)することで、伝達の質や受け手の印象を意図的にデザインできるという可能性である 48

8.3 政治コミュニケーションとAIによるマイクロターゲティングの脅威

政治コミュニケーションの領域は、「伝える」技術が最も先鋭化している分野である。近年の研究では、発信者が地域に密着した特定の対象に向けてメッセージの文脈を最適化する「ローカライズド・レトリック(Localized Rhetoric)」の有効性が実証されている 34

さらに現在、大規模言語モデル(LLM)の発展により、政治的説得やマイクロターゲティングを目的としたメッセージ生成プロセスが完全に自動化される段階に突入している 49。最新の実証研究では、「論理的アピール(Logos)」「信頼性アピール(Ethos)」「感情的アピール(Pathos)」といった伝統的な修辞学的要素をシステムメッセージ(プロンプト)としてAIに組み込むことで、極めて説得力の高いメッセージを個人のプロファイルに合わせて大量かつ瞬時に生成する手法が確立されている 36。これは、これまで人間の認知機能(概念化と形式化)に依存していたメッセージ生成という特権的プロセスがアルゴリズムへと外部化される歴史的な転換点を示している。AIによる自動メッセージ生成は、「伝える」科学においてかつてないほどの効率性と精度をもたらす一方で、情報操作や欺瞞的メッセージの氾濫という重大な倫理的リスクを引き起こしており、コミュニケーション研究における喫緊の課題となっている 48

9. 結論:「伝える」を科学することの究極的意義

本レポートは、コミュニケーション学の源流から、認知心理学に基づく言語産出モデル、修辞学とエンコーディングの社会的メカニズム、そしてNCAやICAに代表される制度的・国際的体系に至るまで、「伝える」というプロセスがいかにして科学的な対象として探求されてきたかを網羅的に分析した。

「伝わる」という現象が、最終的に受信者の解釈枠組みや認知能力に依存する受動的かつ事後的な結果であるとすれば、「伝える」というプロセスは、発信者が自身の認知的、構造的、技術的なリソースを総動員して行う、能動的かつ事前的な意味のアーキテクチャ構築作業であると言える。レヴェルトの発話産出モデルやグリーンの行為構築理論が克明に示した通り、人間が一つのメッセージを外部(あるいは自己の内部)に向けて発するその瞬間までに、脳内では抽象的な概念の選択、適切な語彙の検索、統語規則の適用、そして絶え間ない自己モニタリングという、驚異的で膨大な計算処理が実行されている 10

また、スチュアート・ホールのエンコーディング理論や現代の認知修辞学が示唆するように、生成されたメッセージは決して中立的な器ではなく、その構築過程においてすでに発信者の文化的バイアス、社会的権力関係、そして読者(オーディエンス)への戦略的最適化が深く織り込まれている 19。したがって、「伝える」プロセスを科学的に解明することは、単に表現のスキルを向上させるための手段にとどまらない。それは、発信者が自らの認知プロセスを批判的に解剖し、情報にどのような意図と文脈をコード化し、社会に対してどのような意味の枠組みを投影しているのかという、人間の主体性や社会的影響力そのものを解き明かす試みである。

さらに、AIやLLMが新たな「発信主体」として台頭し、メッセージの生成とパーソナライゼーションが自動化される現代において、この「伝える」側の科学的理解はかつてないほどの重要性を帯びている 36。人間と機械がどのように情報をエンコードし、相互に影響を与え合いながら社会的現実を構築していくのかという問いは、これからのコミュニケーション研究の中心軸となる。

結論として、「伝える」を科学することは、「伝わる」を科学するための単なる前段ではない。自己内での概念化から社会的なエンコーディングに至るプロセス全体を体系的に把握することでのみ、発信者は状況の複雑さや認知的負荷を制御し、メディアの特性を戦略的に利用し、意図した通りの効果をもたらす強靭なメッセージを生み出すことができる。この発信者中心の科学的アプローチを探求し続けることこそが、あらゆるコンテクストにおいて、ノイズに打ち克ち、真に影響力のあるコミュニケーションを実現するための唯一の道筋なのである。

引用文献

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  37. Bylaws – International Communication Association, https://www.icahdq.org/members/group_content_view.asp?group=186099&id=631672
  38. Join a Division or Interest Group – International Communication Association, https://www.icahdq.org/page/div_igs
  39. General Instructions | Annals of the International Communication Association, https://academic.oup.com/anncom/pages/general-instructions
  40. Journalism Studies and its Core Commitments: The Making of a Communication Field, http://journres1.pbworks.com/w/file/fetch/137818482/Journalism_Studies_and_its_Core_Commitme.pdf
  41. ICA creates a Journalism Studies Interest Group, https://d-nb.info/1178180069/34
  42. Community Groups – International Communication Association, https://www.icahdq.org/members/group_select.asp?type=21269
  43. White Ethnicities, Identity Politics, and Baby Bear’s Chair Micaela di Leonardo Social Text, No. 41. (Winter, 1994), pp. 165-191 – Anthropology – Northwestern, https://anthropology.northwestern.edu/documents/people/WhiteEthnicities.pdf
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  46. Social processes of participatory engagement effects: A longitudinal examination with a sample of young women in the United States – PMC, https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10243754/
  47. EFFECTS OF ONLINE EDUCATION ON ENCODING AND DECODING PROCESS OF STUDENTS AND TEACHERS – ERIC, https://files.eric.ed.gov/fulltext/ED590288.pdf
  48. Intersubjective Model of AI-mediated Communication: Augmenting Human-Human Text Chat through LLM-based Adaptive Agent Pair – arXiv.org, https://arxiv.org/html/2502.18201v1
  49. Evaluating the persuasive influence of political microtargeting with large language models | PNAS, https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2403116121

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