ストーリーを科学する

エンパシーの工学:現代エンターテインメント産業におけるデータ駆動型ナラティブ構築の分析

かつて「黄金の直感」に依存していたエンターテインメント産業は、今や高度なデータ工学へと変貌を遂げています。本記事では、Netflixが実践する心理特性に応じた動的な画像最適化アルゴリズム、Disney Researchによる脚本からアニメーションを自動生成する技術、そしてWarner Bros.が導入したAIによるキャスティングと興行収入の予測システムなど、巨大企業におけるデータ駆動型制作の裏側を詳述します。物語を「エンジニアリング」し、脚本を最適化可能な「データ資産」へと昇華させることで「伝わる」を科学する、次世代の制作論の全貌に迫ります。

序論:芸術から資産へ——「伝わる」の科学的転回

エンターテインメント産業は現在、その歴史上最も根源的なパラダイムシフトの只中にある。かつて、映画やドラマの制作は「ゴールデン・ガット(黄金の直感)」と呼ばれる熟練エグゼクティブの勘と経験、そして才能あるクリエイターの個人的なビジョンに依存するハイリスクな賭けであった。しかし現在、その制作プロセスは、脚本の段階から興行収入を予測するプレディクティブ・アナリティクス(予測分析)や、個々の視聴者の心理特性に合わせてアートワークを動的に変化させるコンテキスト認識型アルゴリズムの実装により、精密な工学へと変貌を遂げている

本レポートは、「伝わるを科学する」という命題のもと、Netflix、Disney、Warner Bros.といった巨大エンターテインメント企業が、いかにしてデータを活用し、物語を「エンジニアリング」しているかを詳述するものである。ここでは、脚本はもはや単なる芸術作品ではなく、最適化可能な「データ資産」として扱われる。計算論的ナラティブ・インテリジェンス(Computational Narrative Intelligence: CNI)の理論的枠組みから、コンテキストバンディット(Contextual Bandits)や因数分解変分オートエンコーダ(FVAE)といった高度な数学的モデルの実装に至るまで、産業界と学術界の知見(100本以上の関連論文に基づくサーベイを含む)を統合し、データ駆動型制作の最前線を体系化する。


第1章 理論的枠組み:計算論的ナラティブ・インテリジェンス(CNI)の系譜

データ駆動型制作の背後には、数十年にわたる学術的研究の蓄積が存在する。それが「計算論的ナラティブ・インテリジェンス(CNI)」である。CNIは、コンピュータに物語を理解させ、生成させ、そして人間と物語を通じて対話させる能力を付与することを目的とした学際的領域である

1.1 初期モデルから深層学習への進化

CNIの歴史は、1970年代の記号的AIに遡る。初期のシステムである「TALESPIN」や「Minstrel」は、物語文法や計画法(Planning)を用いて、論理的に整合性のある物語を生成しようと試みた。しかし、これらは「常識」の欠如や、物語の「面白さ」を定量化することの困難さに直面した

2010年代以降、機械学習と自然言語処理(NLP)の爆発的な進歩により、CNIは新たなフェーズに突入した。Wikipediaの映画プロット記述などの大規模コーパスを学習したニューラルネットワークは、物語の構造的パターンを統計的に捉えることが可能になった。さらに、2025年から2026年にかけての最新研究では、大規模言語モデル(LLM)とマルチモーダル学習の融合が進み、テキスト(脚本)と視覚情報(ポスターや予告編)を統合して分析する手法が確立されつつある

1.2 ナラティブの「形状」と定量化

近年の研究では、物語の「感情アーク(Emotional Arc)」や「構造的形状」を定量化する試みが進んでいる。これには、ヴォネガットが提唱したような物語の形状(例:「穴の中の男」型、「ボーイ・ミーツ・ガール」型)を、センチメント分析を用いて数学的にマッピングする研究が含まれる。Andrew Piperらが2023年に発表した「Computational Narrative Understanding: A Big Picture Analysis」では、物語のマルチモーダル性、時間的パターン、社会文化的スキーマを理解するための3つの主要な探求領域が提示されており、これが現代の産業応用における理論的基盤となっている


第2章 Netflix:パーソナライゼーションの極北とアルゴリズム的介入

Netflixは、単なる動画配信プラットフォームではなく、高度なデータテクノロジー企業である。彼らの競争力の源泉は、ユーザーにコンテンツを推薦するだけでなく、コンテンツそのものの「見せ方」や「制作の意思決定」にデータを深く介入させている点にある。ここでは、その中核技術である「コンテキストバンディット」と「類似性マッピング」について詳述する。

2.1 コンテキストバンディットによるアートワークの動的最適化

Netflixのホーム画面に表示される作品のサムネイル(アートワーク)は、全ユーザーに同じものが表示されているわけではない。同じ『グッド・ウィル・ハンティング』という作品であっても、ユーザーによって表示される画像は異なる。これを実現しているのが、「コンテキストバンディット(Contextual Multi-Armed Bandits)」と呼ばれるオンライン機械学習フレームワークである

2.1.1 従来型A/Bテストの限界と「リグレット」の最小化

従来のA/Bテストでは、集団全体での最適解(平均的に最もクリック率が高い画像)を見つけるために、長期間にわたりデータを収集する必要があった。しかし、これには「探索(Exploration)」の期間中、多くのユーザーに最適ではない画像を表示し続けるというコスト(機会損失)が発生する。これを機械学習の用語で「リグレット(Regret)」と呼ぶ。

コンテキストバンディットは、このリグレットを最小化するために、「探索(未知の画像のデータを集める)」と「活用(現時点で最適と思われる画像を表示する)」を動的にバランスさせる。数千万人のユーザーからのフィードバックをリアルタイムで学習し、ユーザーごとの「コンテキスト」に合わせて最適な画像を即座に割り当てる

2.1.2 アルゴリズムの推論プロセス

このアルゴリズムは、ユーザー、作品、画像の3つの要素を特徴ベクトルとして扱う。

  • ユーザーの特徴(コンテキスト): 視聴履歴、好みのジャンル、使用デバイス、曜日、時間帯、居住国など。
  • 作品の特徴: ジャンル、キャスト、トーンなど。
  • 画像の特徴: 画像に含まれる要素(ロマンス、アクション、コメディ俳優など)や、全体的なクリック率(Take Rate)。

具体的な推論の例として、映画『グッド・ウィル・ハンティング』の場合を挙げる:

  • ロマンティック・コメディ好きのユーザー: マット・デイモンとミニー・ドライヴァーがキスをしている画像を表示し、「ロマンス要素」を強調することで興味を喚起する。
  • コメディ好きのユーザー: ロビン・ウィリアムズが笑っている画像を表示し、「著名なコメディ俳優」の存在をフックにする。
  • 社会派ドラマ好きのユーザー: 象徴的でシリアスな構図の画像を表示し、作品の「芸術性」や「テーマ性」を訴求する。

このプロセスは毎秒2,000万回以上のリクエストに対して低遅延で実行され、作品の再生率を劇的に向上させている

2.2 グリーンライト(制作決定)における類似性マッピング

Netflixは、オリジナル作品の制作を決定(グリーンライト)する際にもデータを活用する。ここで用いられるのが「類似性マッピング(Similarity Mapping)」技術である。

2.2.1 コンテンツ・ゲノムとベクトル空間

Netflixは、すべてのコンテンツに対して、人間のタガー(タグ付け担当者)による詳細なメタデータ付与を行っている。数千のマイクロジャンル、トーン、プロット要素、キャラクター特性などがタグ付けされ、これらは高次元のベクトル空間における「コンテンツ・ゲノム」を構成する

2.2.2 需要と供給のギャップ分析

新しい企画が提案されると、その脚本やプロットの属性がこのベクトル空間に投影される。システムは、その企画の「近傍」にある既存作品(類似作品)を特定し、それらの過去の視聴データ(どの地域の、どの層が、どれくらい視聴したか)を参照する。 これにより、「この企画は『ストレンジャー・シングス』と『X-ファイル』のファン層に訴求する可能性がある」といった予測が可能になる。さらに、ユーザーの需要が高いにもかかわらず供給が不足している「ホワイトスペース」をベクトル空間上で特定し、そこを埋めるようなコンテンツを戦略的に制作・獲得することが可能になる。これは、直感のみに頼る従来のリスクを低減し、確信を持って巨額の投資を行うことを可能にする


第3章 Disney Research:魔法を支える「ストーリー・テクノロジー」

ウォルト・ディズニー・カンパニーの研究部門であるDisney Research(チューリッヒおよびロサンゼルス)には、「Story Technology」に特化した研究グループが存在する。彼らは、ディズニーの伝統的なアニメーション制作やテーマパーク体験を、AIとロボティクス、そして認知科学で拡張する技術を開発している

3.1 脚本からの自動アニメーション生成(CANVAS)

アニメーション制作において、脚本のト書き(Action lines)を映像化する「ブロッキング」は、多大な時間と労力を要する工程である。Disney Researchは、自然言語処理(NLP)を用いて脚本を解析し、そこから自動的に3Dアニメーションのラフを生成する技術「CANVAS」を開発した

3.1.1 テキスト解析とモーション合成

システムは以下のようなプロセスで動作する:

  1. 構文解析: 脚本のテキスト(例:「彼は躊躇いながらドアに近づく」)を解析し、主語(彼)、動詞(近づく)、修飾語(躊躇いながら)、対象(ドア)を抽出する。
  2. モーション検索と経路計画: 抽出された情報に基づき、モーションキャプチャデータベースから「躊躇した歩き方」のデータを検索し、対象物(ドア)までの移動経路を自動計算する。
  3. 3Dシーン生成: これらを統合し、3D空間内でのキャラクターの動きを生成する。

これにより、監督やアニメーターは制作の初期段階でシーンの構成を視覚的に確認(プレビジュアライゼーション)でき、試行錯誤のコストを大幅に削減できる。これは、脚本というテキストデータを、即座に視覚的データへと変換する画期的な技術である

3.2 インタラクティブ・ビヘイビア・ツリー(IBT)

テーマパーク(例:『スター・ウォーズ:ギャラクシーズ・エッジ』)やビデオゲームにおけるインタラクティブな物語のために、Disneyは「インタラクティブ・ビヘイビア・ツリー(IBT)」という独自の形式論を提案している

3.2.1 分岐ツリーの限界とモジュール化

従来の「分岐ツリー(Branching Tree)」構造では、ユーザーの選択肢が増えるごとにシナリオが指数関数的に複雑化し、管理不能になる(状態爆発問題)。IBTは、物語のロジックをモジュール化し、独立した「アーク(Arc)」として管理することでこの問題を解決する。

3.2.2 並列処理とブラックボード・アーキテクチャ

IBTは、以下の3つのサブツリーを並列(Parallel)に実行する構造を持つ:

  • 物語ツリー (t_{narr}): 物語の進行を管理する。
  • ユーザー入力監視ツリー (t_{ui}): ユーザーの行動(移動、発話、ジェスチャーなど)を常時監視する。
  • 状態監視ツリー (t_{state}): 物語世界の状態を監視し、条件が満たされた場合に適切なアークへ遷移させる。

これらのツリーは「ブラックボード(\beta)」と呼ばれる共有メモリを介して情報をやり取りする。例えば、ユーザーが特定のアイテムを拾うと、t_{ui}がブラックボードを更新し、t_{state}がそれを検知して、t_{narr}を即座に「アイテム取得後の展開」へと切り替える。これにより、物語の整合性を保ちながら、ユーザーに高い自由度を与えることが可能になる

3.3 感情コンピューティング:劇場での観客センシング

Disney Researchは、コンテンツの出力だけでなく、視聴者からの入力(反応)をデータ化する研究も行っている。その代表例が、映画館の観客の反応を赤外線カメラでセンシングする「感情コンピューティング(Affective Computing)」である

3.3.1 因数分解変分オートエンコーダ(FVAE)によるモデリング

暗い映画館内で、数百人の観客の微細な表情変化を追跡することは技術的に困難である。データはノイズが多く、欠損も発生しやすい。この課題に対し、Disneyの研究チームは「因数分解変分オートエンコーダ(Factorized Variational Autoencoders: FVAE)」という深層学習モデルを適用した

FVAEは、観客の表情データ(1600万以上の顔画像データセット)をテンソルとして扱い、それを非線形に分解することで、個々の観客の「反応パターン」と、映画の「シーンごとの感情的強度」を潜在変数として抽出する。驚くべきことに、このモデルは映画の冒頭数分間のデータだけで、その観客が映画の残りの部分でどのような反応を示すかを高精度に予測できる。

これにより、映画のどのシーンで観客が最もエンゲージ(没入)しているか、あるいは退屈して離脱しかけているかを「感情ヒートマップ」として可視化できる。このデータは、編集の再調整や、次回作の脚本執筆における「感情のエンジニアリング」に直接的に活用される


第4章 Warner Bros. と Cinelytic:映画ビジネスの「マネーボール」化

Warner Bros.は2020年、AIプラットフォーム「Cinelytic」を導入し、映画制作の経営判断プロセスを刷新した。これは、映画ビジネスにおける「マネーボール(統計学的アプローチによる経営改革)」の実践である

4.1 映画を「資産」として評価する19の変数

Cinelyticは、映画を単なる芸術作品としてではなく、複数の変数が組み合わさった「投資資産」として評価する。このプラットフォームは、独自のアルゴリズムと機械学習を用いて、プロジェクトの価値を予測するために「19の重要なプロジェクト属性(Key Project Attributes)」を使用している

これら19の変数には以下のような項目が含まれる(公開情報および特許情報に基づく推測を含む):

カテゴリ変数例説明
財務1. 制作予算 (Budget)推定または実際の制作費。
2. P&A費 (P&A Spend)宣伝広告費(Prints & Advertising)。
タレント3. 主演俳優価値特定の地域・ジャンルにおける俳優の過去の興行実績に基づく価値。
4. 監督価値監督の過去作品のROI実績。
5. アンサンブルキャスト助演俳優を含むキャスト全体の相乗効果。
コンテンツ6. ジャンルアクション、コメディ、ホラーなどの基本分類。
7. レーティングMPAAレーティング(PG-13, Rなど)による客層の制限。
8. IP/フランチャイズ既存の知的財産(原作、続編)の有無とその強度。
9. 原作タイプ小説、実話、ゲーム、オリジナル脚本など。
10. トーン作品の雰囲気(ダーク、高揚感など)。
市場11. 公開時期季節性(サマーシーズン、賞レース時期など)。
12. 競合作品同時期に公開される他作品の規模とジャンル。
13. テリトリー地域ごとの予測(中国市場、欧州市場など)。
14. 配給会社配給元の規模とネットワーク力。
15. スクリーン数公開規模(拡大公開か限定公開か)。

4.2 タレントの価値評価(Talent Valuation)とROIシミュレーション

Cinelyticの最も強力な機能の一つは、タレントの価値を定量化する「Talent Valuation」である。例えば、「このアクション映画の主演をトム・ハーディにするか、ヘンリー・カヴィルにするか?」というキャスティングの決定において、システムは過去の膨大なデータに基づきシミュレーションを行う。

重要なのは、これが単なる「人気投票」ではない点である。ある俳優は「北米のロマンティック・コメディ」では価値が高いが、「アジアのアクション映画」では価値が低い、といった地域やジャンルごとの交差作用(Interaction effects)が考慮される。システムは、特定の予算とジャンルにおいて、投資対効果(ROI)を最大化する俳優の組み合わせを提案する。これにより、プロデューサーは「直感」ではなく「数値」に基づいて、数百万ドルの契約交渉を行うことが可能になる


第5章 ScriptBookと次世代脚本分析:テキストから「価値」を読み解く

Cinelyticがパッケージ(キャストや予算)を中心とした分析を行うのに対し、ベルギーの企業「ScriptBook」は、脚本のテキストデータそのものの分析に特化している。彼らは、脚本のPDFファイルを読み込ませるだけで、その映画の興行収入を86%の精度で予測できると主張している

5.1 構造的欠陥の検出と「キャラクターDNA」

ScriptBookのAIは、自然言語処理を用いて脚本をシーンごとに分解し、以下のような要素を分析する:

  • キャラクターDNA: 登場人物の対話や行動を分析し、その性格特性(攻撃性、協調性など)や感情の起伏を定量化する。
  • 構造分析: 「インサイティング・インシデント(物語のきっかけ)」や「クライマックス」が適切なタイミングで発生しているか、ペース配分(アクション動詞の密度など)が適切かを分析する。
  • バイアス検出: ベクデル・テスト(女性キャラクターの描かれ方に関する指標)などを自動実行し、ジェンダー表現の偏りを指摘する。

AIは、脚本の構造的な欠陥(例:「第2幕のテンポが遅すぎる」「主人公の目的が不明確」)を指摘し、修正案を提示する。これは、従来「スクリプト・ドクター」と呼ばれる人間が行っていた作業の自動化・高度化である。

5.2 「コピーキャット」効果とマルチモーダル分析

最新の学術研究(2025年)では、脚本分析に「視覚的グラウンディング(Visual Grounding)」を取り入れた手法が成果を上げている。Qin Chaoらの研究「Copycat vs. Original」では、映画のポスター画像とプロットキーワードを組み合わせたマルチモーダル・ニューラルネットワークを用いて、興行収入予測の精度を大幅に向上させた

5.2.1 視覚情報による文脈理解

脚本上の「アクション」という単語は曖昧である(爆発を伴う戦闘なのか、静かな追跡劇なのか)。この研究では、AIにポスター画像を見せることで、テキストの持つ意味(文脈)をより正確に解釈させた。その結果、単なるテキスト分析モデルと比較して、予測誤差を14.5%削減することに成功した。

5.2.2 模倣作品(コピーキャット)の経済学

この研究はまた、「ヒット作の模倣(コピーキャット)」が商業的に有効であることもデータで示した。類似性スコアが高い作品は、一般に高い収益を上げる傾向がある。しかし、その類似度が一定の閾値を超えたり、市場に類似作品が溢れすぎたりすると、「陳腐化効果(Worn-out Effect)」により収益が急激に低下することも数学的に証明された。これは、オリジナリティと商業性のバランスをデータで最適化できる可能性を示唆している。

5.3 生成AIによる共創:DeepStory

分析にとどまらず、ScriptBookは「DeepStory」という生成AIツールも開発している。これは3万本以上の脚本データセットで訓練されたモデルであり、人間のライターとAIが「共著」することを可能にする。ライターがシーンの冒頭を書くと、AIがそれに続く対話やト書きを生成する。これは、AIを単なる分析ツールから、創造的パートナーへと昇華させる試みである


第6章 データ駆動型制作の実践と倫理的課題

6.1 産業界における実装の現状

Netflix、Disney、Warner Bros.の事例が示すように、データ駆動型制作はもはや実験段階ではなく、実務の核心部分に組み込まれている。

  • Netflix: コンテキストバンディットによるUIの個別最適化と、コンテンツ・ゲノムによる調達戦略。
  • Disney: CANVASやIBTによる制作プロセスの自動化・効率化と、FVAEによる感情の可視化。
  • Warner Bros.: Cinelyticによるキャスティングと予算配分の最適化。

これらの技術は、相互に連携し、企画から公開後のマーケティングに至るバリューチェーン全体をデータで接続している。

6.2 倫理的課題と創造性の未来

しかし、この「伝わるの科学」の進展は、深刻な倫理的・文化的課題も提起している。

  1. コンテンツの均質化(Homogenization): 過去のデータに基づいて最適化を行えば、必然的に「過去にヒットしたもの」に似た作品が作られやすくなる。ScriptBookやCinelyticが提示する「正解」に従い続ければ、リスクを避けた類似作品ばかりが再生産される「フィードバック・ループ」に陥る危険性がある。
  2. アルゴリズムによるバイアス: AIが学習する過去の脚本や興行データには、歴史的な偏見(人種、性別など)が含まれている。これを無批判にモデル化すれば、バイアスを再生産・強化することになる。
  3. 人間の創造性の役割: AIが脚本を分析し、生成まで行えるようになった時、人間のクリエイターの役割はどうなるのか。「DeepStory」のようなHuman-in-the-loop(人間参加型)システムは、AIが構造や効率を担い、人間が「魂」や「革新性」を担うという分業を示唆しているが、その境界線は常に議論の的となる。

6.3 結論:データ資産としての脚本

「伝わるを科学する」という試みは、脚本を「最適化可能なデータ資産」へと変貌させた。それは、直感や運に頼っていたエンターテインメント産業に、予測可能性と効率性をもたらした。しかし、データはあくまで「過去」の集積であり、「未来」の革新を保証するものではない。

真の競争優位は、これらの高度なデータテクノロジーを使いこなしながらも、データの予測を「裏切る」ような、人間の予測不可能な創造性を発揮できるかどうかにかかっているだろう。データは羅針盤であり、地図を描くのは依然として人間なのである。


参考文献・データソース概要

本レポートは、以下の主要な情報源および関連する100本以上の学術論文・技術レポートの知見に基づき構成されている。

  • 学術論文: ACM, IEEE, AAAI等の主要会議(RecSys, SIGGRAPH, EMNLP, CVPR等)における計算論的ナラティブ、機械学習、コンピュータビジョンに関する論文(2015-2026)。特にの「Copycat vs. Original」やのDisney ResearchによるFVAEに関する論文は中核的な技術根拠となっている。
  • 産業界レポート: Netflix Tech Blog, Disney Research Studios公式発表, CinelyticおよびScriptBookの技術資料・ホワイトペーパー。
  • サーベイ論文: Riedl (2016-2021) によるComputational Narrative Intelligenceのサーベイ、 Piper (2023) によるナラティブ理解のビッグピクチャー分析など。

(注:本レポート内の引用 , は、調査に使用した特定のソースIDを参照している。)

引用文献

  1. Computational Narrative Intelligence: Past, Present, and Future | by Mark Riedl | Medium,  https://mark-riedl.medium.com/computational-narrative-intelligence-past-present-and-future-99e58cf25ffa
  2. (PDF) Artificial Intelligence as an Innovation in the Film Industry,  https://www.researchgate.net/publication/370560855_Artificial_Intelligence_as_an_Innovation_in_the_Film_Industry
  3. AI Revolutionizes Box Office Predictions – Kvibe Studios,  https://www.kvibe.com/post/ai-revolutionizes-box-office-predictions
  4. Copycat vs. Original: Multi-modal Pretraining and Variable Importance in Box-office Prediction – ResearchGate,  https://www.researchgate.net/publication/395708998_Copycat_vs_Original_Multi-modal_Pretraining_and_Variable_Importance_in_Box-office_Prediction
  5. Copycat vs. Original: Multi-modal Pretraining and Variable … – arXiv,  https://arxiv.org/pdf/2509.15277?
  6. Computational Narrative Understanding: A Big Picture Analysis …,  https://aclanthology.org/2023.bigpicture-1.3/
  7. Computational Narrative Understanding: A Big Picture Analysis – ResearchGate,  https://www.researchgate.net/publication/376393998_Computational_Narrative_Understanding_A_Big_Picture_Analysis
  8. Netflix Artwork Personalization Through Multi-Armed Bandit Testing – Reforge,  https://www.reforge.com/blog/brief-netflix-artwork-personalization-through-multi-armed-bandit-testing
  9. Artwork Personalization at Netflix | by Netflix Technology Blog …,  https://netflixtechblog.com/artwork-personalization-at-netflix-c589f074ad76
  10. Frequent Travelers: What makes content travel most? | Parrot Analytics,  https://www.parrotanalytics.com/insights/frequent-travelers-what-makes-content-travel-most/
  11. PROMPT for MOVIES & TV – Audience Strategies,  https://audiencestrategies.com/downloads/PROMPT%20for%20Movies%20%26%20TV.pdf
  12. Task recommender system using semantic clustering to identify the right personnel – Emerald Publishing,  https://www.emerald.com/vjikms/article-pdf/49/2/181/2395265/vjikms-08-2018-0068.pdf
  13. Recommendation Engines Are Getting Smarter. But Are We Ready for the Era of Personalized Entertainment?,  https://cpd.cau.edu/blog/2024/06/10/recommendation-engines-are-getting-smarter-but-are-we-ready-for-the-era-of-personalized-entertainment/
  14. Publications | Disney Research Studios,  https://studios.disneyresearch.com/publications/
  15. Story Technology | Disney Research Studios,  https://studios.disneyresearch.com/category/story-technology/
  16. Computational Narrative – AWS,  http://disneyresearch.s3.amazonaws.com/wp-content/uploads/20170725080728/Computational-Narrative-Paper.pdf
  17. Relational Experience Design for Immersive Narratives – ProQuest,  https://search.proquest.com/openview/e11806942e1da562979c359f23989572/1?pq-origsite=gscholar&cbl=18750&diss=y
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  19. Predicting Movie Ratings from Audience Behaviors | Disney Research Studios,  https://studios.disneyresearch.com/wp-content/uploads/2019/10/Predicting-Movie-Ratings-from-Audience-Behaviors-Paper-1.pdf
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  21. Forecasting Blockbusters Movie studios are using AI to predict box office success.,  https://www.deeplearning.ai/the-batch/forecasting-blockbusters/
  22. Uncategorized Archives – Cinelytic Insights,  https://blog.cinelytic.com/category/uncategorized/
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  24. ScriptBook – Hard Science. Better Content.,  https://www.scriptbook.io/
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