1. 序論:なぜアクティビストのプレゼンテーションは「最強」なのか
1.1 「物言う株主」から「提案のプロフェッショナル」へ
ビジネスにおけるコミュニケーションの目的は、突き詰めれば「相手を動かすこと」にあります。上司を説得して予算を獲得する、クライアントを動かして契約を結ぶ、あるいはチームを鼓舞してプロジェクトを推進する。そのすべての局面において、私たちは「現状(Status Quo)」という巨大な慣性と戦わなければなりません。
この「現状打破」を、世界で最も過酷な環境で行っているのが、アクティビスト(物言う株主)と呼ばれる投資家たちです。かつて彼らは、短期的な利益のために資産を切り売りさせる「ハゲタカ」として恐れられていました。しかし、現代のアクティビスト、特にValueAct CapitalやThird Point、3D Investment Partnersといったプレイヤーは、そのスタイルを劇的に進化させています。彼らは単なる批判者ではなく、洗練された「提案のプロフェッショナル」であり、経営陣ですら気づいていない企業の潜在価値を、膨大なデータと冷徹な論理、そして心を揺さぶるストーリーテリングによって可視化する達人なのです1。
彼らのプレゼンテーション資料(ピッチデッキ)は、数百億円から数兆円という巨額の資本を動かす力を持っています。そこには、金融工学だけでなく、認知心理学、行動経済学、デザイン思考、そしてレトリックの粋が凝縮されています。本レポートでは、当ブログ「プレゼンを科学する」の読者に向けて、これらアクティビストの資料を徹底的に解剖し、一般のビジネスパーソンが明日から使える「最強の資料作成術」として体系化します。
1.2 ビジネスパーソンが学ぶべき3つの「科学」
アクティビストの活動を分析することは、以下の3つの視点において、現代のビジネスパーソンに不可欠なスキルセットを提供します。
- 論理構成の科学(The Science of Logic):彼らは、複雑怪奇なコングロマリット企業の問題点を、どのようにシンプルかつ逃げ場のない論理で「定義」しているのか。特に「Sum-of-the-Parts(事業別評価の総和)」分析を用いたギャップの可視化は、あらゆる問題解決の基礎となります。
- 視覚的証拠の科学(The Science of Visual Evidence):財務諸表という無味乾燥な数字の羅列を、いかにして「一目で危機感を抱かせるチャート」に変換しているのか。そこには、人間の認知バイアスを利用した高度なデータ・ビジュアライゼーション技術があります。
- ナラティブの科学(The Science of Narrative):「敵対的」と見なされがちな提案を、いかにして「全てのステークホルダーのための正義」として昇華させているのか。ストーリーテリングの力こそが、感情を持つ人間(経営者・株主)を動かす最後の鍵です。
本レポートでは、ソニー、セブン&アイ・ホールディングス、サッポロホールディングス、任天堂、GEといった具体的な事例1を基に、これらの技術を深掘りしていきます。
2. 第1部:論理の構築 —— 「価値のギャップ」を定義する
すべてのアクティビストのプレゼンテーションは、一つの根本的な「問い」から始まります。「なぜ、この会社の価値は本来あるべき姿よりも低いのか?」という問いです。彼らの仕事は、この「あるべき姿(To-Be)」と「現状(As-Is)」の間に横たわる巨大なクレバス(裂け目)を、誰の目にも明らかな形で提示することから始まります。
2.1 Sum-of-the-Parts(SOTP)分析の魔法
ソニーやGEにおいて、最も強力な武器となったのが「Sum-of-the-Parts(SOTP)」分析です。これは、「全体は部分の総和よりも小さい(コングロマリット・ディスカウント)」という現象を数学的に証明する手法です。
ソニーの事例に見る「引き算」の価値
2013年および2019年、Third Pointのダニエル・ローブ氏はソニーに対してキャンペーンを行いました。当時のソニーは、エレクトロニクス、映画、音楽、金融、半導体など多岐にわたる事業を抱えていました。
Third Pointの主張はシンプルでした。「ソニーの株価は、各事業をバラバラにして評価した額の合計よりも、約50%も安く放置されている」というものです1。
- 論理構造:
- 映画・音楽事業(エンタメ)の価値 = X
- 半導体事業の価値 = Y
- ゲーム事業の価値 = Z
- 金融・その他の価値 = W
- 理論的企業価値 = X + Y + Z + W
- 現在の時価総額 = (X + Y + Z + W) × 0.5
- 結論: 「複雑さ」を取り除くだけで、株主価値は2倍になる。
この論理の強力な点は、「新規事業を作れ」とか「売上を倍にしろ」といった難易度の高い要求ではなく、「ただ整理整頓(スピンオフや売却)をするだけで価値が出る」と主張することにあります。これはビジネス提案において、「追加予算なしで、プロセスの見直しだけで利益率を改善できる」という提案が最も通りやすいのと似ています。
2.2 「評価軸」の転換(Re-framing)
Oasis Managementが任天堂に対して行ったキャンペーン(2013-2016年)は、企業価値の「定義」自体を変えようとする試みでした6。
当時、任天堂は「ゲームハードウェアの会社」として評価されており、ハードの売上が落ちれば株価も下がる構造にありました。しかし、Oasisのセス・フィッシャー氏は、「任天堂は世界最大級のIP(知的財産)ホルダーである」と再定義しました。
- Re-framing:
- Old Frame: スマホゲームへの参入は、自社ハードの売上を食う(カニバリゼーション)リスクである。
- New Frame: 世界に普及した30億台のスマートフォンは、マリオやポケモンというIPを届けるための「既に設置されたインフラ」であり、巨大な収益機会(TAM: Total Addressable Market)である8。
ビジネスの現場でも、上司やクライアントが「リスク」だと感じている要素を、視点を変えることで「最大の資産」として提示し直す技術は極めて有効です。これは、相手の脳内にある「評価関数」を書き換える行為に他なりません。
2.3 複雑性に対する「オッカムの剃刀」
GE(ゼネラル・エレクトリック)の解体事例1もまた、論理的単純化の勝利です。航空機エンジン、医療機器、発電所という全く異なるビジネスモデルを持つ事業が一つの屋根の下にあることで、投資家はGEの適正な価値を判断できなくなっていました(コングロマリット・ディスカウント)。
アクティビストの論理は、「複雑さは価値を隠す(Complexity hides value)」という原則に基づいています。したがって、解決策は常に「単純化(Simplicity)」です。
- Before: 巨大で動きの遅いコングロマリット
- Action: 3つの専業企業(GE Aerospace, GE Healthcare, GE Vernova)への分割
- Result: 合計時価総額は分割前の約920億ドルから5,240億ドルへと約5.7倍に増大1。
この事例から学べるプレゼンテーションの教訓は、「1つの提案で全てを解決しようとするな」ということです。複雑な課題に対しては、要素を分解(Unbundle)し、それぞれに最適な解決策を割り当てる「分割統治法」のアプローチが、結果として最大の価値を生み出すことを示しています。
3. 第2部:ケーススタディ深層分析 —— 現場で何が起きたのか
ここでは、実際に公開されたアクティビストのプレゼンテーション資料(PDF)の中身を、スライド単位で詳細に分析します。
ケーススタディA:セブン&アイ・ホールディングス vs ValueAct Capital
資料タイトル: “Transforming Seven & i Holdings into Global Champion 7-Eleven” 2
この資料は、日本企業に対するアクティビスト提案の歴史的転換点とも言える傑作です。ValueActは、セブン&アイを「コンビニ事業」と「それ以外(百貨店・スーパー)」に明確に分け、後者が前者の足を引っ張っている構図を残酷なまでに可視化しました。
1. 「不都合な真実」の可視化技術(The Visualization of Inconvenient Truths)
彼らが使用したチャートの中で最も効果的だったのが、「相対的株主総利回り(TSR)の比較チャート」です2。
- 手法: 縦軸に株主リターン、横軸に時間(15年間)をとった折れ線グラフ。
- データ: セブン&アイの線を「低空飛行」させ、その遥か上空に競合他社(Couche-Tardなど)やS&P500の線を配置。
- メッセージ: 「市場全体や競合他社がこれだけ成長している間、御社は15年間、株主価値を全く創造していない」という事実を、言葉ではなくビジュアルで突きつけました。
- 学び: 自社の業績推移だけを見せるグラフは、自己満足に過ぎません。必ず「比較対象(ベンチマーク)」と重ねることで初めて、パフォーマンスの良し悪しが客観化されます。
2. 「選択と集中」のロジックツリー
ValueActは、セブン&アイの事業ポートフォリオを以下の2つに分類しました4。
- Core (中核): 7-Eleven(営業利益の97%を稼ぎ出す最強のエンジン)
- Non-Core (非中核): イトーヨーカドー、そごう・西武(低収益で成長の足を引っ張る)
そして、ROIC(投下資本利益率)の棒グラフを用いて、「中核事業は高収益だが、非中核事業は資本コスト割れしている」ことを示し、さらに「それなのに設備投資(CAPEX)の30%以上が非中核事業に使われている」という矛盾(Capital Allocation Inefficiency)を指摘しました。
この「稼ぎ頭が稼いだ金を、ダメな事業が食いつぶしている」というストーリーは、多くの日本企業の現場で起きていることであり、社内変革を提案する際の強力な雛形となります。
3. ガバナンスへの切り込み(The Governance Angle)
ValueActの提案が秀逸だったのは、単なる事業整理だけでなく、「なぜこれまで改革ができなかったのか?」という原因を「ガバナンス不全」に求めた点です。
- 指摘: 取締役会の構成員(13名中8名が社内出身)を分析し、「社内政治の力学が働くため、不採算事業の切り捨てという痛みを伴う決断ができない」と断じました4。
- 解決策: 社外取締役の過半数化と、社長の交代を要求。
- 学び: 問題の「現象(低収益)」だけでなく、「真因(意思決定構造)」にまで踏み込むことで、提案の説得力は飛躍的に高まります。
ケーススタディB:サッポロホールディングス vs 3D Investment Partners
資料テーマ: 不動産事業の抜本的見直しとガバナンス改革 5
3D Investment Partners(以下3D)は、サッポロホールディングスに対し、ビール事業よりも不動産事業(恵比寿ガーデンプレイス等)の価値が過大であり、それがコングロマリットの中に埋没していることを指摘しました。
1. 具体的な選択肢の提示(Scenario Planning)
3Dのプレゼンテーションの特徴は、提案が極めて技術的かつ具体的である点です。彼らは単に「不動産をどうにかしろ」と言うのではなく、以下の3つのオプションをシミュレーションし、それぞれの税務メリットと株主価値へのインパクトを比較しました5。
- 不動産のスピンオフ(Spin-off): 税制適格要件を満たせば無税で切り出せる。
- 不動産の売却(Sale): 多額の法人税がかかる。
- 現状維持: 価値が埋没したまま。
3Dは、不動産物件を「NAV(純資産価値)成長率が高い物件(恵比寿など)」と「低い物件」に分類し、前者はスピンオフして上場させ、後者は売却するというハイブリッドな解を提示しました。
- 学び: ビジネスの提案において、「A案かB案か」という単純な二元論ではなく、対象をセグメント化し、それぞれに最適な処方箋を組み合わせる「解像度の高い提案」は、プロフェッショナルとしての信頼を勝ち取ります。
2. 「防衛」する側の論理(Corporate Defense)
これに対し、サッポロ側も黙ってはいませんでした。サッポロ取締役会は反対意見表明資料9の中で、「ガバナンス体制は既に強化されている(社外取締役比率64%)」、「中長期的な企業価値向上策は実行中である」と反論しました。
ここで注目すべきは、会社側もアクティビストの手法を取り入れ、「ガバナンス強化のタイムライン」や「スキルマトリックス」といったビジュアルを用いて、自らの正当性を主張し始めた点です。これは、アクティビストのプレゼン技術が、今や企業の標準言語になりつつあることを示しています。
4. 第3部:資料作成の解剖学(Anatomy of the Deck)
成功したアクティビストのピッチデッキには、共通する「型(Template)」が存在します。これは、聞き手の心理を論理的に誘導し、最終的に「YES」と言わざるを得なくする構造です。ブログ「プレゼンを科学する」の読者が自身の企画書に応用できるよう、その構造を分解します。
| セクション | 目的(The “Job”) | 構成要素とスライド例 | ビジネス応用時の翻訳 |
| 1. Executive Summary (結論の先出し) | 30秒で勝負を決める。 忙しい決裁者に「読む価値がある」と思わせる。 | ・The Opportunity: 提案が実現した場合のアップサイド(株価2倍など)を数値で宣言。 ・The Problem: なぜ今それが実現できていないかの端的な理由。 ・The Ask: 具体的に何を求めているか(取締役選任、事業売却など)。 | 「本案は、A事業の再編により、来期の営業利益を20%押し上げる施策です。必要なリソースはX、期間はYです。」 |
| 2. The Diagnosis (冷徹な診断) | 現状(As-Is)の否定。 「今のままではジリ貧である」ことをデータで証明する。 | ・TSR Comparison: 競合他社とのパフォーマンス比較。 ・Operational Gaps: 利益率、成長率の劣後を示すグラフ。 ・Root Cause: 複雑すぎる組織図、利益相反のあるガバナンス構造。 | 「競合B社と比較して、当社のリードタイムは2倍かかっています。これが失注率30%増の主因です。」 |
| 3. The Solution (処方箋) | 具体的アクション。 抽象論を排し、実行可能なステップを示す。 | ・Strategic Initiatives: 具体的な事業の売却、統合、投資リスト。 ・Governance Reform: 指名委員会の設置、スキルマトリックスの導入。 ・Roadmap: いつ、誰が、何をやるかのタイムライン。 | 「解決策として、プロセスCの自動化ツール導入を提案します。導入フローは以下の通りです。」 |
| 4. The Upside (約束された未来) | 動機づけ(To-Be)。 痛みを伴う改革の先にある果実を定量化する。 | ・Bridge Chart (Waterfall): 現状の価値から、各施策によって価値が積み上がり、目標価値に達する階段グラフ。 ・Pro Forma Financials: 改革後の予測財務諸表。 ・Vision: 「Global Champion」などの魅力的なキャッチフレーズ。 | 「これにより、年間1,000時間の工数削減と、5,000万円のコストダウンが達成されます。」 |
4.1 構造が生む「説得のアルゴリズム」
この4部構成は、医学的な診断プロセス(症状→診断→処方→予後)に似ています。多くの失敗するビジネスプレゼンは、「Diagnosis(なぜ悪いのか)」を飛ばしていきなり「Solution(これをやりたい)」を語るか、「Upside(どうなるか)」が曖昧なまま「Solution」のスペックばかりを語ります。
アクティビストは、まず徹底的に「病巣(Diagnosis)」をデータで示し、聞き手に「このままではマズい」という危機感(Loss Aversion)を植え付けます。その上で提示される「Solution」は、単なるアイデアではなく、生き残るための「必然」として受け入れられるのです。
5. 第4部:データ・ビジュアライゼーションの科学
アクティビストの資料が「分かりやすい」と言われる最大の理由は、データを「装飾」するのではなく、「議論の武器」としてデザインしているからです。
5.1 ウォーターフォール・チャート(ブリッジチャート)の威力
アクティビストが最も好むチャートの一つが、ValueActやElliott Managementもしばしば用いるウォーターフォール・チャートです。
- 機能: 「A地点(現状)」から「B地点(目標)」への移動を、要因ごとの積み上げで示す。
- 構成例:
- 一番左の棒:現在のEBITDA(100億円)
- 中間の棒(緑):不採算事業撤退効果(+20億円)
- 中間の棒(緑):コスト削減効果(+10億円)
- 中間の棒(赤):追加投資コスト(-5億円)
- 一番右の棒:改革後のEBITDA(125億円)
- 心理効果: これを見せられると、経営陣は「どの施策がどれだけの価値を生むか」を因数分解して理解できるため、総論反対ができなくなります。「コスト削減は認めるが、撤退は認めない」といった各論の議論に持ち込めるのです。
5.2 「色彩」の心理学
チャートの色使いにも明確な意図があります。
- 自社: グレーや黒、あるいは淡い色(存在感の薄さ、停滞を暗示)。
- 競合他社・ベンチマーク: 鮮やかな青や緑(成長、活力の象徴)。
- 問題点: 赤(警告、赤字)。
- 改善効果(Upside): 緑(利益、Goサイン)。
この色彩設計により、スライドを見た瞬間に「自社は暗く停滞しており、競合は輝いている(だから変わらなければならない)」という感情的なメッセージが脳に直接届きます。
5.3 スパゲッティ・チャートによる「複雑性の糾弾」
Third PointやValueActは、企業の資本関係や意思決定フローが複雑であることを批判するために、あえて矢印が複雑に絡み合った**「スパゲッティ・チャート」**を使用します1。
- メッセージ: 「見てください、この異常な複雑さを。これで迅速な意思決定ができるはずがありません。」
- ビジネス応用: 業務改善の提案において、現状の非効率なワークフローをあえて複雑怪奇に図示し、「こんな無駄なフローで仕事をしている」と視覚的に訴える手法は非常に効果的です。
6. 第5部:ナラティブとレトリックの科学 —— 論理に魂を吹き込む
データは雄弁ですが、最終的に人の心を動かすのは「物語(ナラティブ)」です。動画10でも触れられているように、投資家向けのピッチであってもストーリーテリングは不可欠です。
6.1 「囚われた資本(Trapped Capital)」というメタファー
アクティビストは、言葉の選び方(Framing)において天才的です。
例えば、企業が溜め込んでいる「現金(Cash)」や「含み益のある資産」を、彼らは単に「資産(Assets)」とは呼びません。「Trapped Capital(囚われた資本)」と呼びます。
- 効果: 「囚われている」という言葉を使うことで、「解放してやらなければならない」という道徳的な義務感を聞き手に喚起します。
- 応用: ビジネスにおいても、「在庫」を「眠っている利益」、「会議時間」を「拘束されたリソース」と言い換えることで、問題意識を劇的に高めることができます。
6.2 ヒーロー・ヴィラン・ガイドの物語構造
アクティビストのプレゼンには、古典的な物語の構造が埋め込まれています。
- ヒーロー(主人公): 「本来のポテンシャルを発揮できていない企業(または従業員・現場)」。
- ヴィラン(悪役): 「そのポテンシャルを抑圧している古い慣習、コングロマリット構造、あるいは機能不全の取締役会」。
- ガイド(導き手): 「アクティビスト(提案者)」。ヒーローに武器(改革案)を授ける存在。
- 宝物(ゴール): 「解き放たれた企業価値(株価上昇、グローバルな成功)」。
ValueActのセブン&アイへの提案は、「セブン-イレブンという世界的ヒーローが、百貨店という重荷(ヴィラン)に足を引っ張られている。我々の提案(ガイド)に従えば、グローバルチャンピオンになれる」という完璧なヒーロー・ジャーニーを描いていました4。
6.3 「建設的対話(Constructive Engagement)」の演出
かつての「乗っ取り屋」のイメージを払拭するため、近年のアクティビストは資料の中で「我々は経営陣をリスペクトしている」「対話を求めている」という姿勢を強調します(例:3D Investment Partnersのサッポロへのレター12)。
- レトリック: 「批判」ではなく「支援」の文脈で語る。「御社の素晴らしい現場の努力が、戦略のミスによって報われていないのが残念だ」という論法です。
- 応用: 社内提案においても、「上司のやり方が悪い」と批判するのではなく、「チームのポテンシャルを最大化するために、障害を取り除きたい」と提案することで、敵を作らずに改革を進めることができます。
7. 第6部:ビジネス応用編 —— 明日から使える「アクティビスト流」プレゼン術
これまでの分析を基に、一般のビジネスパーソンが日々の業務で使える具体的なアクションリストを提案します。
シーン別・応用テクニック
ケース1:新規プロジェクトの予算を獲得したい
- アクティビスト流アプローチ:
- SOTP分析の応用: プロジェクトを実施した場合の価値(将来キャッシュフロー)と、実施しなかった場合の機会損失を具体的に算出する。
- ベンチマーク比較: 「競合他社は既にこの分野に投資しており、これだけの差がついている」というTSRチャート的なグラフを示す。
- ブリッジチャート: 必要な予算(投資)が、どのような要素で回収され、最終的にどれだけの利益(Upside)になるかを階段グラフで示す。
- 「Ask」の明確化: 「検討してください」ではなく、「予算X円と、人員Y名を承認してください。そうすればZの成果を約束します」と言い切る。
ケース2:不採算事業や無駄な業務の撤退を提案したい
- アクティビスト流アプローチ:
- 「囚われたリソース」の強調: その業務に費やされている時間やコストが、他の高付加価値業務に使われた場合に生む利益を試算する(機会費用の可視化)。
- ROICツリーの活用: 全体の利益率を下げている要因がその業務にあることを、ロジックツリーで分解して示す。
- スパゲッティ・チャート: 現状の業務フローがいかに複雑で非効率かを、あえて複雑な図にして見せる。
ケース3:自分の昇進や昇給を交渉したい
- アクティビスト流アプローチ:
- 自己の「適正価値(Intrinsic Value)」の算出: 自分のスキルセットを持つ人材の市場価値(転職市場データなど)を提示し、現状の待遇との「ギャップ」を示す。
- 実績の定量化: 自分の仕事が会社にいくらの利益をもたらしたか(あるいはコストを削減したか)をSOTP的に積み上げる。
- 将来のUpside: 自分を昇進させることが、会社にとってどれだけの追加価値を生むかを、具体的なプランと共に提示する。
注意点:アクティビスト手法の「副作用」
アクティビストの手法は強力ですが、劇薬でもあります。
- 敵を作らない配慮:論理が鋭すぎると、相手(上司や関係部署)のメンツを潰す可能性があります。ValueActのように「現場へのリスペクト」を忘れず、「構造の問題」にフォーカスすることが重要です。
- データの正確性: 比較データや試算が恣意的であると見抜かれると、信頼は一瞬で崩壊します。データの出典(Source)は常に明記し、ロジックの透明性を確保してください。
8. 結論:プレゼンテーションとは「未来の選択」である
アクティビストのプレゼンテーション資料を分析してわかったことは、彼らが単に「株価を上げろ」と言っているだけではないということです。彼らは、「現状維持(Status Quo)こそが最大のリスクである」という事実を、あらゆる角度から証明しようとしています。
ソニーがコングロマリットの呪縛を解き放ち、セブン&アイが構造改革に動き出し、任天堂がモバイルという新たな海へ漕ぎ出した背景には、アクティビストによる「質の高いプレゼンテーション」という触媒がありました。彼らの資料は、経営陣に対し「変化しないことの恐怖」と「変化した後の希望」を同時に突きつけ、行動変容を迫ったのです。
私たちビジネスパーソンもまた、組織の中で小さなアクティビストであるべきです。
- 論理(Logic)で現状を疑うこと。
- データ(Evidence)で真実を可視化すること。
- 物語(Narrative)で人の心を動かすこと。
これらを駆使して、「より良い未来」を選択させる技術こそが、プレゼンテーションの本質です。本レポートで紹介した「SOTP分析」「比較チャート」「ブリッジチャート」「フレーミング」といったツールは、そのための強力な武器となるでしょう。
あなたのPCの中にある次のプレゼン資料が、会社を、あるいは世界を少しでも良くする「最強の提案書」になることを願っています。
引用文献
- 【アクティビストは業績・株価にポジティブか?ソニー、GEの大変化】ソニーへの3つの提案/PERは倍増/GEのその後/コングリット・プレミアムの王様が救世主に/株価はV字回復/提案内容はピンキリ, https://www.youtube.com/watch?v=9jxZgh9BIfY
- ValueAct 7 Eleven Consumer ValueAct 7 Elevent Presentation Feb 2022 | PDF – Scribd, https://www.scribd.com/document/770128622/ValueAct-7-Eleven-Consumer-ValueAct-7-Elevent-Presentation-Feb-2022
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- Our Plan for a Real Estate Divestiture Structure to Sapporo’s …, https://www.3dipartners.com/wp-content/uploads/sapporo-presentation-en-202407.pdf
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- ELLIOTT – Beat of Hawaii, https://beatofhawaii.com/wp-content/uploads/2024/06/Stronger-Southwest_06102024.pdf
- Pitch Deck Examples from 35+ Killer Startups – Slidebean, https://slidebean.com/pitch-deck-examples
- 25 Proven Pitch Deck Examples & What They Teach Us (2025) – Storydoc, https://www.storydoc.com/blog/pitch-deck-examples
- 19 Best Pitch Deck Examples That Raised Millions [Free Template] – Eleken, https://www.eleken.co/blog-posts/pitch-deck-examples
- Shareholder Activism & Engagement – Nishimura & Asahi, https://www.nishimura.com/sites/default/files/images/44697.pdf
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- IR Japan Holdings, Ltd., https://www.irjapan.jp/ir_info/library/pdf/presentation_191003.pdf
- Lessons from Directors: How Boards Can Prepare for Activist Investors – Spencer Stuart, https://www.spencerstuart.com/research-and-insight/lessons-from-directors-how-boards-can-prepare-for-activist-investors
- How activist investors are transforming the role of public-company boards | McKinsey, https://www.mckinsey.com/capabilities/strategy-and-corporate-finance/our-insights/how-activist-investors-are-transforming-the-role-of-public-company-boards
- The benefits of thinking like an activist investor – McKinsey, https://www.mckinsey.com/capabilities/strategy-and-corporate-finance/our-insights/the-benefits-of-thinking-like-an-activist-investor