はじめに:美学を超えて – すべての聴衆とつながるプレゼンテーションデザイン
ユニバーサルデザイン(UD)とは、一部の特別な配慮が必要な人々のための制約的な規則群や、ニッチな対応策ではありません。それは、あらゆる聴衆一人ひとりのコミュニケーションの明瞭性を高め、認知的な摩擦を減らし、エンゲージメントを最大化するための、積極的かつ包括的な設計思想です。アクセシビリティとプレゼンテーションの有効性は、決して別々の目標ではなく、深く絡み合った関係にあります。つまり、最も多様な人々を想定して設計されたプレゼンテーションは、結果的にすべての人にとって優れたプレゼンテーションとなるのです。
本稿では、ユニバーサルデザインの「なぜ」という哲学的基盤から、視覚、聴覚、認知、身体的多様性といった人間の全スペクトラムに対応するための「どのように」という実践的アプローチまでを体系的に解説します。これは、メッセージの記憶定着率と影響力を最大化するための、認知科学や知覚心理学、情報処理の原則に基づいた、科学的かつ証拠に基づいたアプローチです。
この設計思想がもたらす恩恵は、当初の対象者をはるかに超えて広がります。車椅子利用者のために設計された歩道の段差スロープ(カーブカット)が、ベビーカーを押す親、配達員、スーツケースを引く旅行者など、あらゆる人々の利便性を向上させたように、特定の配慮から生まれたデザインは普遍的な価値を持ちます。例えば、ロービジョン(弱視)の人のために考案されたハイコントラストなテキストは、プロジェクターの光が反射する明るい部屋で見る人にとっても読みやすく、聴覚障害のある人のために用意されたキャプション(字幕)は、騒がしい環境で視聴する人や専門用語を文字で確認したい人の理解を助けます 1。このように、ユニバーサルデザインは一部のための「追加機能」ではなく、すべての人のための「品質向上」に直結するのです。
第1章:コミュニケーションにおけるユニバーサルデザインの指導原則
プレゼンテーションにおけるユニバーサルデザインの思想的根幹を成すのは、ノースカロライナ州立大学ユニバーサルデザインセンターが提唱した「ユニバーサルデザインの7原則」です 4。これらの原則は、単なる作成時のチェックリストにとどまらず、既存のプレゼンテーションがなぜ伝わりにくいのかを診断し、改善するための強力な分析フレームワークとしても機能します。
あるプレゼンテーションが聴衆を混乱させる場合、それは「単純で直感的な利用」の原則に反している可能性が高いです。会場の後方からスライドが読めないのであれば、「知覚可能な情報」の原則が満たされていません。このように各原則をレンズとして用いることで、漠然とした「悪いスライド」という問題を多角的に分析し、的を射た改善策を導き出すことができます。
- 公平な利用(Equitable Use):多様な能力を持つ人々が誰でも公平に利用できるデザインであること。
・プレゼンテーションへの応用:プレゼンテーション資料(PowerPointファイルやタグ付きPDFなど)を事前に配布することです。これにより、聴衆は各自が使い慣れた支援技術(スクリーンリーダーなど)を用いて、自分のペースで情報にアクセスできます 6。 - 利用における柔軟性(Flexibility in Use):利用者の幅広い好みや能力に対応できるデザインであること。
・プレゼンテーションへの応用:情報を伝達する際に、視覚(グラフや図)と聴覚(口頭での説明)の両方のチャネルを相補的に用いることです。また、動画コンテンツにはオン・オフ切り替え可能なキャプションを用意することで、利用者が自分に合った方法で情報を得られるようにします 6。 - 単純で直感的な利用(Simple and Intuitive Use):利用者の経験や知識レベルに関わらず、使い方が簡単で分かりやすいデザインであること。
・プレゼンテーションへの応用:「ワンスライド・ワンメッセージ」の原則を徹底し、専門用語を避け平易な言葉を選び、スライドデッキ全体で一貫したレイアウトを維持します。これにより、聴衆の認知的な負荷が軽減され、内容の理解に集中できます 5。 - 知覚可能な情報(Perceptible Information):周囲の環境や利用者の感覚能力に関わらず、必要な情報が効果的に伝わるデザインであること。
・プレゼンテーションへの応用:テキストと背景の間に十分なコントラストを確保し、遠くからでも読める大きなフォントサイズを採用します。また、画像や図表には必ず代替テキストを提供し、視覚情報にアクセスできない人にも内容が伝わるようにします 1。 - エラーへの寛容性(Tolerance for Error):意図しない操作が危険や不利益につながらないようにするデザインであること。
・プレゼンテーションへの応用:インタラクティブなセッションやワークショップにおいて、明確な指示を出し、参加者が操作を間違えても容易に元に戻せたり、ペナルティなく質問できたりする環境を整えることが該当します 8。 - 少ない身体的労力(Low Physical Effort):最小限の労力で、効率的かつ快適に利用できるデザインであること。
・プレゼンテーションへの応用:聴衆にとっての「労力」とは、主に認知的な負荷を指します。構造化され、明確にデザインされたプレゼンテーションは、聴衆がスライドの解読に不要な精神的エネルギーを費やすことを防ぎ、本質的なメッセージの理解に集中させます 11。 - アプローチと利用のための適切なサイズと空間(Size and Space for Approach and Use):利用者の身体的な特徴や移動能力に関わらず、アクセスしやすいサイズと空間が確保されていること。
・プレゼンテーションへの応用:物理的な会場では、誰からもスクリーンや発表者が見える明瞭な視線、車椅子利用者のためのスペース、手話通訳者や読話のための十分な照明を確保することが重要です 2。オンライン環境では、共有資料が様々な画面サイズで適切に表示されるレスポンシブな設計が求められます 3。
第2章:視覚的な明瞭性 – 多様な視覚特性に対応するデザイン
プレゼンテーションは視覚に大きく依存するメディアであるため、多様な視覚特性への配慮はユニバーサルデザインの中核を成します。特に、多くの人が持つ色覚多様性への理解と対応は、情報伝達の公平性を担保する上で不可欠です。
2.1 色覚多様性の科学
一般に「色盲」と誤解されがちですが、多くの場合は特定の色が見分けにくい「色覚多様性(Color Vision Deficiency, CVD)」であり、これは決して稀な特性ではありません。日本人男性の約20人に1人(約5%)、女性の約500人に1人(0.2%)が該当し、日本全体では320万人以上にのぼるとされています 14。これは、40人のクラスであれば男性が1人はいる計算になり、プレゼンテーションの聴衆には常に当事者がいると考えるべきです 15。
人間の網膜には、赤(L)、緑(M)、青(S)の光を主に感知する3種類の錐体細胞があり、これらの細胞からの信号の組み合わせで脳は色を認識します 14。色覚多様性は、これらの錐体細胞のいずれかの機能が異なることによって生じ、最も一般的な赤緑色覚多様性(P型、D型)では、赤、緑、オレンジ、茶色などの区別がつきにくくなります 16。
2.2 カラーユニバーサルデザイン(CUD)の実践
色覚多様性に対応するためのデザインは、特定の色を禁じることではなく、情報伝達の方法をより堅牢にすることを目指します。
色だけに依存しない情報伝達
最も重要な原則は、「色のみを情報伝達の唯一の手段としない」ことです 3。色は補助的な情報とし、必ず他の視覚的要素で情報を補強する必要があります。
- グラフと図表:データ系列を区別するために、色だけでなく、それぞれ異なる模様(ハッチング)、形状(マーカーの形)、線種(実線、破線)を併用します。また、凡例だけに頼らず、可能な限りデータ要素の近くに直接ラベルを配置することが推奨されます 18。
- テキストの強調:重要な箇所を赤字にするだけでは、黒い文字との区別がつかない場合があるため、太字や下線、囲み線などを併用して強調します 1。
- 境界線と輪郭:隣接する領域を色だけで区別するのではなく、白や黒などの明確な境界線を引くことで、色の違いが分からなくても形状を認識できるようになります。これは、資料を白黒でコピーした場合にも判読性を維持する上で有効です 22。
コントラストの確保
色の組み合わせ以上に重要なのが、輝度(明るさ)のコントラストです。十分なコントラストは、ロービジョンや色覚多様性を持つ人々だけでなく、すべての人の可読性を向上させます 10。国際的なガイドラインであるWeb Content Accessibility Guidelines (WCAG) では、通常のテキストで4.5:1以上、大きなテキスト(18ポイント以上、または14ポイント以上の太字)や主要な図形で3:1以上のコントラスト比が最低基準として定められています 1。
アクセシブルな配色セットの活用
個々のデザイナーが最適な色の組み合わせを模索するのは困難なため、専門家によって検証された配色セットを利用することが推奨されます。特定非営利活動法人カラーユニバーサルデザイン機構(CUDO)などが提供する「カラーユニバーサルデザイン推奨配色セット」は、多様な色覚を持つ人々による検証を経ており、実用的な選択肢となります 26。これらの配色セットでは、例えば赤をややオレンジ寄りに、緑を青寄りに調整することで、P型やD型色覚の人でも区別しやすいように工夫されています 28。避けるべき色の組み合わせとして、特に赤と緑、青と紫は隣接させないように注意が必要です 6。
表1:カラーユニバーサルデザインのためのスターター・パレット
| 色の名称 | Hex/RGB値 (画面用) | CMYK値 (印刷用参考値) | 主な用途と注意点 | 推奨される文字色との組み合わせ |
| アクセシブルな赤 | E60033 | C0 M100 Y80 K0 | 強調、警告。黒と見分けやすいように調整されている 28。 | 白文字 (コントラスト比 5.25:1, WCAG AAA) |
| オレンジ | F39800 | C0 M50 Y100 K0 | データ系列、アイコン。赤や黄色との区別に配慮 28。 | 黒文字 (コントラスト比 4.79:1, WCAG AA) |
| 黄色 | FFF100 | C0 M0 Y100 K0 | 注意喚起。白背景とのコントラストに注意が必要 28。 | 黒文字 (コントラスト比 15.7:1, WCAG AAA) |
| 緑 | 009B4C | C100 M0 Y80 K0 | ポジティブな情報、データ系列。青寄りに調整 28。 | 白文字 (コントラスト比 3.19:1, WCAG AA Large) |
| 青 | 0068B7 | C100 M50 Y0 K0 | 基本情報、主要なデータ系列。黒との区別に配慮 28。 | 白文字 (コントラスト比 4.93:1, WCAG AA) |
| 空色 | 89C3EB | C50 M10 Y0 K0 | 補助的な情報、背景色。青との明度差を確保 28。 | 黒文字 (コントラスト比 3.25:1, WCAG AA Large) |
| 茶色 | 8F4B27 | C40 M80 Y100 K20 | データ系列。赤や緑と混同しないよう暗めに設定 28。 | 白文字 (コントラスト比 4.54:1, WCAG AA) |
| 黒 | 000000 | C0 M0 Y0 K100 | 本文テキスト、線。基本色。 | 白文字 (コントラスト比 21:1, WCAG AAA) |
2.3 検証とシミュレーションツール
デザインが本当にアクセシブルかどうかは、作成者自身の目で判断することはできません。幸い、多様な色覚をシミュレートし、客観的な基準で評価するためのツールが多数存在します。
- ソフトウェア:Adobe社のPhotoshopやIllustratorには、P型・D型色覚をシミュレートする「校正設定」機能が標準で搭載されています 29。また、Windows、Mac、Linuxで利用可能な無償のデスクトップアプリケーション「Color Oracle」は、画面全体にフィルタをかけることで、あらゆるアプリケーション上の表示をシミュレートできます 29。
- モバイルアプリ:iOSおよびAndroid用の「色のシミュレータ」は、スマートフォンのカメラを通して、印刷物や現実世界のプロダクトの色がどのように見えるかをリアルタイムで確認できる非常に強力なツールです 29。
- コントラストチェッカー:WebAIMの「Contrast Checker」などのオンラインツールを使えば、背景色と文字色のカラーコードを入力するだけで、WCAGの基準を満たしているかどうかを即座に判定できます 25。
これらのツールを活用する前に、誰でも簡単に実践できる強力な自己検証方法があります。それは「白黒(グレースケール)で確認する」という手法です。スライドを白黒で印刷したり、表示をグレースケールモードに切り替えたりした際に、すべての情報(グラフの各要素、図の各部分、強調テキストなど)が明確に区別できるのであれば、そのデザインは輝度コントラストが十分に確保されており、多くの色覚多様性を持つ人々にとってもアクセシブルである可能性が非常に高いです。色相情報が失われても情報が損なわれない設計は、本質的に堅牢なデザインと言えます 16。
第3章:情報のアーキテクチャ – 可読性の高いタイポグラフィと認知負荷を軽減するレイアウト
プレゼンテーションの分かりやすさは、情報の「見た目」だけでなく、その「構造」によって大きく左右されます。認知科学の知見に基づいたタイポグラフィとレイアウトの選択は、聴衆の認知負荷を軽減し、メッセージの吸収を促進します。
3.1 可読性の基盤:ユニバーサルデザインフォント
ユニバーサルデザイン(UD)フォントは、単に美しいだけでなく、「誰にとっても読みやすい」ことを目的に科学的に設計されています。これらのフォントは、濁点・半濁点が潰れにくい、似た形の文字(例:「3」と「8」、「R」と「B」)が明確に区別できる、文字内部の空間(ふところ)が広く取られているといった特徴を持ち、低解像度のプロジェクターでの投影や、小さな画面での表示でも高い可読性を維持します 1。
- 推奨されるUDフォント:近年のWindowsに標準搭載されており、Google Fontsからも無償で利用できる「BIZ UDPゴシック」や「BIZ UDP明朝」は、ビジネス文書やプレゼンテーションでの使用を想定して開発されており、非常に優れた選択肢です 34。その他、「メイリオ」や「游ゴシック」といった実績のあるシステムフォントも、可読性の観点から推奨されます 35。
- フォントサイズとフォーマット:プレゼンテーションでは、会場の後方からでも判読できるよう、本文テキストには最低でも24~28ポイント、タイトルには36~44ポイント程度のサイズを確保することが推奨されます 13。また、読みやすさを確保するために、行間は文字サイズの1.2倍から1.5倍程度に設定し、1行あたりの文字数を40字から75字程度に収めることで、視線の移動による疲労を軽減できます 1。
3.2 理解を促す構造:認知負荷の軽減
認知科学における「認知負荷理論」は、人間のワーキングメモリ(短期記憶)が一度に処理できる情報量には限りがあると説いています 9。優れたプレゼンテーションは、内容そのものの理解(内在的負荷)に聴衆の認知リソースを集中させるため、情報の提示方法に起因する不要な精神的作業(外在的負荷)を徹底的に排除します 9。
レイアウトの原則:
- ワンスライド・ワンメッセージ:1枚のスライドに複数のアイデアを詰め込まず、伝えるべき核となるメッセージを1つに絞ることは、認知負荷を軽減する最も効果的な手法です 9。
- 視線の誘導と階層化:多くの文化圏では、視線は自然に左上から右下へと「Z」の字を描いて移動します。この流れに沿って、スライドタイトルや最も重要な結論を左上に配置することで、情報の流れを直感的に理解させることができます 12。
- 余白とグルーピング:十分な余白(ホワイトスペース)は、スライドに洗練された印象を与えるだけでなく、要素間の関係性を明確にし、圧迫感を軽減します。関連する項目を近くに配置する「近接」の原則を用いることで、聴衆は無意識のうちに情報のグループを認識できます 12。
冗長性の排除:
マルチメディア学習の原則によれば、発表者がスライドに書かれた長い文章をそのまま読み上げる行為は、聴覚情報と視覚情報が完全に重複するため、学習効率を著しく低下させます 38。スライドは視覚的な補助(キーワード、図、グラフ)に徹し、詳細な説明は口頭で行うべきです。両者は互いを補完し合う関係であり、複製であってはなりません。
これらの原則は、コミュニケーションにおける「シグナル対ノイズ比」を最大化するという一つの目標に集約されます。不要な装飾、複雑な言い回し、乱雑なレイアウトといった「ノイズ」を徹底的に排除し、伝えたい中核的なメッセージという「シグナル」を際立たせることこそが、ユニバーサルデザインにおける情報設計の本質です。
3.3 ナビゲーションの要:構造とタイトルの役割
- すべてのスライドに固有のタイトルを:これはアクセシビリティにおける譲れないルールです。すべてのスライドには、その内容を的確に表す、他とは重複しないタイトルを必ず設定する必要があります 10。
- タイトルの重要性:スクリーンリーダーの利用者は、スライドのタイトルリストを読み上げさせることで、プレゼンテーション全体の構造を把握し、目的のスライドにジャンプします。タイトルがなかったり、「はじめに」「まとめ」のように重複していたりすると、彼らにとってプレゼンテーションはナビゲーション不能な情報の壁となってしまいます 10。また、固有のタイトルはすべての聴衆が議論の際に「『第3四半期の業績予測』のスライドに戻ってください」といった具体的な指示を出すことを可能にします。
- 読み上げ順序の確認:支援技術は、スライド上の要素を視覚的な配置順ではなく、オブジェクトが追加された順に読み上げることがあります。PowerPointなどの「選択」ウィンドウや「読み上げ順序」ウィンドウを使い、タイトル、本文、図の代替テキストといった要素が論理的な順序で読み上げられることを確認する必要があります 10。最初から組み込みのスライドレイアウトを使用することは、この順序を正しく保つ上で有効です 43。
第4章:多感覚的かつインクルーシブなアプローチ
優れたプレゼンテーションは、視覚だけでなく、聴覚や認知の多様性にも配慮することで、より多くの人々にメッセージを届けます。デザインの初期段階からこれらの配慮を組み込む「プロアクティブな設計」は、後から特別な対応(リアクティブな配慮)を追加するよりもはるかに効果的かつ効率的です。タイポグラフィやレイアウト、配色といった基本的な設計をユニバーサルにすることで、アクセシビリティの大部分は追加コストなしで実現できます。
4.1 聴覚の多様性への配慮(聴覚障害のある人々)
- 事前の準備:発表資料や専門用語のリストを事前に共有することで、聴覚障害のある参加者や手話通訳者が内容を予習し、当日の理解を深めることができます 2。
- 視覚情報の最大化:
・キャプション:録画された動画コンテンツには、必ず正確で同期したクローズドキャプションを付与します 6。ライブ配信の場合は、リアルタイム字幕提供(CART)サービスの利用を検討します 46。
・照明と視線:発表者の顔(特に口元)や手話通訳者がはっきりと見えるよう、十分な照明を確保し、部屋を暗くしすぎないようにします 2。
・座席:発表者、スクリーン、通訳者がすべて見渡せる最前列の席を確保することが望ましいです 2。 - 通訳者との連携:手話通訳者がいる場合は、専門用語を事前に伝え、早口にならないよう適度なペースで話します。視線は通訳者ではなく、聴衆全体に向けるように心がけます 2。
4.2 非視覚的アクセスへの配慮(視覚障害のある人々)
代替テキスト(Alt Text)の徹底:意味を持つすべての画像、グラフ、図表には、その内容と機能を伝える説明的な代替テキストを設定します。例えば、グラフの代替テキストは「青い棒グラフ」ではなく、「第3四半期の売上が20%増加したことを示す棒グラフ」とすべきです 6。単なる装飾目的の画像は、スクリーンリーダーが無視できるよう、装飾的要素として指定します 6。
- アクセシブルな表:表は画像ではなく、必ず表作成機能を用いて作成します。セルを結合したり入れ子にしたりする複雑な構造は避け、各列・各行のヘッダーを明確に指定することで、スクリーンリーダーが「B列、3行目」だけでなく「売上、2023年」のように文脈を読み上げられるようにします 10。
- 意味のあるハイパーリンク:リンクのテキストは、「こちらをクリック」のような曖昧な表現ではなく、「第3四半期レポート全文を読む」のように、リンク先の内容が具体的にわかるように記述します。これにより、スクリーンリーダー利用者はリンク一覧を読み上げるだけで効率的に情報を探すことができます 25。
4.3 神経多様性への配慮(ディスレクシア、ADHD、自閉スペクトラム症など)
- 明確性と予測可能性:専門用語や比喩、複雑な構文を避け、平易で直接的な言葉遣いを心がけます 41。プレゼンテーションの冒頭で議題(アジェンダ)を提示し、最後に要約を行うことで、全体の流れを予測しやすくします 41。
- 注意散漫の要因を最小化:不要なアニメーション、動きの多い背景、自動再生される音声や動画は、集中を妨げる要因となるため避けます 3。一貫性のあるシンプルなレイアウトを維持することが重要です 12。
- 構造化された情報:複雑な情報は、箇条書きや番号付きリストを用いて、消化しやすい小さな単位に分割します 41。指示は一度に一つずつ、段階的に伝えます 50。
- 文字通りのコミュニケーション:皮肉や反語といった、文字通りの意味とは異なる解釈を必要とする表現は誤解を招く可能性があるため、避けるべきです 50。
第5章:インクルーシブなデリバリーの技術
スライドのデザインがどれほど優れていても、その伝え方、すなわちデリバリーがインクルーシブでなければ、メッセージは十分に届きません。効果的なプレゼンテーションは、視覚情報(スライド)と聴覚情報(話し手)が協調し、互いを補強し合う「デュエット」のようなものです。話し手の役割はスライドの文章を読むことではなく、詳細やニュアンス、物語を語ることであり、スライドはそのための視覚的な骨格とアンカーを提供するべきです。
5.1 視覚情報を言葉にする
- 指示代名詞の排除:「こちらをご覧ください」「この部分が示すように」といった曖昧な指示語は、スクリーンが見えない人や、どの部分を指しているか分からない人にとっては意味をなしません 23。
- 具体的な描写:指示語の代わりに、具体的で明確な言葉で説明します。「グラフの青い線、これは欧州での売上を示していますが、4四半期にわたって着実な上昇を見せています」23。「このスライドの写真は我々の新しい試作品で、前面に大きなボタンが一つ付いた携帯型のデバイスです」24。
- レーザーポインターの使用:レーザーポインターは視覚障害のある人には見えません。もし使用が避けられない場合は、多くの人にとって視認性が高い緑色のレーザーポインターが赤色よりも推奨されますが、常に口頭での説明を優先すべきです 23。
5.2 ペース、言葉遣い、エンゲージメント
- 明瞭な発話とペース:はっきりと、かつ適度な速度で話すことは、非ネイティブスピーカー、リアルタイムで字幕を作成するキャプショナー、手話通訳者、そしてメモを取るすべての人々の理解を助けます 2。
- 用語の定義:専門用語や頭字語は、聴衆が知っていると決して仮定せず、最初に使用する際に必ずその意味を説明します 41。
- インクルーシブな質疑応答:聴衆からの質問に答える前には、必ずその質問を復唱します。これにより、質問が聞こえにくかった人やオンライン参加者も含め、全員が何の議論が行われているかを把握できます 24。
結論:卓越したコミュニケーションへの触媒としてのユニバーサルデザイン
本稿で詳述してきたように、プレゼンテーションにユニバーサルデザインを取り入れることは、単なる「配慮」や「制約」ではなく、コミュニケーションの本質的な質を高めるための科学的アプローチです。
その核心は、UDがすべての人に利益をもたらすという認識から始まります。色だけに依存しない情報提示、認知負荷を軽減する明快な構造、多様な感覚チャネルを通じた情報提供、そして意図を持ったインクルーシブなデリバリー。これらの一つひとつが、一部の人のためのバリアを取り除くと同時に、すべての人の理解を深め、エンゲージメントを高めるのです。
人間の多様性の全スペクトラムを念頭に置いて設計することは、発表者のプロフェッショナリズム、共感性、そして最終的には伝達者としての有効性の証となります。ユニバーサルデザインを実践することで、私たちのプレゼンテーションは単に「アクセシブル」になるだけでなく、真に「卓越した」ものへと昇華するのです。
付録:ユニバーサルデザイン・プレゼンテーション実践チェックリスト
このチェックリストは、プレゼンテーションを作成・実施する際の具体的な確認項目をまとめたものです。
【設計フェーズ】
- □テンプレート:PowerPointやGoogle Slidesに組み込まれた、アクセシビリティの高いレイアウトを使用しているか? 10
- □フォント:読みやすいサンセリフ体(BIZ UDPゴシック等)で、本文は24ポイント以上か? 23
- □コントラスト:テキストと背景のコントラスト比はWCAG AA基準(4.5:1)を満たしているか? 1
- □色:情報は色だけに依存せず、模様、ラベル、形状などで補強されているか? 18
【コンテンツ制作フェーズ】
- □スライドタイトル:すべてのスライドに、内容を的確に表す固有のタイトルが付いているか? 10
- □代替テキスト:意味を持つすべての画像、グラフ、図表に、内容を説明する代替テキストが設定されているか? 6
- □動画:埋め込まれたすべての動画に、正確なキャプションが付いているか? 6
- □読み上げ順序:スクリーンリーダーが論理的な順序でコンテンツを読み上げるか確認したか? 10
- □ハイパーリンク:リンクテキストは「こちら」ではなく、「〇〇の報告書」のように具体的か? 25
【デリバリー(発表)フェーズ】
- □事前共有:聴衆が事前にアクセスできるよう、資料を共有する準備はできているか? 6
- □口頭説明:スライド上のすべての視覚情報(グラフ、図、写真)を口頭で説明する準備はできているか? 23
- □発話:明瞭に、かつ適度なペースで話すことを意識しているか? 13
- □質疑応答:聴衆からの質問は、回答する前に必ず復唱するか? 24
引用文献
- 赤は目立つ? UDフォントを使えばOK? デザイナーが解説するユニバーサルな資料作成のコツ, https://mjmj.co/2024/05/universal-documents-for-everyone/
- 聴覚障害者へのプレゼンテーションでできる配慮は?円滑に進める …, https://pekoe.ricoh/pekomaga/tyoukakusyougai-presentation
- Web Content Accessibility Guidelines (WCAG) 2.2 (日本語訳), https://waic.jp/translations/WCAG22/
- ユニバーサルデザイン – Wikipedia, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%8B%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%83%B3
- ユニバーサルデザインの7原則の原文・意味とその具体例|TOPPAN, https://solution.toppan.co.jp/creative/contents/dentatsuclinic_column07.html
- Creating accessible PowerPoint presentations | Centre for Teaching and Learning, https://www.ctl.ox.ac.uk/creating-accessible-powerpoint-presentations
- Accessible Presentation Guide | SIGACCESS, https://www.sigaccess.org/welcome-to-sigaccess/resources/accessible-presentation-guide/
- ユニバーサルデザインの理解のための「7原則」の解説と事例 – ユニウェブ, https://hellouniweb.com/columns/universal-design/
- 認知負荷を操れ!成約率が2倍に跳ね上がる住宅 … – 住宅ローン, https://lab.iyell.jp/knowledge/realestate/cognitive-load_housing-sales_presentation/
- Make your PowerPoint presentations accessible to people with …, https://support.microsoft.com/en-us/office/make-your-powerpoint-presentations-accessible-to-people-with-disabilities-6f7772b2-2f33-4bd2-8ca7-dae3b2b3ef25
- ロン・メイスの 7原則 – ユニバーサルデザイン|もっとクリエイティブ|コクヨ, https://www.kokuyo.co.jp/creative/ud/aboutud/mace.html
- パワポはスピード!認知負荷を下げてわかりやすさを極める【20代で年収1,000万円超を目指す人向け、伝わる資料作成講座シリーズVol.5】 | bizSPA!, https://bizspa.jp/post-752630/
- Accessibility Guidelines – NDRN, https://www.ndrn.org/accessibility-guidelines/
- カラーユニバーサルデザイン ガイドブック, https://www.pref.tottori.lg.jp/secure/954753/CDU01_CUD20.pdf
- 色覚の多様性と視覚バリアフリーなプレゼンテーション | 第3回 すべての人に見やすくするためには、どのように配慮すればよいか, https://www.nig.ac.jp/color/barrierfree/barrierfree3-9.html
- 色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション(全3回), https://gakken-mesh.jp/html/pc/pdf/s0209shikikaku.pdf
- 色覚シミュレーションツールについて – カラーユニバーサルデザイン機構, https://cudo.jp/?page_id=90
- 職場でできる!SDGs取り組み~「色」に配慮した資料づくり~ | SDGs Action, https://www.sdgs-action.jp/project/1989
- Accessibility for visual designers – Digital.gov, https://digital.gov/guides/accessibility-for-teams/visual-design
- Accessibility Guide for Authors | SIGCHI, https://sigchi.org/resources/guides-for-authors/accessibility/
- PowerPointで色覚多様性に配慮した配色を設定する方法は? | pocket MBA, https://pocket-mba.com/keywords/16479/
- カラーユニバーサルデザイン ガイドブック – 福島県, https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/2574.pdf
- 論文作成・発表アクセシビリティガイドライン(Ver.4.0) | 発表 …, https://www.ieice.org/~wit/guidelines/index01.html
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- Make your document, presentation, sheets & videos more accessible – Google Help, https://support.google.com/accessibility/answer/6199477?hl=en
- プレゼンに有効な 配色 セットを知ろう – 学術英語アカデミー – エナゴ, https://www.enago.jp/academy/color_palette/amp/
- カラーユニバーサルデザインとは? | DICグラフィックス株式会社, https://www.dic-graphics.co.jp/navi/color/ud.html
- カラーユニバーサルデザイン推奨配色セット … – Jfly Home Page, https://jfly.uni-koeln.de/colorset/CUD_color_set_GuideBook_2018.pdf
- 色覚多様性 (色弱/色盲/色覚異常) の見え方確認ツールまとめ – UX INSPIRATION!, https://uxxinspiration.com/2017/11/cud-check-tools/
- カラーユニバーサルデザインを実践してみよう! – モリサワ note編集部, https://note.morisawa.co.jp/n/n45c336f7214e
- 色のシミュレータ – Google Play のアプリ, https://play.google.com/store/apps/details?id=asada0.android.cvsimulator&hl=ja
- 「色のシミュレータ」をApp Storeで – Apple, https://apps.apple.com/jp/app/%E8%89%B2%E3%81%AE%E3%82%B7%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%BF/id389310222
- Making Presentations & Forms Accessible | Accessibility Resources at UNCG, https://accessibility.uncg.edu/make-content-accessible/presentations-and-forms/
- UD フォント・UD トーク利用のススメ メールや文書作成,プレゼンテーション, https://diversity.nu.niigata-u.ac.jp/wp-content/themes/niigata-university/img/help/udfont_udtalk.pdf
- 【Windowsユーザー向け】プレゼン資料作成におすすめのフォント – PREZEN SQUARE, https://www.prezen-square.jp/posts/recommended_fonts_windows
- 【作例あり】UDフォントとは?その特徴を解説 – PREZEN SQUARE, https://www.prezen-square.jp/posts/udfonts
- プレゼン資料で使いやすいフォント4選|PowerPoint+ – note, https://note.com/powerpoint_plus/n/n6d4209b82ff0
- スライドを「読む人」で終わらない 認知科学で武装するプレゼン7 …, https://note.com/nora235/n/nd96576c418bb
- より良いスライドデザインと効果的なプレゼンテーションのための15のUX原則 – Autoppt, https://autoppt.com/ja/blog/ux-principles-for-better-slide-design/
- デザインの4原則 | 守るだけで見た目が”まとまる”デザインの基本 – Emprony, https://emprony.com/businessworkout/4principles_for_design
- PowerPoint Presentation Accessibility Guidelines – AHEAD, https://www.ahead.ie/allyship-accessible-comms-presentation
- 障碍のある方のためにアクセシビリティの高い PowerPoint プレゼンテーションを作成する, https://support.microsoft.com/ja-jp/office/%E9%9A%9C%E7%A2%8D%E3%81%AE%E3%81%82%E3%82%8B%E6%96%B9%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AB%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%82%B7%E3%83%93%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E3%81%AE%E9%AB%98%E3%81%84-powerpoint-%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%BC%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%82%92%E4%BD%9C%E6%88%90%E3%81%99%E3%82%8B-6f7772b2-2f33-4bd2-8ca7-dae3b2b3ef25
- PowerPoint Accessibility – WebAIM, https://webaim.org/techniques/powerpoint/
- 聴覚障害 ゼミ・グループ討議 – 日本学生支援機構(JASSO), https://www.jasso.go.jp/gakusei/tokubetsu_shien/shogai_infomation/shien_guide/choukaku_bamen/gakushu_seminar.html
- Making Accessible Presentations – ASSETS 2023, https://assets23.sigaccess.org/accessible-presentation.html
- Inclusivity and Accessibility Recommendations for Presenters – POD Network, https://podnetwork.org/inclusivity-and-accessibility-recommendations-for-presenters/
- Crafting More Accessible Google Slides – Technology Accessibility …, https://accessibility.wfu.edu/resources/google-slides/
- Guide to an Accessible Submission – For Authors – CHI 2021, https://chi2021.acm.org/for-authors/presenting/papers/guide-to-an-accessible-submission
- 発達障害の理解と対応 – 世田谷区ファミリー・サポート・センター, https://s-fsc.com/download_file/view/39/213
- 誰もが暮らしやすい 社会をめざして – 東京商工会議所, https://www.tokyo-cci.or.jp/koekake_booklet.pdf