デザインを科学する

美の科学:生存本能からプレゼンテーションデザインまで

序論:『泉』とジュウシマツのパラドックス

人間の美意識は、一つの壮大なパラドックスを内包している。一方では、何千年もの進化の過程で磨き上げられた本能が、特定の顔立ちを「美しい」と判断させる。多くの文化圏で共通して魅力的とされる「平均顔」は、その典型例である。これは、生物学的な健全さや繁殖上の有利さを示すシグナルとして機能してきた。しかし、もう一方では、現代の我々の心は、工場で大量生産された男性用小便器を20世紀における最も影響力のある芸術作品の一つとして称賛することもできる。マルセル・デュシャンの『泉』である。
この二つの現象は、単なる矛盾だろうか。それとも、そこには我々自身の物語が隠されているのだろうか。この問いを探求するにあたり、意外な案内役が登場する。ジュウシマツ(十姉妹)という小さな鳥である。この鳥の家畜化の歴史は、人間の美意識が辿ってきた道のりを映し出す、完璧な生きたメタファーとなる。彼らのさえずりは、生存という過酷なプレッシャーから解放されたとき、「美」に何が起こるのかを物語っている。
本稿では、我々の美意識が単一の不動な本能ではなく、階層的な認知システムであることを論じる。その基盤には、生存のために最適化された古代からの進化的遺産がある。しかし、現代社会の安全、芸術による知的挑戦、そしてパターンと快楽を見出そうとする脳の生来的な欲求によって、そのシステムは拡張され、豊かさを増してきた。本稿は、美の進化的起源から始まり、安全と文化がそれをいかに再構築したかを探り、芸術に対する脳の反応を解き明かし、最終的には、より効果的で美的なプレゼンテーションデザインを生み出すための、科学的根拠に基づいた一連の原則を提示するものである。

第1章 美の設計図:我々の進化的遺産

我々が何かを「美しい」と感じる感覚の根源には、生物としての生存と繁殖を目的とした、極めて合理的で機能的な設計図が存在する。進化心理学の観点から顔の魅力を分析すると、その判断基準が文化や時代を超えて驚くほどの一貫性を持つことが明らかになる。これは、美しさが優れた遺伝的資質を持つ個体を識別するための「正直なシグナル」として機能してきたからに他ならない 1。

平均顔の魅力:データとしての完全性

多くの研究が示す最も興味深い発見の一つは、「平均顔」が魅力的であると評価される傾向である。ここで言う「平均」とは、決して「平凡」や「凡庸」を意味するものではない。むしろ、多くの人々の顔の特徴をデジタル合成することで生まれる、数学的な平均値を体現した顔を指す。この平均顔への選好は、単なる審美的な気まぐれではなく、高度な情報処理の結果と解釈できる。
進化の過程において、極端な顔の特徴は、発達過程における不安定さ、遺伝的変異、あるいは病気のリスクを示唆する可能性があった。一方で、多くの個体の特徴が混ざり合った平均的な顔立ちは、遺伝的多様性の高さと、それによってもたらされる強固な免疫システムを暗示する。つまり、平均顔は、繁殖力の高さを伝える信頼性の高いシグナルだったのである 1。
この観点をさらに推し進めると、我々の脳が平均顔に魅力を感じるのは、本質的に「データの完全性」を好むからだと言える。平均顔は、エラーやノイズが少なく、成功した遺伝子コードの視覚的表現である。脳は、この「低エラー」の生物学的シグナルを効率的に検出し、それを「美しい」という快感として認識する。この脳の根本的な性質、すなわち秩序、明瞭さ、そして「ノイズ」の欠如を好むという性質は、後にプレゼンテーションデザインを考える上で極めて重要な原則となる。雑然とし、混沌としたスライドは、抽象的な意味で、発達上の不安定さの視覚的等価物であり、処理が困難な「ノイズの多い」情報なのである。

健康と繁殖能力のシグナル

顔の魅力は、平均性や対称性以外にも、健康や繁殖能力を示す様々なシグナルによって構成される。例えば、性ホルモンは顔の形態に影響を与え、魅力の評価に寄与する。女性の顔においては、女性ホルモンであるエストロゲンの影響を受けた特徴が魅力的と評価される傾向がある。一方で、男性の「男らしさ」を強調する特徴への選好は、より文脈に依存する。例えば、衛生環境が整っておらず、免疫機能が子どもの生存に直結するような環境で暮らす女性ほど、「男らしい」顔を好む傾向が報告されている 1。これは、テストステロンが免疫機能を抑制する側面を持つ一方で、それが示す強靭さが厳しい環境下での生存能力の証と見なされるためである。
しかし、人間の魅力判断は、静的な顔の構造だけで決まるわけではない。笑顔のような表情もまた、複雑な役割を果たす。ある研究では、笑顔は「健康的魅力」や「対人的魅力」を高める一方で、「美的魅力」そのものには必ずしも直接的な影響を与えないことが示唆されている 2。特に、恋愛対象としての評価においては、笑顔の効果は限定的であるという結果もある。これは、我々の判断が、生物学的な資質評価と、社会的な相互作用の可能性評価という、複数のレイヤーで構成されていることを示している。美醜の判断は、友人関係や恋愛関係を築きたいという希望に、笑顔の有無よりもはるかに大きな影響を与えるのである 2。
このように、我々の美意識の基盤には、生存と繁殖という明確な目的のために最適化された、洗練された評価システムが組み込まれている。それは、健康、遺伝的多様性、発達の安定性といった、目には見えない情報を瞬時に読み解き、「美しい」という直感的な判断へと変換する、進化の賜物なのである。

第2章 籠の扉が開くとき:安全が解放する美的表現

生物の形質は、常に生存と繁殖に関わる厳しい選択圧に晒されている。その中で「美」もまた、特定の機能を果たすための最適化の結果として進化してきた。しかし、もしその選択圧が取り除かれたとしたら、「美」はどのように変化するのだろうか。この問いに鮮やかな答えを与えてくれるのが、ジュウシマツ(Bengalese finch)とその野生の祖先であるコシジロキンパラ(white-backed munia)の比較研究である。

野生の歌、飼育下の歌:「効率の美」から「表現の美」へ

野生のコシジロキンパラのオスが歌う求愛歌は、非常に定型的で、予測可能な線形の構造を持っている。ある音の要素の後には、決まった要素が続くという、単純な構文で成り立っている 3。この歌のシンプルさは、二つの相反する淘汰圧、すなわち「メスへの魅力」と「捕食者からのリスク」との間のトレードオフの結果であると考えられる。歌はメスを惹きつけるのに十分な魅力を持ちつつも、長く複雑になりすぎて捕食者に位置を特定されるリスクを最小限に抑える必要がある。これが、厳しい自然環境下で最適化された「効率の美」である。その価値は、繁殖という目的を達成するための有効性によって測られる。
一方、何世紀にもわたって人間によって飼育されてきたジュウシマツの歌は、劇的な変化を遂げた。捕食者という脅威が存在せず、繁殖相手も保証された安全な環境、すなわち家畜化という状況下で、歌に対する選択圧は大きく「緩和」された 3。その結果、ジュウシマツの歌は、祖先とは比較にならないほど複雑で、多様な構文を持つようになった。一つの音の後に複数の異なる音が続く可能性があり、その歌は予測不可能で創造的ですらある 3。
重要なのは、この複雑化が単なる機能の劣化やランダムなノイズではないという点である。実験により、メスのジュウシマツは、単純な歌よりも複雑な歌を聞かされた方が、より活発に巣作りを行い、多くの卵を産むことが確認されている 4。これは、生存の脅威から解放された環境下で、複雑さや新奇性そのものが新たな美的価値として選択されるようになったことを示唆している。これが「表現の美」である。その価値は、もはや単一の機能的有効性ではなく、歌というメディアが持つ表現可能性の探求そのものにある。

ジュウシマツが映し出す人間の美意識の進化

ジュウシマツの歌の進化は、人間の美意識の進化を理解するための強力なモデルを提供する。前章で述べた、我々が顔の魅力に感じる本能的な選好は、野生のコシジロキンパラの歌と同様、「効率の美」に相当する。それは、健康や遺伝的資質という特定の情報を、迅速かつ確実に伝達するために最適化されたシグナルである。
一方で、安全な現代社会において我々が享受する芸術、デザイン、音楽は、飼いならされたジュウシマツの歌、すなわち「表現の美」に相当する。これらは直接的な生存には寄与しないが、感覚的、知的な可能性の広大な領域を探求する。生存という足枷から解放された我々の心は、より複雑で、より多様で、より斬新な表現に価値を見出すようになったのである。
このジュウシマツの事例は、ユーザーが直感的に抱いた「生存がある程度約束される現代では、醜美の判断以外にも、デザインやアートを美しいと感じる心が醸成されている」という仮説に、強力な生物学的根拠を与える。機能的なデザインと抽象芸術が共存する現代の状況は、矛盾ではなく、我々の美意識が持つこの二つの進化的なモード、「効率の美」と「表現の美」を反映したものなのである。優れたプレゼンテーションデザインは、この両者のバランスを取る必要がある。情報を明確に伝え、説得力を持つという「効率性」と、聴衆を惹きつけ、記憶に残るものにするための「表現性」の両方が求められるのだ。

第3章 キャンバスの再定義:文化と概念が脳に新たな見方を教える

我々の美意識が持つ生物学的な基盤は、決して固定されたものではない。それは文化というフィルターを通して屈折し、時には概念的な革命によって根底から覆される、極めて可塑性の高いシステムである。美の基準は、時代や社会と共に変容し、さらには「美とは何か」という定義そのものが問い直されることさえある。

  • 移ろう美の基準:日本の美人画に見る文化の力

美の基準が文化的に構築されることを示す好例が、日本の美術史、特に「美人画」における女性美の表現の変遷である 6。平安時代の美の理想は、ふくよかな体型、長く艶やかな黒髪、そして白く塗られた顔に引かれた細い眉と小さな口であった 7。これは、当時の貴族社会の価値観を色濃く反映したものである。
時代が下り、江戸時代になると、美人画の女性像は大きく変化する。理想とされたのは、細面の輪郭、切れ長の目、小さな口といった、より様式化された理想美であった 6。これは、遊郭文化の発展と共に、見る者の欲望を喚起するメディアとしての性格を強めていったことと無関係ではない 6。
そして明治時代、西洋文化の流入という大きな社会的変動が、美の基準に決定的な変化をもたらす。洋装が普及するにつれて、それまでの日本の伝統的な顔立ちよりも、彫りが深くはっきりとした西洋的な顔立ちが、洋服に似合うとして美しいと見なされるようになった 7。このように、美の基準は普遍的な生物学的定数ではなく、その時代の文化、社会、技術、そして人々の生活様式と深く結びつき、常に再交渉され続ける動的な概念なのである 11。

概念の革命:デュシャンの『泉』と「思考する芸術」

文化による美の基準の変容よりもさらにラディカルな変化が、20世紀初頭の西洋美術界で起こった。マルセル・デュシャンが1917年に発表した『泉』は、その象徴である。彼は、既製品の男性用小便器に偽名で署名し、それを芸術作品として展覧会に出品しようと試みた 16。
この行為は、芸術が職人技によって生み出された、網膜を喜ばせる「美しいモノ」であるべきだという、ルネサンス以来の西洋美術の伝統に対する根本的な挑戦であった。デュシャンの「レディ・メイド(既製品)」は、芸術作品の価値が、その物理的な美しさや作者の手仕事にあるのではなく、アーティストが提示する「アイデア」や「コンセプト」にあると主張したのである 18。
『泉』によって、美的経験の場は、網膜(感覚的な快楽)から脳(知的な営み)へと劇的に移行した。鑑賞者の役割もまた、美しい作品の受動的な崇拝者から、作品の意味を問い、解釈することで作品を完成させる能動的な参加者へと変わった 17。芸術は、答えを提供するものではなく、「問いを投げかけるもの」となったのだ 19。
このデュシャンの革命は、前章で論じたジュウシマツの歌の進化と驚くほど響き合う。野生の鳥の歌が、その鳥自身の身体や適応度という物理的な実体と固く結びついているように、デュシャン以前の芸術もまた、絵画や彫刻という物理的なモノの価値に重きを置いていた。一方、飼育下のジュウシマツの歌は、より抽象的な構文やパターンそのものへと関心を移していく。デュシャンの『泉』は、この抽象化をその論理的帰結まで推し進めたものと言える。物理的なモノ(小便器)はほとんど意味をなさなくなり、「アート」とは、制度への挑戦、あるいは「これもまたアートたりうる」という新たな言語規則の提示といった、非物質的なコンセプトそのものになる。
これは、人間の脳が持つ、美学における「メタ認知」の能力を浮き彫りにする。我々は、刺激そのものからだけでなく、その刺激を支配するルールを理解すること、さらにはそのルールが鮮やかに破られるのを目撃することからも快楽を得ることができる。これが、たとえ個々のスライドが視覚的にシンプルであっても、クレバーで、示唆に富み、常識を覆すようなプレゼンテーションが「美しい」と感じられる理由である。その美しさは、アイデアそのもののエレガンスに宿るのである。

第4章 美を感じるということ:美的脳へのツアー

これまで、美の感覚が進化、環境、文化、そして概念によっていかに形成されるかを見てきた。では、美しい顔、心地よい音楽、そして知的に刺激的なアートに触れたとき、我々の脳内では具体的に何が起きているのだろうか。この問いに答えるのが、神経科学、心理学、美学を融合した学際領域「神経美学(Neuroaesthetics)」である 20。

美の共通通貨:脳の報酬システム

fMRI(機能的磁気共鳴画像法)やEEG(脳波計)といった脳機能イメージング技術を用いた数多くの研究から、驚くべき事実が明らかになってきた。それは、我々が何かを「美しい」と感じる経験は、多様な刺激によって引き起こされるにもかかわらず、脳内の特定の神経回路、すなわち「報酬系」の活性化を一貫して伴うということである 21。
特に、眼窩前頭皮質の内側部(medial Orbitofrontal Cortex, mOFC)と呼ばれる領域は、刺激の快楽的な価値を評価する上で中心的な役割を果たす。人が何かを美しいと判断したとき、このmOFCの活動が活発になることが繰り返し観察されている 22。この活性化は、ドーパミンなどの神経伝達物質の放出を促し、我々に喜びや満足感といったポジティブな感情をもたらす。興味深いことに、これは美味しい食事や愛する人との触れ合いといった、生命の維持に不可欠な根源的な報酬に反応する回路と同一である 23。

多様な美を統合する脳のメカニズム

神経美学が明らかにした最も重要な知見は、この報酬システムが持つ驚異的な柔軟性である。このシステムは、単一の種類の刺激にのみ反応するのではなく、極めて多様な「美しい」経験を統合し、評価することができる。
進化的に調整された刺激への反応: 例えば、魅力的な顔を見たとき、顔の認識に特化した紡錘状顔領域(fusiform face area)のような専門領域が活動すると同時に、報酬系の中枢であるmOFCも活性化する 24。これは、第1章で述べた、生物学的な価値を持つシグナルを脳が「報酬」として認識していることを神経科学的に裏付けるものである。

  • 感覚的な刺激への反応: 美しい絵画や建築、音楽に触れたとき、脳は視覚野や聴覚野といった感覚皮質、扁桃体や島皮質といった情動に関わる領域、そして報酬系を連動させて活動させる 20。美的経験とは、単なる視覚情報の処理ではなく、感覚、感情、そして価値判断が一体となった、全脳的なプロセスなのである。
  • 概念的な刺激への反応: 美の経験は、我々の知識や信念によっても大きく左右される。ある研究では、被験者に同じ絵画を見せる際に、一方には「美術館の所蔵品」、もう一方には「コンピュータで生成された画像」という異なる文脈情報を与えた。その結果、被験者は「美術館の所蔵品」と教えられた絵画をより美しいと評価し、その際にはmOFCの活動が有意に高まることが示された 22。これは、第3章で論じたデュシャンの『泉』のように、作品の背景にあるコンセプトや文脈を理解することが、美の神経的な経験そのものを変調させることを意味する。

これらの知見を統合すると、一つの壮大な結論が導き出される。脳の報酬システムは、価値を評価するための「共通通貨」として機能している。生物学的な美(良い遺伝子)、感覚的な快楽(心地よい色彩や形)、そして知的な満足(鮮やかなアイデアの理解)といった異なる種類の価値は、すべてこのシステムによって「これは良いものだ」という根源的な信号に変換される。
脳は、本能のための快楽中枢と、知性のための快楽中枢を別々に持っているわけではない。そこにあるのは、統一された価値評価システムである。「美」とは、感覚的であれ概念的であれ、このシステムが高価値で報酬的であるとタグ付けした、あらゆる入力に対して我々が与えるラベルの一つに過ぎない。
この事実は、本稿全体の科学的な要となる。それは、「美しい」プレゼンテーションスライドが、複数の経路を通じてその効果を発揮できることを意味する。良い配色やクリーンなレイアウトによって「感覚的に心地よい」から美しいのかもしれない。あるいは、複雑なアイデアを一瞬で理解させる優れた図解によって「概念的にエレガント」だから美しいのかもしれない。デザインの究極的な目標は、この脳の報酬システムを活性化させることであり、我々はそのための多様な手段を科学的に理解し始めているのである。

第5章 知覚のためのデザイン:視覚的に快適なスライドのための科学的原則

これまでの議論は、美の感覚が進化的な基盤の上に、環境、文化、そして脳の報酬システムと相互作用しながら築き上げられてきたことを明らかにした。この最終章では、これらの理論的な知見を、プレゼンテーションデザインという具体的な実践へと落とし込んでいく。目指すのは、脳の生来的な情報処理メカニズムに逆らうのではなく、それに寄り添うデザインである。

視覚の文法:ゲシュタルト原則

我々の脳は、目から入ってくる膨大な視覚情報を、無意識かつ自動的に意味のある全体へと組織化する能力を持っている。この心の働きを体系化したのが、20世紀初頭にドイツの心理学者たちによって提唱されたゲシュタルト心理学である 26。ゲシュタルト原則は、単なるデザインの任意なルールではない。それは、脳が認知的な負荷を軽減し、混沌の中に秩序を見出すために用いる、根源的なヒューリスティクス(発見的手法)である 28。
この原則に従ったデザインは、脳にとって処理が容易である。そして、この「処理の容易さ(processing fluency)」こそが、美的快感の源泉の一つとなる。つまり、ゲシュタルト原則に沿ったスライドは、単に「分かりやすい」だけでなく、本能的に「美しい」と感じられる可能性が高いのである。以下に、主要な原則と、それをスライドデザインに応用するための具体的な方法を示す。

原則定義スライドデザインへの応用例
近接の法則 (Proximity)物理的に近くに配置された要素は、一つのグループとして認識される 29。グラフとそのタイトル、出典表記は互いに近接して配置する。スライド上の異なるアイデアやセクション間には、十分な余白(ホワイトスペース)を設けることで、明確な分離を生み出す。
類同の法則 (Similarity)色、形、サイズ、フォントなどの視覚的特徴を共有する要素は、同じ機能を持つグループとして認識される 30。全てのセクション見出しを同じフォントとサイズで統一する。クリック可能な全てのテキストやボタンに一貫した色を使用することで、「これは操作できる」という機能を視覚的に伝える。
閉合の法則 (Closure)人間の心は、欠けた部分を補完し、不完全な図形を完全で馴染みのある全体として認識する傾向がある 29。ロゴデザインでネガティブスペース(背景の空間)を活用し、二重の意味を持つ図形を作り出す。スライドの端で意図的に画像を切り取ることで、全体を見せずともより大きなインターフェースや風景を暗示する。
連続の法則 (Continuity)人の目は、直線や滑らかな曲線に沿って配置された要素を、一つの連続した流れとして追う傾向がある 29。箇条書きの項目、画像、テキストボックスなどを、共通の軸(左揃え、中央揃えなど)に沿って整列させる。これにより、鑑賞者の視線を論理的な順序で内容へと導く、クリーンな視覚的経路が生まれる。
図と地の法則 (Figure/Ground)心は、視覚要素を前景(図)と背景(地)に分離して認識する。通常、より小さく、閉じた領域が「図」として認識される 30。テキストを読みやすくするために、背景画像をぼかしたり暗くしたりして、テキスト(図)を際立たせる。ページの他の部分を暗転させて表示されるポップアップウィンドウは、この原則の典型的な応用例である。
共同運命の法則 (Common Fate)同じ方向に動いているように見える要素群は、一つのグループとして認識される 33。アニメーションを用いる際、関連する複数の要素(例:グラフの棒と対応する数値)を同時に同じように動かすことで、それらの関係性を強化する。
共通領域の法則 (Common Region)枠線や背景色など、同じ境界線内に配置された要素は、一つのグループとして認識される。これは近接の法則よりも強力に働くことがある 30。関連する統計データやチームメンバーのプロフィールなどを、薄い背景色のついた「カード」状の領域内にまとめることで、他の要素が近くにあっても明確にグループ化する。

色彩の感情と調和

色は単なる装飾ではない。それは、我々の心理状態に直接働きかける強力なツールである。色彩心理学の研究は、赤やオレンジといった暖色系が気分を高揚させ、交感神経を優位にする一方、青や緑などの寒色系は心を落ち着かせる効果があることを示している 35。世界的に最も好まれる色は青であるという調査結果もあり、これは信頼性や安定感を求める普遍的な心理を反映している可能性がある 36。
プレゼンテーションデザインにおいては、その目的とする感情的なインパクトに合わせてカラーパレットを選択することが重要である。例えば、企業の信頼性を訴求する提案では青を基調とし、緊急の行動喚起を促すメッセージでは赤や黄色をアクセントとして使用するといった戦略が考えられる。
さらに、複数の色を組み合わせる際には、「色彩調和論」が指針となる。補色(色相環の反対側に位置する色)の組み合わせは強い対比を生み出し、類似色(色相環で隣り合う色)の組み合わせは統一感のある穏やかな印象を与える 37。これらの基本的な配色ルールに従うことで、視覚的に秩序があり、快いと感じられるデザインを構築することができる。

普遍的な公式の誤謬

デザインの世界では、しばしば「黄金比」(約 )のような普遍的な美的法則が語られる。パルテノン神殿からモナ・リザまで、多くの傑作がこの比率に基づいているとされる。しかし、認知科学的な観点からは、黄金比が普遍的な美の鍵であるという主張には、強力な科学的根拠があるわけではない 39。その魅力は、文化的に学習されたものであるか、あるいは他のより基本的な知覚原則(例えば、対称性やバランス)の副産物である可能性が指摘されている。
デザインにおいて、黄金比のような特定の比率に固執することよりも、前述したゲシュタルト原則のような、脳の知覚プロセスに根差した、より基本的で広範な原理を適用する方がはるかに効果的である 41。科学的なデザインとは、神秘的な公式を盲信することではなく、人間の知覚システムがどのように機能するかを理解し、それに寄り添うことなのである。

結論:ルールの先へ – 人間の脳への共感をもってデザインする

本稿は、人間の美意識を巡る壮大な旅であった。その物語は、我々のDNAに刻まれた、生存のためのシンプルで効率的なツールとして始まった。そして、ジュウシマツが安全な籠の中でその歌を複雑化させたように、またデュシャンのような芸術家が概念の革命を起こしたように、安全、文化、そして知的好奇心という解放の力を通じて、我々の美の感覚は複雑で多面的な経験へと花開いた。
この旅から得られる最終的な結論は、こうである。「科学的なデザイン」の究極の目標は、厳格なルールのチェックリストに従うことではない。それは、人間の脳に対する深い共感を育むことにある。我々の聴衆が、意識的にも無意識的にも、常に明瞭さ、秩序、そして意味を探し求めていることを理解すること。そして、それらを見出したときに、脳が快感という報酬で応えるように配線されていることを知ることである。
したがって、真に「美しい」プレゼンテーションとは、鑑賞者の認知的な資源を尊重するものである。それは、知覚の原則を小手先のトリックとしてではなく、一種の礼儀として用いる。複雑な情報をシンプルに感じさせ、無秩序なデータを秩序立っているように見せ、説得力のある主張を、抵抗なく真実であるかのように感じさせる。それこそが、科学とデザインが一つになる瞬間なのである。

引用文献

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  2. 笑顔および外見による魅力変化, https://rissho.repo.nii.ac.jp/record/5690/files/shinrikenkiyo_010_031.pdf
  3. Acoustical and Syntactical Comparisons between Songs of the …, https://bioone.org/journals/zoological-science/volume-16/issue-2/zsj.16.319/Acoustical-and-Syntactical-Comparisons-between-Songs-of-the-White-backed/10.2108/zsj.16.319.full
  4. The Bengalese Finch: A Window on the Behavioral Neurobiology of …, https://www.researchgate.net/publication/8397254_The_Bengalese_Finch_A_Window_on_the_Behavioral_Neurobiology_of_Birdsong_Syntax
  5. ジュウシマツの歌から 見えてきた言語の起源 – 理化学研究所, https://www.riken.jp/medialibrary/riken/pr/publications/news/2009/rn200911.pdf
  6. 浮世絵の美人画が描く女性像|時代ごとの特徴と社会背景 – だるま …, https://daruma3-mag.com/archives/5153/
  7. 時代の移り変わりと 見る美人の変化, https://www.takefu-h.ed.jp/wp-content/uploads/2022/12/%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%81%AE%E7%A7%BB%E3%82%8A%E5%A4%89%E3%82%8F%E3%82%8A%E3%81%A8%E8%A6%8B%E3%82%8B%E7%BE%8E%E4%BA%BA%E3%81%AE%E5%A4%89%E5%8C%96.pdf
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  10. 協会だより ~日本における美人の変遷~ 医療社団法人 白壁会 理事長 白壁 征夫 先生, https://www.biyouiryou.jp/contents/kd03.html
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  12. 文化多様性論講座, https://www.let.hokudai.ac.jp/general/department-cultural-diversity-studies
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  15. <特集論文 2>序–装いの人類学に向けて — 審美性への着目から, https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/bitstream/2433/228324/1/ctz_9_264.pdf
  16. マルセル・デュシャンとは?「観念としての芸術」代表作を5分で解説 | NEW ART STYLE, https://media.and-owners.jp/art-studies/contemporary-art/who_is_marcel_duchamp/
  17. 現代アートの父【マルセル・デュシャン】を解説 | TRiCERA ART CLiP, https://www.tricera.net/ja/artclip/blog862
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  30. 7 Gestalt Principles of Visual Perception Better UX Design – UserTesting, https://www.usertesting.com/blog/gestalt-principles
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  36. 色と心理色が人間の心理にどのような影響を与えるのか – カラーコーディネートの探求, https://www.kajima.co.jp/news/digest/feb_2001/tokushu/toku01.htm
  37. 色彩心理学 | 日本大百科全書 – ジャパンナレッジ, https://japanknowledge.com/contents/nipponica/sample_koumoku.html?entryid=173
  38. 1.色彩調和論(心理学的感覚である色彩調和の仕組みを体系化する取組み)の歴史, https://botanicalart.jp/wp-content/uploads/2022/08/9e11299a091c95bedddb771ef766b807-1.pdf
  39. 魅力を規定する常識的な要因を疑う, https://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/lt/rb/636/636PDF/oda2.pdf
  40. 黄金比・白銀比が美しく感じられる理由|SO – note, https://note.com/morisonnote/n/nf0a69b0b57bb
  41. すべてのものに理由はある。脳科学に基づくデザインの法則 | 株式会社LIG(リグ), https://liginc.co.jp/web/design/other-design/15954

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