聴衆を科学する

無意識を操るプレゼン術:デザインとストーリーで意思決定を誘導する科学的戦略

I. 序論:意思決定の二重構造とAIの限界

I-A. 無意識の意思決定のメカニズム

人間の意思決定は、しばしば論理的な推論と熟慮に基づいていると考えられがちですが、認知科学および神経科学の研究は、その大部分が自動的かつ迅速な無意識のプロセスに依存していることを示唆しています 1。
脳の活動の約95%が潜在意識下で発生しており、私たちの日常的な判断や行動の基盤となっているのです 1。
この現象を理論的に捉えるのが、行動経済学者のダニエル・カーネマン氏によって広く普及したデュアルプロセス理論(二つの思考システム)です。この理論は、人間の認知を二つのシステムに分類しています 2。

  • システム1(System 1): 速く、直感的で、自動的、努力を要しない、感情的、連想的な直感的な思考モードです 4。これは進化的に古く、特定のタスクに特化した処理(ドメイン固有のメカニズム)から構成されています 。
  • システム2(System 2): 遅く、努力的で、論理的、分析的な熟慮に基づく思考モードです 4。これは抽象的な推論を可能にする、汎用的なメカニズムです 。

意思決定における無意識の優位性は、システム1の自動的な活性化に起因します 6。システム1は、認知的な近道(ヒューリスティクス)を用いることで、情報過多な環境下での意思決定を迅速に処理します。したがって、プレゼンテーションデザインの役割は、聴衆の意識的な分析(システム2)の関与を最小限に抑えつつ、システム1による迅速な受け入れ、すなわち直感的な「使いやすさ」や「正しさ」の感覚を誘発する環境を設計することにあります 。

I-B. 人間の無意識とAIの計算論的限界:デザインの優位性

人間の無意識が「AIでもデータベース化できない領域」であるという見解は、人工知能(AI)における知性と意識の乖離に関する最新の研究によって裏付けられます 7。大規模言語モデル(LLMs)の近年の成功は高度な知性を示していますが、これは人間が持つ意識的な体験や自己認識を伴わない「意識のない計算」として理解されることが多いです 8。
特に、多くのAIシステムが「非身体化」されているのに対し、人間の認知は物理的な身体を通じた世界とのリアルタイムな相互作用を通じて進化してきたという点が、限界として指摘されています 。柔軟な注意の変調や新しい文脈へのロバストな対応、統合的な意思決定能力といった「意識の優位性」によって実行される認知タスクは、非身体化されたAIシステムでは達成が難しいとされています 。
この分析は、プレゼンテーションデザイナーの専門性が役に立つことの裏返しだと思います。AIによるデータ駆動型の設計では捉えきれない、人間の神経学的・感情的な領域をターゲットとする戦略的なデザインは、AIの計算論的限界の外側に存在します 11。つまり、プレゼンテーションデザインが狙う感情的な共感、直感的な美意識、ナラティブによる没入体験は、データのみに基づく設計を超越した、人間固有の認知プロセスを活用するものであり、その戦略的な優位性は持続的に高いと評価されます。

II. 視覚的要素と無意識の意思決定:プライミングと処理の心地よさ

プレゼンテーションのスライドデザインは、単なる情報のパッケージングではなく、聴衆が意識的にメッセージを評価するよりも早く、システム1に対して自動的かつ無意識的にポジティブな評価や特定のバイアスを植え付けるための「プライミング・アーキテクチャ」として機能します。

II-A. プライミング効果:無意識のバイアスを仕掛ける

プライミングとは、先行する情報(プライム)が、意識的な自覚なしに、後続の判断や行動に影響を及ぼす現象です 6。これは、行動経済学において重要な概念であり、マーケティングから公共政策まで幅広い分野で応用が研究されています 6。

  • 色彩心理学と感情的プライミング

スライドの色彩は、聴衆の感情的反応を自動的に誘発し、提示されるメッセージに対する無意識のバイアスをかける強力なツールです。例えば、色彩心理学によれば、青はしばしば信頼、安定、冷静さと結びつけられるため、金融や技術分野の企業プレゼンテーションに適しています 。一方、赤は情熱や緊急性を喚起し、注意を引くため、重要な強調点や行動喚起(Call to Action)に使用されます 。緑は成長や健康のイメージと関連付けられ、ウェルネス関連のメッセージに効果的です 。
色彩を単なる装飾としてではなく、心理的な効果を意図的に利用する戦略として用いることで、聴衆のシステム1は、メッセージそのものの論理的評価に入る前に、プレゼンターやブランドに対して既に好意的な感情や特定の期待値を設定することになります 13。

  1. 視覚的刺激の優位性

研究によれば、プライミング効果において、画像(Pictorial Stimuli)などの非言語的な刺激は、言語的な刺激(Verbal Stimuli)よりも無意識の処理においてより強力な影響力を持つ可能性があります 15。スライドデザインにおいて、適切な画像、動画、あるいは概念的なメタファーを使用することは、関連する感情的な連想を呼び起こし、その後の意思決定を無意識的に誘導します。
この強力な影響力から、倫理的な側面についても議論が必要です。サブリミナル・プライミング(意識閾値以下の提示)の効果を統計的に証明することは一般的に難しいとされますが 、マーケティングにおけるプライミングの応用は消費者行動を左右する力を持つため、その利用には常に倫理的な熟慮が求められます 13。

II-B. 処理流暢性(Processing Fluency):デザインの心地よさが生む無意識の信頼

意思決定に対する視覚デザインの最も重要な影響の一つは、処理流暢性(Processing Fluency: 情報の処理しやすさ)を通じて発揮されます 16。処理流暢性とは、情報が人間の心で処理される際の「容易さ」(心地よさ)の主観的な経験です 17。

  1. 流暢性の快感原則と真実性の帰属

処理流暢性理論の中心的な仮定は、高い流暢性そのものが、本質的に肯定的(ポジティブな感情)な性質を持つという点です(Hedonic Marking of Fluency Account) 18。聴衆は、情報が容易に処理できるとき、その経験をポジティブに感じます 3。そして、この「容易さ」という主観的な感情は、「感情を情報として利用するモデル(Feelings-as-information model)」に基づき、その情報源(この場合、スライドの内容やプレゼンターの提案)に対する評価判断に無意識的に組み込まれるのです 3。
このメカニズムの結果、複雑ではない視覚的パターンは、より美しく、より信頼できるものとして無意識的に判断されます 16。デザインの「容易さ」は、論理的な信頼性を構築するための無意識的な基盤となります。

  1. 認知的負荷の最小化と戦略的利用

高い流暢性を確保するためのデザイン原則は、認知的負荷(Cognitive Load: 頭にかかる情報処理の負担)の最小化です 20。スライドに多すぎる情報や複雑なレイアウトを詰め込むと、聴衆は認知的に圧倒され、システム1が処理に抵抗し、エンゲージメントの低下につながります 。
したがって、デザイナーは以下の原則を適用する必要があります。

  • 単純性の原則: 各スライドは、一つの明確なアイデアに限定し、不必要な要素を排除します 。
    視覚情報の最適化: 画像、アイコン、図表は、テキストよりも処理速度が圧倒的に速い(最大60,000倍速い)ため、複雑な概念を迅速かつ好意的に伝えるために活用します 。
  • 予測可能性: 標準的なアイコンや共通のインターフェースパターン(UX設計の原則)を採用することで、処理の容易さ(流暢性)を高め、聴衆が迅速で自信のある意思決定をストレスなく行えるようにします 22。

流暢性に関する重要な発見は、このポジティブな感情反応が、聴衆が意識的な判断を下すよりも早く、刺激提示後の最初の数秒間、自発的に発生する点です 3。したがって、プレゼンテーションの初期段階でデザインを通じて高い流暢性を確立することは、メッセージの論理を評価する前の段階で、発表者と内容に対する無意識の信頼と好意を事前に確立するための絶対条件となります。

Table 1は、デザイン要素と無意識の意思決定に影響を与える心理効果の対応を示しています。
Table 1: デザイン要素と無意識の心理効果の対応

デザイン要素認知メカニズム心理的効果(システム1)意思決定への影響
高コントラスト、単純なレイアウト処理流暢性 16処理の容易さ、自発的なポジティブ感情の誘発メッセージの好意的な評価、真実性の向上(美しさ=真実)
信頼感を喚起する色(例:青)感情的/連想的プライミング信頼、安定、専門性の自動的活性化ブランドや提案に対する無意識の信頼確立
一つのスライドに一つの核心的視覚要素認知負荷の最小化 22認知的抵抗の最小化、注意の集中迅速で自信のある、疲労のない意思決定への誘導
適切な画像、アイコン、標準パターン視覚優位性/連想的プライミング 15関連する知識スキームの自動起動、理解速度の劇的向上提案されたアクションへの躊躇なく移行

III. ストーリーテリングの神経科学:物語への没入が意思決定を変える

ストーリーテリングは、説得のための論理的な議論(レトリック)とは異なり、感情的および神経科学的な経路を通じて、聴衆の態度、信念、行動を無意識的に変える「ポエティクス」な手段として機能します 19。

III-A. ナラティブ・トランスポーテーションと反論の抑制

  1. 没入状態としてのトランスポーテーション

ナラティブ・トランスポーテーション(Narrative Transportation: 物語への没入体験)は、聴衆が物語に完全に吸収され、「物語の世界に迷子になる」心理状態です 。これは、外部の周囲の状況から一時的に認知的に分離され、物語内の出来事を想像的に体験する一種のフロー状態と定義されます 4。
このトランスポーテーション状態において、聴衆は感情的に関与し(Affective Impact)、物語の出来事を視覚化します。脳の視覚皮質や感覚皮質は、実際に出来事を見ているかのように活性化します 26。さらに、聴衆はキャラクターと同一化し、物語の出来事をあたかも自分自身に起こっているかのように体験し始めます 26。

  1. 無批判な受容と態度の変化

トランスポーテーションの最も重要な効果は、説得の障害となる反論思考(提示された内容を批判的に吟味する思考)の大幅な減少です 24。物語に深く没入している間、聴衆は提示された内容を批判的に吟味したり、論理的な矛盾を探したりする傾向が減少します 19。その結果、物語の内容に一貫した信念、態度、行動が、無意識的かつ長期的に定着する(Belief and Attitude Shift)のです 19。トランスポーテーションによる説得効果は、しばしば、意識的な議論評価なしに持続的な影響を生み出します 10。
また、没入したストーリー処理の特徴は、聴衆が物語を通じて経験する感情的な反応の動的な変化(Emotional Shifts)です 5。トランスポーテーションが高いほど、感情的なシフトの回数と強度が正に関連しており、この感情的な動きが、特に感情レベルの態度(Affective-level attitudes)の変化へと結びつくことが示されています 5。

III-B. 神経科学的トリガー:オキシトシンとミラーニューロン

ナラティブの説得力は、単なる認知的な効果にとどまらず、脳内の神経化学的な反応によって裏打ちされています。

  1. オキシトシンによる信頼と行動意欲の強化

説得力のある、構造化されたナラティブに関与するとき、聴衆の脳はオキシトシン(Oxytocin)を放出します 。この「絆のホルモン」は、共感、信頼、および結びつきの感覚を育みます 26。重要なことに、物語に関与した際に放出されるオキシトシンの量は、聴衆がその物語を聞いた後に
行動を起こす意欲と直接的に相関することが研究によって発見されています 。たとえフィクションの物語であっても、登場人物の交流を感情的に体験し視覚化するだけで、脳はオキシトシンを放出します 28。

  1. ミラーニューロンによる共感の橋渡し

ストーリーテリングのもう一つの重要な神経学的基盤は、ミラーニューロンの活性化です 26。ミラーニューロンは、他者が行動を実行するのを見る時、あたかも自分がその行動を行っているかのように活性化する神経細胞群です。物語を聞くとき、これらのニューロンはキャラクターの感情的・身体的経験を「鏡のように写し」シミュレートします 26。
この神経学的模倣は、深い共感の基礎を築き、聴衆が語り手の視点に立ち、その課題や成功を自分自身のものとして体験することを可能にします 7。ストーリーを通じて共感を深めることで、メッセージに対する受容性が高まり、行動を促す動機付けが強化されます 26。

III-C. ストーリーと意思決定メカニズムの統合

視聴覚的なナラティブ(例:プレゼンテーション内の動画やアニメーション)は、印刷されたテキストと比較して高い認知的および感情的な関与(トランスポーテーション)を誘発することが示されています 9。しかし、この没入度の増加には、心理的な抵抗(Psychological Reactance)を高めるという潜在的な「代償」が伴う可能性があります 9。
ナラティブによる説得は、通常、小説や映画など、あからさまな説得を意図しないメッセージの処理から生じるものとされます 19。したがって、デザイナーは、トランスポーテーションを通じて聴衆の意識的な防御機構をバイパスしつつ、メッセージが「説得」として認識されることを避けるよう、構成に細心の注意を払う必要があります。最も効果的なストーリーテリングは、情報提供や体験共有の形式をとりながら、無意識の感情システムを通じて態度変容を促すものです 10。

Table 2: ナラティブ要素と神経科学的説得の機序

ナラティブ要素認知プロセス/神経科学的反応無意識的な行動変容への寄与学術的根拠
感情的な危機と解決の構造ナラティブ・トランスポーテーション 26批判的思考(システム2)の停止、物語内容への信念シフト反論思考の減少 24
主人公の行動や苦悩の描写ミラーニューロンの活性化 7経験の神経学的シミュレーション、共感と感情の共有聴衆がキャラクターの経験を内面化する 7
信頼関係や協力のハイライトオキシトシンの放出 27語り手への信頼、行動への動機付けの強化ストーリー後の行動意欲との直接的な相関 27
メッセージの処理が容易であること処理流暢性 29認知的な抵抗の減少、情報が好意的に評価されるナラティブは非ナラティブよりも処理が容易 29

IV. 意思決定を誘導する実践的デザイン戦略:説得の原理と統合アプローチ

無意識の意思決定プロセスに効果的に影響を与えるためには、視覚的プライミングとナラティブの力を、確立された行動科学のフレームワークと統合する必要があります。

IV-A. Cialdiniの説得の原理の応用

社会心理学者ロバート・B・チャルディーニ氏によって特定された説得の原理は、人間が迅速な判断を下すために依存する普遍的なショートカット(ヒューリスティクス)を活用するものです 30。これらは、システム1の自動的な処理に直接働きかけます 。

  1. 一貫性(Consistency)

人間は、一度公言したこと、あるいは一度行った選択と一貫していたいという根強い欲求を持ちます 。この原理を活用するためには、聴衆が後の主要な決定と矛盾しないよう、小さな、自発的なコミットメントを初期段階で引き出すことが重要となります 。
デザイン応用: プレゼンテーションの開始時に、聴衆に簡単な質問への回答、または事前に受け入れている前提への同意(口頭、または視覚的なフィードバック)を促します。これにより、聴衆は無意識的に、その後の提案が彼らの既往の活動や信念と一貫していると判断しやすくなり、主要な行動へのコミットメントが強化されます 。

  1. 社会的証明(Social Proof)

人々は、他の多くの人が正しいと信じている、または行っている行動を、自分にとっても正しいと見なす傾向があります 。
デザイン応用: スライドデザインにおいて、事例研究、顧客の評価、業界の統計データ(特に多数派の意見を反映するもの)を視覚的に、権威性を持って強調します 。これは、メッセージの信頼性を高めるだけでなく、聴衆の意思決定における不確実性や不安を軽減します 。

  1. 希少性(Scarcity)と損失回避(Loss Aversion)

人間は、入手が困難なものや、利用可能な量が限られているものに対してより高い価値を置きます 。さらに、損失を恐れる心理は、同等の利益を評価する心理よりも意思決定に重く作用します(損失回避) 。
デザイン応用: プレゼンテーションでは、潜在的な利益よりも、提案を採用しなかった場合に聴衆が失う可能性のあるもの(例:競合他社に先を越される機会、効率の悪さによるコスト、市場シェア)を強調します 32。期限を区切ったオファーや限定的な機会を視覚的に強調することは、緊急性を高め、システム1による迅速な行動を促します 。

IV-B. 説得システムデザイン(PSD)フレームワークの活用

説得システムデザイン(Persuasive System Design, PSD)は、テクノロジーやシステム(プレゼンテーションを含む)がユーザーの行動や態度を意図的に変化させるための設計原則を提供するフレームワークです 。

  1. シミュレーションとテーラリング

視覚的なシミュレーションは、説得力を高める主要な手段です。システムが提供するチャート、インフォグラフィック、仮想的な結果の描写などのシミュレーションは、聴衆に原因と結果の繋がりを即座に、かつ視覚的に観察させることで、無意識の学習と説得力を強化します 6。
また、情報が特定のユーザーグループや彼らのニーズ、コンテキストに合わせて調整(Tailoring)されている場合、その説得力は大幅に向上します 11。聴衆は、情報が「自分自身に向けられている」と直感的に感じるため、システム1の関与と受容度が高まります 6。

  1. 権威性(Authority)と信頼性(Credibility)の視覚的構築

システムやプレゼンテーションが権威ある役割や組織の情報を活用すると、説得力が増強されます 。これは、受付係が専門家の資格情報を顧客に伝えるだけで契約率が向上したという実証例に見られるように 30、専門知識の表示が無意識の判断(ヒューリスティクス)に作用するためです。
デザイン応用: プレゼンターや組織の権威性(例:専門資格、研究結果、クライアント実績)を、視覚的に有能で信頼できる形式で提示します。デザイン自体の「有能な見た目と感触」も、システムの信頼性を高める上で重要です 。

IV-C. 統合的アプローチ:感情的フックと論理的アンカー

効果的なプレゼンテーションは、システム1とシステム2の両方に同時に、あるいは意図的に順序立てて働きかける統合的な戦略を採用します。

  • 感情的フック(システム1へのアピール): プレゼンテーションの初期段階や主要な転換点では、処理流暢性の高いデザイン、特定の色彩による感情的プライミング、およびナラティブ・トランスポーテーションを利用します。これにより、聴衆の心にポジティブな感情的バイアス(信頼、共感、快楽)を無意識的に植え付け、「門」を開きます。流暢性による肯定的感情は、意識的な評価よりも早く発生するため、これが後のメッセージ受容のための土台となります 3。
  • 論理的アンカー(システム2/ヒューリスティクスへのアピール): 感情的に準備された聴衆に対して、チャルディーニ氏の原理(特に一貫性、社会的証明)に基づいた構造化された論理と、明確な行動喚起を提示します。


聴衆は、既に感情的にメッセージを受け入れている(反論思考が抑制されている)ため、システム2を介した検証を怠るか、あるいは論理的な根拠が提示された後もシステム1によるポジティブな感情的マークアップを維持し、意図された意思決定を強化することになります。この戦略は、システム1の「直感」とシステム2の「論理」の両方を活用することで、説得力を最大化します。

V. 結論とプレゼンテーションデザイナーへの戦略的提言

V-A. 主要な知見の要約

本報告書は、プレゼンテーションデザインが人間の無意識的な意思決定に与える影響について、学術的な根拠に基づく詳細な分析を提供いたしました。

  1. 無意識の優位性: 人間の意思決定の主要なドライバーは、迅速で自動的なシステム1であり、プレゼンテーションデザインは、このシステム1に直接作用するよう設計されるべきです。
  2. 視覚要素の力: スライドデザインの品質、特に処理流暢性(情報の処理しやすさ)は、聴衆に無意識のポジティブな感情的マークアップを施し、情報の信頼性と真実性を事前構築します 16。
  3. ナラティブの変容力: ストーリーテリングはナラティブ・トランスポーテーション(物語への没入)を誘発し、批判的思考(反論)を抑制します。同時に、オキシトシンとミラーニューロンの活性化を通じて、共感と行動変容への意欲を神経化学的に強化します 10。
  4. 戦略的統合: 説得システムデザインの原則やチャルディーニ氏のヒューリスティクスを適用することで、視覚的・ナラティブ的要素が、無意識的な判断の方向性を意図的に固定化します 30。

V-B. デザイナーのための統合的推奨事項

プレゼンテーションデザイナーは、これらの認知科学的原則を活用し、感情的かつ機能的な戦略的優位性を築くことが可能です。

  1. 流暢性の追求と認知負荷の管理: 常にデザインの「容易さ」を最優先し、情報が直感的で、システム1が迅速に処理できるシンプルな構成を維持します 。複雑なデータセットは、テキストでなく、視覚的なメタファー、図表、またはシミュレーション(PSD)を通じて単純化することが推奨されます 11。
  2. 意図的な感情的プライミングの実装: プレゼンテーションの目的に応じて、色彩、フォント、画像の選択を調整し、聴衆の感情状態を事前に設定します。例えば、信頼構築フェーズでは青系の配色を、行動喚起フェーズでは赤系の要素を控えめに用いるといった戦略的配置を行います 。
  3. ナラティブ・ジャーニーによる防衛機構のバイパス: 論理的な議論を開始する前に、感情的な高まりと共感を伴うストーリーテリングを意図的に配置し、聴衆をトランスポーテーション状態へと導きます。これにより、聴衆の意識的な防御機構をバイパスし、メッセージを無批判に受容する土壌を作り出します 24。
  4. 一貫性の固定化と損失回避の活用: プレゼンテーションの冒頭で、聴衆が既に同意している前提や価値観を言語化させるなど、小さなコミットメントを確立し、後の主要な提案に対する一貫性を無意識的に固定化します 32。また、提案のメリットだけでなく、それを採用しないことによる潜在的な損失を視覚的に強調することで、意思決定の動機付けを最大化します 32。

V-C. 最終的な展望:無意識のデザインの専門性

今日の情報社会において、データ解析能力を持つAI技術が進展する一方、人間のプレゼンテーションデザイナーの専門性は、この非計算論的な人間の認知、すなわち感情、共感、流暢性の主観的な体験を戦略的に操作し、意図的に意思決定を誘導する能力にこそ集約されます。これは、単なる視覚的な魅力ではなく、行動科学と神経科学に裏打ちされた高度な専門知識の応用であり、デジタル時代における人間のコミュニケーション戦略の核心をなすものだと考えます。

引用文献

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  2. Kahneman Fast and Slow Thinking Explained – SUE | Behavioural Design Academy, https://www.suebehaviouraldesign.com/blog/kahneman-fast-slow-thinking
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  4. System 1 vs. System 2 Thinking – MDPI, https://www.mdpi.com/2624-8611/5/4/71
  5. Applying System 1 & 2 Thinking for Better UX – Medium, https://medium.com/@austinacevedo/applying-system-1-2-thinking-for-better-ux-6a9818f5d87d
  6. (PDF) The Priming Effect: Unveiling Its Multifaceted Impacts on …, https://www.researchgate.net/publication/394821539_The_Priming_Effect_Unveiling_Its_Multifaceted_Impacts_on_Decision-Making_and_Behavior
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